第6話 エヴァとアリー
――わたくしがジョーと転生の秘密を共有した日から、数日。
エヴァ王女とジョーは仲睦まじく……しかしいつまでも「ご友人」のまま、清く正しく美しく過ごしておられます。
見ているわたくしからすれば、少々もどかしいような気持ちもいたしますが――まあ、まだヴェリタス子爵やプラムダリア孤児院の問題も解決していませんし、お互いに素性を明かしていない状態が続いていますからね。
元々「スノウアシスタントの話はしない」という約束でしたが、ジョーが「小説読んだ感想とか考察とか、言い合いっこすりゃ良いじゃねえッスか」と提案してくださったお陰で――エヴァ王女は毎日毎日浮かれまくっております。
今まで、感想を言い合えるようなご友人なんて1人もおりませんでしたからね。
王女が「わたくし、このシーンはこう思いましたの」と意見を述べれば、ジョーが「俺はこう思ったッスね」と。
そうすれば王女が感銘を受けたように「その解釈、尊いですわ~~!」と叫んで。
解釈違いだろうが同意見だろうが両名楽しんでおられるようで、見ていて本当に楽しいですよ。
――お爺ちゃん陛下には毎夜「のうハイド? ワシ、ルディとあの小僧を引き離せって言わんかった? ん? ん?」とお小言を聞かされますし……あのお2人には一刻も早く「どうにか」なって頂きたいところでございます。
しかし、そんなお2人の前に立ちはだかる一番の問題と言えば――。
「勝負よ、エヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジア! さあ、今日こそどちらが賢いか決めようじゃない!!」
そう、アレッサ・フォン・カレンデュラ伯爵令嬢でございます。
ご令嬢は相変わらず、ほぼ毎日エヴァンシュカ王女の元へ突撃してこられます。
しかし王女の予定はここ連日、ジョーと歓談する約束で埋まっている訳で――。
「か、カレンデュラ伯爵令嬢……いつも遊びに来ていただいて大変恐縮なのですけれど、わたくし本日も先約がございますのよ――せめて事前に先触れを出していただければ、調整いたしますのに……」
大変申し訳なさそうに眉尻を下げるエヴァ王女。
恐らく、ジョーと同じ友人であるはずのカレンデュラ伯爵令嬢だけを蔑ろにしてしまっている毎日に、心が痛むのでしょう。
とは言え伯爵令嬢の意識は全く違うでしょうし、憤慨している理由も王女にとっては思いもよらないものに違いありません。
そもそも、ご令嬢がただ突撃するだけでなく、事前に約束を取り付けてくれれば良いだけのお話なんですけれどね。
「今日もなの!? 悪役王女のくせに何よ! 毎日毎日人に囲まれてちやほやされて……その座は元々、正ヒロインである私のものだったはずなのに!」
「ええと…………そう、そうですわね、わたくしは悪の女幹部「テンセーシャー」! 正義の味方「セイ=ヒロイン」よ、「聖剣アポイントメント」を取って出直しなさいですわ! アポイントなき者にわたくしと対峙する資格なし……! 後日、心ゆくまで果たし合いましょう――!!!」
困ったような表情をしながらも白熱した「ごっこ遊び」を始めたエヴァ王女。
どうやらカレンデュラ伯爵令嬢の考えに寄り添いながら、友人としてそれとなく無作法を注意する、という方針をとられたようです。
お友達とごっこ遊びは楽しいけれど、やはり互いに来年は成人を迎える身……いつまでもごっこ遊びに
遊びの間にも礼節を忘れることなく、淑女としてマナーを守って正しく遊びましょうと言ったところでしょうか。
お優しい上に機転も利いて、大変素晴らしいですね。
――まあご令嬢は、「アンタもしかして今、私に気を遣って無理やり話合わせてるわよね!? 私は頭がおかしい訳でも、ごっこ遊びに夢中な子供でもないわよ!」と大層憤慨しておられますが。
「私だっていつまでもこの城に滞在出来る訳じゃあないし、エヴァンシュカと勝負出来ないと困るの! ハイドをモノにするには、私がアンタより有能だって事を証明しなきゃいけないんだからね!」
「……まだそのような事を仰っていますの? ハイドはダメですわよ、わたくしの騎士なのですから」
「でも城内の噂じゃあ、アンタが結婚するか成人するかしたら騎士を辞めるって話らしいじゃない? じゃあその後なら、私がもらっても良い訳?」
カレンデュラ伯爵令嬢の問いかけに、エヴァ王女はとんでもないと頭を横に振ります。
「ハイドは騎士じゃなくなっても、わたくしの……わたくしのハイドですわ。どこへも行かないと約束しましたから」
