第189話 水神信仰編 豹変
王都グエルダラスの王城の中、明日に進軍を控えたケヴィン王子は玉座にて座り、王の見る景色を楽しんでいた。
彼を守る側近の重騎士は体躯が良く、大きな片手剣そして盾を装着した手甲など機動性は無くとも攻防に特化した兵である
30名の重騎士が玉座の階段下からケヴィン王子と向き合っていたが、そこにはここにいるはずもない者が存在していた。
黒いローブを羽織り、フードを被って顔を隠す者はじよりも小さく、そして声は女性
『何で予定とは違う事をするのかしら?』
王族相手に無礼な言葉に重騎士は彼女を睨むが、ケヴィン王子は薄ら笑いを浮かべる
『許してやれ。信仰協会は礼儀を神から学んでこなかったから仕方が無い』
煽りで返すケヴィン王子に女はフードの中で彼を睨む。
魔力を帯びた圧が僅かに飛ぶが、玉座の男にそれは通じなかった。
『ロゼッタ、確かに俺は妹に貴様らの詳細を話していない。ここまでは交渉通りだが、その後が問題だ
』
ブリムロック戦にて重傷を負ったウンディーネ信仰協会幹部ロゼッタだ。
傷が癒えた彼女はラインガルド教皇の指示により、釘を刺してこいと言われてアクアラインからわざわざここにやってきたのだが、不気味な雰囲気のケヴィン王子を見て教皇の言う通りそれが正しいと気付く。
『ここで話しても良いのかしら?部下もいるけど?』
『気にするな。ラインガルド教皇から何か言われてきたんだろう?』
ケヴィン王子は使者としてきた彼女が何のために来たのか予想は出来た
明日に彼が進軍を監視する情報はウンディーネ信仰協会としても驚愕であり、それは今まで密かに幇助してきた信仰協会としては黙ってられない事態だ
ハーミット国王暗殺に関与していたのはウンディーネ信仰協会だけじゃなく、それはケヴィン王子も手を汚しており、その証拠はなくともロゼッタ将校は知っている
『何故進軍なのか…、止める事は出来たはず。このままではお前の地位を危ういと思わない?』
『敗残将校が王族に口喧嘩出来ると思っているのか?帝国の面汚しと化したお前に』
カッとなるロゼッタ将校は一歩前に踏み出し、怒りをあらわにする
しかし前を塞ぐ重騎士隊の圧に彼女は舌打ちをすると今までの関係は決裂したことを悟る
だが彼女は少し冷静に、何故ケヴィン王子はこのタイミングで裏切るような素振りを見せたのかわからなかった
(こちらには貴方の国璽は使用された当時の書類があるのよ?確かに今こっちはギリギリな状況だとしても助けないと自分も危うい事を自覚している筈…)
王族が持つ国璽は権限を示す印
今やそれはケヴィン王子が持っており、証拠という人質と引き換えにウンディーネ信仰協会は彼と協力し合っていた
だがウンディーネ信仰協会としてはシドラード王国の弱体化を計る為にブリムロックでの莫大な財で永年密かに戦力を強化し、そして一部を帝国に流していた
しかし今では状況が一変し、ウンディーネ信仰協会はブリムロック戦で主力を失い、大幅に弱体化してしまう
そうなる筈がなかった、とロゼッタ将校は溜息を漏らしながら脳裏で嘆く
アクアリーヌ戦後、本来ならば勝利してウンディーネ信仰協会はアクアリーヌという街で組織の建物を建設する予定だった
しかしその予定も崩れ去り、イドラ共和国は兵力が癒えぬシドラード王国に宣戦布告してしまい、ウンディーネ信仰協会は自力で動く事になってしまった
予想外な敗戦がアクアリーヌそしてブリムロックと続いたウンディーネ信仰協会は窮地に立たされるが、止む無しの隠し持っていた最後の兵を総動員すればシャルロット王女軍を迎え撃てるのだ
残る不安はケヴィン王子の行動であり、内政で多忙を理由にシャルロット王女軍に協力をしないという手紙を以前送ったばかりである
『グスタフは使える男だ。予定通りゼペット閣下は好機と言わんばかりにブリムロックに攻めてくれたな』
『貴方…何を言ってるのかわかるのかしら?』
『わかってるさ敗残将校。ゼットン将校が戦死したのは予想外でイラついたが、戦力を隠し持っているのはお前らだけじゃないんだぞ?』
ケヴィン王子も隠し持っていたのだ。
アクアリーヌ戦で主力2名を失い、ケヴィン王子の戦力がガタ落ちという印象を誰もが持っていただろう。
