第184話 水神信仰 雀蜂の過去
シドラード王国を拠点として雀蜂という二つ名をスズハが持つ前の話だ
彼女は生前での記憶を持ったまま、当時のままの姿でシドラード王都近郊の森の中で目覚めた。
ボロボロの制服は土で汚れており、自殺した筈が生きている事に驚きを隠せない
これが天国なのかと一瞬考えたが、薄暗い森の中がそうとは思えなかった
(ちょっと…笑えないんだけど神様さん)
彼女は神がいるなら神を恨んだ
死を選んだのに、それを良しとしない事は自由を奪われたと同じだと彼女は思ったのだ。
神までも私から自由を奪うのかとうな垂れながらも彼女はここがここの現実だと気付く
『本当にこんなのってあるのね…』
別の世界、知らぬ花や木々そして変わった虫が目の前を飛ぶ
季節は初夏であり、雨が多い季節で足場は濡れていたため、起き上がった時に彼女の制服は濡れていた
『最悪…』
すると近くで枝木をパキパキと踏む音を聞き、彼女は無意識に隠れた
木に隠れ、獣道を通る生物に驚くが確信を持った瞬間でもある。
現れたのは低ランクの犬種の魔物であり灰犬が2頭
今のスズハにはどうしようも出来ない相手だ。
(なんで隠れたんだろう)
死にたくて命を絶った彼女は考えた
自分は何故死を選んだのかと
過去を思うほどに胸が痛くなる思いのスズハは唸り声を上げて歩く灰犬が通り過ぎるとホッと胸を撫で下ろした。
何もわからない場所で誰にも頼れない状況
今の彼女には絶望しかなかったが、無意識に彼女は人のいる場所を目指す
どこに進めばいいのか
何をするためにいるのか
起きた時に知っているのは何もない
『水…』
水が流れる音の方向に向かうが、小さな川があっても彼女は飲めるのかわからなかった
自身の体に合うのか、煮沸消毒するにも道具もない彼女には生水を飲む勇気もない
『もう何なのよここ』
その時、少し奥の川から水しぶきが起きる
獣かと思ったスズハは驚きながら不器用なファイティングポーズをとるが、予想とは違う者がそこにはいた。
『涼しぃぃぃ!』
多少裏声が交じる若い男の声
フンドシ姿で筋肉質であり、ガッツポーズで川の中から彼は現れた
(危ない人っぽい、歌舞伎町で見たことあるテンションね)
遠い目を送るスズハに気づいた若い男は首を傾げながらも川から出るとタオルで体を拭く
『君はそんな姿で何をしてるんだい?見た所、ティアマト同様にここの世界の人間じゃないよね多分』
気持ち良さそうに体を拭く男はそう告げると、スズハは驚愕を浮かべた
『僕はギュスターヴ・グリムノートだけど、君は?』
これがスズハとギュスターヴの出会いだった
この世界の事をスズハは聞きながら彼と共に街に向かうために森を歩く
理解者だとわかった彼女は先程とは違って失意した感情は無く、安心した様子だ。
『私以外にもこの世界にくる人間はいるのね』
『そこら辺は詳しくは僕もわからないけど、本名は隠してこの世界に見合った名前が好ましい。でも君はこの世界でも通じる名前だし、いいかもね』
『さっき言ってた魔女狩り集団ね』
『そそ。選ばれし者の力を恐れる団体がいるからだけど、ぶっちゃけ敵側になったら面倒だから殺すだけの汚い組織さ』
『ならスズハで良いわ。あと喉乾いたしお腹も空いた。』
『注文多いねぇ』
苦笑いのギュスターヴは大きなハルバートを担ぎながら頭を掻いた
悪い人間では無いと本能的に察知したスズハはある程度は彼に生前の事を打ち明けたが、ギュスターヴはそんな重い話を真剣な眼差しで聞くと、彼女に言ったのだ
『君は生きるのが嫌だったわけじゃないよ。そこが嫌だったんだよ』
ギュスターヴは答えながら収納スキルから水の入った水筒と柿を彼女に渡した
飲める水を沢山飲み、大好物の柿に彼女は喜んだ。
『柿あるのここ!?』
『君と同じ選ばれし者が持ってたスキルで生成した果物だからこの世界にはないよ。君もこの世界に来たときに何かギフトを貰ってるはずだけどわかる?』
『ごめんわかんないわ』
フェアリートークという貴重な魔法でギュスターヴは小さな球体の姿をした妖精を呼ぶと、それはスズハの頭上を数回回り、そしてギュスターヴの耳元に飛んでいく
そこで自身がどんな能力なのか聞くと、彼女は頭を抱えた
『確かに運動部でしたけど、私に戦えと?』
『自衛として考えても良いね。今このシドラード王国は魔族の国と戦争中だけど君は気にせず先ずは生きるための歩み方から知るべきだ』
『でも行く場所が無くて…』
『衣食住は心配いらないよ』
どこに連れて行かれるのか
不安と期待が入り混じる彼女の心の中で街につくと、彼女は見たこともない風景に目を輝かせた
商人が場所を走らせ、兵士が堂々と街中を行進したり通りで歌を披露する者、そしてこの世界の人間の歩く姿どれも彼女にとっては新鮮だ
