第6話 再会

母屋おもやに入り靴を脱いだところで、今までこの家に無かった違和感に俺は気が付いた。

家の中に何者かが居る。

遠くの方で物音がする。

お腹を絞めつけられる痛みがある。

怪しさ満点なのだが、緊張はしない。


このまま気付かれないよう行くべきか、それとも外から回り込むべきか・・・迷う。

結局俺はこのまま行く事にした。

緊張しない理由、それは匂いの所為せいだった。

足音を立てないように音の出所に静かに近付き、中の様子をコッソリとうかがう。


音の出所、そこは台所キッチン

柱の影から少しずつ中の様子をうかがうと、まずは驚いた。

そして、悲しんだ方がいいのか、喜んだ方がいいのか、とにかくヤツがいる。

歌を口ずさみながら、食事の用意をしている。

空腹な俺にはたまらなく良い匂いだ。


ただ、問題もある。

ヤツの姿だ。

あの姿には問題しかない! まだ能面をかぶり、全身に包帯を巻いてくれていた方がい!


ヤツ! 桃代はパンツこそ穿いているが、裸エプロンで食事の用意をしていた。

朝からなんて下品なヤツなんだ。

無論、夜ならいい、そういう事でも無い。

前回は【オッパイを見たでしょう】って、食って掛かって来たくせに、なんだよそれ?

変なヤツだと思っていたが、俺の想像の遥か上をいく想定外なヤツ。


そのうしろ姿を見ていると、あのモモマークがお尻マークだという事を改めて強くそう思う。


ヤツの姿を見るのは、どのくらいぶりだろう。

鬱陶うっとうしいほど付きまとわれ、ちょっかいを出されたのに、自分で正体を明かしてからは初めて出てきた。

なにせ、成仏したと思っていたからな、どういう風に声を掛ければいいのか、それさえもわからない。

【やぁ、久しぶり】なんて普通に声を掛けてみる?

それとも【心配したよモモ】なんて優しく声を掛けてみる?

そもそもミイラになり損ねた怪奇なヤツの、何を心配すればいいのか訳がわからない。


どんな感じで声を掛けようかと頭の中で考えていると、先に腹の方が声を掛けてしまった。


「ぐゥ~ッ」

「うん? あっ、紋ちゃん! お腹が空いたのね、もうちょっと待っててね。もうすぐご飯が出来るから、今日は紋ちゃんの大好きなコシャリとターメイヤよ」


「・・・あのな~モモ、おまえには言いたい事が、それこそピラミッドの石の数だけある!」

「なあに? 愛の告白? 食欲より性欲なのね。ダメだよ~ 結婚するまでは清く正しくだよ」


「おまえはホントにハリ倒すぞ! 朝からそんな恰好したヤツが言う台詞じゃねぇだろうッ!」

「え~~ 紋ちゃんが喜ぶと思って頑張ったのに・・・もっとめてよ」


「頑張る方向が間違っとるわッ! 大体おまえ、今まで何処どこで何をしてたんだよ!」

「えっ! もしかして、わたしに会えなくて寂しかったの? も~う、仕方ないわねこの胸に飛び込んできなさい。甘えさせてあげるから」


「だれか~ 助けてくれ~ 話が全然通じない~ やっぱりこいつは変なヤツだ!」


再会を喜ぶどころではない。

怪奇に再会して喜ぶのも変な話だが、コイツの常識や良心は、既にカノプスに封印されているのかも知れない。


そんな事を考えてるうちに、台所の隣の広い居間の方から、食事の用意を終わらせた桃代が声を掛けて来た。

畳敷きの大きな和室、中央には茶褐色の大きな座卓が置いてあり、座卓を挟む形で座布団もふたつ置いてある。

桃代はそのひとつに座り、ニコニコしながら俺を待っててくれた。

上座の方に、桃代が座っているが・・・。


座卓の上には、桃代の手料理が並べられている。

弁当屋のおかずしか知らない俺は、どれもこれも初めて目にする料理だ。

色々聞きたい気持ちを抑え、まずは腹ごしらえをする事にした。


「紋ちゃん食べてみて、わたしの自信作のコシャリとターメイヤよ」

「あのなモモ、さっきも俺の大好きなって言ってたけど、俺は初めて見聞みききする料理だぜ」


「えっ、うそ・・・むかしファラオが食べたかもしれない料理なのに。たくさん食べて早くミイラになろうよ」

「エジプト料理かッ、そこを引っ張るなッ。俺はミイラになるつもりは無い!」


「え~~そんな事言ったら、紋ちゃんビールも飲めなくなるよ。ビールを飲んで、ちょっと赤くなったわたしを、押し倒すんでしょう」

阿呆あほう! ビールの起源はメソポタミアだ。だいたい怪奇のおまえを押し倒すって、俺はどんな鬼畜野郎なんだよ」


「も~う、細かいな紋ちゃんは、若さに任せてがばっと来なさいよ。でも、優しくしてね」

「言ってる事が破綻してるぞッ、結婚するまで清く正しくはどうしたッ! じゃなくて、そんなつもりはもともとねえッ! だから、お願いだから、普通に会話をして。そして、普通にご飯を食べさせて、お願いモモちゃん」


俺の願いを聞いてくれたのか、モモちゃんと呼ばれて機嫌が良くなったのか、桃代は静かに食べ始めた。


静かに食べる桃代を見て俺は驚いた。

その凛とした姿勢、その所作しょさや箸使いにコイツの育ちの良さがにじみ出ている。

しかし、れたりしない。

それらの良さを全て台無しにする、口の周りに飯粒がついているから。


俺は大満足で食事を終わらせると、桃代に感謝のお礼を言って頭を下げる。ヤツは照れた顔をして両手を前にモジモジしている。

モジモジすればするほどエプロンの布が中央に寄り、危険な状態になってくる。

俺はすぐさま食器を持つと台所に運び、ことなきを得た。


食器を流しに置いて居間に戻ると、また桃代にお願いをする。


「なあモモ、真面目な話しがしたい。お願いですから、まずはその前に着替えて下さい」

「え~~紋ちゃんが喜ぶと思って、わたしは恥かしいのを我慢してたのに、早く言ってよね」


「言っただろ、方向性が間違ってるって。とにかく着替えて来い。そして、俺の疑問に答えろ」


桃代にお願いをすると、ヤツは不満そうな顔をして自分の部屋に行った。

ヤツの部屋を知る為に、あとをつけるつもりは無い。

行けば、今度は覗き魔と揶揄やゆされる。


俺はその場で畳に寝転ぶと、桃代が戻る まで待つ事にした。



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