第185話 水神信仰 過去と今

ハーミット国王の謁見から時が過ぎ、エイトビーストが誕生した

ゼノが国王と謁見で暴言を口にした翌日、スズハはギュスターヴという男の無類の強さはどこから来ているのか考えながらケヴィン王子の護衛として王城の廊下を歩く


重騎兵10名と共に歩くスズハは正直な所、ケヴィン王子のもとにいるのが一番疲れを感じていた。

魔国連合ヒューベリオンが北の大陸にあり、その魔族の高速船10隻がシドラード北部の沖合に停泊していたことによりケヴィン王子が動くととなった


ハーミット国王が商人会の会長との会食で不在の為、急遽ケヴィン王子がボトム第四将校とリングイネ第三将校に収集をかけ、北部に向かう

廊下を歩く王子は堂々としており、緊張した様子は無い


『魔族相手に海上戦は出来ん。俺たちが到着するまてにマダラ砂丘前に防衛拠点を広く展開させろ。弓兵と騎馬隊で良いとボトムに言えばわかる』

『ははっ!』

『漁港はリングイネだが魔族兵器が厄介だ。街についたら早急に拠点を構えろと連絡しておけ』


王族では攻める兵法に秀でており、今回の魔族側の挑発的な行動に彼が動く

ハーミット国王宛の手紙が1ヶ月前に王城に届くと、そこには領土問題に関しての内容によるものだった。


シドラード北部の街から沖合に出ると小さな島が連なるツシマ列島が存在し、これを魔国連合ヒューベリオンがもともとは自国の領土だったから即刻そこにいる兵を退去させろという文章だ。


数百年前の歴史で各国の戦争が激化した時代、確かにそこは魔族の領土であり、帝国に喧嘩を売った当時のシドラード国王は海上の前線拠点として無人と化していたツシマ列島を占拠したのだ。