だが自分達を見る人々の目に違和感を覚えた
ギュスターヴを見ると驚愕を浮かべ道を開けるのだ。
『街って凄いわ…』
『シドラード王国へようこそ。先ずは半年は生き方のお勉強を宿泊学習として知ってもらうよ』
『どこに連れてくの?』
『友達の所』
こうして辿り着いた建物は商店街の外れにある小さな酒場であり、薄暗い店内はカウンター席しか無い
店員は女性ばかりだが、殆どが大人でありスズハはかなり緊張を体に見せる
『お客さんは?』
『まだ開店前さ。でも普段はこの王都にいないここの支配人がいるんだよね』
こうして丁度良く店内の隅にある階段から眠そうな表情で寝ぐせを付けて現れたのはファラという傭兵の男だ。ギュスターヴが彼女を紹介し、当分はこの世界の生き方を学びながら能力の扱い方を覚えるという話し合いでスズハはようやく自身の居場所を見つける事が出来た
働いたことが無い彼女だが、当時ここの女性店長を頼まれていたファラの相棒でもあるメラ・デュザと仲良くなるとスズハは日にちを追うごとに徐々に慣れていく
そんな毎日を過ごし、彼女はギュスターヴの稽古で地獄を味わう
この世界では生きる為に力を奮う時がある
スズハの持つ才能はまさに生きる為に武力に頼るしかなく、その為にギュスターヴはエステリーゼと共に彼女を王都近郊の森へと連れて行くと、手頃な魔物から倒せるように鍛えていく
その時にもらったのが双剣女王蜂と言い、銀色に輝く刃には女王蜂の絵が掘られていた。
貴重な物だと思い彼女は大事にすることを決めたが、魔物と対峙するための才能があっても覚悟を決めるのに半年以上を要した
森で休憩中、ギュスターヴとエステリーゼが周りを警戒している最中
スズハは灰犬と無理やり何度も戦い過ぎて体が疲れ果て地面に大の字で倒れていた
『本当に殺す気ですか?』
『大丈夫だ。まだ殺さないわ』
『まってエステ、まるで僕たちスズハを殺すような感じだけど僕は違うぞ』
『あら残念ね』
この時、スズハはエステリーゼがちょっと怖い美人のエルフだと心に刻み込む
微笑む彼女の目は苛立ちが見えていたからだ。
年頃であるスズハはなんでエステが自分に厳しいのかなんとなく理解している部分があり、彼女は距離感を大事に生きようと決める
『灰犬相手はどうだいスズハ』
『犬だから問題は無いけど流石に50頭を召喚して襲わせるって頭可笑しいと思いませんか?』
『ここに来て1年ちょいでそこまで上達したのは凄いよ。普通無理だからね』
『そうなのかな』
『君たちの世界観とここの世界観は違う。君のいた場所よりも死という直面はどこにでも現れるんだから飛ばされて来た人間は魔物と戦うなんてここの世界の人間じゃないんだし遺伝子レベルで最初は拒絶するのさ』
なるほど、と少し納得を浮かべるスズハ
ある程度の能力を扱えれば今後は王城にて王族に身柄を保証してもらえるようにするしかないとギュスターヴが告げると、スズハは空を眺める
(王族か…生意気なのかな)
彼女の知る王のイメージは小説で偏っており、期待はしていなかった
しかし生きていくため、パラディン騎士団という組織から逃れる為に仕方ないと諦め、彼女は上体を起こす
『帰ったらこの世界の勉強だね』
『今日は何ですか』
『信仰と法に関してかな、まぁシドラードは信仰に関しては面倒な部分があるから好きには慣れないだろうけど』
『貴方は神を信じますか?的な感じの人たちです?』
『そっちの方がマシだろうな』
(えぇ…面倒そうね)
気付けば彼女はこの世界に染まっていた
居酒屋の2階に部屋を借りているスズハは6畳分しかないスペースの中で暮らす
床に敷く布団の上で横になりながらも椅子に座るエステリーゼのちょっとした授業である
『王族と信仰協会は密接な関係で永年続いてきたのだけれど、ここの国は特殊なのよ』
『どうしてです?』
『信仰協会が兵を持ってるのよ』
『あれ?信仰って何でしたっけ?』
『良いセリフね。面白いわ』
信仰協会という組織の規模の大きさを他国に知らしめる為にウンディーネ信仰協会は50年前からシドラードの法と信仰そして秩序を司る1つの大規模組織として大きな権力を持ち、そして兵を持ち始めた
エステリーゼは『信仰に権力を持たせると一番厄介だ』と告げるとスズハは筋肉痛の体を起こして口を開いた
『信仰だけとは限らないですが。正義は一度振りかざしたら苛虐的になるのは私の世界でもありました。神の声がそう謳ってるからとか都合の良い人は人がいる限り起きると思うわ』
『賢いわね。この世界では信仰協会が問題視されてるのよ。神の名においてだとか正義だとか免罪符を得ると誰よりも止まらないのは信仰協会ね。欲が生まれると神を盾に動いた歴史は他国にも多くあるわ』
『んでここの国のウンディーネ信仰協会は各国でも面倒という事ですか』
