第100話 狂

あの野郎! とにかく臭い! 呼吸をしているだけで鼻が曲がりそうだ。かと言って、口で呼吸をするのは絶対に嫌だ!

もしも味を感じてしまうと、俺の味覚が崩壊する。


桃香の言う通り、ヤツはおぞましい姿をしている。

まるで炭のように黒く、全身はただれ、皮膚が溶けたように垂れ下がっている。

ところどころ、白い骨も見えるし、腹からは内臓が飛び出して地面の上をズルズルと引きずっている。


顔の辺りには目らしきモノもあるが、片方は破裂をしたのか残骸が身体からだのあちらこちらに飛び散り、もう片方は憎しみを込めて俺を睨んでいる。

昔は鼻があったのだろう、今は細長い穴が二つあるだけだ。

口はひらいたままで歯のようなモノが見えるが、舌が首の辺りまで垂れ下がり【あ゛~】っと言葉にならない声を出している


ホラー映画の特殊メイクかッ!

そう言いたい気持ちを我慢する・・・ホラー映画の方が匂いがしない分、余程マシだからだ。


さてさてどうしよう。

ヤツは、俺の行く手をはばむように内臓を引き千切り、くだり坂がある出口の方に撒き散らしている。

びちゃりと落ちたその内臓からは、黒いもやが立ち上がっている。


あの黒いもやは、絶対に身体からだに良くないモノだと思う。

ただ風のおかげで、こっちに向かってこないのはラッキーだった。


俺は桃香を背負ったままで、その異形に向かい強い口調で声を掛けた。


「おい、おまえッ!・・・もうすぐ、内臓がなくなるぞう」

「・・・紋次郎、おまえは何を言うておるのじゃ。もう少し危機感を持て!」


「ごめん桃香さん。こういう時なんて声を掛ければいいのかわかんなくて、取りあえず思ったことを言っちゃった」

「よいか紋次郎、あの黒いもやを吸うたりれてはいかんぞ。あれはけがれた空気、霧瘴むしょうじゃ」


「あ゛~ッ」

「おい! おまえは春之助だな。なんでこんな事をしている」


「ギ、ゲゲギ、つ、ついに、ついに御神体の力を上回ったッ! こ、これで永遠の命を手に入れたんじゃあ。これから好きなように、歴史を作る事が出来るんじゃ」

「はァ? 何言ってんだ、おまえは喋れるのか? じゃあ舌を引っこ抜いて喋れなくしてやろうか!」


「誰じゃ? キサマは? 何故なぜわしの聖域におる? さっさとここから出て行かんか~ッ!」

「オメエが出て行けないように汚物をばら撒いてんだろう。まわりをよく見てみろ!」


「あっ? なんじゃこれは? どうしてわしの身体からだから内臓が出てきとる。なんじゃ、この身体からだの状態はッ!」

「紋次郎、アレはもうダメじゃ、完全に正気を失っておる。アレがほうけておるうちに、ここから逃げるのじゃ」


「そうだな、桃香しっかりつかまっていろ」

「グゲゲギ、逃がさんぞ。わしの力を試すチャンスじゃ、キサマを生贄いけにえにしてやる」


俺は大きく回り込み逃げようとする。

しかし、狂ったゲロゲロは、だだっ子が癇癪かんしゃくを起こしたように両手を左右に振り回し、その都度何かが飛び散ると、あたりに黒いもやが立ちめる。


ヤバいな、ほとんど逃げ道がふさがれた。

仕方がない、息を止めて一気に走り抜ける。それしかない。

桃代の言う通り短絡的な方向で、俺はこの場をやり過ごそうとしていた。


しかし、そんな中、酷い匂いに気付いた龍神が様子を見る為に滝の穴から出て来てくれた。


「なんじゃい、この匂いは! ワシに嫌がらせをしとるんか! あれ? 紋ちゃんがおる。紋ちゃん、腹でも壊したんか?」

「バカ! 俺じゃねぇ。そこに居る気持ち悪いヤツが原因だろ。それくらい気付け! 

てか、足音や振動で、俺がここに居るのに気付いてなかったのか?」


「いや~~気持ちう寝ちょったもんで。ほら、昨日は久々にええモンが食えたじゃろう」

「どうでもいい、おまえの腹具合は! それよりも龍神、俺をかかえてここから逃げられるか?」


「お好み焼き一枚でええよ・・・って、言いたいけど、なんか身体からだが動かんけど、どしたんな?」


時間が経ち、桃香から奪った穢れの力が融合したせいか、それとも龍神を見て何かを思い出したのか、ゲロゲロは少しずつ正気を取り戻し始めた。


「ググギギゲッ! 大蛇おろち、いいところに来た。その小僧が動けんように、手足をへし折ってやれ」


「アレ、あれ! 紋ちゃん逃げて! ワシの身体からだがワシの言う事を聞いてくれん」

「おい! ちょっと待て! そんな至近距離から体当たりをする・・・ガッ!!」


龍神のつのの直撃を、俺はなんとかギリギリで避けたが、短い手の爪はけきれなかった。

ついでに尻尾の先にあるトゲもけきれなかった。


マズい? マジで死亡フラグが発動する。

きっと、昨日龍神と一緒にえびせんを食べたからだ!



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