「なっ、何よソレ!? 結婚する訳でもないのに、ハイドを一生飼い殺しにするって事? 「月の女神に愛された美貌の騎士」を? 「森の妖精を惑わせる魔性の騎士」を!? そんなの、もったいないじゃない!」
「もったいないって――ですからハイドは、モノではありませんのよ。いくらカレンデュラ伯爵令嬢がわたくしのお友達でも、ハイドに対する侮辱は許せませんわ」
「侮辱なんかじゃあない、ヒロインとしての正当な権利を主張しているのよ! ……この世界はゲームとは違って、最早私の現実なんだって事は分かったけど――でもこれだけ目立つ「キャラ」なのよ? 絶対に隠しキャラに決まってるんだから……! ハイドは絶対に私がもらう、惚れさせるの!! そうでなきゃ、この世界に私が転生した意味がないでしょう!」
――やはり、先日わたくしのした説教もあまり意味がなかったようです。
まあ19年「ヒロイン」として傲慢に生きて来たのですから、今更それが改善されるとは考えておりませんけれど。
王女は、カレンデュラ伯爵令嬢をどうしたものかと悩んでおられるようですね。
友人だから邪険にはできないし、かと言って無作法を見逃していては令嬢の為になりません。本来ならばマナー講座の1つでも開きたい所でしょう。
……しかしジョーとの先約がある以上、令嬢を同席させる訳には参りません。
もしも大声で「エヴァンシュカ・ナントカ・カントカ・フォン・ハイドランジア!」なんて呼ばれでもしたら、エヴァ王女はおしまいでございますからね。
――かと言って「訳を聞かずにジョーの前では「アデル」と呼んで」なんてお願いをするのも変でしょうし……まず、王女を敵視している伯爵令嬢が素直に言う事を聞くとも考えられません。
下手をすれば、ゆっくり大事に育んでいる王女とジョーのアレコレが、砂の城のように崩れ去る可能性だってあります。
けれど、何やらカレンデュラ伯爵令嬢は情報収集能力が高いのか、城内の噂についてもお詳しいようですし……そもそもとんでもない恋愛脳です。
このまま放置していると、いずれ自力で王女とジョーの関係に気付いてしまわれるやも知れません。
その時ここぞとばかりにお2人の邪魔をし始めると厄介ですから、早めに対処しておいた方が良いでしょう。
――ええ、王女の幸せのために手段は選んでいられません。ここは騎士であるわたくしが一肌脱ぎましょう。
「――エヴァ王女、よろしいですか」
「あらハイド、何ですの?」
「……「ご友人」に、恋愛相談をなさってはいかがでしょうか」
「えっ」
「……ええっ!? 恋愛相談!? …………何よエヴァンシュカ、アンタ攻略中のキャラが他に居るのね!? その男を無事に落とせたら、ハイドの事は諦める!? 諦めるわよね、逆ハーレムルートなんて選ばないわよね!!」
「えっ、えっと……いえ、あの――わ、わたくしは……その、だから……」
鬼気迫る勢いでエヴァ王女に詰め寄るカレンデュラ伯爵令嬢。
王女の真っ白な頬は僅かに上気しており、モゴモゴと口ごもっておられますが……しかし決して、ジョーに対する想いを否定する事はございません。
伯爵令嬢は途端にぱあと表情を明るくさせて、王女の両肩をがしりと掴みました。
「――ええ、分かった!! この私が……正ヒロインであるアレッサ・フォン・カレンデュラが、アンタの「お助けキャラ」になってやろうじゃないの! さあ、相手はどこのどいつなのよ、詳しく教えなさい、早く! ……エヴァンシュカとその男をくっつければ、あとは残された傷心のハイドを私が慰めて――ふふふ、楽しくなってきたじゃあないのよ!」
「いや、あの、カレンデュラ伯爵令嬢? わたくしのお話を――……」
「何を言うのよ「エヴァ」! もう私達お友達でしょう? 「アリー」と呼びなさい! ――絶対にアンタを幸せにしてあげるから、だから私の事も幸せにしなさいよね! 私もうハイド以外に興味ないから! 言ってる事分かるわよね!?」
「あ、アリー!? アリー、そんな……! わたくしったら、幸せ者ですわね……!!」
カレンデュラ伯爵令嬢が
伯爵令嬢の恋心を弄ぶようで、わたくし少々心が痛みますが……まあ、因果応報という言葉もございますからね。
ご自身の幸せのためにエヴァ王女を利用しようとなさるのですから、その逆もまた
これでひとまず、ご令嬢が王女とジョーの邪魔する事はないでしょう――むしろ協力的になってくださるでしょうか?
彼女をきっかけにしてお2人の仲が進展すれば尚よし、なのですけれど。
――ええ、今後が楽しみですね。
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