それはウンディーネ信仰協会も同じであり、それが理由でブリムロック戦ではゼットン将校しかブリムロックに出兵できない事をウンディーネ信仰協会の幹部らは当然だろうと納得を浮かべていた
それも嘘であったことに、ロゼッタ将校は目を細めて彼を睨む
『5000人の旅団クラスを操れる程度の人間はこちらは既に数年前からボトムとリングイネらの後釜として育てていたからな。兵はいつ死ぬかわからないだろう?』
『そんな情報聞いたことないわ、ホラを吹いても貴方は私達の為に動かないといけない立場にいるのよ?』
『今日は彼らを見てから死ね』
突如として告げられる死刑宣告、そして不気味な笑みは彼女に鳥肌を立てた
本心から自分達を裏切る気だという事がハッキリしたロゼッタ将校は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら口笛を吹くが、それは玉座の間の外に控える自分の部下に危機を知らせるための合図
彼らは精鋭であり、傭兵から志願した者の集まりなのだから対人戦に特化している
だが口笛に応答する様子もなく、驚くロゼッタ将校をケヴィン王子はほくそ笑みだけだ
絶体絶命だが、自身が帰らねば早急にケヴィン王子の悪行が国内に知れ渡るようにウンディーネ信仰協会は動くようになっている
だがそれすらも目の前の男は狼狽えないだろうとロゼッタ将校はハッキリと感じた
(このっ…!)
玉座の間に入る大きな扉が開くと、そこにはケヴィン王子の重騎士らが床に血だらけで倒れていた精鋭の教団兵らの死体処理をしている姿
それよりも彼女の目を引き付けたのはこの空間に入ってくる3人の男だ。
白髪の老人の顎髭は長く、腹部まで垂れている
銀色の胸当てな下に白いローブだが、武器は戟という斬ることも可能な槍
『そいつらはルーファスの副官として任命したばかりだ、先ずは白鬼ロウオウ』
ロゼッタは見知らぬ存在に後ずさりし、剣を抜く
目を見れば修羅場をくぐり抜けていた者だと見てわかる程に彼等は強い
『そして鮮血サザヴィ』
髪は後頭部で三編みで背中まで垂れ、色は赤い
禍々しい程にギザギザとした双剣は不気味であり、男の目は凍てついていた
『最後はアビス、風来坊アビスは知ってるな?』
(あのアビスを手駒に?嘘よ!)
口元は鉄製のマスクで隠れており、蛇の絵が描かれている。
頭部は蛇の鱗で覆われた帽子を被り、銀色の軽量化された鎧を着込んでいた
武器は片手剣、黒光りした刃は鏡のように綺麗だ
ケヴィン王子は才ある者を見抜く才能を持っており、白鬼ロウオウと鮮血サザヴィはギュスターヴがいた頃から隠し持っていた存在であり、一般の兵として屋内で戦闘訓練と兵法で統率力を今まで高めていたのだ。
ウンディーネ信仰協会に漏れぬよう、普段は傭兵として存在させており、3人はエイトビーストに劣っていても上位Aランクの実力を持っている
その3人はロゼッタの前で止まるが、まるで主人の指示を待つかのように視線を玉座に向けたまま動かない。
このままでは確実に死ぬと悟ったロゼッタ信仰将校は焦りを隠し、冷静に口を開く
『どうなるかわかってるのかしら?国璽を使用した書類が公になれば貴方は父殺しの罪で最悪死刑よ?』
『バカなやつだ、死ぬ前に教えてやる』
薄ら笑いを浮かべるケヴィン王子は衝撃的な真実を突き付けた
国璽は本物と見分けが困難な偽物を使用した為、本物と照らし合わせられたらウンディーネ信仰協会は国璽偽装という重すぎる罪で関与した者は減刑なく死刑となる罪となる
本物だと確認した国璽だが、見分ける為に火で炙るしか無かったのだ
材質が似てる物を使用しており、本物は炙っても黒ずむことはない
しかし偽物は直ぐに焼けてしまう
見るだけでは同じであり、信仰協会は初めから騙されていたのだ。
(嘘…)
本当に絶望的な状況なのは自分だけじゃない
所属する組織までも時代の流れに押しつぶされそうになっている
立場が逆転しており、こうなればウンディーネ信仰協会の辿る道、そして本部にて最終計画に移行しようとしていたラインガルト教皇の今後は決まっている。
『俺の今後の計画にラインガルト教皇は邪魔だ。傲慢さが足元をすくわれるが、アクアリーヌからの切羽詰まった演技は流石にストレスだ。スズハもシャルロットについたならば、筋書き通り過ぎて驚いたよ。今頃はラインガルト教皇に俺からの手紙を見て血圧上がってるだろうよ。』
