第187話 水神信仰編 信仰将校


エミリア第十将校率いる約6000人の旅団クラスの軍は何者か不明な約5000人の旅団規模の軍と草原地帯で激突してしまう

盾兵を前線に固めていた事もあり、相手の歩兵の威力は押し込まれる事無く直ぐに止めると、盾兵の背後に控えていた槍兵らが盾の隙間から敵を貫いていく


その間、左右からは彼女の副官であるスピリットが300の騎馬大隊を引き連れ右側から敵の側面に移動を開始し、キルビルとその魔法兵50名はエミリア第十将校から頂いた歩兵300と共に右側から時間差で敵の横っ腹を狙う


(国民に扮しているならば他の策や武器、ましては魔法など使えまいが…)


それにも限界はある

無理だとわかれば相手は直ぐに正体を現すが、そのタイミングをしっかりと見定めなければ一瞬で崩壊する場合もある

だから彼女は後方に2000の歩兵を待機させ、前線に疲労が出たら後退させるように策を練っていた


『エミリア第十将校殿!国民にしては多少剣の扱いに心得があるのが可笑しいですな?』


彼女のそばにいた小隊長の男がそう告げると、エミリアは小さく頷く


『変化を見逃さないで、あっちもこれだけで抑えれるとは思ってないわ』

『了解です。』


倒れていく者は敵側は多い、しかし馬上から敵の中心にいる統率のとれた1000人規模の連隊はこの状況でも落ち着いているように彼女には見えていた


(私は目が良いのよ。ギュスターヴ様にも褒められたんだからね!)


こんな状況でも目を輝かせながらそう考えると、直ぐに切り替えて前線を指揮しながら彼女は考えた


『各大隊は味方の疲弊と共に後方と交代!弓兵はたらふく褒美として矢を放ちなさい!』


進軍中、最後尾に弓兵を300人ほど置いたのは馬車には食料やテントという物以外にも軍用品が数多くあるからだ

そこには弓兵の為に弓が多く積まれており、撃ち続ける量がある


(馬車側は問題は無い…)


『シェード!傭兵全て引き連れて左前線を押せるように待機しなさい!カクザ騎馬小隊は盾兵の交代と共に前に出て傭兵らと共に崩して!』


『ようやく出番か』

『了解しました!』


慈善エルマー協会育ちの傭兵シェード、そしてこの場に待機して今か今かと戦いを待ち望んでいた人相の悪い顔のカクザ騎馬小隊は直ぐにその場から移動を開始する

そのまま兵の削り合いとなると相手は徐々に不利になるため、動くならそろそろだろうとエミリアは読んでいた


(誰に鍛錬された女など思ってるのかしら?)


ハルバートを左手に担ぎ、誇らしげに敵を見下ろす彼女は目が良い

それは戦場では才能でもあり、ギュスターヴは忙しい片手間に敵の戦力を見定める為にどう使うかを学んでいた


(…どう見ても国民じゃないわよ)


地獄目のエミリアという二つ名は部下の間で有名であり、馬上から彼女は誰よりも見通す事が出来る

彼の視界には顔に水滴の入れ墨が首筋に入ったロン毛の男を捉えると、戦場を見ながら彼を監視した


『エミリア殿!戦場は変わらずです!』

『そのまま!私の合図を待ちなさい』


彼女の鋭い眼光は奥にいる大将格と思われる男の顔の動きも見えていた

その男が眉を潜めると彼女は小さく微笑み、時には何かを隣の部下に話している言葉を彼女は理解する


『スピリット騎馬!側面から敵前線の背後を駆け抜けてます。』

『まだ様子見!』


騎馬隊と歩兵では力の差があり、敵には止められない

敵の前線を崩すべくスピリット騎馬隊は駆け抜け反対側に抜ける為に周りの兵を剣で薙ぎ払いながら道をこじ開けていく

キルビルは突破力を温存して圧をかけ、下位魔法を織り交ぜての剣での交戦

その様子は彼女の目でも凄まじく、キルビルは目を細めたまま敵の歩兵を切っては下位魔法の火弾を命中させ吹き飛ばし、襲い掛かる敵に直ぐに対応していく


(凄いわね…)


