第2話 悪役とヒロイン

 エヴァ王女は朝の支度を終えると同時に、侍女のアメリに直筆のお手紙を預けました。

 それはヒロインナノヨ伯爵令嬢に宛てたもので、内容は「もしお時間があれば、一緒にお茶を飲みませんか」というお誘いです。


「――この時を待っていたわよ、エヴァンシュカ・リアイス・トゥルーデル・フォン・ハイドランジア!! ついにこの私、正ヒロインと真っ向勝負をしようって訳ね!?」

「アッ……ご、ごきげんよう、ヒロインナノヨ伯爵令嬢。初めて会って以来一度もお話が出来ませんでしたから、会いに来てしまいましたわ――では、わたくしとお友達になりましょう」

「…………うん!? 相変わらずツッコミどころが多すぎて、パニックなんだけど!? まず、会いに来たのは私の方よね!?」


 令嬢は王女の顔を見るなりビシリと指差し確認をして、開口一番強気なセリフを吐き出しました。


 しかしエヴァ王女は、まさかこんなにも早くお返事が――というか、ご本人が突撃してくるとは思いもよらなかったのでしょう。

 サロンで優雅にモーニングティーを飲んでいたところだったのですが、かなり動揺しておられるご様子です。


 念入りにイメージトレーニングしていた「ヒロインナノヨ伯爵令嬢のところへお邪魔した時に言うセリフ」が今飛び出てしまうぐらいですから、相当なものでしょう。


 ――貴族の礼的に、「お茶しませんか」とお誘いがあったその日のうちにお茶をする、なんてことは滅多にありません。

 しきたりと言うほどお堅いものではありませんが、まあ最低限のマナーと言いますか……あちらにもこちらにも用意するものがありますからね。


 そもそもエヴァ王女はお手紙に「都合のよい日を知らせてください」と選択式で日付を記入しております。

 ですので普通は、お誘いの手紙に対して「この日がよい」または「どれも都合が悪い」とお返事を書くものなのですが――なかなかアグレッシブで前衛的な感性をお持ちのご令嬢ですね。


 ――どうも伯爵令嬢は、手紙を見るなり「ちょっとそこで待ってなさいよ!」とアメリをその場に待たせて、あっという間にドレスに着替えられたそうです。

 そうして「さあ、王女のところへ案内なさい!」と告げて、アメリと共にエヴァ王女のサロンまで乗り込んできてくださった――という次第でございます。


 ええ、ヒロインナノヨ伯爵令嬢が非常識なのはもちろんですが、アメリもアメリですね。

 どうせ「なんだか王女の反応が面白そうだ」なんて思って、ここまでホイホイ令嬢を連れ帰って来たのでしょう。


「ヒロインナノヨ伯爵令嬢、どうぞお掛けになって? すぐに令嬢のお茶も用意させますわ、アメリ、新しい茶器を持って来てちょうだい。あとはハイドが――」

「――エヴァンシュカ王女」

「…………ではなくて、そのままアメリが淹れてくれるかしら」


 王女の言葉に、アメリは恭しく頭を下げてサロンから出て行きました。


 何やらいつもの癖で、わたくしに茶を淹れさせるおつもりだったようですが――わたくしのカマ淹れ茶法は、本当に人前で披露出来るものではないのです。

 少々硬めの声色で制止すれば、王女はちゃんと間違いに気付き、正してくださいました。偉いですね。


 わたくしは1脚の椅子を引いて、ヒロインナノヨ伯爵令嬢が座りやすいよう配慮いたします。


「どうぞ、ヒロインナノヨ伯爵令嬢」

「いや、あの――って言うかずっと変な名前で呼んでるけど、私の名前全然違うんですけど……」


 ブツブツとぼやきながらも着席した伯爵令嬢に、エヴァ王女が「まあ」と驚かれました。


「お、お名前、違いましたの? いえ、わたくしも変わったお名前だとは思っていましたけれど、でもハイドがずっとそう呼んでいたから……」

「――わ、私はアレッサ・フォン・カレンデュラよ! そっちが招待したんだから、名前ぐらい事前に調べておきなさいよね!? そもそも転生者ならヒロインのデフォルト名くらい知ってるでしょう!」

「アレッサ……愛称はアレス? それともアリーかしら?」

「いや、私の話聞いてる? まず、「アレス」なんてまるで男みたいな愛称で呼ばないでよね――」

「ではアリーですわね!」

「……だからと言って愛称で呼んで良いとも言ってないけど!?」


 エヴァ王女は憤慨なさるカレンデュラ伯爵令嬢の言葉を聞き流して、「ですが世の中には、男性のような愛称を好んで使う女性も居ますわよ」なんて言って朗らかに微笑んでいらっしゃいます。


 神秘的な金色の目を眇めたカレンデュラ伯爵令嬢。彼女の髪は今日も癖一つないチョコレート色です。

 何やらこの2人、どちらも可愛らしい事には変わりありませんが――まるでついになっているようなお姿で面白いですね。


 波打つ金髪の王女と、癖のない焦げ茶色の令嬢。

 つり目の碧眼と、垂れ目の金目。

 病的な美白に、健康的なクリーム色の肌。

 本人がド派手な色彩のため、落ち着いたシックな色味のドレスが似合う王女と、ピンクや黄色など華やかなパステルカラーも難なく着こなせる令嬢。

 まるで、ガラスで作られた人形のように折れ……繊細で華奢な王女と――ふくよかとまでは言いませんが、女性らしい丸みを帯びた令嬢。


 わたくしは護衛として王女の背後に立ち、しばらくお2人の小気味いいやりとりを眺める事にいたしました。

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