第5話 ジョーの実力

 カーンと軽い音がして、木剣が宙を舞いました。あくまでも「軽い打ち合い」だったはずが、まさかまさかの結末です。


 唖然とした表情で己の手元を見やるのは、エ万能王女。宙を舞ったのは王女の木剣――ではなく、彼女の足元に転がってぴくりとも身動きをしなくなったジョーのものです。


「――ま、待ってジョー! わたくしが女性だからと言って、手加減をする必要はありませんのよ! 木剣ですから、よほどの事がない限り怪我も……怪我も――いたしませんし……ジョー、もしかして怪我しましたの……? わわ、わ、わたくし、本当に軽く、軽く振るっただけですわよ、ど、どうしてこんなにも派手に吹っ飛んでしまったの……?!」


 相変わらずぴくりとも動かないジョーに、王女は両目いっぱいに涙を溜めて両膝を地面にがくりとつきました。

 そして「ジョー! 嫌ああ! 死なないで、立つのよジョー!」なんて言って泣き出します。

 まるで何かのドラマを観ているようで面白いのですが……ジョーの身に何が起きたのか、一部始終を見ていたわたくしにも、よく分かりませんでした。


 軽く打ち合うと言って、互いに木剣を握った王女とジョー。その打ち合い始めの……たったの一打目で、事は起きたのです。


 お2人の木剣がカツンと触れ合った瞬間、ジョーはまるで見えない何かに吹き飛ばされるようにして、木剣と共に宙を舞いました。

 そうして彼の身体は横向きにスクリュー回転して、美しい放物線を描いて王女の足元に落ちたのです。


 ……いくらエ万能王女でも、成人男性をあんな目に遭わせるような膂力りょりょくは持ち合わせておりません。

 もしやコレが、ジョーのもつスキルの力なのでしょうか――だとすれば、とんでもないハズレスキルだと言わざるを得ません。


「お嬢様、頭を打っている可能性もありますから、無闇に揺らすものではありませんよ。まずは仰向けにして心肺機能の確認です」

「は、ハイド……わたくし、わたくし本当に違いますの……こんな事をするつもりでは……」


 王女は酷く動揺しながらも、しかしジョーの身体をころりと転がして仰向けにしました。

 非常事態にただ狼狽えるだけでなく、ここぞで動ける女性に育ってくれたようで――わたくしとっても鼻が高いですよ。


 ジョーは完全に気を失っていたようでしたが、しかし仰向けにされた途端に目を開いて、ガバリと上半身を起こしました。


「……ジョー!! ダ、ダメですわ、そのようにいきなり動いては……!」

「へ? あー、平気平気! こういうスキルなんで」

「………………こういうスキルって――どういうスキルですのよ!?」

「どうって……武器を持って人に襲い掛かると、お仕置きされるスキル?」

「何ですのそれ!? 聞いた事がありませんわ……!」


 涙目の王女に、ジョーはへらりと笑って「超レアスキルなんスよ」と告げました。


 レアはレアですが、だからと言ってこれは、あまりにもな力ではないでしょうか……世の中には「ハズレ」と呼ばれるものが多数存在いたしますが、ここまで素晴らしいものは早々お目に掛かれませんよ。

 殺陣たてやスタントもびっくりの吹っ飛びようでしたし。


 ――いや。「武器を持つとお仕置きされる」という事は、「武器さえ持たなければ良い」というスキルなのでしょうか。

 とは言え普段のジョーを見る限り、武器を持たなければ「どうなる」というモノでもないようですし……謎ですね。

 やはり弓でもダメなのでしょうか、あれだけ身体能力が高いのに……非常に残念です。


 衣服についた砂埃をパンパンと手で払ったジョーは、何事もなかったかのように立ち上がりました。


「――スキルがへぼいからって、幻滅はナシッスよ」


 そうして、試合前に口にした言葉を改めて言い含めます。

 エヴァ王女は思い切り視線を泳がせますと、やがて困ったような目でわたくしを見やりました。


 王女の口元はへの字に曲がっていて、その表情はまるで「ジョーは「絵本の騎士」になれそうもない、自分の方がよほど強い」とでも嘆いておられるようです。

 わたくしは小さく咳払いしてからジョーに問いかけます。


「ジョー、怪我はないのですか」

「平気ッスよ。派手にぶっ飛ばされて、ちょっとの間意識がなくなるだけなんで」

「……果たしてそれが平気なのかどうか判断に迷いますが――まあ、良いでしょう。とにかく貴方が武器を扱えない事はよく分かりました。わたくしは幻滅しておりませんので、ご安心ください」

「うぃーす、あざっす」

「わっ、わたくしだって幻滅しておりませんわよ!? ……いえその、ごめんなさい、嫌がっていたのに無理やり木剣を持たせてしまったから、このような事に――」


 しょんぼりと肩を落とされた王女に、ジョーはニッコリと笑いました。

 そして王女の頭をガシガシと撫でれば、金糸のような髪がモッフモッフと踊ります。


「だ~から平気だって! 意識なくなるとこまでがスキルなんスから! 別に、アデルにぶっ飛ばされた訳じゃねえんスよ」

「そ、そう、それは良か……っ、ちょっと! 貴方からわたくしに触るのはダメだって言ったでしょう!!」

「へーーい、サーセーーン」

「もう! 貴方と言いハイドと言い、気の無い返事ばかりして……!」


 目の前でじゃれ合う若いお2人に、わたくしは目を細めました。本当に可愛らしい人達ですね、早く結婚なされば良いのに。

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