第102話 後悔

部屋に入ると、桜子は心配そうな顔をして入り口付近で見守っている。

襖を開けた隣の部屋には、あまちゃんと従者の二人が正座して此方こちらの方を見ている。

桃代はあまちゃん達にお茶を出し、それが終ると神妙そうな顔をして俺を見ている。


俺は布団の横に座り優しく額を撫でながら、桃香の顔に掛かっている髪の毛を整えてやる。

そして名前を呼ぶと、桃香は薄く目をひらき微笑みかけてくれた。


「調子はどうだ桃香。俺が揺らしたせいで、気持ちが悪くなったりしてないか?」

「紋次郎・・・おまえに背負われ、おまえに守ってもらい、われは嬉しかったのじゃ。ありがとうな、だが時間がない。紋次郎、ここにピーチ仮面がおるじゃろう、呼んでくれんか」


「えっと、どうしてそれを?」

「わたしならここに居るわよ、ダークピーチ。あなた、みそぎをして力が弱まったのね」


机の上に面の桃香を置いているのを、俺はすっかり忘れていた。

やっちゃったと思うが、それでも机の上にある面の桃香を、話がしやすいよう手に取ってやる。


「ふっ、気付いておったのか・・・あの日、神社に火をはなったあの日、夕立がみ焼け跡を確認した。するとどうじゃ、貴様の残骸は見当たらない。壁板は蹴破けやぶられておる。うしろの崖には何かが滑り落ちた形跡がある。血の跡も見える。そして、その日の夜、紋次郎に会った。紋次郎は酷い怪我じゃ。どう考えてもあの時あそこに紋次郎が居て、キサマを助けたとしか思えん」

「そう、それで後悔をしたのね。それで自分を消し去る為にみそぎをしたのね」


「そうじゃな。知らぬ事とは言え千年思い続けたいとしい紋次郎を、まさか手に掛けようとするなど・・・われは腹が立ち、自分が嫌になったのじゃ」

「そうね、あなたと同じ立場ならわたしもそう思うわよ。だって、もんちゃんの犠牲があればこその、わたし達の人生だったのだから」


「その通りじゃ。紋次郎、おまえは本当に誤魔化すのが下手じゃのう。握り飯を持ち訪ねてくれた時も、われかばい続けてどれほど嬉しかった事か。じゃが、最後に穢れの力を奪われて、おまえに迷惑を掛けたまま消えるのが気掛かりじゃ。許してくれ紋次郎」

「バカ! その程度のことを気に病むな、あとは俺に任せておけ。それからまだ消えんじゃねぇ。俺はまだ、桃香を満足させてない。今すぐしあわせな気持ちを思い出させてやる」


「ふふっ、紋次郎、われはもう充分満足をした。こんなにしあわせな気持ちは千年ぶりじゃ。すまぬな、そろそろ限界じゃ。意識が遠のいていく」

「いいから、あと1分待ってくれ。とびっきりしあわせにしておくってやるッ!」


桃香は力なく薄く開いていた目を閉じる。

俺は湖で桃香が水浴びをしていた時に、山で見つけた小道具をリュックの中から急いで取り出すと、躊躇ちゅうちょなくかぶり付く。


それは、季節外れのまだ熟してない緑色をした小さな柿。当然、渋くてクソ不味い。


あまりの不味さに頬がピクピクする。あまりの渋さに口がすぼまる。

それでも飲み込み、片手で桃香の背中に手を回して少し持ち上げると、もう片方の手で桃香の手を取り握りしめる。

そして、桃香の口を俺の口でふさぐ。

そのあとで、桃香を見ながら話しかけた。


「おまえはホント面倒くさい女だな。その自信は何処どこから来る? でもまあ、いいだろう、おまえの言う通りだ。俺もおまえ以外の女と所帯しょたいを持つ気はない。嫁になってくれ、桃香」


感じてくれたのだろう、聞いてくれたのだろう。

再び、桃香の目が薄く開くと驚いた顔をしている。

ただ夢の中とは違い、桃香の目には涙があふれている。


「あぁぁ、紋次郎、この味、その台詞、われの生涯で一番しあわせだった時間とき。なんで、どうして・・・ありがとう・・・ありがとうなもんちゃん、わたしをしあわせにしてくれて、本当にありがとうなぁ・・・」


御神体の桃香は最後の力を振り絞り、俺に対してお礼を言うと安らかな顔になる。

そして、俺の手を一度握り返すと、二度と握ってくれなくなった。


俺は桃香を抱き締めて、泣きたい気持ちを我慢した。



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