第183話 水神信仰編 異世界人

信仰都市アクアライン入場を控えるシャルロット王女が編成した軍は夜の街で静まり返る

時は深夜であり、明日という大事な進軍が控えているため警備で起きている兵は少ない


敵地ならば警戒が薄いが、ここはシドラード王国の正式な街ニュートンという信仰都市アクアラインの隣街であり、ウンディーネ信仰協会側の者は殆どいない。


しかし夜の傭兵でもあるシャンティの襲撃を恐れたシャルロット王女は自身の眠るテントの周りを竜騎士隊に警備してもらい、そしてスズハが同じ屋根の下で共に眠るのだが、2人は寝付けなかった


オイルランタンの灯りが消えており、目が慣れた2人はテント上部の四角い穴から差し込める三日月の光で僅かに辺りを見回した。


『眠れませんか、スズハさん』

『王女と寝る事に慣れてると思いますか?』


別の世界で生きていたスズハからしてみれば慣れない状況だ。

心を許しているとわかっていても隣で横になる人間は国の最高司令官になるかもしれない王族なのだ。


家柄が政府に関係して裕福でもあったスズハはそんな過去もあり、他の者よりも慣れない部分はある

他にもスズハは思う所があり、今だからこそ聞いた


『ケヴィン王子派閥の私をなんで直ぐ手元に置こうとしたんです?』

『貴方は兄様にまったく染まっていません。それに裏切れない人間がいるのならば、その方の為に動いてくれるとわかって引き入れたのです』

『まぁ確かにケヴィン王子は尖った性格でしたし。いたのはギュスターヴさんの願いでした』


その真実を耳にし、シャルロット王女は飛び起きた

あえてスズハをケヴィン王子の派閥にした理由が気になった彼女はスズハに聞こうとすると、その前に答えがテント内だけに飛んだ


『時が来たらシャルロット王女様のもとに行けと出ていく際…いや、彼が逃亡して捕らえようとして失敗した際に話してました。』

『シドラード王国内部の分裂を予想していたのでしょうが、そのように言われていたのですね』

『今は情報が混乱していて正しい判断が出来ないだろうってのがあったのと人間不信が相まった結果かと』

『…そうですか』


シャルロット王女でさえも、勇気が出せずに彼を助ける事が出来なかった。

無念な気持ちが苛立ちを生むが、彼女は今はその時では無いと悟ると自身の頬をペチンと叩く


シャンティがハーミット国王を暗殺したのが本当ならば捕らえるしか真実は聞き出せない。

彼が選ばれし者である事はグスタフからザントマに伝わり、そしてシャルロット王女に届いている


異世界人は強者であっても拷問に弱い者が多い

その事実が本当ならば、彼女は心を鬼にする覚悟だ。


夜も更に深まり、シャルロット王女にも眠気が押し寄せてくる。

そんなタイミングを見計らう者はこの世に存在してとり、彼女が眠れない夜を過ごす事を想定出来るからこそ気疲れからの睡魔が押し寄せる今を狙う者だ


気配感知が鋭いスズハは無言で上体を起こすと、近くに置いていた双剣を掴んだ

それを見たシャルロット王女は一瞬で目が覚める


(そうよねやっぱ)


来る前に消そうとするのは当たり前だが、この厚い警備を突破する組織など彼女達は1つしかしらない

テントの外にて竜騎士らも不穏な空気に気付くと、剣を構える


いつの間にか霧が立ち込め視界が悪く、10メートル先にある一番近いテントすら見えないが、これは自然に起きた霧ではない事は魔力の漂いを感知した竜騎士も気づいていた


『敵襲だがもう既に遅いか』

『救援を呼びますか?』

『無駄だ。アウェイという空間魔法だがその中に俺たちはいる』


一度シャンティがノア暗殺で見せた魔法

指定した空間内の音や気配は外には漏れない暗殺に適した魔法であり、今回のアウェイはグスタフが見た効果よりも弱い

魔法に詳しく竜騎士隊長はシャンティではない誰がだと知るや、疑問を浮かべる


『何故完全に遮断しない?』


無音と化す風景の中で徐々に聞こえる足音は堂々としており、真っ直ぐ彼等の前に現れた

黒い布を巻いて顔を隠しており、服装は黒い革装備に紫色のラインが入っている

闇組織ゾディアックと知るや、竜騎士らは数が多い事に気付くと数人が唸り声を上げた


(可笑しい、仕留めに来るには…)


濃霧で数を把握出来ない

それでも霧の中から姿を現す3人のゾディアックの暗殺部隊は口を開く事もなく、素早く任務をこなす為に竜騎士に襲いかかった。


叫んでも、大きな音が出ても外には漏れない

双剣を巧みに操るゾディアックは竜騎士の視界に増えていき、今や7人

背後から忍びより気配にも竜騎士隊長は瞬時に気付くと、懐に潜り込まれるタイミングで振り向く


『だろうな』


竜騎士隊長は悟った

既にゾディアックには主力級は存在しておらず、今襲いに来た暗殺部隊は精鋭ではない

だからこそ、竜騎士隊らでも苦戦はするが立ち向かえる事が出来た。

だが彼らで対抗出来ていても安心は出来ない、視界を十分に確保できない情況では護るべき者の安否すらもままならないのだ


(時間稼ぎでの存在ならば急いで対処せねば…)


