カタリナとの模擬戦闘

 雨の降りそうな曇り空の下、俺はカタリナと向き合う。


 幸いな事にカタリナの家は人気のない場所に建っている。その為、周囲の事をあまり気にする必要はなかった。まともな住宅街だったらクレームが間違いなく来るであろう。


「それじゃあ、始めようか。準備はいいか?」


 準備と言われてもという感じだが。カタリナは百戦錬磨の魔法師ではあるが、俺は召喚魔法を実戦で使うのはこれが初めてなのである。


「……ええ。構いません」


「だったら始めようか」


「……始めるって言ったって」


 俺は戸惑った。まだ覚えたばかりの召喚魔法を十全に使いこなせる自信がなかったからだ。


「真面目にやれ。でないと死ぬぞ、お前。それとも、召喚獣と契約したっていうのは嘘だったのか?」


 カタリナは冷徹な目で俺を睨む。その目は叔母としての優しさなど微塵もないものだった。その冷たい目は『魔女』という異名に相応しいものだった。俺は叔母としてのカタリナを目の前にしているのではない。『魔女』としてのカタリナを目の前にしているのだ。


「そっちから来ないなら、こっちから行くぞ。言っとくけど、命乞いは受け付けてないからな」


 カタリナは手に魔力を集中させる。攻撃魔法を放つ、つもりだ。


「フロストランス」


 カタリナの手には氷の槍が出現する。魔法。俺がどれほど欲しても手に入れる事が出来なかった魔法をカタリナは躊躇なく使用してくる。


「そらっ!」


 カタリナは氷の槍を投げつけてきた。投げやりだ。猛烈な速度で、氷の槍が俺に襲い掛かってくる。


「くっ!」


 俺は何とか、その攻撃を避ける。


「はぁ……」


 俺は安堵の溜息を吐く。


「安心するのは早いぞ。なんたって」


 空中に、氷の槍(フロストランス)が無数に出現する。


「そんなもの、いくらでも作れるんだからな!」


 カタリナが『魔女』としての本性を表した。


「い、いくら何でもやばいでしょ! それはっ!」

 

 雨霰(あめあられ)のように、氷の槍が降ってくる。一発当たっただけでも串刺しになって即死だろう。


「心配するな……これは模擬戦だ。だが、不慮の事故もありうる。私でも治せない位の致命傷を負ったら往生するんだな」


「ぜ、全然それじゃあ、安心できないじゃないですか」


 俺は次次と降ってくる槍を避けた。だが、回避するのにも限界があった。


「ぐわっ!」


 俺は肩に槍を食らってしまう。鋭い、痛みが走り、血が流れた。


「どうした? 本気を出さないと死んでしまうぞ?」


 カタリナは俺を冷たい目で見下す。


「ほら。もう一回だ」


 先ほど回避したにも関わらず、またもや空中に無数の氷の槍(フロストランス)が出現する。

 

 絶望的な状況下だ。俺は命の危機に瀕していた。カタリナは本気だ。彼女の口ぶりだと『蘇生魔法(リザレクション)』までは使えないんだろう。心肺が停止すれば本当の終わりだ。本当の意味での死が見えてくる。


 死ぬのは嫌だ。母との誓い、立派な魔法師になるっていう約束も守れずに、母の元へ旅立つのは絶対に嫌だ。


 もはや他に手段はない。俺は藁にも縋る気持ちで覚えたばかりの『召喚魔法』を発動する。


「このまま死ぬか、アレク!」


 カタリナは無数のフロストランスに命ずる。俺を貫くように。無数の氷の槍が俺を貫く寸前まで襲い掛かってくる。


「出てこい! 『イフリート!』」


 俺はイフリートに命じた。俺の全身から魔力が放たれ、一瞬にして炎の巨人を作り出す。


「なっ!?」


 魔法を放ったカタリナは面を食らっていた。現れた炎の巨人——イフリートは無数のフロストランスを一瞬で蒸発させ、俺を守ってくれたのだ。


 イフリートはカタリナの前に立ちはだかる。雄大な燃え盛る背中を見せてくれた。その背中は実に頼もしく、俺を安堵させた。とりあえず、襲い掛かってきた窮地から俺は救われたのだ。だが、これで終わったわけではない。


 むしろ、ここからが戦闘の本番だった。


「本当に……使えるようになったんだな。アレク。召喚魔法を」


 カタリナが驚いたのは一瞬だけの事だ。カタリナは笑った。未知なる魔法との交戦を楽しみにしているかのように。


『二度目の召喚は随分と早かったのう……主よ』


 イフリートは俺に告げる。前に呼ばれた時は何もなかったから、肩透かしを食らったのだろう。どこか気だるそうだった。


『また呼び出すだけとか……そういうわけではあるまいな?』


「ああ……安心していい。そういうわけじゃない。今日はちゃんとお前に闘って貰いたいんだ」


『ふむ……そこにいる娘っ子と闘うのかの?』


『娘っ子』という表現に些か違和感を覚えたが。この魔人が何百年、何千年前から存在していたかは知らないが。それに比べてしまえば、20歳程度のカタリナ(叔母)など、そうとしか思えないのだろう。


「ああ……その通りだ」


「はっはっは! 楽しくなってきたぞっ! アレク! 私も、もう少し本気を出してやろうじゃないか」


 氷の魔力が満ち溢れていく。地面が凍った。辺りにある木々も凍り付いていった。『魔女』と呼ばれる魔法師の本領を発揮していく。


 痺れるような緊張感がその場を支配していった。


 彼女との本気の戦闘がこれより始まろうとしている。もはや模擬戦闘などとは言っていられない、命を賭けた本当の戦闘行為だ。


 それが今から始まるのだ。俺は一層気を引き締めた。

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