10 遠足のパン
銀色の髪の人は、食堂に行くのにフードを被って部屋を出た。
やはり被っていないと目立つからだろう。
2人で食堂の隅っこに席を取る。
半分ぐらいの席が埋まっている。みんなこの宿の客なのか、それとも食堂を利用しているだけかは分からない。
「あれ、もう1人の人は?」
食事を持ってきてくれたのは、厨房でお湯とカゴを渡してくれたおばさんだった。
「連れの様子を見てます。また後で来ますので」
「そうかい。大変だねえ、ケガの具合はどうだい?」
「おかげさまで落ち着いてます」
「そうかい、そりゃよかった。ほら、たくさんお食べな」
そう言って、2人の目の前に木を削った皿に盛った料理を置く。
「今パンとスープも持ってくるからね」
皿の上には焼いた肉、野菜を何かのタレで和えたようなもの。根菜を茹でてスパイスを振ったようなもの。それからベルにはよく分からない、何か細かく切ったものを混ぜたようなものが乗っていた。
ごくり
ベルの喉が鳴る。
思えばあの木の根元にたどり着くその前から、食事らしい食事はとっていなかった。あの状況に、空腹すら感じるゆとりがなかったのだ。
「これをね、肉に乗せて食べるとおいしいよ」
マントの人がそう教えてくれる。
細かく切った何かは肉のソースらしい。
だが……
「あの」
「うん、なに?」
「どうやって食べたら」
「あれ、そうか」
木のスプーンとフォーク、それと金属のナイフがついているのだが、ベルはそんなもの使ったことがなかった。
「じゃあ、こうしようか」
マントの人がベルの皿の上の肉をいくつかに切ってくれ、そこにソースを乗せてくれる。
「フォークで刺して食べて」
「う、うん……」
ベルはなんとかフォークを肉に刺し、おそるおそる口にした。
「う……」
「え?」
「ん、めえ!」
こんなおいしいもの食べたことがない!
「そう、よかったね。野菜も食べて」
「うん!」
野菜ももちろんおいしかった。
食べる物がない時には、当然のようにそのへんの食べられる草ですら取り合いになっていたが、どれも味などついていなかった。ただ、腹がふくれればそれでいい、ずっとそうして命をつないできたのだ。
「兄貴がさ」
「うん?」
いきなりベルが話を始めた。
「傭兵になって、そんで金もらって、そんで、パンとか食べられるようになった」
「そうなの」
マントの人は優雅にナイフとフォークを使って食事をしている。
その仕草、こんな片田舎の宿の食堂ではなく、まるでどこかの王宮ででも食事をしているようだった。
ベルはなんとなく自分が恥ずかしくなった。
「どうしたの?」
「うん……」
フォークで切ってもらった肉を刺し、皿の上でもてあそぶようにする。
「食べ物で遊んじゃいけないよ」
「うん……」
食べたいのだが、どうして食べていいのか分からない。
「はい、パンとスープだよ」
さっきのおばさんが持ってきて目の前に置いてくれる。
ベルはパンに手を伸ばし、それをちぎって食べる。
これなら食べられる。
マントの人は少し考えていたが、
「ちょっと貸してみて」
そう言ってベルからパンを受け取ると、それにナイフで切れ目を入れ、そこに肉と野菜をはさんだ。
「はい、これで食べてみて」
「これ?」
「私たちは『遠足のパン』って呼んでる、おいしいよ」
これなら食べられる。
一口かじり、
「おいしい!」
パッと明るい顔になった。
「そう、よかった」
マントの人もうれしそうに笑った。
「私もそうしようかな」
そう言って自分も「遠足のパン」を作り、ぱくりと食べる。
その姿すら美しいとベルは思った。
「おや、なんだい、面白いことやってるね」
お茶を持ってきてくれたおばさんが楽しそうに言う。
「おいしいかい?」
「はい」
「そうか、よかったよかった。ごゆっくり」
そうして他の客の席を回っていく。
そうしてパンに肉や野菜、ソースをはさんだものをベルは3つ食べた。
今まで食べたものの中で一番おいしく、幸せな味であった。
スープも飲み、お茶も、後で出てきた果物まで全部きれいに食べた。
「それじゃあ戻ってトーヤと交代しようか」
食べ終わると2階の部屋に戻り、トーヤと交代する。
ベッドの上の兄の姿を見るが、楽そうに眠っている。
昨夜の苦痛に満ちた表情とは違う。
「お兄さんにも何か食べさせてあげたいんだけど、意識が戻らないからね」
そう言って、またマントの人は海綿でアランに水を飲ませる作業に入った。
「あの、おれ、やります」
「ん、やる?」
海綿を水を入れたカップを渡してくれる。
お昼にやり方は見ていた。
少しずつ、少しずつ、兄の口に水を垂らす。
少し舌が動いて飲み込んだ。
「喉に詰めないように気をつけてね」
「はい」
何度も何度も繰り返す。
相変わらず兄の意識は戻らないが、今朝のように不安ではない。
きっと目を覚ます、だって助けてもらったんだから。
そう思う。
やがてトーヤが部屋へ戻ってきた。
「おら、ガキ、おまえも疲れてんだからとっとと寝ろ」
そう言ってベルの手から海綿を取り上げた。
「何すんだよ!」
ベルが抗議すると、
「おまえな、疲れてること忘れてんじゃねえのか? 昼間ぶっ倒れたガキはとっとと寝ろ」
そう言って、また猫の子のように首を掴むとソファへ投げるようにして、
「いいな、寝ろよ?」
くるりと背中を向けてしまった。
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