第3話 正体?

そいつが起きるまで、俺は待ち続けた。

はり倒しても良かったが、清めの塩をさかなに清めの酒を呑む能面をかぶったミイラ。

とても怖くて、はり倒す勇気が出ない。


そもそも、どうやって飲んだのだろう? 面を外して塩を舐めながらラッパ飲み? それだけで怖すぎる。


そんなヤツが普通に酒場に居れば、まず間違いなくアル中と勘違いをされる。

しかも、そいつが全身に包帯を巻いたミイラで、能面をかぶるホラーな存在なのだから、通報で駆け付けた警官だって怖いはずだ。


電気もけずに暗い中、ひとつしかない座布団に座り俺は待ち続ける。

すると、そいつはうしつ時に目を覚ました。

目を覚ますと、顔にけている能面をベッドの上に投げ捨てる。

面を外しても包帯で顔は見えない。

しかし、そいつは体に巻いてある包帯をほどき始めた。

だが、寝起きの所為せいなのか? 不器用なのか? なかなか上手うまくほどけない。

背中の方で包帯がからまり、にっちもさっちもいかない。


俺は立ち上がり仕方なくからまった部分をといてやると、ベッドの上にあがって包帯をほどく手伝いもしてやる。

ヤツは寝惚ねぼけているのか、何か勘違いをしているのか、両手を上にクルクル回り、包帯が段々ほどけていくと、少しずつヤツの正体はあらわになる。


意外と可愛い顔に、デカい乳、余りくびれの無いウエストに、太い太もも。

確かに太いももだから太ももなのだろう、だが女にしては太い気がした。


ヤツは全ての包帯を脱ぎ捨てると、バスタオルを片手に風呂場に行く。

俺の住居の小さなユニットバス。当然トイレと一緒になっている。

このかんは尿意を我慢しないと、えらい事になる。

ヤツは歌を口ずさみながらシャワーを浴びている。


そう、あれ以来、棺桶をけて以来、ヤツは俺のそばに居て、寺では肩を叩き話し掛けてきて、坊主にひどく怒られた。

部屋に戻ると宙に浮き、天井に張り付き見下ろしたまま、まぁまぁ話し掛けて来る。

そして今日は弁護士事務所でお茶を横取りされ、会話にちょいちょい口を挟まれた。


余りに異様な姿に俺は恐怖心から見えないフリをして無視していたが、弁護士の話でヤツの正体に気付き問い詰めようと意を決し帰ってくれば、清めの酒を飲んで眠っていた。

取りあえずシャワーが終わるのを待つしかない。


それにしても奇妙な怪奇現象だ。

知らぬそばに居て、かちょっかいを掛けてくる、能面をかぶるミイラ。

自分で包帯をほどくミイラ。

包帯の下はミイラではなく、幽霊らしき可愛い女。

その幽霊らしき女が、今シャワーを浴びている。


この体験を誰に言えば信じてもらえるだろう。きっと誰も信じない。

当たり前だ、俺だって信じない。

言えば、額に手を当てられて熱を測られて手首を取られて脈を確認したあとで、お薬を沢山たくさん処方されるか人里離れた病院で療養する事になる。


ここ数日の、そんな変な出来事を思い出していると、風呂場で大きな声がする。

だからと言って見に行く事は出来ない。

化け物とはいえ女だからだ。


それからすぐに、バスタオルを体に巻いて、赤い顔をした女が風呂から出て来た。