『急ぎ制圧せよ!外に救援は届かぬ!』


忍び寄る事に特化したゾディアックは広場の周りの軍を突破してきた

気付いているのは攻撃対象とされた者のみ、アウェイの発動で味方はこの場の竜騎士のみ

テントがある方向を横目に彼らはなんとしてもこの場を制圧する為に剣を奮った


そんな最中、シャルロット王女がいるテント内でもそれは起きる

スズハが双剣を構え、シャルロット王女を背に隠して身構えていると堂々と入口から姿を現す者に目を細めた


赤黒いスリムなローブを羽織る者が3人、その1人の中に彼女らが見知る者がいる

シャンティという元エイトビーストであり、闇組織ゾディアックの本当の頭領

非常に位置ついた様子が何か策が伺えると捉えたシャルロット王女は視線だけで辺りを見回すが、変わった様子はない


『ザントマに気取られずくるのは結構面倒だったが、もう心配する必要はない』


被っていたフードを降ろし、黒髪の若い少年の顔が不気味な笑みを浮かべている

自身の正体をずっと隠していたが、不安要素の1つの男でもあった

理由としては選ばれし者であり、それなのに彼は人の生き死にに対して悪党よりな残忍な考えに偏っている事だ。


そもそも何故選ばれし者が自身がそうであると公言出来ないのか

誰もが能力を隠して隠れ潜み、時には国家に守られる兵器として君臨しているのか

その理由があるからこそ、シャンティも素性を隠して過ごしてきた1人だ

魔女狩り組織と古来から言い伝えられてきた歴史上では古い組織であるパラディン騎士団という存在がこの世界にはいる


キングドラム帝国に存在する協会だが、彼らは選ばれし者が秩序を乱すという理由で身分を隠し、色々な国で疑わしき者もしくは選ばれし者を裁いてきた

だが実際の所は時代が大きく変わって意味も変わってきている事にシャルロット王女やギュスターヴ、そしてスズハも気づいていた

絶対的な戦力になるであろう存在を消すためだけの理由でしかない

帝国側であるシャンティがこうして許されて動いている事がその証拠でもあったのだ。


選ばれし者同時の戦いになろうとしているこの時、スズハは冷静だった

単純な身体能力では彼女の方が上であり、それは生前での運動部としての能力があるからだ。

対してシャンティはスズハとは正反対の正確であり、生前は通り魔など弱い者を狙って他人を傷つける快楽に溺れていたが彼女ほどの身体能力はない

それを補って強くなれたのは異世界人だけが持つことを許された各自の貴重なスキルの存在が大きい


スズハが達人スキルといい、戦いの最中では相手の攻撃がスローモーションのように見える

対するシャンティは聖なる魔力袋という彼に一番似つかわしくはない才能と同時に、達人レベルの剣術スキルに瞬間移動スキルという、狭い範囲ならば一瞬で指定した場所に移動する幻のスキルを保有していた

彼が持つスキルを知る者は帝国の一部しか知らない


剣を右手に握りしめるシャンティは自分の楽しみな時間が訪れると思うと、笑みが止まらない

しかし、ズキンと響く首元の大きな傷に舌打ちをするとスズハは僅かに首を傾げながら真剣な眼差しを送る


『グスタフから逃げた時に思い出は忘れられそうにないらしいわね』

『貴様、何故それを』

『聞いてるからに決まってるでしょ?私と同じ日本から来た人間なのに貴方だけこっちの人っぽいのは何故かしら』


シャンティは苛立ちを捨て、彼女の言葉に耳を傾けた

誰かに選ばれし者という事実を教えた事はラインガルド教皇とアーサー王以外いない彼は彼女の言葉は誘導尋問であると予想した


(…だが薄々気づいているという事だろうが、バレるような行動はとった事は無いが)


彼は半歩後ろに下がり視線だけで辺りを見回す

出来る用ならば殺しても構わないという指示を受けていたシャンティだが、本当の狙いはそこではない


(まぁ楽しみは最後に取っておくか…。それにしても、これだけの戦力をよく集めれたもんだ)


心で考えると、彼は目の前の光景が一瞬で変わったことに驚愕を浮かべる

スズハが真剣な表情のまま目の前まで迫ってきたのだ

彼女の持つスキルは達人スキルが武器だが、元々ギュスターヴのもとで鍛錬していた事もあり隙を突く事に関しては特化している


何かを考えている際の僅かに焦点が定まらない目の動きを見て攻撃を仕掛けたスズハの行動に反応出来たのはシャンティただ1人だ


『なっ!』

『この女っ!』


攻撃を仕掛けようと目論むシャンティの部下だが、頭領であるシャンティ自身は飛び退いた。

単純な剣術では彼女の方が一枚上手であり、立ち向かうための状況とは言えないからだ


『臆病者ね…』


呟く彼女の言葉に舌打ちを鳴らすシャンティ

彼の部下は攻撃する瞬間にスズハの双剣で手首を切られ、続けざまに彼女は2人の首を斬り裂いた


部下を失ったシャンティは入り口付近で苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、直ぐにスズハを睨む