激突して3分、スピリット騎馬隊は敵前線を大きく崩すとそのタイミングでエミリア第十将校は10m押し込むように全ての前線に指示をし、兵は動き出す


『私の強み、思い知りなさい敵大将さん』


誇らしげに笑みを浮かべる彼女はハルバートを振り回しながら余裕を見せると、ようやく彼女は本腰に入った


『馬車側、敵の精鋭が来るからシャードが連れて来たエルマー産の子達をぶつけて』

『了解しました。直ぐに動くようシェードらに通達します』


そんな事、わかる筈もないのに部下は疑うことなく直ぐに動いた

敵がどう動くか戦争では予測するか動いてから対応かが主な対応だが、彼女は敵に変化などない状態でそれを悟った


その答えは直ぐに出る

突如として馬車側の最後尾側に動きがあり、前線が押し込まれ始めたのだ

だがしかし、それも一瞬だった


敵側の体躯が良い者がエミリア第十将校の前線を押し込んだと同時に、背後に控えていた傭兵100名とカクザ騎馬小隊らがぶつかったのだ

冒険者と違い、傭兵は人間相手に特化した戦闘能力を持ち、そして彼らは慈善エルマー協会から選出された者が多くいる


弱い筈がないのだ

シドラード王国で誰もが権力ではない部分で逆らいたくもない勢力の者のもとで鍛錬された者が弱い筈がないのだ

吹き飛んだのは敵である国民に扮した体躯の良い者らであり、その場は混沌と化す


『この安い服着た小隊の隊長はどこだ?』


シェードは真剣な顔を浮かべたまま口を開くと、飛び掛かる敵を剣で薙ぎ払う

エミリア第十将校は驚かない、それが当然だとわかっていたからである

敵の精鋭である者らも崩せる筈がそうはさせまいと現れた傭兵に隊長は驚きを見せた


『なんだこの傭兵はっ!態勢を立て直…』


敵の隊長はそんな時間はなかった

シェードはその声を聞き、敵の中をすり抜けてその者の前に現れたのだ

目の前に現れた傭兵に驚く精鋭部隊の隊長は目を見開きながら敵だと直ぐにわかると振り下ろされる剣を自身の剣で受け止ようと動き出す


それを遠くで眺めていたエミリア第十将校は微笑む


『無理よ。傭兵ランクはCだけど』


次の瞬間、敵の隊長の剣はシェードの剣とぶつかるが剣は砕け、肩から胸部を斬り裂かれた。

圧倒的な力の差に驚愕を浮かべたまま吹きだす自分の死を謳う血と傭兵の男を視界に強く焼き付けた隊長は力なくその場で倒れて言った


『傭兵ランクA相手に返り討ちにしてる若い子よ』


エミリア第十将校の声は彼女の耳にしか届かなかった


これには押し込む隙を探っていた敵の大将も動揺を隠せなかった

敵軍の中心に位置する統率の取れた1000人規模の者の中にいるロン毛の男は舌打ちをし、驚きを口にする


『一瞬だと?エミリア第十将校の精鋭は反対側に隠している筈…』


厚くしている馬車側は物量での交戦、反対側にエミリア第十将校が持つ主力であるスピリット騎馬隊とキルビル魔法兵がいる事を彼は知っていた

大した主力はいない、一気に火力を出せば中から崩す事が出来る考えは至極当然であり、兵法としてこの時代では扱うケースは多い

この方法には対応する側は大きく後手になる為、上手くいく筈だったのだ


(内通者?いやそんな者いない…)


男は頬杖をつき、考えた

他に精鋭と呼べる教団兵は自身の後方に控えているが、それも読まれるとなると削り合いで自身が押し負ける可能性が出てくる事を彼は危惧した

戦いとは情報戦であり、相手の事を多く知った者が有利となる

男の名はジンと言い、将校の情報は十分に熟知していた


だがしかし、エミリア第十将校は信頼している数名の部下にしか教えていない事実がある。

それはとある者に言われ『信頼できる指揮の立場にある部下だけに教えた方が良いよ』という言葉をこの時まで貫き通していた結果がこの状況を生んでいる


『ジン信仰将校殿、どういたしますか』

『スピリット騎馬隊とキルビル魔法兵団は厄介だ。魔法兵で馬車を攻撃して物資を破壊しろ。その前に歩兵300をデオヘン騎馬隊とキルビルに向けて意識を逸らす』


その会話は彼女に聞かれていた


『相手はジン信仰将校で決まり!1分後にスピリット騎馬隊とキルビルの所に意識逸らすために臭い兵が増えるのと馬車側に敵の魔法兵団が物資狙うからシェード達とカクザ騎馬小隊を前に押し込んで良いわ。後方に控えている兵500をそっちに向けて』


