第188話 水神信仰編 合流者

エミリア第十将校は兵の一部を草原地帯の処理をする為に配備し、4000人で草原地帯を抜けて次の街へ辿り着く

既に夕方となり、夜も惜しまず進みたい気持ちがあったが、彼女は予想外な襲撃での疲労を癒すために到着した街で今日は止まるしかなかった


先頭を歩く騎馬隊の中に彼女はおり、副官を左右に配置して人々が眺める視線を感じつつも部下と共に会話をする


『次の街に行けばシャルロット王女様がいるのにここで休まないとならないのも悔しい感じですな』


副官のデオヘンがクシャミをしてからそう告げるとエミリア第十将校は肩を落としながら頷いた

最短ルートで行けば確かにシャルロット王女と合流する事が今日出来た

しかし出来なかったのは本来出発時に通る筈の街の信仰協会に入信している国民のデモ活動とぶつかる事を避け、遠回りするしかなかったのだ


本当の国民相手となると、わけが違う

それならば迂回するしかなかったエミリア第十将校は溜息をつく


『仕方が無いわ。それよりも…』


ここにもウンディーネ信仰協会に入信している国民は少なからずいる

全員が入会しているわけではなく、どっぷりと入り込んでしまった国民が入信しているのだ。

そんな連中をメインに起きている国に対してのデモ活動はここでも起きていたが、比較的小規模だった


『武力反対!国家は力で信仰を弾圧しようとしている!』

『今すぐ撤退しろ!』


50人規模のデモを進軍する兵が押さえながら道を開けた為、問題を起こさずに済んだ

しかし油断は許さない状態だ


『エミリア殿、早馬で先行軍に敵の戦力が更に潜んでいる事を知らせた方が良いかと』

 

副官キルビルの進言はもっともだ

ジン信仰将校の戦死でウンディーネ信仰協会の戦力は減少したが、他にも存在しているのは確実だ。

それはグスタフが死体から記憶を読み取り、明らかになった事だ


だが兵を鍛錬する事や将校を作る事は生半可ではなく、数は残り2名

魔法騎士団を率いるラミエル信仰将校そして重装歩兵を持つヴィバルディー

信仰将校

先ほど討ち取ったジン信仰将校は比較的バランスよく兵が集まった機動性の優れた軍を持つ将校であった


『早馬を用意して走らせてデオヘン』

『よしきたっ!』


デオヘンは部下数名と他の騎馬隊から各4名ずつ選出させ、計20名の再編成された騎馬隊がエミリア第十将校らを超えて次の街へと伝令として馬を走らせた

その様子を見届けながらも彼女は頭を抱える思いだ


予想外な戦力の登場でこちらのシャルロット王女軍の勝機は少なく、のちにアクアラインに入場するであろうケヴィン王子やルーファス大将軍が率いる7万規模の軍がウンディーネ信仰協会の本部を制圧するとなると、悩むのも無理もない


『キルビル、貴方はケヴィン王子が信仰将校がいる事を知っていて時間差で動いたと見てる?』

『でしょうね。シャルロット王女様に告げなかったのは漁夫の利の為かと』

『それじゃこっちは時間との勝負じゃないのよ。もしラインガルド教皇がいたら…』

『かなり不利です。彼は超位魔法を保有しておりますので一気に壊滅する魔法を使うやもしれません』


最終的にあちらの理想は王族らの国力の一部である兵力を削り取る事

それが本命であり、ウンディーネ信仰協会など教皇なら捨てても構わないだろうという予想がシャルロット王女の予想だ


『しかしご安心くださいエミリア殿』

『私でも落ち着けるか危うい状況よキルビル?』

『シャルロット王女様が隠していた策は既に動いております』

『別の軍があるとでもいうのかしら?』

『何故シドラードの魔法兵団の残り3000が収集に応答しなかったかお分かりですか?』


将校の中では賢い部類のエミリア第十将校は少し考えると、まさかと思いながらキルビルに驚愕を浮かべる

シドラード王国に存在する魔法兵や魔法騎士は他の国よりも少ないのが現実であり

その数は人口で5000にも満たない。

だがその殆どがどこから独り立ちした者なのか将校達は十分知っているのだ


『嘘でしょ!?シャルロット王女様を娼婦扱いした馬鹿たれ爺さんなのに…』

『私の恩師ですので、今はご勘弁ですよエミリア殿』


苦笑いで済ませるキルビルにエミリア第十将校はアッとした表情を浮かべ、苦笑いを真似て返すと頭を掻いた


(嘘でしょ…。協力するにしても…いやでもあり得る)


