第28話 幽霊

桃代から表情が消えて、何を考えているのか分からない。

まるで能面だ。


桃代に言葉をいそがせてはいけない。

コイツの感情に、俺の理解力がついていかないからだ。

桃代の言葉を待つしかない。


「・・・ ・・・ごめん紋ちゃん。こんなのただのたりだよ。紋ちゃんは何も悪くない。わたしが一人で心細かっただけだよ」

「そうか、落ち着いてくれて良かった。でも、もう安心しろ、桃代は一人じゃない、俺が居る。俺も桃代が居ないと安心できない」


「・・・そう、ありがとう。あの怖がりだった紋ちゃんにはげまされるとは、桃代一生の不覚。この件が片付いたら、紋ちゃんには早くミイラになってもらうわ」

「あの~桃代さん、いきなり物騒な事を言ってますけど、それはちょっと違うと思います」


「まあ、それは冗談よ。それで? 紋ちゃんは何処どこまでこの件を把握しているの?」

「俺が把握してるのは、金を出して商品を買えば教えてもらえる噂話程度だよ。ただ一人? いや一匹? もしかすると一柱ひとはしら? ヤツに聞けば、違う話を聞けるかもしれない」


「そう、龍神様にはもう会ったのね。龍神様のおかげで、わたしの事を思い出したのね」

「まあ、そうですけど・・・モモちゃんは何か怒ってるの? あそこに行くように、俺を誘導したのはモモちゃんですよ」


「別に怒ってないわよ。ただ、わたしを見て思い出すと期待してたから、残念なだけよ」

「桃代さん、俺を責めるような言い方は、やめてくれません。貴女あなた、能面で顔を隠して、その下は包帯をグルグル巻きにしてたんですよ。分かる訳ないでしょう。あの時俺が、どれだけ怖かったか」


「なによッ! わたしだって雰囲気で気付きなさいよ! そのあとだって包帯外して、わたしの全てを見せてあげたでしょう。あの時のわたしが、どれだけ恥ずかしかったか」

「あの時のおまえは寝惚ねぼけてただけだろう! アレの所為せいで、俺は記憶以外の何かがあふれそうになったぜッ!」


「うわッ! 紋ちゃんって下品。いったい何を、あふれさすつもりだったの?」

「いいか桃代、俺はあの頃の小さなガキではない。俺をおちょくるつもりなら覚悟しろ。あふれそうになったのは、怒りだ!」


「あうっ、ごめんなさい。むかし散々おかずを強奪したから、今度はおかずを提供しようと思って・・・」

「いいかモモ、もう一度言う。か・く・ご・し・ろ・!」


そうだった、桃代は俺に対してでこうだっだ。 

昔からシリアスが持続しない、こんなヤツだった。

このままでは先に進まないので、俺は桃代から会話の主導権を奪い返す事にした。


「桃代、もう一度聞く。幽霊のフリをしてる理由を聞かせろ。おまえに何があったんだ?」

「そうね、簡単に言うと、配偶者のいないわたしは当主の座を降りて、本家の権利を分家にゆずれ。そうおどされたのよ」


「簡単過ぎる。それでどうしてモモが幽霊になるんだ。意味が分からん」

「だって! わたしは寝込みを襲われたのよ。布団の上からロープで巻かれて、滝つぼに投げ捨てられたのよ。失礼しちゃうと思わない、せめて包帯で巻きなさいよ」


「あのな桃代、包帯は面倒くさいからスルーするけど、失礼以前にそれは殺人だぜ。なんでモモちゃんは生きてるの?」

「ほら、そこは龍神様に助けてもらって、滝つぼから浮いて来ないから、奴らはわたしが死んだと思ったんでしょうね」


「待て、桃代は誰に襲われたんだ? 奴らって誰だ? モモちゃんの身体からだは大丈夫だったの?」

「むふ、わたしの貞操が心配なのね。大丈夫よ、紋ちゃん以外には許さないから」


「いいかモモ、更に言う。か・く・ご・し・ろ・!」

「あうっ、すみません。でも大切な事でしょう。それから襲った奴らはわからない。覆面をしてたし、声も出さなかったからね。ただ和尚おしょうは居た気がする、線香の匂いがしたからね」


「あのなモモ、このド田舎には何処どこの家にも仏壇がある。線香の匂いだけで決めつけるのは良くないぜ。それに死体の回収はされてないから、襲った奴らも桃代が死んだとは思ってないだろう」

「ほら、そこは龍神様に頼んで、わたしを食べた事にしてもらったの。わたしを助けたあとで、水中をうねりながら顔を出して【旨かった】って、言ってもらったの」


「うわ~~悪趣味。もしも襲った奴らが分家の連中だったら、完全に大蛇おろち仕業しわざだと思ってるぜ」

「うん、そうね、そうだと思う。もともと欲の為に大蛇おろちを利用するつもりだったのに、今は自分の身を守る為にも、大蛇おろちの制御ができる逆鱗を欲しがってるはずよ」


「そうか、だから失踪届を出したんだ。まさか大蛇おろちに食べられました、なんて死亡届は出せないからな」

「そうね、それで家探しをしたけど、逆鱗は見つからない。わたしに何かあった時は紋ちゃんを次期当主にするように、公正証書を作っておいたから、新しい当主として紋ちゃんがやって来た。紋ちゃんが逆鱗を持ってなければ当主として認めない、ここから追い出せばいい。もしも持ってれば奪い取るチャンス、そういう事ね」


「あのな~~俺を巻き込むのはかまわないけど、せめて事前に説明をしてくれよ」

「だって、紋ちゃんがわたしを思い出してくれないんだもん。わたしは当主になって、何回も会いに行ったんだよ」


「はぁ? 何時いつ? 何処どこに? おまえみたいにふざけたヤツが会いに来たら、忘れる訳ないだろう」

「だって、恥ずかしかったから、電信柱のうしろに隠れて、遠くからそっと・・・」


阿呆あほうッ! そんなんで分かる訳ないだろう! 遊びに来た弟の友達に、隣の部屋でドキドキしてるねえちゃんか!」

「違う、違う、王家の谷で未開封の扉に穴をけて、発見したツタンカーメンの王墓を覗くカーター博士のようによ」


「いいか桃代! 脱線するな、脱線したらレールに戻れ、脱線したまま走り続けるな!」

「あうっ、紋ちゃんがわかりづらたとえをだすから、わかりやすたとえただけなのに」


「もういい、話を戻そう。結局のところ、モモを襲った奴らは、まだわかってないんだな。でも、分家の連中が加担してるのは確かだな」

「加担って、首謀者ではないの? 逆鱗の存在を知っているのは、今は分家の人だけだよ」


「わからん。ただ、あつめた噂話の中に、あの滝の遥か上流の山奥にダム建設の話があった。逆鱗を利用して龍神を上手うまく使えれば、工事費がかなり抑えられるはずだ。浮いた金は何処どこに流れると思う?」

「えっと、ダムの所為せいで水没する、遺跡の移築費用?」


「桃代、ワザとだろ。あそはナイル川でも、アスワンハイダムの話でもない! 水没するアブ・シンベル神殿もない! おまえッ自分が殺されかけたのに、ふざけてる場合かッ!」

「怒んないでよ。ちょっとしたお茶目じゃない」


落ち着け紋次郎、桃代のコレは今に始まった事じゃない。

ヤツは昔と同じノリで、俺に接してるだけなのだ。

そして、俺に【桃代姉さん物知ものしり】って、昔のように誉めてもらいたいだけなんだ。



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