第89話 滴

うしろから海パンを引っ張られ、歩き辛いのを我慢して、広い場所までやってきた。

何度も潜り、見つからない探し物をしていた俺は、腹がグゥグゥ鳴っている。


初めにシートを敷くと、お重を真ん中に置き、それを囲むように三人で座り食事が始まった。


桜子が一人で作ったお弁当。

桃代とは、ほのかに違う味付けで箸が止まらない。

俺の作る物と比べては、バチが当たりそうなくらい美味しい。

ただ、色どりなのか別の用途なのか、あちらこちらにきゅうりの飾り付けがある。


・・・おまえ、どれだけ溺れるつもりだったんだよ桜子。


まあ、きゅうりは無視して俺は片手に箸を持ち、もう片手にはおにぎりを持っている。

勢いよく食べているはずなのに、腹の鳴る音が止まらない。

よく見ると、桜子が眉間にシワを寄せ俺を見ている。いや、にらんでいる。


「紋次郎君、そんなにグゥグゥお腹を鳴らさないでよ。食欲がなくなるじゃない!」

「もんちゃんどうしたの行儀が悪いけど、そんなにお腹が空いてるの?」


「そんな事を言われても・・・自然現象だし・・・ごめん、気を付ける」

「グゥ~~ッ」


まただ、また腹の鳴る音が聞こえた。

桃香と桜子は、俺の腹だと思っているようだが・・・今のは俺ではない。

じゃあ誰だ? 桃代や桜子とは思えない、面の桃香の訳がない。

こんなところに人がいるはずもない。

御神体の桃香を探す為に、昨日もここに入ったが、不審な誰かを見かける事はなかった。


それなのに、何か聞こえてきた。

イヤな感じがする俺の背中に、川の水とは違う冷たいしずくが流れ始めた。


俺は振り向いて奥の方を見ようとするが、暗くてあまり見えない。

【行儀が悪い】そう桃香に怒られそうだが、俺は立ち上がるとまわりの様子を見る事にした。


たいして広くないこの洞窟の広場、人の気配は感じない。

もちろん、俺は忍者や武士ではないし何かの達人でもない。

気配など目に見えないモノを、見る事も感じる事も出来ない。

ただ、何かが動く音や呼吸の音など、そういうモノを感じ取ろうとしている。


あとは俺の直感なのだが、何かが居ると告げている。

ただ、何が居るにしても、ヘビだけは勘弁して欲しい。


ヘビが居そうな隅を見ないよう、ぐるりとまわりを見渡すが誰も居ない。

俺はシートに戻り座りなおすと、桃代に小さな声で聞いてみた。


「なあ桃代、おまえは霊感とかはないのか? ここに幽霊が居たりする?」

「紋ちゃんが首から下げてる、面の桃香様は霊体ではないの? わたしに聞くより、桃香様に聞いた方がいいと思うよ」


「そうなの、なあ桃香、おまえは何か感じる? 何かプレッシャーを掛けられてる、そんな感じが俺はするんだけど」

「どうだろう? わたしは何も感じないよ。幽霊なんてここには居ないし。でも、さくらの座ってる下には死体が埋まっているはずよ」


桃香の何気ない一言で、桜子は悲鳴を上げてその場から飛び退いた。

俺も初めて聞くその話。

もしかして、大昔のここは墓場だったのではないか? そんな考えが頭をよぎる。


「なあに? さくらは驚き過ぎでしょう【さくらの下には死体が埋まってる】って、桃代が教えてくれたのよ」

「えっ! あ~~っ、そういう意味ですか。桃代姉さん、どうせならちゃんと説明してくださいッ。わたしはここが桃香様のお墓で、この下に埋葬されたのかと思って、怖かったです」


「えへへ、ごめんね、怒んないでよ。お詫びに桜子の死後は、わたしのピラミッドに一緒に埋葬してあげるから」

「あっ、いえ、言い過ぎました・・・紋次郎君助けて! わたしまでミイラにされちゃう」


「桃代、いい加減にしろ。ウチの庭を墓場にするつもりか。それよりも早く食べろ、見えないプレッシャーが強くなった気がする・・・ ・・・んっ? 見えない?」


この時、俺はやっと気が付いた。このプレッシャーの正体に。


もしも推測通りなら、どうして姿を隠すのだろう? 俺はリュックを手に取ると、中からえびせんを取り出した。


「紋次郎君、まだお弁当が残ってるでしょう。食べ終わるまで、お菓子はしまいなさ・・・何アレ! いま紋次郎君のうしろで何かが光ったわよ!」

「やっぱりいやがった。おい龍神、なんでおまえがここに居るんだよッ、天に昇ったんだろう!」


「・・・ ・・・ ・・・」

「テメエ、無視してんのか! 光学迷彩をいて早く姿を見せないと、えびせんを分けてやんないぞ」


「・・・ ・・・」

「紋次郎君! また光ったわよ、今度は激しく。本当にここに龍神様が居るの?」


「・・・」

「さっさと正体を現わせ。おまえ、俺をさけてんのか?」


「・・・ ・・・紋ちゃん・・・ワシ・・・」

「ひッ、声が、声が聞こえた。紋次郎君! いる! 何かいる!」


「だからな桜子、龍神が居るって言ってんだろう。おい龍神、さっさと姿を見せてこっちに来い!」

「も、紋ちゃん・・・会いたかったよ~~」


俺の言葉に龍神はやっと姿を現わした。

宙に浮き、俺の真上にいる龍神は、情けない顔をして涙とよだれを流していた。


・・・ ・・・ああッ? さっき俺の背中に流れたモノは、冷や汗ではなく、おまえの涙とよだれか、龍神ッ。



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