第103話 勘違い

俺は桃香を抱きしめたまま、下を向いている。

誰も何も喋らない。


みんなは俺に気を遣い、御神体の桃香が消えた事を悲しんでいる・・・ ・・・そう思っていたのは俺だけだった。


顔を上げてまわりを見渡すと、桃代の眉間にはシワがよっている。

桃香の面は、もの凄い形相をしている。

桜子は、あきれた表情をしている。

あまちゃんにいたっては、何処どこかからつるぎを持ち出して天にかざしている。

従者の二人はつるぎに付いた血を流す為に、一人はおけ柄杓ひしゃくを手に持ち、もう一人は水気みずけを拭き取る為の和紙を用意している。


・・・ ・・・ ・・・ ・・・あれ? もしかして、これって浮気になるの?

あれ? もしかして、今から俺は首をねられるの? 

御神体の桃香を送る為に頑張った俺なのに、これから処刑をされちゃうの? 

いやいや、それはないでしょう。

いくらなんでもそれは理不尽でしょう。


動く事のない桃香を抱き締めている俺に対し、桃代が手を前に出すと、こっちに来いって手招きをする。

俺は小さく首を横に振る。

決して震えている訳ではない。


そのうち、しびれを切らした桃代が珍しく強い口調で口を開いた。


「紋ちゃん! 早くこっちに来なさい。怪我の手当てが出来ないでしょう」

「イ、 イヤだ、隙あらば俺の首をねるつもりだろう! その手には乗らない」


「も~う、何を言ってるの。御神体様に紋ちゃんの血が付いちゃうでしょう。いいから、こっちにいらっしゃい!」


桃代の迫力に負けた訳ではない、みんなの冷たい視線に耐えられなかった訳でもない。

ただ、俺の血で、桃香の着物を汚してはいけない。

そう自分に言い訳をして桃香の身体からだを横たわらせると、胸の上に両手を組ませて一礼する。


俺はそのまま顔を上げることなく、治療の為に桃代に手を引かれて居間に連れて行かれた。

桃代はあれから何も喋らない。

そして、何時いつもと違い、手荒く治療をしているような気がする。


「桃代さん、何か話してもらえませんか? オイラ、ちょっと怖いです」

「・・・」


「桃代さん、言い訳になりますが俺の言い分も聞いてもらえます? あの台詞はですね、俺が言ったんではありません。夢の中で前世の紋次郎が言ったんです。それを再現しただけなんです。桃香をしあわせにおくる為なんです。だからお願いします、許してください」

「むふっ、わたしの目の前で別の女性に求婚?・・・さすがにねぇ。わたしの目の前で別の女性に接吻?・・・どうしようかなぁ・・・・・・なんてね、紋ちゃんは頑張りました。わたしの時も桃香様みたいに、しあわせにおくってください」


「ももちゃん! やっぱりおまえはいい女だ。何時いつでもいいように、これからは渋柿を冷凍保存しておく」

「うふっ・・・紋ちゃん、そういう事ではないのよ。わたしは渋柿が羨ましい訳ではないからね。その手の勘違いを続けると、首をねてもらうわよッ!」


桃代の額に、血管が浮き出るのが見えた。

包帯が強く巻かれて、血流が悪くなった。

俺の生殺与奪せいさつよだつは、桃代の気分次第で如何どうとでもなることを、この時に強く認識させられた。


治療が終わると、桃代はみんなを呼びに行き、全員居間に集まった。

横長の座卓の上座には、あまちゃんが当たり前のように座り、その隣には従者が一人ずつ座っている。

左右の一辺には桃代と桃香が座り、あまちゃんの対面に桜子と俺が座っている。


みんな座布団の上に座り、お茶を飲みながらくつろぎ気分でいるが、俺だけ畳の上でお茶も出されてない。

言いたくないが、俺に対する扱いが酷過ぎないか?


「うむ、では今回の件で、紋ちゃんおぬしに伝えておきたい話がある。心して聞け」

「はい、勿論それはかまいません。ただその前に、少しお時間を頂けないですか?」


「なんじゃ、われに待てと申すか? 仕方のないヤツじゃのぅ、少しだけじゃぞ」

「すみません。それでは・・・え~っとですね、どうしてあなたが居るのかな? あなたは消えたのではなかったの? 桃香さん」


「へっ! わたし? わたしは消えてないわよ。もんちゃんとずっと一緒に居たでしょう」

「あの~~オイラ、ちゃんとおくったつもりなんですが、何か不都合でもありましたでしょうか?」


「もんちゃんさぁ、わたしは面の方に追いやられた大本おおもとの桃香だよ。忘れていると思うけど、あの子の力が弱まれば身体からだに戻れるの。そこは感謝してるわよ。でも、わたしの大切な思い出を、まさかわたしじゃない子に実演するとは・・・・・もんちゃんの唇、なたで切り落としてやろうかしら」

「桃香さん、オイラの唇は大蛇おろちの下顎と違い、切り落とされるとくっ付かないので、それだけは勘弁していただけると・・・はい」


「皆さん、もうめてあげましょうよ。わたしは唇を切り落とされて首を刎ねられた、紋次郎君の生首を想像するだけで、夜中トイレに行けなくなっちゃいます」

「うっ、そうね、仕方がないわね。さくらが膀胱炎になると可哀想かわいそうだから、もんちゃん・・・今回は大目に見てあげます」


う~ぅ、ありがとう桜子、俺をかばってくれて・・・ ・・・ ・・・でも待てよ?

桜子のヤツ、おねしょの心配をしているだけで、俺をかばってくれてる訳ではない。そんな気がする。



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