結局は圧倒的な戦力でシドラード国王は破れ、敗戦国となったが、魔国連合ヒューベリオンは領土を主張することは無かった


このタイミングでの領土の主張にケヴィン王子は眉をひそめながら廊下を歩くと、口を開く


『今頃に領土主張はきな臭すぎる。あっちの目的がわからないが、確実にちょっかいはかけてくるぞ。』


護衛と話しながら出立の準備をするために足早にスズハはギュスターヴとエステリーゼを呼ぶように言われ、彼女はその場を離れた

ケヴィン王子とギュスターヴの仲は悪く、その理由はスズハも察しがついていた。


一先ずはギュスターヴが王城で使う客室へと向かうと、ドアの前には獅子騎馬隊が5人立っており、それは王族がいる証明でもあった。


『あっ…』


スズハがそんな声を出すと、獅子騎馬隊の中で目立つ男が彼女に気付いた。

獅子という名に相応しい髪型をしており、もみあげと顎髭は繋がっている。

獅子騎馬隊の隊長ラヴォネルであり、彼はスズハに一礼すると声をかける


『スズハ殿、急用ですか?』

『ケヴィン王子から早急にギュスターヴさんを呼ぶようにと』


ならば仕方がないとラヴォネルは立て込んでいるであろう客室にスズハを招き入れた。

容易く入れた事に驚きを隠せないスズハだが、何故かロンドベル王子や獅子騎馬隊にはそれなりに信頼を得ているのだ。


客室内にてベッドに腰掛けるギュスターヴの視線の先には1人の王族

黄色い短髪、瞳は黒く優しそうな顔つきをした青年

銀色に染まる鱗の胸当てには商人会の会長である金貨のバッチ

ロンドベル王子は椅子に座り、にこやかにスズハに手を軽く振った


『やぁスズハさん。やっぱり兄さんはギュスターヴを呼んだんだね』

『魔族警戒で抑止として同行してほしいのかと思います。』

『だろうね。あそこは奇妙な魔族兵器が厄介だし』


するとロンドベル王子は椅子から立ち上がると、にこやかな顔を浮かべながらドアに歩き始めた。


『生き方の立ち回りは難しいだろうけど勘違いされると正すのは難しい。一先ずはお膳立てはしてあげたからねギュスターヴ』

『助かる。また何かあったら話すよ』


こうして王族が去った空間でスズハはギュスターヴに顔を向けた

何を話していたのだろうと聞こうとするが、自分が知るべき内容じゃないならば聞かないほうがいいのではと葛藤が脳内を走り回る


しかし、ギュスターヴは彼女に話したのだ


『まぁ考え過ぎなくて良いさ。生活指導みたいな感じだ』


ギュスターヴの口から意外な言葉にスズハは驚く。

以前から彼は悩みがあるが、それは誰もが知っている事実でもある。

強すぎるが故、ハーミット国王が扱いに困ってる話を噂でギュスターヴは耳にしたのだ。


もともと傭兵である彼は確かに今はシドラード国王を拠点とし戦争傭兵の身分

力だけで国家を危ぶむ存在となれば最高司令官となる存在は彼を信頼したくても信頼しきれない部分が生まれる。


そのため、ロンドベル王子の提案はハーミット国王を動かしたのだ

エイトビーストという王族が認める傭兵の最高称号を与え、国家の為に動く傭兵としての存在とする事だ。


ギュスターヴがエイトビーストに選ばれる事で国王の中での彼が裏切る可能性も低くなり、ある程度の指示も通るとなれば以前よりも不安は薄まるのだ。


『あとは傭兵の思想を持つ男だってイメージを強くするために金に執着しろって言われたよ』

『ちゃんと対価を支払えば裏切る事はないって印象が強まるからですね。それにしても面倒な悩みですね』

『こっちは裏切るとか考えたこと無いのにさ。確かに正確に扱えない大きい力って警戒するし仕方がないけど、まぁ他人には僕の意志は伝わり難いって事だろうね』

『問題はウンディーネかと』

『彼等は僕を毛嫌ってる。でも君を毛嫌う意味がまったくわからないんだよね』


この頃からウンディーネ信仰協会はギュスターヴを敵視していた

だが彼だけにおさまらず、スズハも同じだったのだ。


選ばれし者の中でも魔力袋の素質を持つスズハは水の滴る音を袋の中から響かせる水の魔力袋。

その紐は輝いており、神の加護を持っていたのだ。

ウンディーネ信仰協会が崇めるような存在を嫌う意味がわからないギュスターヴだが、今はそれを話す時ではないと悟ると、彼はスズハと共に客室を出るとエステリーゼと合流し、一足先に場所を手配してシドラード北部の街へと急ぐ


…………


懐かしき思い出を前にシャンティを退かせたスズハは腕から流れる血を見ると、苦笑いを浮かべた


『少し深いですか大丈夫です。』

『直ぐに手当を』


シャルロット王女がスズハと共に外の様子を確認し、軽傷者だけと知ると直ぐに怪我人の手当てをするために治療団を呼ぶ

そんな緊迫した雰囲気の最中、シャルロット王女のもとに最悪な知らせがザントマが動かしていた部下が戻ってきて知らされる事となる


信仰都市アクアラインはウンディーネ信仰協会の本部のある街であり治外法権として存在する街

独特な自治と条例により信仰のメンバーである国民も10万人と多く、過激派も少数だがいると調べはついている

予想されたウンディーネ信仰協会の兵力は今現在は2万に満たない数と報告が入っていた筈が、過激派の国民の参入による増員で約5000人が街を封鎖し始めたのだ。


ここからアクララインまで5㎞の距離

明らかに話し合いなどする気はウンディーネ信仰協会には鳴く、信仰の相続をする気配も感じられない


テント前にてこの軍の幹部が集まり、国民か加入した状態でどのように入るのかを話し合う事になったが、進軍の時は近い

エミリア将校は後続として到着が遅れる為、この場にいるのは軍指揮官達だ

シャルロット、スズハ、ファラ、ジャスパー第七将校が椅子で向かい合って座っている様子は重苦しい


『きっと国民が勝手に動いてしでかしたうんたらかんたらっていってくるぜ?戦うと面倒臭いのは目に見えてら』


ファラが口を開くと、誰もが小さく頷く

わかりきった策でも、それを崩すのは簡単ではない

国民にまで手を出すという愚行を過剰な弾圧的支配だと叫び、あちらは剣を持つ理由が生まれるからだ


『まぁアクアラインの国民を仰いで動かそうとはするとは思っていましたが…』


ジャスパー第七将校は居た堪れない様子

場数がまだ少ない彼は国民を相手にする場合が生まれた事に溜息を漏らす

だがしかし、それは彼だけじゃなく他の指揮官も同じだった。


『大変な事になりましたねシャルロット王女様』

『そうですね。こうなる事は想定はしてましたが現実に起きると重たい壁です。』


スズハの言葉にシャルロット王女はそう返した

それでもやり切らなければならない状況であることに変わりはない

だからシャルロット王女は決心はついていたのだ


『国の為に血塗られた歴史を背負う覚悟は持ってここに私は来ました。行動に移してしまった国民は幸いなことにアクアラインで住民として登録された者、シドラード王国の方は届かぬからこそ感情論を捨てて進むしかありません』

『シャルロット王女殿、やはりやるのですか』

『はい、優しさはいりません』


ザントマは切ない顔を浮かべ、口を開くと玉座に座らんと決めた女性は決心を口にする


『警告しても向かってくる者は国民であれど逆賊とし対処します。その時は私の指揮する軍を前に皆さんは言われた配置でアクアライン入場をお願いします』


血も涙もない戦いも視野に入れる事を彼女は口にする

過激派なのか強制的に動かされたのかは定かではなく、それを確認する術は簡単ではない。

武器を置かなければ敵とみなすという単純な警告で迅速に行動しなければ、今度はこちらが不利となりウンディーネ信仰協会の本部にも届かなければ今後のシドラード王国の未来も廃れてしまう。


