第88話 桜子と川

妙な事になって来た。

桃代は小さい頃と同じノリで、秘密基地ごっこをしようとしている。

俺は桃代に言われるがまま、荷物が濡れないように細工して先に中に入り、二人が来るのを待っている。


断わり切れなかった桜子は、穴の中を通り抜け水から出て来てタオルで拭くが、何時いつまで経っても目のまわりが乾かない。

最後に桃代が上って来ると、顔をゴシゴシ拭いて、桜子は作り笑いを浮かべていた。


「どう桜子、ここがわたしと紋ちゃんの秘密基地よ。あの時に桜子も居れば一緒に遊べたのに。ねぇ、紋ちゃん」

「そうだな、そうしたら俺と同じように、ヘビが苦手になってたぜ」


「ごめんってば、シマヘビを見て【情けない】って言ったのは謝るから、わたしをイジメないでよ」

「すまん、すまん、もう言わないから許せ。どうだこの中は? 世の中と隔離されたみたいでドキドキするだろう?」


「そうね、そう言われればそんな気がする。そうか、そういう風に考えればいいんだ。そうすれば、ちょっと楽しいかも」

「ガキの頃、桃代と初めてここに来た時は怖かったけどな、今となっては楽しい思い出だ」


「小さい頃とはいえ、誰も居ないこんな場所で桃代姉さんと二人っきり。紋次郎君、変な気を起こさなかったでしょうね!」

「いいか桜子、余裕が出たのかもしれないが、調子に乗るな。その頃、俺は桃代の言いなりだ」


俺は当時の事をありのまま話しているだけなのだが、その情けない内容に面の桃香がため息を漏らした。


「桃代あなた、幼いもんちゃんをいいようにして、楽しかったでしょう」

「えへへ、そりゃあ、もう楽しかったですよ。あッ! って大きな声を出すだけで、目に涙を溜めてビクビクしてましたから」


「ごめん紋次郎君。そうだよね、こんな場所で桃代姉さんと二人っきり、変な気が起きる訳ないよね」

「わかればいい。自分で怖がらせたくせに、優しくなぐさめる。いま考えれば、ただのマッチポンプだぜ。なぁ、ももよ」


「あうっ、すみません。泣かないように我慢してる紋ちゃんがいぢらしくって、つい意地悪をしてしまいました」


男子小学生みたいな言い訳をする桃代を無視して、俺は気になる事を桃香に聞いてみた。


「なぁ桃香、ここは千年前に桃香達が作った場所なのか?」

「えっ、あっ、そうね、そうよ。でも、元々あった洞窟に手を加えて、大蛇おろちにしただけよ」


「どうした桃香、なんかボーっとて元気が無いようだけど、何かあったのか?」

「んっ、何もないわよ。あまり変わってないから驚いてるだけ。それよりも、お腹が空いたから、お弁当を食べましょう?」


「桃香おまえ、身体からだがないのになんで腹が空くんだよ。昨日だってそうだ、おまえの為にアイスを買って食べさせたけど、面の裏に落ちて全部溶けてただろう」

「えへへ、雰囲気を楽しみたいだけだから怒んないでね。それに、もんちゃんに食べさせてもらって嬉しかったのよ」


「まあいいけど、御神体の桃香が満足して身体からだが戻ってきたら、また食べさせてやる。だから、楽しみに待っていろ」

「えへへ、ありがとうもんちゃん、期待してるね」


桃香の希望通り弁当を出そうとするが、ここは狭すぎる。

子供の頃は、俺と桃代の二人だけだったので真ん中に菓子を置き、洞窟の奥と手前で一列になればよかったが、三人居るとそうはいかない。

仕方なく荷物を持ち、奥の広い場所に移動する。


俺が懐中電灯を片手に先頭を歩き、真ん中に桜子、最後に桃代が歩く。

俺は桃代と違い、急に懐中電灯を消したり、大きな声を出して驚かせたりはしない。

だから、いい加減俺の海パンから手を離せ桜子。



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