第75話 くだり道

桃香は俺の言い分に、あっさりと納得してくれた。

俺を好きにしろ。

その覚悟が、なかなか威力を発揮したのかもしれない。

そして、包帯からにじむ血を見つけると、桃香は俺の頬を撫でてくれ三日の猶予を与えてくれた。


明々後日しあさっての午後三時に、この場所で落ち合う約束をする。

それまで、桃香が何処どこでどう過ごすのか、気になるところ。

母屋に滞在するよう声を掛けるが【われの待つ楽しみを奪うつもりか】そう笑い、桃香は山の中に消えた。


桃香がいなくなり、俺はいま一人で山頂に立っている。

えっ! この暗い山道を俺は一人で家まで帰るのか? なんて情けない思いが頭をよぎる。


風による木々のざわめきにビクビクしながら、一人で山道をくだる。

いざという時の為に途中で長めの棒を武器として拾うが、身体からだのあちらこちらが痛むので、杖としての役割が大きい。


Tシャツと短パンの野郎が、両手両足に包帯を巻いて、体中に絆創膏やガーゼを貼ったまま、暗い山道を杖をついてヨロヨロしながらおりてくる。


もしも、この状態で誰かと遭遇すれば、そいつは俺を見て、なんと思うのだろう?

宇宙人に連れて行かれ、UFOの中で妙な人体実験を受けたあと、山に捨てられたと思うのではないか。

そこで、千年前の黄泉よみがえったミイラと手を繋いで話をしていました。

なんて事実を語ると、気の毒な顔をされるか、救急車を呼ばれるだろう。

まあ、実際には、一目散に逃げられるのが一番確率が高いと思う。


暗く、薄気味悪い山道が怖いから、バカな事を考えて気を紛らわす。

どちらにしても、この情けない姿を誰にも見られたくない。


現実逃避の為に、訳のわからない事を考えながら、やっとこさ山道をおりてきた。

この先には、我が家がある。

早く布団の上で横になりたい。


俺は片手に杖を持ったまま、片手で鍵を取り出して玄関を開けようとする。

しかし、鍵穴に鍵を差し込む直前に、手首をぎゅっと掴まれた。


えっ! 突然掴まれた俺の右手、多少の事にも慣れてきた俺の心臓も、この時ばかりは一段と大きく動いた。


誰の手? 


まさか! 本当に宇宙人? 俺は今から人体実験をされるのか?

バカな俺は、まだ現実逃避を続けていた。


勇気を出して出処を見ると、その手は玄関前で仁王立ちをしている桃代の手だった。

他所事よそごとを考えていた所為せいで、桃代の姿を見落としていた。


「桃代、驚かすなよ。ビックリするだろう」

「・・・ ・・・ 紋次郎」


「あの~桃代さん、早く眠りたいので手を離して頂けると、ありがたいのですが」

「・・・紋次郎、何処どこに行ってたの?」


「モモちゃん、ちょっと怖い。オイラ、何もやましい事はしてませんぜ」

「紋次郎、わたしにウソは通用しないよ。正直に言わないと折檻せっかんするわよ!」


折檻せっかんって、おまえは何を言ってんの? 寝ぼけてるならともかく、本気で言ってると怒るぞ」

「だって~~ 様子を見ようとお布団にもぐり込んだら、紋ちゃんが居ないんだもん。わたし以外の誰かのところに、夜這よばいに行ったかと思って・・・」


「あのな~何時いつの時代の話なんだよ。この時代にいなんてすれば、すぐ不法侵入で捕まるぜ。そもそも様子を見るのに、どうして布団にもぐり込もうとする」

「えへへ、まあ、いは冗談だけど、紋ちゃんが心配だったのは本当だよ。それで、こんな真夜中に何処どこに行ってたの?」


「え~っと、眠たいから起きたら話す。桃代も早く寝た方がいいぞ」

「紋ちゃん、御神体の桃香様と会ってたんでしょう。もう、何があったのか起きたらちゃんと話しなさい」


「桃代さん、なんでわかるの? そういえば、何時いつからここで待ってたの?」

「紋ちゃんの行動は、まるわかりよ。わたしに隠し事は出来ないの」


桃代は全て見透みすかしていた。

しかし、叱責しっせきしようとはしない。

それよりも、段差につまずいてよろけた俺に手を伸ばし、転ばぬように支えてくれる。


桃代に支えられて静かに中に入ると、桜子を起こさないように洗面所で手を洗わされる。

俺は小さな声で桃代にお礼を言うと、やっと布団の上で横になれた。


頭の下に両手を置いて、天井を見ながら、桃香を満足させる方法を俺は考える。

しかし、満足させる方法、その策がまだ出来てない。

桃香の言う通り、俺の考えは行き当たりばったりなのかもしれない。


隣を見ると、桃代が静かに寝息を立てている。

なんて寝つきの良いヤツなんだ。

お腹が冷えないように、俺は薄い布団を掛けてやる。


・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・えっ!


桃代のヤツ、ドサクサに紛れて、一緒の布団で寝ていやがる。



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