協力する理由がその者にはある

恨みを晴らせる最高の舞台に乗らない男ではない

それならば国内でも練度が高いと言われるウンディーネ信仰協会の魔法兵団相手に立ち向かえる


『正直ぶっちゃけよ?死ぬ気で戦う内乱になるだろうから今のうちに言っておくんだけど』

『どうしたしました?』

『エルマー産の魔法騎士ってだけでビビッてるしなんで私の所に配属されたのあんた…』

『簡単です。貴方もギュスターヴ殿から訓練をされ意思を継ぐ者ですから我が主は信用なさってるんですよエミリア殿。』

『こわっ!めっちゃこわ!私確かに何度かギュスターヴ様に誘われて一緒に凄いご飯食べたけど、怖かったわよ!』

『語彙力を平原で落としましたか?』


同じ時刻、物資を乗せていたエミリア第十将校軍の最後尾の物資を積む馬車内

空荷の馬車の中でグスタフは大の字で寝そべり、深く考える

布で仕切られた空間は正面の小さな窓からの夕暮れが灯りとなり、彼を僅かに照らす


『シドラード王国じゃ気分が優れないようね』

『気のせいだ』


隅で腰を降ろしたままグスタフに話しかけるは女帝エステリーゼ

ここに来てからグスタフは彼女からみても明らかに情緒不安定であり、フラクタールの時とは少し違う。


あれだけ自分には関係ないと口にしていても、結果として彼はここにいるのは過去との因縁に決着をつけるためだと、エステリーゼは気づいていた。


空気が重たい馬車内、グスタフは落ち着かないのか上体を起こすと外を眺めたりまた横になったりとする

そんな彼に痺れを切らしたエステリーゼは呆れた表情を浮かべると、口を開いた


『そんなに王女が心配?それとも怖い?』

『何のことだ?』

『見ればわかるわ。今じゃシャルロット王女が大体的にハーミット国王暗殺容疑がウンディーネ信仰協会によるものの可能性が出てきたと公言したのに、疑いをかけられた人は乗っかろうとしない。どうすべきか迷ってる感じね。』


誰もがあの頃とは違い、成長しているのは時がたっているからだ。

ハーミット国王暗殺から国は変わっていき、衰退していったのはギュスターヴという男の存在が大きかったからである

そんな彼は暗殺容疑をかけられ指名手配されていたが、今となっては成長した者らの働きで重要参考人となったのだ。


あとは真実を口にするだけ

だがギュスターヴは当時、無理をして手を差し伸べる仲間の今後の安否を心配し、逃げるしか無かった。

今更どの面下げていけばいい?そんな感情が心の奥底にグスタフにはある


(自分が背負えば)


犠牲は少なかった。

誰かが彼を擁護するだけでも当時のウンディーネ信仰協会の権力ならば異端審問でどう立場を失うか不安だったのである。


『僕は数少ない仲間が犠牲になるのを見たくなかった。』


グスタフの口から放たれた言葉は仮面に能力による声の変化は無く、大陸最強と言われた男の弱い声

静かに起き上がるグスタフはうな垂れながら話し始めたの


『君はいつから気づいていたんだい?』

『アクアリーヌ戦前に矢を掴まれた時ね』

『早いね。まぁ数人は薄々気づいてるのはわかってたし、空気を読んでくれてたのもわかる。何のために…』

『エルマーもファラもシャルロットも、スズハや私は貴方の決心を待っていたのよ』

『気持ちの整理は人によって違う、僕は少し精神面で弱いのはわかってたさ』

『だから待ってたのよ。みんな貴方じゃないって信じて待ってるのなら、あとは目撃者が真実を口にする番じゃない?』


あとは勇気

力で解決する前に必要な覚悟は戦争での覚悟よりもギュスターヴにとっては重い。

何故私にも身分を隠していたのかとエステリーゼに問われると、彼は怒られると思ったからと子供じみた答えを口にした


すると彼女は腹を抱えて笑い、こう言い放ったのだ


『貴方のパートナーなんだから怒るに決まってるじゃない。』


優しいだけでは意味はない

それはフラクタールでも学んだ事だ。

マイナスな事を口にすると怒るガンテイがいれば、自分を育てた父のような存在がいる


当たり前の感情が今は怖い

しかし逃げていれば終わらない

背負って逃げるか、肩の荷を降ろして楽になるかの2択しか彼には残ってない


外から聞こえるデモが馬車内にも響くが、2人の耳には届かない

僅かに微笑むエステリーゼは外を眺めると、彼に告げた


『今はギュスターヴとして出るには最高のタイミングを逃してるわ。僕じゃないって連呼しながら敵をぶった斬ってもキモいだけで国民や大臣らから不信感を抱かせるし王女の立場が悪くなるわ』