国民相手にどうにか出来ないのかという気持ちは皆一緒だ

それでもどうしようも無い時は人間の生き方の中では存在する

捜査令状という絶対的な取り調べを行うだけの進軍は内乱という抗争の始まりであり、神の名を口に私欲に動く協会を止める戦争へと変わっていく


『ファラさんは本部突入まで表に出したくはありません。ましては国民相手に剣を向ける行為は今後に影響が大きい』

『だろうよ。まぁ国民相手は剣を向けると決めれば大した事は無いが、そうなるとあっちは大きく出れるから一気に前に出なきゃならねぇな』

『街に信仰協会の教団兵が隠れているとは思いませんがいても少数で国民を指示する詐欺師でしょう。正規軍を外に分散したくないのはあちらの都合上予想できます』

『だな。ところでここで確認するタイミングじゃないが確認するが、本当にあの報酬は本物かい王女さん』

『ファラよ、少し今は失礼では…』


ザントマが動揺した様子で口を開くが、シャルロット王女は手を振って静止させた

彼女は考えるまでも無く、即答で返したのだ


『今後のシドラード王国は2大信仰のもとで成り立つ多様性ある信仰国として国民に未来を見せていくように私は考えてます。』


シャルロット王女は椅子から立ち上がると真剣な眼差しをファラに向ける

対するファラも瞬きすら感じさせない程に彼女に顔を向け、腕を組んで言葉を待つ


玉座に座る時まで果たされぬ約束は今、この時を超えて信憑性を増す

彼女が口にした約束は太陽神ゾンネ信仰協会は公共組織で設立し、その教皇をファラとする

ウンディーネ信仰協会の衰退そして内部の静粛中は彼らの組織がシドラード王国の国民の保護・支援活動など国民に寄り添う法で秩序を保っていく

シドラード王国の信仰の顔はウンディーネ信仰協会は生まれ変わっても大きく前に出るであろう太陽神ゾンネ信仰協会であることに間違いはなく、お望みながら小国として建国する助力をする事を彼女はこの場で再度口にしたのだ。


『生活保護、就職支援、国民に対する役所と連携しての手当て、色々組織としてやることはあるがあんたも悪だね』

『どういうことでしょうか?』

『この話に俺が振り向かなければ俺の野望はどこにいっても果たされない筈だ。』

『そうです。互いの利益の為に断れない状況を作るしかなかったのは事実です。しかし相応の報酬を私は約束します。』

『…小国の件は考えておくと言ったが今はやめておく。だが1つ頼みがある』

『なんでしょう?』

『イドラとファーラットに近い場所の小さな街を一つ貰いたい』

『夜の街ナイトメアから直ぐ北にある街でしたら私の管轄下になっています。人口3万人と小さな街ではありますが、そこでしたら』

『…それならこっちも全力で向かってくる奴を潰せる』


本部以外にも中継地点を彼は求めるとシャルロット王女は直ぐに頷いた

彼だけが待遇が良いわけではなく、この場にいる者全てに相応しい対価は支払われる。


『皆さん、夜明けです』


薄い光が空を照らし始め、戦いの時間を知らせる

誰もが静かに立ち上がり、空を見上げるとシャルロット王女は話す


『緊張はしますが、時間が来てます』


その時、スズハは王女に向かってとある質問を口にした


『シャルロット王女様、この戦いは信仰協会に属する過激派の国民相手にするのは私は少し躊躇いがあります。』


思想が違う世界からの者の小さな叫びはシャルロット王女に耳に響き渡る

だが答えは昔にギュスターヴから聞いた事がある言葉で返されたのだ


『正当化されるかどうか誰にもわかりません。しかし正義という免罪符を胸に動かなければこの国は変わる事はありません。犠牲無くして変わる時代は存在しないのです。』


選ばれし者は人間を殺める事に躊躇いを持つが、スズハは倒さなければならない者に関しては剣を奮う事は出来る

しかし、その相手に国民が混ざるような状況は初めてであり、心の中に隠していた躊躇いを口にした。


(それでもやる時が今なのね)


スズハはそれ以上、言う事は無かった

数年前にギュスターヴから強めに言われた言葉が彼女の脳裏に蘇る


『弱き者を盾にした状況で救えないなら剣を振るしかない時はある。無理なら棒立ちして傍観していればいいけど。それで死ぬ者を見て君はそれで良いと思えるとは思えない。あの時に動いていればという後悔は生涯ずっと深く心に突き刺さるんだ。』


色々な経験をしている彼だからこそ、覚悟を振る時はあると彼女は真剣な眼差しで話す彼の姿が焼き付いていた

それが今来る事に、逃げる事は出来ない


『スズハちゃん、やるしかねぇって事だ』


ファラがそう言うと背伸びをして小さな声を出す

この世界ではこんな状況がいつ起きても可笑しくはない


『わかりましたファラさん。国の為になると信じ、私はこの武器を奮いましょう』


彼女は支度をする為に、自分の持ち場である部下のもとに歩いていく

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