第186話 水神信仰編 言葉と武器

遊撃隊としてエミリア第十将校は残りの時間を使い兵を集めた

3000人というシドラード兵は各街に駐在していた者に出した招集により、6000人に傭兵の遊撃隊100名を最後に彼女は王都グエルダラスを出立する


彼女が急遽遅れて出る理由となったのはシャルロット王女が危惧していた増援に対しての後詰め兵が欲しかったからだ

その任をある程度こなした彼女は歩兵中心の兵士と街を進む

進軍する最後尾には長期戦を予想して不足するであろう食料を積んだ馬車


先頭を少数の騎馬隊と共に馬に乗り歩兵の歩く速度に合わせて街を抜け、草原に出るとエミリアは空を見上げた。


『空は平和ね』


そんな言葉に現実を突き付けるは彼女の副官であるスピリット

まるでゴロツキのような人相の悪い顔をしているが、元傭兵からの成り上がりであり歳は30とまだ若い


『姉貴、でも奥に見える雲が黒いです』

『雨だった今日?』

『夕方から通り雨と聞いてます。それとグスタフですが』

『彼がそうしたいって言うならそうした方がいいわ。今は私達が早急に追いつかなければ駄目』

『御意』


草原といっても左右を見渡せば森がある

距離で100m先と魔物がいちいち狙うような事もなく、こんな数に賊が立ち向かう筈もない


ケヴィン王子が進軍の準備をしている事は連絡魔石にて先行するシャルロット王女の軍には届けた為、その戦いは急ぐ必要があった。


『ケヴィン王子は何を企んでいるのでしょう』

『ウンディーネ信仰協会を完全に手に入れる為でしょうね。シャルロット王女様がアクアリーヌで将校を犠牲にこの時を考えていた事に驚きね』


決して愚かな王族ではなかった

アクアリーヌでの戦いでケヴィン王子はグスタフの強さを知る必要があり、そのために主力である将校を前に出すしか手段が無かった。

結果は悪魔的な強さを見せたグスタフに苛立を見せたが、ファーラット公国とイドラ共和国の有効的な関係からその後にきっと起きるであろうブリムロック戦でグスタフが潜んでいる事をケヴィン王子は予測していた。


だが彼はウンディーネ信仰協会に話すことは無かった。

シドラード王国の戦力の殆どはケヴィン王子が多くを保有しており、敗戦後の機会をイドラ共和国か逃すはずもない

あえてゼットン将校を遅らせたのは被害を抑える為だったが、その予測だけは外している


『ウンディーネ信仰協会を弱体化させる為であり、不正行為を公にして粛清する口実を作る為、ですか』


『飽くまでシャルロット王女様の予測よ。ジュリア大将軍が死ねばケヴィン王子はウンディーネ信仰協会と同等の力で立ち向かえたのだけれど、ゼットン将校さんが戦死した事で当時はかなり荒れてたわね』

『部下に当たりが強かったと小耳には…』

『らしいわね。シャルロット王女様が本部を制圧出来ないだろうと予想して明日に進軍するために兵を集めてるのよ』


シャルロット王女が危惧しているのは不明な戦力があるかもしれないという点

彼女だけの軍では心許ないと思って出立の支度をするということは何かしらウンディーネ信仰協会は秘策がある可能性が高いのだ。

それをエミリア第十将校も危惧していた


『ロゼッタ信仰将校ウォームバイト信仰将校、ウンディーネ魔法教団長リエールの3名の他に元エイトビーストのシャンティ率いるゾディアックそして龍の子ゼノとなると苦戦は必須ですな』

『あんた元傭兵でしょ?今でも傭兵と仲がいいならゼノの強さはわかるわよね?』

『あれがエイトビーストに選ばれなかったのは傭兵らでも予想外だった程と息子から聞いてます』

『息子さん傭兵だったのね』

『うっす…。単純な身体能力ならばエイトビーストでも随一、あの脳筋盾のザイツェルン・ル・アンカーの防御も本気を出せば弾く程の者です』


政治的理由で選ばれなかった事は誰の目から見ても明らかだ

普通ならば最優先で強い者が選ばれる筈の称号に選ばれないのは苦痛でしかない

誰もが心の中で、純粋な強さで選ばれる名誉だと思っていたからだ

しかしエイトビースト誕生は選ばれた者の栄光を表沙汰に謳う為というのは表上の口実であり、実際は戦争傭兵として存在したギュスターヴを国家として認め、ある程度は国内の権力で動かす制度を設けたかったのが真実だ


