第4話 移住

あの日、真夜中に話をして以来、桃代の姿を見ていない。

少し寂しい気持ちと安堵する気持ちが、俺の中でせめぎ合う。


ただ、桃代を探そうとは思わない。

言いたい事を俺に告げると満足したのか? それとも荼毘だびされた為なのか? どちらにしても死者が成仏するのをめてはならない。


それから、やはり会社はつぶれた。

あのバカ社長、裏ではかなり阿漕あこぎな真似をしていたようで、俺達従業員まで共犯を疑われた。

しかし、従業員の給与明細や勤務日数、そのほかに勤務時間が帳簿で分かると、逆に同情された。


あの弁護士の存在も大きかった。

呼び出された時に取り調べを受けた事を話すと、警察に抗議に行き、他の従業員からも感謝された。


無職になった俺達元従業員一同で、同業の会社を作る、なんて事にはならない。

もともと惰性だせいで続けていた仕事、特に思い入れも無い。


ただ、桜子だけには、これからどうするのかと根掘り葉掘り聞かれた。

ほかのヤツには聞かないのに、どうして俺にだけしつこく聞くのか理解が出来ない。

だがそれも、俺は適当に流した。


弁護士には感謝の意向を示し、相続の手続きが終わると部屋に帰り、桃代のいない天井を見ながら俺は自分のクソのような人生を振り返える。

このまま、また先の無い会社に拾われて、数年、いや数か月後に、また天井を見ながら自分のクソのような人生を振り返る。

そんな人生はもうたくさんだ。


俺は心機一転する事にした。

決心が揺るがないうちに、このボロいマンションの賃貸契約を解除する。

そして、僅かな家財道具をリサイクルショップに売り払う。


桃代に会いたい、そんな事は一片いっぺんも思わない。

桃代に言われたピラミッドの周りを綺麗にする、そんな気持ちも一切ない。

ただ、何かの転機になればいい。

そんな安直あんちょくな気持ちから、あの家に引っ越すことを決心した。


数日後には身辺整理が終わり、残りの荷物は背中のリュックただひとつ。

俺の人生を象徴したような軽く、中身の少ない荷物。

まぁ、お気楽な俺には丁度良い。

大家おおやに鍵を返却し、別れの挨拶を済ませたあとで駅に向かう。


駅に着くと、か桜子が居た。

彼女とは、あれから一度だけ電話で話をした。彼女は親元に帰るそうだ。

風呂も無いボロいアパート、さすがに親も心配になったのだろう。


彼女に会う事は、もう二度と無いと思う。

それなのに、【またねっ】と明るい顔で挨拶をして、桜子は俺とは別の電車に乗って去って行く。


前回、あの家に行く時はなんでも屋のボロいワゴン車に詰め込まれ、ガソリンの消費を抑える為に冷房をれてない蒸し暑い車で移動した。

それでも、桜子がやたらと話し掛けて来て退屈だけはしなくて済んだ。


今回、余り人が乗ってない広い電車内、やたらと冷房が効いている。

だが、退屈をまぎらわす人は居ない。

ただ、窓の外の風景を見るしかない。

あとは寝るか、スマホを見るだけ。


二度ほど乗り継ぎをし、ど田舎の最寄りの駅に着くと、そこからは徒歩だ。

タクシーを使うつもりはない。そもそも駅前なのにタクシーがいない。

まずは歩き、この場所の雰囲気を肌で感じたい。


田舎の人間は閉鎖的だ。

縄張り意識や仲間意識が強く、自分の知らない余所者よそものはとことん排除しようとする。

テレビで見るような、知らない人を自分の家に泊めたり、何か食べ物を差し出すような事は無い。

あれはテレビカメラの前だからだ。


駅から少し離れると、あの家に続く一本道に入り、まわりを観察しながら歩き続ける。

左右に小さな商店もあるが、店先で俺を見る店主の目は客を見る目ではない。

あれは見当みあたり捜査をする警官と同じ目だ。


赤の他人に険しい視線を向けられてイラッとした俺は、その商店の前にあるアイスの入る冷凍庫から一本の氷菓を買う事にした。


金を払い、お釣りを出されたが、店主は何も喋らない。

せめて【ありがとう】の一言ひとことうべきではないかと思うが、それもない。

まあ、俺自身文句を言うつもりは無い。

ただ、俺が歓迎されない余所者よそもので、ここが予想通り、閉鎖されたド田舎だという事が実感できた。


俺は手にしたガリガリ君の包装紙を、店の前にあるゴミ箱代わりの一斗いっとかんに捨てる。

歩きながらガリガリ君をかじり、そして思う。

ガリガリ君のパッケージのガキんちょ、ブヨブヨ君だろう。


あの家に行く山の斜面、歩いてみると意外とキツい。