そのれた可愛い顔と、モジモジした普通の女のような仕草で、俺の恐怖心はスッ飛んだ。


「えっと、紋ちゃん。包帯をほどきながら、わたしのオッパイを見たでしょう?」

「あのな、人聞きの悪い事を言うな。その前に、あんたダレなんだよ、どうして俺の部屋に居るんだよ」


「えっ! そこから・・・もう、面倒くさいな~ ちゃんと調べておきなさいよ!」

阿呆あほうッ! 能面をかぶる現代のミイラ、ネットで調べても出てくるかッ!」


「えへへ、そうね、その通りよ。じゃあ自己紹介をするね、わたしは桃代、真貝桃代、あなたのお姉さんです」

「ウソつけ! 俺に姉は居ないよ」


「えへへ、バレた。実はわたし、あなたの母親なの」

「おまえ、それ以上言うとはり倒すぞ! 俺の母親は事故で死んだよ!」


「あっ、そうね、ごめん、不謹慎だったわね。本当はねっ、貴方の守護霊なの」

「ウソつけ! そんなみずみずしい身体からだの守護霊が居るかッ」


「あっ! 紋ちゃん、わたしのみずみずしいオッパイを見たでしょう?」

「そこに戻るな! ちゃんと説明しろッ」


会話がなかなか進まない。

桃代の苗字と親しげな態度で、俺を知る人物だという事は理解した。

イライラするが、少しずつ聞き出すしかない。


話を聞く限りでは、血縁である事は本当らしい。

ただ、詳しい間柄は話したがらない。

無理に聞き出しても真偽しんぎほどがわからないので、そこは後回しにして、気になる部分を聞く事にした。


「なぁ、桃代、あのピラミッドのような建物はなんなの?」

「何って、ピラミッドに決まってるじゃない。あれは、わたしの王墓なの」


「王墓? 王墓って、おまえ意味が分かって喋ってんのか?」

「当たり前でしょう。わたしは王なの、フェラオなの」


「ああッ、それはファラオの言い間違いか? おまえなぁ、その容姿でフェラオなんて口にして、恥ずかしくないのか」

「ちっ、違うの、本場の発音だから、そう聞こえただけだよ。紋ちゃんを試しただけだよ。ちょっと間違えただけだよ」


「どれがホントだよ、おまえふざけてると、顔におふだを貼り付けて成仏させるぞ」

「あっ、このおふだ? これ全然効かないのよ。肩こりが治ると思って貼ってみたんだけど無駄だったわ」


「湿布薬かよッ! 退魔のおふだを自分に貼る悪霊なんて、聞いた事がねッ」

「だって、わたしは悪霊じゃあないもん、ただのミイラ女だよ。日本のおふだが効く訳ないでしょう」


「おまえは日本人だろ! 包帯巻いただけでミイラになるなら、病院はミイラだらけだ!」

「失礼ね、わたしはこれから正式なミイラになるの。まずは、鼻の穴から脳を掻き出して、お腹を裂いた後は、内臓を別々のカノプスに入れるんだよ。でも、オッパイは小さくならないように気を付けてね」


「グロいわッ! しかも俺がやるんかい! だいたい何なんだよミイラとかピラミッドとか意味が分かんない」

「あら? 誰でも死んだあとは、黄金の財宝と一緒にピラミッドに埋葬されたいでしょう。そして・・・うふふ、千年後にはミイラ男として復活して、世界を恐怖のどん底に突き落とすの」


