第99話 腐臭

今現在、頂上の広場には誰も居ない。

あまちゃんが居れば、厄介だと思っていたが誰も居なくてホッとした。


約束の時間まであと一時間。

日差しは強いが風があるおかげで、炎天下の中でも待ち続けることが出来る。

待つあいだ、龍神ので時間を潰すつもりはない。

ヤツととぼけた会話をすると、俺の緊張感が霧散する。


俺の作戦が、何処どこまで通用するのか分からない。

もしかすると、桃香の傷をエグり、れの力を使われるかもしれない。

そうなれば、防腐処理をされたあとで全身に包帯を巻かれて桃代のミイラコレクションになるかもしれない。


などと、相も変わらず思考がバカな方向にかじを切り、自分のバカを自覚する。


風が木々をらす音とせみの鳴き声しか聞こえないこの広場に、いま別の音が聞こえ始めた。

誰かが山の中から歩いてくる。

小枝が踏み折れる音や、草をかき分ける音など、そんな音が近付いてくる。

もちろん、御神体の桃香が歩く音なのだろう。

まだ時間前なのに律儀なヤツだ。


音の聞える方に顔を向けると、風の所為せいではないれ方をしている背丈の長い草のあいだから、桃香の姿が見えてきた。

熊でなくて良かった。


しかし、妙だ。

桃香の足取りがおぼつかない。

今にも倒れそうな足取りで、ふらふらしているように見える。


俺は迎えに行く為に歩き出し、手を挙げて名前を呼ぶと桃香は俺に気付いてくれた。

そして、薄いみを浮かべたような気がすると、その場に倒れてしまった。


俺はリュックを投げ捨てると駆け足で桃香の元へ行き、両手で桃香をかかえると急いで木陰まで移動する。

桃香をかかえたまま木陰に入り、その木に背中をあずけて座り込む。


胡坐あぐらをかいた足の上に桃香のお尻を乗せて、左腕で背中をささえ、右手で小枝や草を取りのぞき【どうしてふらふらなのか、どうして倒れたのか】その理由わけを聞こうとしたところで、先に桃香の方が口を開いた。


「すまぬ紋次郎、われの力の源を奪われてしもうた。アレは思ったよりも狡猾こうかつじゃ」

「アレって、ハブの助の事か? アイツは実体がまだ残ってたんだな」


「アレはけがれの力を何処どこかから手に入れた上に、われの力をうばい取り、今やおぞましいたたびとじゃ。アレはわれを追いかけておる、すぐにここまで来るであろう。紋次郎、おまえは早く逃げるのじゃ」

「よし、取りあえずこの場からずらかろう。桃香、一度立てるか? おまえをおんぶして一緒に逃げる」


「バカモノ! われを背負うて逃げられる訳がなかろう。早く、おまえだけ逃げぬかッ」

「うん、俺はバカだ。でも、俺だけ逃げるんだったら千年前も逃げてたぜ・・・いいか、俺は紋次郎。桃香を見捨てて逃げたりしない」


「ダメじゃ、われ死人しびとじゃと言うたではないかッ、おまえのこれからを奪いたくないのじゃ」

「いいから、黙って俺にしがみ付いてろ。何せここに来てから足腰だけは鍛えられたからな、桃香を背負ってもビクともしないぜ」


まずはリュックを拾って腕に掛けると、俺は桃香を背負いまわりを見渡す。

桃香の言う、おぞましいたたびとが近付いた所為せいなのか、黒いもやがこの辺一帯に立ちめて腐臭がただよい始めた。


う~ん、マズい。これはもう一気に行くしかない。

猪になる一歩手前の俺が、落ち着くよう自分に言い聞かせていると、桃香が倒れた奥の方からハブの助らしきまわしい姿の腐臭の元が現れた。



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