『そうね。現国王が手を出せないのはウンディーネ信仰協会の生活保護法での活動が国民に支持されて成功をおさめた時が去年の1月にあってね。そこから見えない部分で王族も手が出せないくらいの存在になってるの』
実技の他に現代史も学ぶスズハは全てが新鮮だ
親しく接する誰もが行き方を教えてくれる。
難しい話をされても彼女は楽しかった。
こうして2年目、スズハはランクBの魔物相手にも単騎で相手するようにまで成長を遂げた
『ブゥギィィィィ!』
全長5m級の将軍猪はランクBであり、見た者になりふり構わず突っ込んでいく怖いもの知らずの猪だ。
身軽さを選んだスズハは軽装備であり、双剣に似合った立ち回りを得ることが出来た
突進する将軍猪の側面を通過しながら硬い毛など関係無いと言わんばかりに肉にまで届く斬撃を将軍猪が攻撃を仕掛ける度にカウンターでダメージを与えていった
最初は力み過ぎて継続戦闘能力が乏しかった彼女だが、今では将軍猪を前に冷静になれている
『凄い成長ね』
『そりゃ僕の稽古だからね』
ギュスターヴとエステリーゼの会話もスズハは聞ける余裕があったが、意識は常に魔物に向いていた
『ウンディーネ信仰協会にも選ばれし者がいる噂はどうだったかしら』
『ザントマに頼んだけど若い男がいるって情報は確からしいし』
『聖書を鈍器代わりに悪党を殴り倒すお馬鹿じゃなきゃいいけど不安しかないわね』
『どうせ染まってる。兵器として協会は選ばれし者を見ないから』
武器としての扱いに人権はあるのだろうか、とスズハは思った。
こうして彼女は魔物との戦いに慣れていくと、王城にギュスターヴとエステリーゼと同行する事となる。
初めての城に緊張を通わせながら玉座の間へと辿り着く。
(見たまんまね)
赤い絨毯は階段まで続いており、その上の玉座に座るハーミット国王まで伸びていた
竜騎士が国王の側におり、王たる風格を漂わせている。
スズハは階段の下に自分と同じ立場の者だろうと思われる若い男に意識が向く
彼の側に付くのはウンディーネ信仰協会のラインガルト教皇であり、スズハでも只者ではないと気づいた。
静まり返る空間にて彼女は階段の下で膝を付き、自身の名を告げると隣にいた男もその場に膝をつく
選ばれし者は偽名で生きるが、スズハはこの世界の名前と雰囲気が似ている為に多少変えた名前だった
スズハ・ライケット
そして隣の同い年と思われる男の名はディファー・イズモール
お互いが選ばれし者と意識し合う最中、ギュスターヴとエステリーゼは本当に何者なんだろうとスズハは思い始めた
そんな時、ハーミット国王が口を開く
『2人には人権を与える為の戸籍を用意しよう』
(ここも戸籍なんだ)
これで彼女はこの世界で人となる
ホッと胸を撫で下ろす結果ではあるが、ラインガルド教皇はハーミット国王に会釈すると、とある相談を持ちかけた
『こちら我が娘のジュリアが育てました天賦の才能を司る者、将来性を見込んでルーファス第二将校の副官として学ばせる事が出来ればヒューベリオンとの小競り合いに対抗できるカードとして急激な成長を見せるでしょう』
ジュリアという名前はギュスターヴから事前に聞いていたスズハだが、正直彼女としては戦争などに興味はなさった
要人警護くらいならばといった考えだったが、その考えは甘かった
『ラインガルド教皇殿、信仰協会とシドラード王国騎士協会とで区切りをつけるべきた。確かにルーファスのもとならば良き経験は保証されるが、信仰協会から選出された2人の将校の下で十分とは思わないか?』
『最近は信仰協会将校と騎士協会の将校と芳しく無い仲と聞きましたので、その問題を断つ手段としての案でございます。』
『ラインガルド教皇殿よ。シドラード王国騎士協会の疑心の理由はウンディーネ信仰協会の軍事介入が発端である。確かにハイペリオン条約には信仰協会として領地と支援金を与え、自治も認めてはいるが兵を持つことに関しては理由が見つからない。』
『治外法権として与えていただいた信仰都市アクアラインからは出さぬ兵です。』
ハーミット国王は難しい表情を浮かべ、小さな唸り声を上げる
近年、ウンディーネ信仰協会が兵を用いるようになった事は表面上での悩みであったハーミット国王だが、実際の所は別の場所にあったからこそ、彼は最悪な事態を恐れ温情を口にする
『真っ当な理由が無ければ解体も視野に入れてもらいたい。』
その時、ラインガルド教皇の返す言葉はなかった
僅かな笑みを浮かべたまま頭を下げるが、スズハはハーミット国王には見えないラインガルド教皇の冷たい表情を見ると背筋が寒くなった
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