「怪奇かッ! おまえの願望を世間一般ととらえるな! だいたいミイラ男って、おまえは女だろ! しかも千年後に生き返るんか!」

「いいじゃん、いいじゃん、ピラミッドに埋葬されたミイラになる。それがわたしの夢なんだから」


「それは夢じゃなくて、死んだあとの希望だろ! おまえ、あんまりふざけてるとピラミッドの中で塩漬けにするぞ」

「え~ッ、それは困る。塩漬けにされるとカサカサになるでしょう。オッパイがしぼんだらどうするのよ」


「ミイラはもともと乾燥してカサカサじゃッ! そもそもオッパイを気にするミイラが、何処どこにいるんだよ!」

「あら? ここに居るでしょう。さっきからそう言ってるじゃない。もしかして、紋ちゃんは頭が悪いの?」


「だれか~ なんとかしてくれ~ コイツと話してると気が狂いそうになるッ!」

「もう、コイツなんて呼ばないでよ。桃代なんだから、モモちゃんって呼んでよ」


「桃代だからモモちゃんなんて安易すぎる。桃代のモモだか、太もものモモだか区別がつかん。ピーチでいいだろ」

「ピーチはダメだよ、誘拐されちゃうでしょう。誘拐されたら、紋ちゃんが助けに来てくれるの?」


「意味が分からん。誰が悪霊を誘拐するんだ? 身代金は、三途の川の渡し賃で六文ろくもんか?」

「だって、クッパが・・・」


「おまえ、それ以上言うと本当にはり倒すぞ。それより、ミイラ女になりたいモモの希望はわかったけど、あの能面はなんなんだ?」

「何言ってるの! 紋ちゃんだって、ツタンカーメンの黄金のマスクは知ってるでしょう。あれをかぶってこそファラオのミイラは完成するの!」


「う、うん、それは、まあ、分からなくはないけど・・・だからね、なんで能面?」

「だから! わたしの話をちゃんと聞いてたの? 黄金のマスクをねッ、かぶるのッ、そうしたら三千年後に発掘されて発見されると、大ニュースになるでしょう!」


「頼むから真面目に会話をしてくれ、千年後にミイラ男として復活をしたあとで、三千年後に発掘されるって無理があるだろ」

「えへへ、その辺のスケジュール管理は、紋ちゃんに任すわね」


阿呆あほう! 千年、三千年後のスケジュール管理が出来る訳ないだろう! その頃俺はちて砂の一部だ」

「それは困るよ、紋ちゃんは従者じゅうしゃとして、わたしと一緒にミイラになって埋葬されるんだから」


「えッ? もしかして、千年後に復活するミイラ男は俺か?」

「えへへ、そう、紋ちゃんはミイラ男として下界の様子を、時々わたしに報告してね」


「自分の願望に俺を巻き込むな! だいたい従者じゅうしゃってなんだよ、俺はおまえの家来か?」

「違う、違う、紋ちゃんは、わたしのお婿さん。それとミイラ作りの神官、あと黄金のマスクを作る職人、それからピラミッドを守る墓守、ちゃんと王墓のまわりの雑草を刈って綺麗にしておかないと怒るわよ」


「扱いがだんだん酷くなる。しかもツッコみ何処どこが多すぎて、何からツッコめばいいのか、わからん」

「あら、紋ちゃんに拒否権はないわよ、誰にも見られた事の無い、わたしのオッパイを見たんだもん。言う事をきかないと霊障が起きるわよ」


「やっぱり悪霊じゃんかッ。もう、おまえと話をしていると疲れる。何ひとつまともな答えが返って来ない」

「やっぱりアレかしら? IQが20違うと会話にならないって、本当なのかしら?」


「おまえ、それ、どっちのIQが低いのを前提に言ってんだ?」

「だって、わたしはモサドが登録してくれって、スカウトが来たくらいだもの」


「モサド?・・・もしかしておまえ、メンサと間違えてないか? なんで日本人のおまえに、イスラエルの諜報特務庁がスカウトに来るんだよ!」

「そうそうメンサ、メンサの方よ。ほら、月に一度は下腹部が重たくなって、本当に女性は大変なのよ」


「そりゃあメンスだろ! だれか~ 助けてくれ~ 日本語を話してるのに日本語が通じない」


ワザととぼけているのか、天然なのか、桃代との会話は先に進まない。

もしかすると、本当にIQが高いのか? それとも、ミイラになる為にすでに脳をき出されているのか? 俺は悩む。


ただでさえ頭の回転が鈍る真夜中の眠たい時間帯、桃代と話すのはつらすぎる。

そんな訳で、俺はもう休む事にした。


明日あすまた話せばいい。

急ぐ必要は無い。

だって、会社は開店休業中、倒産寸前なのだから。





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