第76話 穢れ

暑さの所為せいなのか、扇風機のタイマーが切れた所為せいなのか、とにかく昨日の夜は寝苦しかった。

そして、夜中に外出をした所為せいなのか、とにかく俺は寝坊した。

さらに、一つの布団で寝た所為せいなのか、とにかく桃代のパジャマが乱れている。


上のパジャマはボタンが外れ、大きな胸が露わになっている。

下のパジャマはズレ落ち、白桃マークの入る、モモ色のパンツが露わになっている。


そんな俺と桃代の姿を、ふすまいた隣の部屋から、桜子が顔をしかめて冷凍ビームでも出そうな冷たい視線で見ている。


桃代はまるで死んだような顔をして、ピクリとも動かない。

俺に巻いてある包帯からは、ところどころ血がにじみ、いかにも桃代が抵抗しました、そんな姿になっている。


不味い、見ようによってはこの状態、俺が布団に引きずり込んで桃代をめにしたように見える。


いやいや、いくら桜子でも、そこまでトンデモない勘違いをするはずがない。


「紋次郎君! 何その状態! 桃代姉さんを無理矢理犯した挙げ句に殺害したの! 次はわたしの番なのッ!」

「あのな~桜子、どうしてそこまで飛躍する。おまえもどうしてこうなってるか、本当はわかってんだろう」


「まぁね、桃代姉さんのぶっ飛んだ思考と、紋次郎君にこだわる行動力。一歩間違えればストーカーだもん」

「そこまでわかってるくせに、どうして俺を罵倒ばとうした。それよりも桃代のパジャマを直してやれ。目のやり場に困る」


「ごめん、ごめん、紋次郎君って揶揄からかいたくなるのよ。でも、不思議よねぇ、わたしと一緒に寝てる時は【パジャマが乱れる】なんて事はないのに。それにしても大きな胸。紋次郎君、本当に何もしてないの?」

「いいか桜子、よく考えろ。コイツのこのデカい胸にれた瞬間、俺はどうなると思う?」


「そりゃまあ【責任取れ】って話になるわよね。でも、結婚するんだから問題ないでしょう」

「そうじゃない。それはもう責任を取らされた。ガキの頃に、桃代と一緒に風呂にはいらされ【わたしの裸を見たからには結婚しないとダメなんだよ】って言わ・・・」


そうか、思い出した、そういう事なのか。

その時の風呂での言い分を認めた所為せいで、桃代の中では俺が求婚した事になったんだ。


桃代さん、あなたは変なところで、わかりづらいッス。

でもまあ、謎が一つ解けた。


パジャマの乱れた桃代は桜子に任せて、俺は台所に行くとご飯を作る。

卵を茹でてパンを焼き、あとは千切ちぎっただけのレタスのサラダ。


用意が出来た頃に、桜子がまだ眠そうな桃代を連れて来て、三人で朝食を食べる。

それが終ると桃香の面を持って来て、夜中の出来事を話すことになった。


「なるほどね、それで紋ちゃんは夜中に出掛けたのね。どうしてその時に、わたしを起こしてくれなかったの?」

「まさか本当に、御神体が居るとは思わなかったからな。そしてこれは俺の因縁だ。俺が解決しないといけない問題だ」


「また~ 紋ちゃんはすぐに格好を付けたがる。結果は何時いつもぐたぐたなんだから、ちゃんとわたしに相談しなさい」

「いいか、俺はこれでもちゃんと考えている。御神体の桃香の辛く苦しい思いを忘れさせ、しあわせな気持ちを思い出させておくってやる。そんな策を考えている」


「そうなの。ねぇ紋ちゃん、わたしを御神体の桃香様だと思って、その策を実演してくれない」

「ふふふっ、いいのか桃代。おまえまで感激して、あっちの世界に行っちゃうぜ」


「おっ! 自信だね~~紋ちゃん、早くして、わたしを感激させて、あっちの世界にイカせて」

「ももよ、おまえが言うと何か下品だな。何処どこの世界へ行くつもりだ?」


桃代を相手に、俺が素晴らしい策を実演しようとしてると、またしても桜子が顔をしかめて、面の桃香に話し掛けた。


「今のやり取りを聞いてどう思います、面の桃香様。紋次郎君と桃代姉さんは、妙にズレてると思うんですが」

「あなたは確か、桜子だったわね。さくらって呼んでいい? ズレてるも何も、今の会話をあの子が聞いたら、やきもちを焼かれて、本当にあっちの世界に連れて行かれるわよ」


「そうですよね。でも、桃代姉さんと桃香様が言った、あっちの世界は別世界ですよね。そう言えば、御神体の桃香様は、どうやってれただけの人をミイラにして、あっちの世界へ送るんですか?」

「興味があるの、さくら。でもまあ、あなたの父親の死因だものね、教えてあげる。神道においては死はけがれ、くろ不浄ふじょうと言うの。だから、普通は神社に死体を持ち込む事は出来ないの」


「えっ? ですけど御神体様は、桃香様の亡骸なきがらですよね」

「そうね、昔は寺と神社の区別が余り無かったからね。でも、本来持ち込む事の出来ないけがれを御神体にした。そして長年にわたり人の不浄ふじょうな願いと合さり、あの子は産まれた。産まれること、出産もやはりけがれ、しろ不浄ふじょうと言うのよ。つまりあの子はけがれのかたまりなの」


「うっ、それでは御神体の桃香様が可哀想かわいそうですね」

「そうね。でも、同情をしてはダメよ。同情をすれば、あの子は見下されたと思い、余計に怒るわ。そしてけがれのかたまりのあの子にれて、あの子の怒りにれると、れた人もれるの。生気せいきれると書いてれるの」


気枯けがれ、ですか?」

「そうよ、気枯けがれ。あの子の怒りにれると、植物が枯れたようになり、死んでしまうのよ」


「なるほど、それでミイラのようになるんですね」

「そういう事よさくら。だから、いくらもんちゃんでも危険。まして、あの子のけがれをはらうのは難しいと思うわよ」


桃香を成仏させる為の有望な策を実演をしようとしている俺の横で、もう一人の桃香が絶望的な話をしている。


ふふふふ、なめるなよ、俺はやる時にはやる男だぜ!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る