第85話 デート

桃代の励ましで、俺はなんとなく元気を取り戻せた。

ただ、これで桃代が増長するのは目に見えている。

当主としての俺の立場は、どんどん低くなっていく。


頭に包帯を巻いて、身体中からだじゅうかさぶただらけの俺は、ほうきを手にして今は玄関前の掃除をしている。いや、させられている・・・桃代に。

途中で手を止めて空を見上げると、夕焼け空に伸びる飛行機雲を見つけ、その先を追い続ける。

あの雲に乗り、地上を見下ろせば、俺の存在や苦悩など塵芥ちりあくた


悩む必要は無い。

思い通りやるだけやればそれでいい。


これまでの事を思い返し、夕焼け空を眺めていると気がついた。

太陽光が反射して光り輝く何かが見える。

アレはなんだろう? 別の飛行機かと考える俺の背中に、ドーンっと声と一緒に柔らかい衝撃がぶつかり、振り向くと桃代が俺に抱き付いていた。


「桃代さん、なんのつもり? そんなに勢いよくぶつかって、むち打ちになったらどうするの?」

「むふっ、大丈夫よ。わたしのエアバッグが守ってあげてるからね」


「あのなモモちゃん。そのエアバッグで守られるのは、おまえの胸だけだ。それより桃代、おまえは今回の件をどう思う?」

「どう思うってどういうこと? 紋ちゃんの背中が、わたしのオッパイを堪能していること?」


「ももよ暑い、胸を押し付けるな! そうでなくて、おまえは俺と違って地頭じあたまが良い。自分でも今回の騒動について調べてるはずだ。俺に言えない何かを掴んでいるはずだ」

「そう、気付いてしまったのね。ごめん紋ちゃん、実は中身はエアではないの、本当は脂肪なの。でも、デブっていう意味ではないよ」


桃代のヤツ、相変わらず薄らトボケていやがる。

まぁいい、桃代がとぼけるのなら、今は聞かないでおこう。

桃香の件が片付いたなら、答え合わせをさせてもらえばいい。


振り向いてチリ取りを渡すと、桃代に手伝わせて掃除を終わらせる。

夕日に染まった桃代の横顔は、あまり似てないのに、夢で見た桃香の笑顔と妙に重なる。

楽しげな桃代の笑顔を見ていると、俺は意外なことを口にしていた。


「桃代さん、明日は二人でデートでもしませんか?」

「むふ、紋ちゃんったら、やっとわたしの魅力を認識できたのね。でも、明日はダメよ。明後日、桃香様をしあわせに成仏させてからならデートしてあげる。だからね、無事に帰ってくるって約束をしなさい」


「うん、まあ、それはもちろん約束するけど・・・じゃあ、何処どこに行くか考えといてくれ」

「むふっ、任せなさい。わたしが満足するようなデートプランを考えておくわ」


やっぱり俺はバカだった。

ももよにプランを任せれば何処どこに行きたいのか、少し考えれば想像できるはずなのに、桃代の喜ぶ顔が見たくて、トンデモない主導権を与えてしまった。


その時はまだそれに思いがいたらず、桜子が腕を振るった夕食を仲良く食べて、その日は終わった。



翌日に目を覚まして台所に行くと、すでに起きていた桜子が朝食の用意をしている。

俺は手伝いを許されず、背中を押されて居間の方に追い出された。


「なんだよ桜子のヤツ、せっかく俺が手伝うって言ってるのに、邪険にしやがって」

「おはよう紋ちゃん。ほら、朝から愚痴を言わないの。家事に関しては、桜子がやりたいって言うんだから任せればいいよ。そうしないと桜子が居辛くなるでしょう。それに紋ちゃんが作ると、栄養がかたよるからね」


「そうなの? ゆで卵が嫌いなら言ってくれたらよかったのに」

「紋次郎君、わたしも桃代姉さんもヘビじゃないんだから、毎朝一人で五つも食べられないよ!」


「怒るなよ、次からはウズラの卵にしてやるからよ。それで桃代さん、あなたは何を書いてるの?」

「あっこれ? これはデートプランよ。紋ちゃんと違って、わたしはちゃんと予定を立てるからね」


「桃代さん、そのプランは無理だと思いますよ。そもそもそれはデートではないでしょう」

「何言ってるのっ、紋ちゃんが何処どこに行くか決めなさいって、言ったんだよ」


「だからね、そのプラン、もう少し手加減しようか。おい桜子、おまえからも何か言ってやれ」

「も~ッ、紋次郎君はッ! デートくらい桃代姉さんの好きな所に行ってあげなよ。そんなんじゃあ、何時いつか愛想を尽かされるわよ」


「ほらね、桜子もそう思うでしょう。どうする紋ちゃん? わたしに嫌われてもいいの?」

「おまえ等なァ、そのうち本気ではり倒すぞ。桜子はこのプラン表を見てから意見を言え。桃代は調子に乗ってると、あの誓約書通り、おまえを看取ったあとでピラミッドごと野焼きにするぞ」


「ヒーッ、ごめんなさい、もう調子に乗りません。アレはわたしの大切な王墓なんです。粗末にしないでください」

「桃代姉さん、このプラン表・・・・・紋次郎君ごめんね。これからはちゃんと確認してから意見を言います」


桃代のデートの計画は、まずはエジプトに行き、カイロ博物館を一日見学したあとで、翌日は新しく出来た大エジプト博物館を見学するというプラン。

更にそのあと三日間、誰も居ない砂漠を掘り返し、遺跡を見つけて財宝を持ち帰る。

まさに弾丸見学、盗掘とうくつ盗人ぬすっとプラン。


俺と桜子は国際問題になる前に、未然に犯罪を防ぐ事に成功した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る