『くっ!』
なんとかして逃げようと彼女はその場で素早く剣を振り、背後の3人に回避する行動を取らせようとした。
その隙に逃走して計画を練り直すつもりだったが、振った剣はアビスの首元で止まってしまう
『あ…』
白鬼ロウエイの右手に握る戟はロゼッタの腹部を貫いていたのだ。
凍てついた顔のまま、彼は剣を落とすロゼッタを眺める
『神の名を借りて得た肥えた日常は楽しかったか?お前らは俺が王になる為の踏み台なんだよ』
ロゼッタ信仰将校は武勇は少ないが、指揮官としてはとても優秀であった。
的確に味方を動かし、高い機動性を活かした戦法が彼女の強みだからこそ、目の前にいる3人には勝てない
ウンディーネ信仰協会が裏でやっている数々の悪行をケヴィン王子は知っている。
ブリムロック鉱山資源の一部横領及び他国への横流しの他に国内では禁止されている薬物の販売や売春行為の斡旋そして別組織での金融関係の業界を名乗っての暴利
その証拠は既に秘密裏にケヴィン王子が手に入れており、これはハーミット国王でも成し得なかった事だ。
『がっ…』
戟が腹部から離れると、ロゼッタ信仰将校は両膝を床に落ちる
倒れそうな意識のなか、必死にケヴィン王子を睨むが、当の本人は欠伸をして汚いものを見るような視線を階段の下にいるロゼッタ信仰将校に送った
『シャルロットがブリムロックでお前らの食料にちゃんとウイルス兵器を撒く計画は小耳に挟んでいたよ』
『頼む…命だけは』
『小物らしいセリフだな。まぁ最後に教えてやるよ』
静かに玉座を立ち、階段を降りていく姿は不気味にロゼッタ信仰将校には感じた
今までウンディーネ信仰協会の犬のように動いていた者が、演技だったという事は別の目的があり、それが何なのか彼女にはわからない
王位であることに間違いはないが、それにしては深みあり過ぎる
止まらない腹部の流血を手で押さえながら彼女は目の前に立ちはだかるケヴィン王子が口を開く言葉に驚愕を浮かべる
『伏兵を合わせると10万の兵が本部に向かっている。お前ら帝国が密かに争いに乗じて前線拠点に12万の兵を動かしているのは知っているさ』
こうして次の瞬間には彼女の首は鮮血サザヴィによって宙を舞う事となった
静けさが広がる玉座の間、本来あってはならない王族の聖域でもある場所での処刑行為だが、今のケヴィン王子には関係ない事だ
足元に転がるロゼッタ信仰将校の首を蹴り飛ばすケヴィン王子は首を回し、目の前で指示を待つ3人の豪傑に口を開く
『属国化を断れば貿易制裁なんて帝国は回りくどい事は嫌いだろうからしないだろうよ。妹はその辺の勉強がお粗末だ。俺が既に返事をしている事も知らないだろう』
ケヴィン王子は帝国の使者からの返事
いわゆる属国化の件をウンディーネ信仰協会の鎮圧が終わる前に内密に返事をしていたのだ。
断固拒否という姿勢の返事を送ったケヴィン王子はその後に起こる事件の対抗で10万の兵を集める必要があったのだ。
『帝国は条約を無視するとは思えませぬが、ケヴィン王子は何を?』
『ロウエイ、今じゃ戦争は条約では解決した戦争以外は決闘方式が基本だが例外がある。』
『平時に自国の重要人物の生命や国民の安全が他国によって脅かされている時、国はそれを守る為に武力行使を行う事が可能という一文があるのは熟読しておりましたが、まさかラインガルド教皇が?』
『あれは帝国の大魔導士マーリン。ハイペリオン大陸で歩く魔導書とも言われる国宝だぞ?帝国が密かに兵を移動させているのは俺の耳に入っている。さぁ支度しろお前ら…、帝国とシドラード王国との全面戦争時代だ。ファーラット公国もイドラ共和国も協力せざるを得ない状況だ。妹には時間稼ぎの盾になってもらう』
彼だけが知る事実で、もう少しで多くの者の命が尽き果てようとしていた
それでもシャルロット王女は希望を胸に、王座を確実に勝ち取る為に
王という立場を捨ててまで仲間を募り、国を守るという姿勢でウンディーネ信仰協会との決着に挑む
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