魔法学園編

魔法学園への入学のすすめ

 それは叔母であるカタリナとの生活が半年程経過した時の事だ。


 すっかり、カタリナとの生活も板についてきた。その間にも、俺は召喚魔法の訓練及び、魔法に対する基礎知識なんかを、カタリナから習っていた。例え、自分で使えなかったとしても、知っておくと良いらしい。知っておけば対応ができる。効率的に物事を処理できる。そう、カタリナは俺に教えてくれた。


 そんな時の事であった。晩飯の時に、カタリナが神妙な顔で俺に告げる。


「王都の宮廷魔法師への赴任が決まった」


 カタリナは唐突に、そう告げてきた。宮廷魔法師。宮仕えをする魔法師の事だ。その関門は険しく、優秀な魔法師が100人集まって、1人選ばれるかどうかの難関である。その難関を潜り抜け、宮廷魔法師となった人間には、破格の待遇で国に出迎えられるという。


 報酬は勿論の事、地位や名誉。王国でも国王や大臣に次ぐ位の権力や権威が与えられるのだ。その上で、勤務時間の割に自由時間も多い。自分の魔法研究など、任意で使える時間が多いのだ。


「あたしは……別に金とか地位とかには興味はない。だが、やっぱり時間を得る為には金が必要なんだ。日々の生活をやりくりしていくには、綺麗事抜きで金が必要だ。大抵の人間はそうやって時間と金を交換して生きていくもんだ」


 そう、語るカタリナの目は寂しそうでもあった。本来ならば喜ばしい報告のはずだ。難関の宮廷魔法師に選ばれたのだから。そしてその後はバラ色のような生活が待っている。だから本来であるならば、喜々としてた目で報告していてもおかしくはない。


「だけど……そうなると王都にはお前を連れて行ってはやれなくなる。お前の面倒を見るのもこれで終わり、というわけだ」


 仕方のない事だろう。今までは温情もあり、甥である俺をカタリナは引き取っていてくれたのだ。だが、彼女には彼女の人生というものがある。それを邪魔する事なんて、俺にはできるはずもない。むしろ、今まで俺の面倒を見てくれた事に対して、深い感謝の念を俺は抱いていた。


「ありがとうございます……カタリナ……おば……じゃなかった。お姉さん」


「お前……最後の最後まで。殴られたいのか?」


 カタリナは俺を睨む。


「い、いえ。決して殴られたいなんて事は」


 俺はマゾではない。ノーマルだ。女性に殴られる事を快感に覚えるような特殊性癖などない。


「こほん……まあいい。しばらく会う事はなくなるだろうからな。その憎まれ口を聞く機会もしばらくはないわけだ。だけど、ここで問題がひとつある。お前に引き取り先なんてないだろう?」


 カタリナは聞いてくる。俺は実家であるユグドラシア家を追い出された身だ。当然のように、実家が俺の事を歓迎するはずもない。


 そして、俺を引き取るような物好きは叔母であるカタリナを除いて心当たりがない。


「この家に住んで貰っても構わないんだが、一人だとする事なんてないだろう? もう私がお前に付き合ってやる事なんてできないんだから。それに、お前はもっと広い世界を見た方が良いと思うんだ」


「広い世界を見た方がいい? ……この家を出て、どこか別の所で暮らすって事ですか?」


 あるいは……世界を放浪するような旅に出るのか。彼女の真意を俺は理解しかねた。


「レガリアには王立の魔法学園がある。そこに入学届けを出しておいてやった。そこの理事長と私は旧知の仲でな……お前は色々と曰く付きではあるが、何とか引き受けて貰える事になったよ」


「俺が魔法学園に……入学」


「どうする? ……このまま、この家で生涯を閉じるにはお前は些か若すぎる。お前くらいの年齢のガキは、学校に通って学んだり、青春を謳歌したりするもんだ。大抵はな。もっとも恵まれてない子供もいる。学校に通えない奴もいるのを忘れるな。それができるって事はそれだけ恵まれてるって事なんだからよ」


「いいんですか? けど、学費はどうするんですか?」


 俺だって魔法学園の事くらい知っていた。社会常識として。だけど、学校に通うのは普通の場合無償ではない。それなりの資金の後ろ盾がいるのだ。そして、俺の実家は当然のように、その後ろ盾になど、なってくれはしない。


「それくらい、私が出してやるさ。宮廷魔法師になれば、相当な給金が貰える。お前一人の学費を払って、養う位何とかなる。お前は姉さんの忘れ形見だ。そしてそんなお前をユグドラシア家が見捨てるっていうなら、私が拾って保護者になってやるしかないだろう?」


 願ってもいない事だった。俺も思っていたのだ。もっと広い世界を知りたいと。それに、魔法学園でならもっと学べるはずだ。魔法について。召喚魔法の事も、もっと知る事ができるかもしれない。

 亡くなった母に顔向けできる、立派な魔法師に近づけるかもしれない。その最高の環境が王立魔法学園には揃っている事であろう。


「ありがたい申し出です……カタリナ姉さんがそれでいいなら」


「行ってこい、アレク。そしてお前はもっと広い世界を見てくるんだ……大勢の仲間と出会い、学び。そして死んでいった姉さんに顔向けできる、立派な魔法師になれ。お前なりの形でいい。型にはまった形じゃなくていいんだ。それをきっと姉さんも望んでいるだろうしな」


「はい! ……是非行かせてください。俺を王立魔法学園に」


 叔母であるカタリナと別れなければならなくなった俺は、王立魔法学園に通う事になった。そこでの新生活が始まるのである。


 そして、その時俺はまだ知らなかった。


 この後、魔法と、召喚魔法を巡る、大きな騒乱が起こっていくという事を。


 運命の渦は蠢き、そして大勢の人間を巻き込んでいくのであった。

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