第9話 騎士とジョー

 エヴァ王女が「では早速 人を呼んで、ジョーを部屋まで案内させますわ」と胸を張られたところで、わたくしはそっと庭園に足を踏み入れました。


「王――いえ、お嬢様。彼はわたくしがご案内いたしますよ」

「――はっ、ハイド!?」


 目を見開いて「いつから」と唇を戦慄かせる王女に、わたくしは偶然通りかかったのだとうそぶきます。


 そもそも王女はわたくしのスキルについてご存じなのですから――関係者以外立ち入り禁止の庭園で――王女が見知らぬ殿方と会話している時点で、こちらがどのように立ち回るかなど考えるまでもないはずです。


 いくら普段好き放題して過ごしているとは言っても、一応は護衛騎士なのですから。


 きっとご自分が、上の姉の名を拝借したこともバレていると理解しておられるのでしょう。

 王女はどこか気まずげな表情で、あちらこちらに視線を泳がせていらっしゃいます。

 悪戯がバレた童子のようで可愛らしいですね。


 ふと王女の隣に立つ男性――ジョーを見やれば、彼もまた瞠目してわたくしを凝視しておられます。


「――あ、あれ? えっと、カッコイイお姉さん――……いや、キレーなお兄さんッスか……?」

「お初にお目に掛かります。わたくしはハイド、そちらの「アデルお嬢様」の護衛をしております」

「ウッ……」

「お嬢様とお友達になられたとの事で……以後お見知りおきを、ジョー殿」


 仮名について言及したことにより低く呻いたエヴァ王女と、ぱちくりと目を瞬かせているジョー。


 やがてジョーは人懐っこい笑みを浮かべると、大きく頷いて「よろしくハイドさん!」と元気よく挨拶をしてくださいました。

 日頃面倒くさい貴族の相手ばかりしていると、ジョーやヒロインナノヨ伯爵令嬢のような無邪気なお方とお話するのは、新鮮で楽しいですね。心和むと言うか、何と言うか。


「お嬢様、わたくしジョーを翡翠宮の部屋までお送りして参ります。こちらで大人しくお待ちいただけますか? もしくはアメリを呼び戻して、お嬢さまのお部屋までお送りさせましょうか」

「え!? え、ええ! ――ええと、わたくしもハイドと一緒にジョーをお送りする訳には……いきませんわよね?」

「お嬢様は有名人でいらっしゃいますから。翡翠宮へ足を踏み入れられますと、皆さん大変驚かれると思います」


 ちなみにこの「翡翠宮」。

 貴族をハイドランジア城へ招待した際に、皆様に滞在していただくためのお部屋が立ち並ぶ宮のことでございます。


 今回王女の生誕パーティに招待されたご友人候補の皆様も、軒並みこちらに滞在なさる予定ですね。


 誰もがジョーのように、エヴァ王女のお顔をご存じない訳ではありません。むしろご存じの方が圧倒的に多いでしょう。

 国内外問わず、それはそれは麗しい絵姿も出回っているそうですし……パーティの際に纏っていたヴェールなど、ほとんど意味を持ちません。

 アレはただ単に「間近で顔を見られないようにする」という最低限の効果しかないですからね。


 ――そう考えると、ジョーは孤児院出身者の中でも一層引きこもりなタチなのかも知れません。

 性格は飛び抜けて明るいですが、俗世に疎いと言いますか……世間に対する興味が薄いのでしょうか。


 わたくしの説明に納得されたらしいエヴァ王女は、小さく頷かれました。


「そう、ですわよね……分かりましたわ。ではジョー、必ずまたお話しましょうね。お話ついでに、貴族のマナーについてお教えして差し上げますわ」

「マジ? 助かるッス! またなーアデル!」


 笑顔でぶんぶんと元気よく手を振るジョーに、エヴァ王女は困ったように眉尻を下げられました。そして、お行儀よく指の先まで揃えた手を小さく振り返します。


「それではジョー、参りましょうか。まずは貴方の荷物を預かった城の案内人を探しましょう、さすがに「ジョー」だけでお部屋を探すのは難しいですから」

「あざーす! ……なあハイドさん、アデルって貴族なのに良い人ッスね」

「ええ、そうですね」

「しかも人の立場になって物事考えられて、優しい。もし俺がまともな貴族だったら、付き合ってって言えたのにさ――でも彼氏居るッスよねー?」

「彼氏、付き合う……ジョーは面白いですね、その発想はありませんでしたよ」


 踵を返してすぐにそのような事を仰るから、会話が後ろのエヴァ王女に丸聞こえです。

 ちらと振り返れば、彼女はほんのりと赤く染まった頬を両手で仰いでおられました。


 ――実は王女様、見た目を褒められる事には慣れておいでですが、中身を褒められる事に対する免疫がございません。


 ……これは、ジョーと王女の「今後」が楽しみですね。

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