『直ちに!』


側近はすぐさま走る

何故彼女が聞こえているのか、いや違う

エミリア第十将校は読んでいるのだ


『口を動かせば何を言ってるか私はわかるのよ』


読唇術は目が良すぎる彼女にとって最高の能力であり、それを今まで開花させる戦いは訪れなかった

敵の指揮が見えるならば彼女は強い事をシドラード国内でも知る者は少なく、それが今発揮される

草原地帯という隠れる事も出来ないジン信仰将校は馬上の上にいるエミリア第十将校の見られている視線は感じつつも、その事実には気づかない


激化する戦いでスピリット騎馬隊とキルビル魔法兵団は敵前線に敵が増えた事に気づくと笑みを浮かべる


『この草原で姉貴に勝てると思うな?』


スピリット騎馬隊は側面から前線を補助しながら自信をあらわにする

その自信が崩されることはその場ではなかった

そして反対側の前線でも起きる事は無かったのだ


カクザ騎馬隊とシェード率いる傭兵団は厚くなった兵と共に前線を突如として押し込んだため、敵の魔法兵団は目的である後詰め軍の戦力を削る事が出来なかったのだ

下位魔法では届かない距離であり、中位魔法ならば届く距離ではある

エミリア第十将校は敵が動いた瞬間に少しづつ中央に移動させたのだ

これにはジン将校も苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、地面を殴るほど苛立ちを見せた。


『何が起きている!何故読まれている!』


もし彼女の能力を彼が知っていたら、結果は逆だ

ジン将校は実際、ウンディーネ信仰協会が国家に隠して保有していた傑物であり

乱戦をかき乱す能力を持っていた。


互いの力はジン将校に分があるが、飽くまでそれは個々の力であり戦場では全体が全てである

相手が何をしてくるのか、その時にどう兵を削るかを考えられるならば軍配はエミリア第十将校に上がるのだ。


『ジン将校殿、キルビルの姿が…』

『まさか…』


冷静を保てない状況の最中、彼はやってはいけない事をしてしまう

キルビル魔法兵団を戦場で見失ってしまったのである

それは2度も読まれてしまった事で当たり前に起きる動揺であり、それを逆手にエミリア第十将校は動いたのだとジン信仰将校は戦場の中をくまなく探した


その間、エミリア第十将校は敵の焦りを知る

既に敵はウンディーネ信仰協会の教団兵だとわかっており、国民を相手している気持ちなどさらさらない


『国民である我らに剣を向け…』


そんな叫びも、このエミリア軍には届かない


『うるさい三流役者めが!』


シドラード兵の怒号が飛ぶ


全てが筒抜けの状態で最後まで戦い事は困難だとわかったジン信仰将校は一度立て直し、アクアラインの街中での襲撃に変えるために部下に指示を出す


(半分は持っていきたかったが…)


こちらに利がない戦況続き

国民に扮し、出鼻を挫いて一気に崩す筈の策は砕け散った。

それでも気取られた時の策があり、それをしようにも読まれてしまうならばあとは時間の問題となる


扮した結果が武器や武装での差が時間と共に出始めれば、それは撤退の合図だ


『くっ…撤退だ!』


それを馬上から口の動きで読み解いたエミリア第十将校はハルバートを空に掲げると、直ぐに敵後方の森に向けた


『帰り道はあちらですが、道中の獣や追い剥ぎにご注意くださいね』


死傷者約500名にとどめた事は大きく、ましてや敵がウンディーネ信仰協会の将校だとエミリア軍の兵士が知るや撤退する教団兵を見て大きな歓声を上げた。


それはエミリアや兵士にとって心地よい結果であり、敗走するジン信仰将校らにとっては耳障りな雄叫びと屈辱であった


『ジン殿、敵の追い打ちが』

『スピリットだけだ!あっちは時間が無い!森までの辛抱だ。』


撤退するジン信仰将校軍を殲滅しようと思えばエミリアは可能だった

しかし彼女にはそんな時間は無い事をジン信仰将校は知っている


(時間稼ぎしか出来ぬのか俺には!)


