召喚魔法に目覚める

「……なんだ? この本は」


 カタリナ宅書庫の掃除中の事だった。


 俺はまるで、その一冊の本に誘われているようにして、手に取った。


 魔法が使えない俺でも、何となく雰囲気のようなものを感じたのだ。その本には不思議な力が秘められており、それが溢れかえっていたのだ。


 恐る恐るではあるが、俺はその本を手に取り、表題を読んだのだ。


『召喚魔道書』


 そう書いてある。俺はその本を手に取った。その本には召喚魔法に関する情報が書かれていた。


 ■召喚魔法。それは自身が直接魔法を行使する従来型の魔法とは異なる理論体系の魔法である事。召喚魔法師は、通常の魔法師と異なり、自身の魔力を召喚獣に変換し、召喚。使役する。それが召喚魔法である。


 ■召喚魔法は太古に存在していた魔法であるが、現在は失われてしまっている。今では召喚魔法の使い手となる魔法師は一人たりともいないらしい。


 ■召喚魔法の使い手は一人たりとも現在はいない。だから当然のように、召喚魔法を伝える人間は一人たりともいない。だが、召喚魔法を伝える魔導書は存在する。


 俺はその文献を熱心に読んだ。古代に存在していた、現在では失われている召喚魔法か。


 俺は熱心にその『召喚魔導書』を読み終えた。その『召喚魔導書』には炎の召喚獣の情報が書いてあったようだ。召喚獣を伝える媒体は今ではもう、この『召喚魔導書』以外に残っていないらしい。


 読み終えた俺は召喚魔法に関して、興味を覚えた。カタリナは用事があるらしく、外出している。故に今、この家は好き勝手にできた。この数日、この家で生活しているが、訪問客も滅多に訪れない。俺の計画を邪魔する者はいなかった。


 ◇


 必要な物を調達した俺は書物庫に戻る。幸いにしてカタリナは『魔女』と称される程の魔法師だ。故に魔法道具(アーティファクト)の品揃えに関しては事を欠かなかった。


 俺は召喚魔導書に元好き、魔法陣を敷く。魔力が込められている石。魔石を置いて、魔法陣を作るのだ。


 六芒星の魔法陣が完成した。


「……よし。できた」


 俺はその魔導書の通りに儀式を執り行う。


 とはいえ、『魔法が使えない』俺が現在、誰一人として使える者がいない召喚魔法を使えるなんて思っていない。


 だからこれは、興味本位の遊びだ。ただの現実逃避の気紛れ。


 俺は精神を集中し、魔法陣に向かって、言葉を放つ。


「出でよ! 『炎の召喚獣イフリート』!」


 俺は叫んだ。

 

 ――次の瞬間。俺の手から魔力が放たれた。


 え?


 驚きのあまり、心臓が止まりそうになった。バチバチとした電流が迸る。魔力の奔流が起こったのだ。


「な、なんだ……これは!」


 心臓の鼓動が高まる。地下書庫全体が、魔力の奔流で満ち溢れる。


 その魔力が一か所に集中し、偶像を作り出した。瞬間。強烈な熱気のようなものを感じた。


 炎の巨人が姿を現す。


「なっ!?」


 俺は目を食らった。目の前には明らかに人間とは異なる、魔物のような化け物が忽然と姿を現す。


『我が名はイフリート。契約に従い、馳せ参じた』


 な、なんなんだ! こいつは! 契約とか……言っているぞ。動揺していた俺ではあるが、次第に落ち着きを取り戻す。そして、ある一つの答えに行き当たる。


 そうだ。俺は今まで何の儀式をしていた? 俺は『召喚魔法』の儀式をしていたんだ。だから、こいつは魔物じゃない。召喚獣だと考えた方がいい。


 つまりは、俺がやった召喚魔法の儀式は成功したって事か?


 非現実じみた目の前の出来事に、俺は大きな驚きを覚えた。だが、時間と共に、次第に現実感というものを俺は得つつあった。


 従来の魔法は使えないのに、召喚魔法は使う事ができた。その信じ難い現実を俺は受け止め始めた。


『それで主よ……用件はなんだ? 敵はどこにいる? どいつを燃やし尽くせばよい?』


 召喚獣イフリートは物騒な事を聞いてきた。


「い、いやいい……今は何もない。今回はお前を呼び出しただけなんだ」


『ふむ……そうか』


 イフリートはつまらなそうに呟く。戦闘狂なのだろうか。闘えなかった事が不服なのだろう。その不服をわざわざ主である俺に申し立てるような事はしないが。


『ではまた……次の機会があれば我を頼るのだぞ。主よ』


「うわっ!」


 イフリートは俺の体内へと消えていった。姿形は見えなくなった。


「な、なんだったんだ、今の」


 俺はまるで白昼夢を見ていたような、そんな気分になった。だが、現実だと思い知らされる出来事があった。


 なんと、片付け途中であった書庫の本が燃えていたのだ。間違いない。あのイフリートの熱気で燃やされたのだろう。


「う、うわっ! 水っ! 水っ!」


 俺は慌てて水を汲みに行く。消火作業に当たる事にした。


 まもなくカタリナが帰っていた。誤魔化す程の時間はなかった。


 彼女がおかんむりになったのは言うまでもない。


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