車か原付が欲しい、そんな事を思いながら歩き続ける。

弁護士の話によると、この山自体あの家の敷地で、俺が相続をした一部だそうだ。

そう、真貝の本家はこの辺りの大地主なのだ。

しかし、早くに両親と死別した所為せいで、俺はそんな事も知らずに今まで過ごしていたようだ。


大きく息を吸うのを繰り返し家の前に着くと、あの日に見た光景が広がる。

ピラミッドの中に今は入ろうとは思わない。

中に入る為のかりが無いからだ。

そんな言い訳を自分にすると、俺は母屋おもやに向う。


まずは母屋おもやのまわりを見て回る。

前回ここに来た時は、何時いつもの面倒な案件としか考えがなく興味は当然なかったが、今回は違う。ここは俺の家なのだ。これから俺が住むのだ。


見て回るうちに気付いた事がある。

この家は旧家の割に、意外と設備が充実している。

ソーラーパネルを設置して、太陽光発電もしている。

山の中だから送電線が来てない、そういう訳でも無く、意外と環境に配慮している。


ただひとつ、問題があるとすれば広さだ。

今までの俺は、座った場所で手を伸ばせば大抵の物に手が届く、そんな所に住んでいたのだから、ここは広すぎる。

この不満が、贅沢ぜいたくなのは重々承知している。

それでも、そんな事を考えずにはいられない。


適当にまわりを見たあとで、弁護士に渡された鍵を使う。

母屋おもやに入ると、これまた広い玄関。

ここだけで、今まで俺が生活していた空間に値する広さだ。

その広い玄関たたきで靴を脱ぎ各部屋を見てまわるが、どの部屋も変な部屋だ。


先住人の所為せいだろう、何処どこ彼処かしこも桃代の形跡けいせきらしきものがある。

難しい本が並べられた、図書館のような部屋。

古い物を蒐集しゅうしゅうした、博物館のような部屋。

何か工房のような作業部屋の中には、パソコンと3Dプリンターまでも置いてある。

この部屋を見て、桃代が本気で黄金のマスクを作る気だったのだと理解した。


俺はいた口がふさがらない。

作業部屋は見なかった事にして、他の部屋を見てまわる。


すると仏間を見つけた。

大きな部屋に大きな仏壇があり、部屋の壁の上部には、がくに入った遺影が並べられてる。

そのひとつに、見知った顔を見つけた。


俺の母親だ。


事故のあと俺を引き取った叔父は、父親の兄弟の所為せいか、この真貝の本家の方を知らなかったのだろう。


幼い頃のおぼろげな記憶にしかない母親は、何処どことなく桃代の面影がある。

なんとなくしんみりした気分になった俺は、仏壇に線香をあげて手を合わせる。

線香から昇る煙を追いかけながら、壁にある遺影も見渡して気が付いた。桃代の遺影が見つからない。

おそらく急死した所為せいで、用意する人が居なかったのだろう。

俺が真貝の一族の最後の一人とわかり、何とも言えない気持ちになった。


桃代の遺影を用意するのは、あとを託された俺の義務だと思い、桃代の部屋を見つけて写真を入手しなければと考える。

ただ、急ぐ必要はない。

俺自身ここの把握が出来てないから、これから少しずつ義務を果たせばいいと思う。


取りあえずトイレと台所、それから風呂、この三つの確認を急ぐことにした。

トイレは重要だ。それだけ外にあるのは勘弁してほしい。

トイレはちゃんと母屋おもやにあり、意外にも水洗でシャワートイレも付いている。

田舎のボットン便所を覚悟していた俺はホッとする。


台所に行くと、太陽光発電をしているおかげかIHコンロだ。ガス代が掛からなくて良かったと思う。


蛇口をひねると水も出る。

そして、当然冷蔵庫がある。これをけるのは、少し勇気がいる。

けると中には、カビだらけの食材があふれている可能性があるからだ。

中の確認は明日にしよう。


それよりも、駅からここまで結構な距離を歩き少し汗をかいたので、臭くなる前に風呂に入りたい。


風呂場を見つけ、中に入りシャワーを浴びてスッキリする。

風呂場にはシャンプーやリンス、ボディーソープも揃えてあった。

桃代の使用していた物だろうか、思い返せば俺の部屋でもシャワーを浴びていた。

シャワーを浴びる幽霊、それだけで非常識な存在だ。


風呂を出たあと、俺は仏間に居た。

暗くなり、今日はもう疲れていたので眠る事にした。

母親の遺影に足を向けないように横になり、しばらくすると眠りに落ちていた。



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