『ロンドベル第二王子の提案で誕生したエイトビースト制度ですが、提案書通りにはメンバーが揃わなかったのは当時のハーミット国王とウンディーネ信仰協会の話し合いで何かがあったのでしょう。』

『もともとウンディーネ信仰協会の推薦でシャンティが選ばれたけど、謎が多い男だったわね』

『しかし今やそれも悪の化身。ゼノも何故そんな得体の知れない者と組んでいるのかわからないですね』


怨んでいた相手のそばにいる

それがスピリット副官とエミリア第十将校にとって首を傾げるような疑問だ

そうした会話をしている最中、黒い雲が彼らの頭上に到達すると同時に小雨が降りだす。


『姉貴、少し足を止めても良いのかと』

『そうね、キルビルは後ろの兵に30分休むよう知らせて』

『御意でっさ』


もう1人の副官キルビルは20歳と若いが痩せ細った体躯であり、目は細い

他の兵や将校と違って上半身を革装備、そして下半身はダボダボのズボン

エミリア軍の中でも魔法兵が50名存在しており、彼はその隊長でもあり軍の副官でもある。


後方に走りながら兵らに伝令を伝えるキルビルを2人は顔を向けて口を開く


『あのエルマー魔導公爵殿の施設育ちなんですよね姉貴』

『あの組織の者が私の軍に所属になった意味が未だに分からないわ…。腕前を拝見したのだけれど…』

『どうでしたか?』

『乱戦のプロね…、相当叩きあげられてる』

『んで、勝ったんですか?』


エミリアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、スピリットは空気を読んだのか慌てて顔を逸らすと口を開く


『こちらも休憩します姉貴っ』

『はいはい…』


シドラード王国の魔法となればウンディーネ信仰協会の魔法教団兵が先ず頭に浮かぶのが、それに秀でる者であればそうだとは言わない者は多数存在する

慈善エルマー協会の中で育った拾われた浮浪児や戦争で親を失った者に道を差し占める組織であり、その多くが魔法の道へと歩む者に強者が多い


巣立ちを言い渡された副官キルビルは1か月前に突如としてシャルロット王女の支持により、エミリア第十将校の軍に配属されたのだ

僅か50人と言えど、その戦力は彼女にとっては頼もしい存在であった


(止みそうにないわ)


空は一面真っ黒であり、晴れる気配はない

僅かな緊張で熱された体温を適度に冷やす小雨でリラックスするエミリア第十将校はハルバートを片手に進行方向に視線を向ける


『一応、言われた通りに身構えとかないとね』

『御意』


ザントマの忍者部隊はアクアラインを監視しており、数日前にそこから国民3000人が今回の反対運動の人員として街を出たという知らせが入っている

だがその数は王都や近隣の街には現れず、所在不明な状態なのだ


『近くの街に入った時の記録は街の検問所で俺の部下が拝見したのですが、やはり途中の街で消えております』

『王都の王城前でデモ活動するならば出立前の筈、確かに油断は出来ないわ』


今いる場所は街と街と繋ぐ草原の道のど真ん中

森からはこちらの全てを見られる為、彼女は油断できなかった


(確かにウンディーネ信仰協会の将校は3名が主力将校、でも表に出してない者がいるならば…)


信仰協会内で秘密裏に戦力を増強していたとすれば、まだいると彼女は読んだ

シドラード王国の将校が第十まで存在しており、それと同等であれば今までのウンディーネ信仰協会の損害から差し引くといると思っても可笑しくはない

その不安もシャルロット王女は胸に抱いていたため、もし戦いになれば包囲戦にするしかない最後の手段を考えていた


そうしていると、彼女にとって不幸中の幸いと言える神のような助言を副官キルビルが真剣な眼差しを浮かべたまま、馬を走らせエミリアのもとに届けたのだ


『東側の森、人の気配多数と馬車の御仁から』

『休んでいる振りをしながら盾兵を一列にさせて槍兵の部隊長らにも直ぐに盾兵と連携できるように。キルビル率いる魔法兵団はアクションが起きたら直ぐに側面に回り込む用意、スピリットの騎馬隊も反対側から穴を開けるように休む雰囲気を壊さないように自然に移動して』

