第86話 強請り

桃代のプラン表はビリビリに破かれて、ゴミ箱に埋もれた。

今後、発掘される事はないだろう。

桃代は何か言いたげにしているが、そもそもパスポートを持ってない俺は、出国できない。エジプトへ行けない。


明日の事を考えて英気えいきやしないたいところだが、昨日桃代をデートに誘った手前、今日は一日桃代に付き合ってやろうと思う。

桜子が用意した朝食を食べながら、俺は桃代に聞いてみた。


「桃代さん、今日の予定はどうします? 何か用事があるんなら付き合いますよ」

「う~~っ、紋ちゃんの所為せいで博物館に行けなくなっちゃった。またラムセス2世のミイラと話をしようと思ってたのに」


「ねぇ、紋次郎君、あれってヤバくないの。桃代姉さん、ぶっ飛び過ぎて大気圏を飛び出してるよ。呼吸困難になっちゃうよ」

「いいか桜子、そこではない。桃代さん、ほどほどにしないと桜子が困ってますよ。おまえは何時いつからミイラと話が出来る、電波女になったんだ」


「えへへ、今のは冗談よ。さてと予定なんだけど、今日も暑いから今度は桜子と三人で水遊びでもしようか」

「いいのか? 台風が近づいてるから、風が結構強いと思うぜ」


「大丈夫でしょう。木や崖が風よけになってくれるからね。そういう事で、紋ちゃんは水着を買ってきなさい。桜子は水着を持って来てるでしょう」

「あっはい、桃代姉さんに言われた通り待って来ました。でも、わたしは泳げないんですよ」


「そんなに深くないから大丈夫よ。でもまぁ、心配だったらキュウリを持って遊びなさい。そうしたら溺れた時に河童が助けてくれるから」

「アハハ、そうします・・・・・ねぇ紋次郎君、今のは何処どこまで本気なの? 本当に河童が居るの? 居たら居たで怖いんだけど」


「あのな桜子、諦めろ。桃代の変なところは諦めろ。もしも溺れたら俺が助けてやる」

「本当? お願いね紋次郎君」


そういう事なので、俺は急いで海パンを買いに行く。

以前、シャツとデニムを買った衣料品店に行くと、桃代と手を繋いで歩いていたのを見られたのだろう、俺の正体が噂になっていた。


「お客さんこの前、真貝の桃代様と仲良く歩いていましたが、あなたはどちらさんなんです?」

「あ~やっぱりそうなるよな。あのですね俺は真貝紋次郎、訳あって今は真貝の本家に住んでます」


「そうですか、ではあなたが紋次郎さんで桃代様のお相手。いや~羨ましいですな~あんな美人?が嫁さんで」

「おじさん、微妙にめきれてないですよ。あとこれ。まぁ、詳しい事はあざみ商店のあざみさんに聞いて下さい」


俺は商品を選び代金を払うと、さっさと店を出て行く。

噂話を聞くのはいいが、自分が噂話のタネになるのはまっぴら御免。

ついでに駄菓子屋に寄り、俺の大好きなチョコを買う

俺と食い物の趣味が合う龍神にも食わせてやりたいところだが、ヤツがいない今は、独り占めするつもりだ。


チョコが溶けないように急いで帰り冷蔵庫にしまうと、居間では桃代と桜子が水着に着替えていた。

俺は見なかった事にして自分の部屋で着替えると、二人を待つ事にした。

しばらくするとふすまが開き、桃代が小声で聞いてきた。


「紋ちゃん、さっき台所から見たでしょう。もう、気を付けないとダメだよ。桜子には内緒にしてあげるから、あとでわたしの言う事を聞きなさい」

「いいか桃代、調子に乗るな。それと居間で着替えるな。ごめん桜子、さっき台所に居る時に、おまえ達の着替えの場面に出くわした。申し訳ない、すまなかった」


「あ~っやっぱり、あの時の冷蔵庫が開く音は、紋次郎君だったんだ。いいよ別に、うしろ姿しか見えなかったはずだし、居間で着替えてたわたし達も悪いんだから」

「桜子、本当にすまなかった・・・という事だ。桃代、おまえは俺を強請ゆすろうとするな!」


「あうっ、ずびばぜん。強請ゆするつもりではなかったんです。ただ、これをネタに無理矢理言う事を聞かそうと思っただけなんです」

「桃代姉さん、それは立派な強請ゆすりです。あまり紋次郎君を困らせると、そのうち怒られますよ」


「なによっ桜子、あなたはどっちの味方なの! こういう時は無条件でわたしの味方をしなさいよ」

「あ、あっ、そうですね、すみません。紋次郎君、着替えを覗いた罰として桃代姉さんの言う事を何でも聞きなさい」


「いいか桜子、おまえまで調子に乗ってると、なんでも屋で働いていた頃の貸しを返してもらうぞ」

「うぐっ、ごめんなさい紋次郎君、もう調子に乗りません。だから、貸しになった出来事を誰にも言わないでください」


「なあに桜子、まだわたしに報告してない事があるの? ちゃんと報告しないとダメじゃない」

「行くぞ桃代、あまり桜子を困らせるな。元はと言えばおまえが原因だ」


桜子のヤツ、余程世話になったのだろう桃代に服従し過ぎだ。

桃代が他の人に無茶を言わないよう、なるべくヤツの言う事は、俺が聞いてやらないとイケない。


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