第5話 新天地

昨日は仏間に寝た所為せい金縛かなしばりにい、身体からだが動かないところに何者かおおかぶさり、首を絞められて死にそうになる。

そんな怪奇現象に一晩中苦しめられた・・・なんて、もちろんそんな事実は無かった。


気持ち良く目を覚ますと、俺は腹がいているのを自覚した。

台所に行くと昨日は勇気が出なかった冷蔵庫をけてみる。

目をつむり勢いよく扉をひらくと、少しずつ目もひらく。


中の物がぼんやりと見え始め、ハッキリと見えた所で人心地ひとごこちがついた。

カビだらけの物はない。異臭で鼻が曲がる事もない。

中にある牛乳パックを手にすると、ある疑惑が確信に変わった。


昨日、この家に来て薄々感じていた違和感。き家だったはずのこの家には、生活感があり過ぎる。

更に、牛乳パックの日付けが賞味期限を過ぎてない。

牛乳パックの賞味期限は、十日程度と記憶している。

前回仕事でここに来たのが、それより前。

つまり、あのミイラの発見以降、誰かがこの家に出入ではいりをしてるか、浮浪者のたぐいがここに住みついている。

どちらにしても気分がくない。


何にせよ誰かが居る可能性があるので、俺は空腹を我慢すると、音をたてないように家の中を探すことにした。

この家は広いが、平屋ひらやなのは幸いだ。

各部屋を見て回り、探すものがふたつある。

ひとつ目は当然不審者のたぐいだ。

書類上この家は、すでに俺の所有物件なのだから、訳の分からない知らないヤツとの同居は御免ごめんこうむる。


ひと部屋ずつ見て回るが、それらしき形跡が見当たらない。

家探しをしたあと金目かねめの物を持ち出した跡、脱ぎ散らかした服や食い散らかしたゴミなど、更に浮浪者特有の匂い、どれひとつ無い。


それどころか、昨日は気付けなかったが、きれいに掃除がされている。

何者かの出入ではいりがあるのは確かだが、その情報を弁護士に聞かされてない。


各部屋を見ていくうちに、ふたつ目の探し物だけは見つけた。

懐中電灯だ。

桃代の部屋らしき場所にあった。

らしきと言うのは、女らしくない部屋なので、俺の憶測だ。

机の上はゴチャゴチャと散らかり、工具や刃物まで散乱している。その机の上に懐中電灯も置いてあった。


机の上は、眩暈めまいがするような乱雑ぶりだった。

手にした懐中電灯には、変なマークが入っている。

最初は気にならなかったのだが、どれもこれも同じマークがあるので気になり始めた。

一見いっけんハートマークかと思い、桃代も生前は可愛い女の子だったのだと思ったが、名前のあとに上下逆さまのハートマークを見つけて気が付いた。


モモのマークだ。


だが、見ようによっては、お尻のマークにも見える。

アイツはやっぱり変なヤツ、改めてそう思わずにはいられない。


まあ、モモのマークは無視して、懐中電灯を入手したので暗い場所も探す事ができるようになった。

まず、俺は押入れの上の天袋に入り、板をズラすと天井裏を照らす。

天井裏に他人が住みついていた。そんな事件を雑誌か何かで読んだ事があるからだ。


しかし、暗闇の中をくまなく照らすが誰もいない。それらしき形跡もない。

だが、懐中電灯の向きを変えた瞬間に心臓が止まりそうなほど驚いた。

血の気の無い白い顔なのに、薄ら笑いを浮かべる身体からだの無い女と目が合ったからだ。

棺桶の中に横たわる、能面を被るミイラを見た時と同じ衝撃。


一度目の衝撃で多少の耐性がついている俺は、痩せ我慢をすると、ぶれるあかりでまた照らす。

よく見ると、それは上棟式じょうとうしきで使用するお多福たふくの面だった。

俺はホッとして胸を撫で下ろす。

結局天井裏でも、何も見つける事は出来なかった。


いよいよあそこの確認をしなければイケない。正直なところ俺は気持ちが重たい。

しかし、懐中電灯を入手にした今はけて通ることは出来ない。


庭に出てあずま屋に保護された縦穴の前に行くと、まずは深呼吸を繰り返し、覚悟を決めて梯子はしごに手を掛けると踏み外さないように一歩ずつゆっくりと降りて行く。


一度は通った道、どうと言う事は無い。

そうは思うが、背中に汗が流れだす。

【怖くない】そう強がる俺の気持ちに反して身体からだは正直だった。


縦穴をりてピラミッドに向かう横穴を歩き階段の前に到着すると、落とし穴が踏み抜かれていた。

おそらく、あの時の現場監督か、警察の人間が踏み抜いたのだろう。

三段目の違和感でも毬栗いがぐりは落ちてこない。


前回ここに来た時のような、財宝に胸躍る感も無くピラミッドの中に入るが、これからが問題だ。

棺桶に近付くと、棺桶のふたは横に置かれていたままになっている。

俺は少しずつあかりをズラし、中の確認をする。


当たり前だが何も無い。中はからだ。

拍子抜けする。安堵もする。それと同時に、桃代にはもう会えないんだと思い寂しさを少し感じる。


妙にフレンドリーなヤツ。

会話の噛み合わない疲れるヤツ。

可愛い顔で胸のデカいヤツ。

タイプといえばタイプだが、物の怪に懸想けそうするほど物好きではない。

俺は桃代の遺骨を寺から引き取り、ここに埋葬してやろうと考えた。


ここには誰もいない。

引き返しながら、この場所の確認が済んだのは良かったと思う。

だが、そうすると違和感の解決がまだしていないので、モヤモヤしたまま母屋おもやに戻ると、驚くべき出来事、いや試練が俺を待ち受けていた。



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