『御意でっさ』

『わかりました』


気取られずにここで全てを仕留める方針を口にするエミリア第十将校だが数は不明

幸運にも東側の森からの気配だけであり、それなら数に有利な敵であっても彼女は冷静という持ち味を活かして戦う事が出来る


呑気に欠伸をし、首を回しながら次の街である方向に顔を向ける

集められた傭兵は義勇軍としている為、彼女は傭兵のリーダーが後方から近づいてくると、何か起きればこの場に集結と指示を与える


『久しぶりの戦争だが、内乱となりゃ初だ』

『武器を捨てるまで戦っても良いとの指示を貰ってるわ。もし過激派の国民であっても貴方達の行いは王女が保証します』

『まぁ過激派のなんたらって言ってもどうせ国民に扮した兵士だろ?普通の過激派や国民が戦い慣れした兵に突っ込むか将校さんよ?』


戦争傭兵ならばこの程度は予想できるレベルだ

だからこそ彼らは兵士よりも躊躇いは一切しない重宝すべき覚悟の持ち主

扱い方は昔、ギュスターヴに教わりながら訓練していた彼女は将校の中でも数少ない傭兵を扱える者でもある


『戦いやすい場所は私が作るわ。乱戦になる場所にはなるけど、獣のように斬って士気を下げなさい』

『倒したもんの金品は自由かい?』

『報告だけしてくれれば良いわ。終わってからよ』

『了解』


(傭兵のリーダーにしては本当若いわねぇ)


これもまた権力のある者には名の知れた傭兵

エルマーのもとで拾われ育てられた者はこうして傭兵となり、彼女の声に立ち上がってきた。

若き18歳の彼は体術にも秀でた才能を持ち、数ある賊討伐にも殲滅し、生き残ってきた傭兵だ。


(キルビルの義兄弟って聞いてるわね)


違う権力の者の扱いとなると、流石に今まで通りで良いのかと考えたくなるエミリア第十将校だが、今更そんな時間などない


『弓の届かない距離なので届くとなれば中位魔法クラスの攻撃かと思われまっせ?』

『わかったわ。キルビルは後方の食料馬車の点検をしながら後方に控えてもいいわ』

『わかりました』


兵らに不穏な空気が漂っている事が浸透し始めていくと、エミリアは馬上で後方の兵らを一度チラ見してから森に視線を向けた

自分ならば足を止め、休憩している時に奇襲を仕掛けるだろうとエミリアは考えた

進軍中ならば対応が効き、相手からしてみれば態勢を直ぐに立てられる危険性があるからだが、それは次の光景で答えが出てしまう


『姉貴!!』


普通ならばあり得ない事が起きるのは珍しい事じゃない

森の中から姿を現す国民に扮した者達を見てエミリア第十将校は脳裏でそう考えていた。


(でしょうね)


数は5000と規模が多く、きっと各街に潜んでいた協会側の者が招集でここまで膨れ上がったのだ

こちらに狼狽える兵はおらず、ただ気が重いと言わんばかりの表情をするものは多い

国民なのか教団兵なのか定かではないが、この場合その考えは戦いに不要だ


騎馬隊はおらず殆どが歩兵で構成されており、剣しか持っていない

しかし他の武器まで持ってしまうと国民とは思えない武力を見せる事になるからこそ、森から出てくる者は身分を隠している


『陣形を直ぐに作れ、動きながら聞きなさい!』


彼女だけじゃなく、兵らも冷静だ

その様子を見て安心したエミリア第十将校は100m先の森から雪崩れ込む不明な身分の軍を前にハルバートを空に掲げ、声を上げた


『何故国民は国民であるか!』


彼女の叫びはこの場で轟いた

か弱い女性ではなく、それは1人の武人として将校にまで叩きあげられた自負がある


『国民の武器は言葉だ!弱き者が言葉から武器を持てばどうなるか生前のハーミット国王はなんと口にしたか!』


その訴えは兵らの耳に響き渡る

迫りくる烏合の衆と言わんばかりのバラバラな動きの中心にはしっかりと足並みを揃えて突撃する1000人規模の隊が存在することに彼女は気付く


『武器を持てば国民を捨てたも同然であり、国の秩序と平和を守る我らが粛清するべき対象となる!今迫りくる者は国民ではなく敵!踏み外した行動に裁きをくだせ!』


こうしてエミリア第十将校は左右に動かした副官2名に動く合図を送るべく、頭上に右手を上げると赤い魔法陣を発動させ、火の弾を打ち放った


『責任は私が持つ!敵を穿て!』


その瞬間、2列に布陣させた盾兵と不明軍が激突すると、内乱の火ぶたがここで切って落とされた

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