『アクアラインであの女を殺す!体勢を立て直す!』


背中を見せて敗走する彼のその言葉はエミリアには届かなかった。


『背中にも口つけてよジン信仰将校さん』

『エミリア殿、スピリット騎馬隊が足を止めました』

『森は流石に不利よ。赤旗下げて青旗上げて』

『ははっ!』


青旗が上がると、スピリット騎馬隊は追撃を完全に止めて戻り始める。

戦いには勝ったが、エミリア第十将校は死傷者を見て目を細めた


(空荷の馬車を数台用意して正解ね)


『よくやったわスピリット。死傷者を馬車に乗せ、このまま次の街まで行きましょう』

『姉貴の地獄耳炸裂ですな!』

『あたしもやるときはやるのよ。デオヘンはこの場の処理をした後に合流』

『了解です姉貴!シェード殿が傭兵らと敵の身包み剥いでますが…』

『敵の素性がわかる物以外は目をつむりなさい』

『わかりました!』




小雨が降る昼過ぎ

そんな最中を森で足を止めるジン信仰将校は追撃が来ないことを確認すると軍を一度休ませる為に足を止めた


死傷者は約1500人

怪我人よりも圧倒的に死亡者が多いのは防具を着ていなかった事が原因であり、戦力としては今戦える者は4000人あまりだ


『敵の能力を見誤ったか』


知り得なかった能力に気付けなかった事にジン信仰将校は歯痒さを感じ、近くの木を殴った


『ジン殿、副官のナナラが戦死。魔法兵の半数と兵長セルシオも…』

『この場で軍を再編成する必要がある。直ぐに動き整えよ』


ジン信仰将校は代理の名を口にすると、部下は直ぐに再編成の為に慌ただしく動き出す

その間、大将であるジンは消えたキルビルがどこにいるのか警戒を余儀なくされる


(シェードにキルビル…。エルマーの犬めが!)


しかし、消えたキルビルは彼を追ってなどいなかった。

単にエミリア軍の前線を離脱して後方に隠れて休んでいただけだったのだ。

それを彼は策だと勘違いしてしまったのは戦術を読まれ続くけた結果である


入るはずもない人間に無駄な警戒をしている事をエミリアも思ってもいなかっただろう

だが彼ならばどれほど良かったことか


『いかに財を費やして叩き上げられた者でもギュスターヴが鍛錬した者に勝てるとは思えん』 

『っ!?』


先程までいなかった者がここにいる

地面から顔を出す岩に腰掛けていたジン信仰将校は背後からの声に驚きながら剣を構えるが、予想外な光景に言葉が出なかった 


『なっ…何故貴様が』


羊の頭骨の形状の鉄仮面は赤黒く、不気味だ

その手に持つ特殊な形状のハルバートを左手に男は多くの教団兵に囲まれたまま淡々と話す


『最初から武装していれば読まれていても貴様に望みはかなりあったが、姑息な手段で感情を揺さぶろうとしたのが間違いだ。』


直ぐにその場の教団兵らがグスタフを包囲し、武器を構えた

この状況とこの数ならばとジン信仰将校は一瞬思ったが、疲弊し切った状態で戦える相手ではないならば逃げるべきだと考えた


(しかし…逃げれるのか!?)


ケヴィン王子が持つ主力将校2名の突撃大隊を轢き殺す力を持ち、それでも彼は世間では魔導に通ずる者として名を轟かせている

魔法を発動するまえに飛び掛かる事は可能だとしても、グスタフがそれを危惧してない筈がない


『くっ…!』


ジン信仰将校は冷や汗を額から流す

心臓の鼓動が体内で大きく鳴り響き、彼を興奮させる


(武人としての自信もあるのはわかるが…)


何をしにここにいるか?

聞かなくてもわかっている事だった

教団兵らは目の前の存在に狼狽え、士気を削られていく

こうして最後に訪れるのは最悪の結末であり、ジン信仰将校は戦って僅かな勝機を勝ち取るよりも全力で逃げる事を選ぶ


『何故俺が来たか、わかっている筈だ』


グスタフの言葉を合図にジン信仰将校は口笛を鳴らすと、グスタフを前にしても堂々と身構えていた屈強の教団兵らが襲い掛かった


『今のうちに!』


兵の1人が叫び、ジン信仰将校は屈辱的な敗走を選び、グスタフを背に走りだす

流石に500人の精鋭を相手ならば時間稼ぎは出来ると思っていたが、彼はグスタフの強さの底を知らない


そして彼だけがここにいると勘違いしていたのは土壇場に立たされてきたからだろう

食い止める教団兵らを横目にジン信仰将校は僅かな安堵を浮かべ、全力で走ると彼の視界に一筋の光が森の奥から僅かに輝いた


『なっ…』


それが彼の最後の言葉となる

一筋の光は魔力を帯びた大きな矢であり、音を切って打ち放たれた

ジン信仰将校は僅かに薄暗い森の奥からこちらを眺める人物を見て驚愕を浮かべる


(女帝エステリーゼ…)


それと同時にジン信仰将校の頭部は音速の矢によって弾け飛んだ








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