『き…きもい?』

『そこ?まぁ一応あんたはグスタフの存在と共にギュスターヴの人形か知らないけどシドラード近郊や街中に歩かせてたから本人だと気づかれる事はない筈。ならばグスタフのままウンディーネ信仰協会を討つしかない』

『…そうか』

『あと人に何か頼む時はなんて言うのかしら』


昔から変わらない言葉だ、とグスタフは思い出す

困った時に彼女に頼るといつも聞いた思い出の中に多く存在する言葉に彼は後押しされた

内緒にしなくてもよかった。

彼女は彼女のままなんだと


『頼むよエステ。助けてくれないか?』


するの彼女は自慢げに立ち上がると、彼の前にしゃがみこんで頭を撫でた


『仕方が無いわね。』






ウンディーネ信仰協会が隠し持っていた兵を合わせ、4万

これはシャルロット王女軍の倍の数であり、籠城戦となると非常に不利な戦いであった。


信仰都市アクアラインに進軍するシャルロット王女軍は途中の森の中を警戒しながら予定よりゆっくりと進む

梅雨の時期、そして小雨が振り続ける


日中でも薄暗い空の下、シャルロット王女は馬上にてファラと並び、口を開く


『街に入っても直ぐに本部に向かえません。街の各地区を制圧しなければ伏兵がいた場合、こちらは終わりです。』

『いんだろそりゃ。格好の奇襲スポットだぜ王女さん』

『はい。検問所には既に500人規模の反対運動の参加者で封鎖されてると聞きましたが。そこは竜騎士らでこじ開けます』


やむ無しな行為

治外法権の街でも国民に変わりはない

教団兵が紛れ込んでいる可能性も少なくはないが調べる余裕はなかった。


シャルロット王女の兵がそのまま本部までの道を確保し、他の者が各地区の制圧及び調査という段取りだが、そこにファラが彼女に問う


『俺とジャスパー小僧、んでスズハちゃんだろ?足りないぜ』


ザントマ率いる傭兵ら500はシャルロット王女軍が吸収する形となると、1地区足りない

エミリア第十将校を招集に後詰めにしたのが間違いだったのではとファラは疑問に思ったが、シャルロット王女が彼に援軍の事を話すと、なるほどと納得を浮かべる


『情報漏洩を防ぐためです。今だから言える事ですが。』

『多分あいつ襲ってくる奴ら全部殺せとか言うぞ?』

『構いません。』


すでにアクアラインには王女の警告書が出回っており、常人ならば外すら出歩くことはないだろう

多くの不正行為とハーミット国王暗殺の関与などブリムロック戦でイドラ共和国からこちらに関連する書類を買い取った際に浮き彫りになった事だ。


本部の家宅捜索をするための捜査令状を発行する理由が十分にあり、警備協会はただちに動いた

王族直々のウンディーネ信仰協会本部の捜査の妨害は妨害行為とし、処罰の対象とするが武器を使用した際には武力による制圧も辞さない事はすでにアクアライン全体に出回った

もし抵抗するならば、信仰を盾にしても関係なく裁きの対象とし、シャルロット王女は戦う覚悟なのである


『約一万は街を出たと言いますが、行く宛がないものは家から出ないと思われます』

『まぁ馬鹿じゃない限りでないわな』

『思い切って動かないと危険なのはこちらです。抵抗は確実、そして不明な戦力の警戒など不利な点がありますが各地区の安全さえ確保出来れば第一関門突破です。』

『第二はケヴィンの糞ガキだな』


シャルロット王女は苦笑いを浮かべ、頷く

追うように遅れて進軍してきた彼は協力的ではないのは確かだ。

もとからウンディーネ信仰協会の戦力を知って出てきたのならば、と思うとやはりシャルロット王女は見えない戦力があるからなのではと思ってしまう


『ファラさんはどう思いますか?私は他にも隠し持つ何かがいると予想してます』

『だからあの坊やくるんだろ?わかりやすいっつの』



その不安は見事に的中しているが、そのケヴィン王子は同時刻に本性を表そうとしていた。

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