『蔑んだような顔がムカツクぜ。まるで馬鹿にしているように見える』

『あら?わかるのね』

『なんだと!』

『どうせ生前は大したことなかったんでしょ?自分の事ばかり考えて生きていたって感じの性格が滲み出てるわね』


彼女はわざとらしく挑発をしたが、シャンティはそれをわかっていても怒りがこみ上げてきた

今はその場から逃げるのが賢明だとわかっていても、彼はそれを今選択することは非常に困難な状態でもある


いつもならば容易くこなす要人の暗殺が、最近になって上手くいかないケースが増えてきたからだ

グスタフという人物と出会ってからだと気付くと、彼は腹立たしくなり地面を蹴った


スズハは出来ればここで仕留めなければならないとわかっていたが、シャンティが突っ込んで来ない限り自身の持ち味を活かす事が難しい為に彼女は待つ姿勢を見せる

そんな2人の姿勢に割って入ったのがシャルロット王女だった


『貴方が父を殺したんですね』

『何を言ってるんだお前は?ギュスターヴが殺した事実を忘れるとは疲れているんじゃないか?』


シラを切るシャンティは苛立ちを避けるために王女を小馬鹿にして自身の自制心を保とうとした

彼女はギュスターヴが国を出る際にシャンティがハーミット国王を殺したと告げると、呆れた様子で口を開く


『長話もこちらに不利だが、お前はそんな話を信じるのか?王族として軽率だと思わないのか?』

『貴方より信じれる人間です。貴方が生きているうちに積み上げられない徳を彼は積んでいますから』


彼の逆鱗に触れる言葉にこの場が一変した

怒りをあらわにしたシャンティは鬼のような形相でシャルロット王女に襲い掛かる

それを許さないと言わんばかりにスズハは口元に笑みを浮かべ、彼の前に立ちはだかった。


選ばれし者と選ばれし者の戦いは稀であり、兵器と言われる能力がぶつかれば大地が揺れると言われているが幸いなことに2人には周りを巻き込む魔法や技スキルを持っていなかった。


『邪魔だぁぁぁぁ!』


シャンティの渾身の一撃は音速を超えた突き

怒りで聖なる光が体から漏れているが、そんな様子をスズハはスローモーションの中で首を傾げて思う事がある

何故この人間がこのような魔力袋を保有し、この世界に生まれて来たのか…と

双剣で弾くよりも軌道をズラす為に右手の双剣で横に押すように突きを崩したスズハは左手に持つ双剣をピクリと僅かに動かす


(馬鹿め!)


スズハの行動を見て攻撃が来ると読んだシャンティは彼女の左手を一瞬見てカウンターを仕掛けようとしたが、その一瞬が勝敗を決めてしまう


『ぶっ!?』


攻撃の軌道を変える為に振った右手の双剣から目を離した隙に、その右手に持つ双剣を離したスズハはそのまま死角から彼を殴ったのだ

無表情から繰り出されたパンチは筋肉質と言うには手厳しいシャンティの頬に直撃し、彼は吹き飛ぶと入口から外にまで吹き飛ばされた


『頭軽っ…やっぱ脳みそないのね』


自身の右手を見ながらそう告げるスズハだが、シャルロット王女はキョトンとした表情だ。

まさか彼女が武器を捨てて殴るとは思わなかったからだろうが、攻撃する際に一番早いのは体術だという事をシャルロット王女はギュスターヴから学んでいた言葉を思い出すと、少し微笑んだ


『学んだ甲斐がここで発揮されましたか』

『そうですね。確かに殴ったほうが早かったですが…』


スズハの右の二の腕から血が流れる

殴って吹き飛ぶ前にシャンティが剣を振っており、その攻撃に彼女は触れていたのだ

カウンターを狙っていた事にちょっと鳥肌を立たせたスズハはホッと胸を撫でおろし、怪我などお構いなしに双剣を拾うと直ぐに身構える


『多分あのまま帰りました』

『空間魔法の効果時間がありますから』


アウェイという空間変化魔法も永続ではない

頃合いとしてシャンティの魔法の効力が終わりを迎える時であり、吹き飛ばされた拍子で彼はテント内に現れる事はなかった


『一応、このまま完全に魔法の効果が切れるまで待ちましょう』

『わかりました。スズハさん腕は…』

『大丈夫です。慣れてますから』

『慣れて?』


死ぬ恐怖には打ち勝てないとされる選ばれし者だが、彼女はそれに打ち勝った数少ない者

そのような者は必ずとある者と接触しており、鍛え上げられている

スズハは辛い訓練を乗り越えて良かったなと思うと、ギュスターヴと初めて出会った5年前を思い出した

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