第182話 水神信仰編 汚名返上

王都から東に1つ街を超えれば、そこは信仰都市アクアライン

白と水色が多く目立つ建物が多く、湖が多い場所に街がある為に自然豊かな街でもある

向かおうと思えば夜に辿り着く距離だが、シャルロット王女は信仰都市に隣接する街の東区にて進軍を一度止めた


日が暮れ始め、暗闇での入場は危険なのは当たり前だった。

闇組織ゾディアックの存在も危惧しており、無理は出来ない。


街はシャルロット王女の軍で埋め尽くされ、街を歩く国民はその影響なのか少ない

東区の広場を野営地として兵は馬を休め、簡易テントにて今日を過ごす


この軍を率いる最高指揮官でもあるシャルロット王女も兵の士気を保つ為に宿ではなくテントだ。

周りのテントよりも一回り大きく、10人は大の字で寝ることが出来るスペースに彼女はスズハを護衛に組み立てられたベッドに腰を下ろす


『スズハさん、調査隊の連絡はありましたか?』

『まだですが、一度横になったほう良いですよシャルロット王女様』

『酷い顔してます?』

『酷い顔しない為に、ですよ』


なるほどとシャルロット王女は頷く

しかし色々な不安が押し寄せる最中、それは難しかった。


(ラインガルド教皇は逃げたのか、残っているのかの情報が…)


沢山ある問題の中で彼女の脳を一番支配している不安はそこだった

彼にはウンディーネ信仰協会を守り抜く理由はなく、この1件をどのように終わらせるかでシャルロット王女もどうするか決めなければならない事があるのだ。


『ザントマですシャルロット王女様』

『入りなさい』


テントの入口にいる竜騎士の前を通り、ザントマは中に入るとシャルロット王女に会釈し、一度背後を気にしてから口を開く


『半数がまともに戦争を知らぬ若いシドラード兵、ここに来る道中で緊張した面持ちの人間を多数見受けられました。』

『少ししたら兵に顔を出します。忍者隊からの監視は…いや、その前に座ってください』


小さな椅子を用意しようと彼女が動こうとしたが、ザントマは直ぐに断った


『お気になさらず。ラインガルド教皇が本部を出た様子はないとの事です』

『そうですか…。ゾディアックが動いているかどうかが一先ずは不安ですので今日は気を抜かぬようお願いします』

『かしこまりました』


辿り着くまで気をひけない

ゾディアックの頭領であるシャンティも生きている事も把握しており、彼の襲撃も警戒しなければならないのだ。

しかし、その心配は殆ど無い事はシャルロット王女がよくわかっている


『シャルロット王女様、シャンティは何故エイトビーストに選ばれたのかしら』

『本当ならば当時の戦争での夜襲で功績が大きいのはシャンティよりゼノでしたが、ウンディーネ信仰協会の推薦で選ばれたのです』

『まぁ讃えられる称号に入れた人間が政治や権力の都合で選ばれないってなると怒るわよね』

『あの1件からゼノは権力を酷く毛嫌うようになりました。なので一度私が説得を試みた際は聞く耳すら持ちませんでしたね』


ウンディーネ信仰協会の推薦を無下に出来ない状況下で本来選ばれるべき者が選ばれない

力は純粋に選ばれるべきだとゼノはハーミット国王に荒らげた声で唱えたのだ。


彼が機転を利かせ敵の背後を突いたから耐え抜いた夜襲だ。

その時、ウルハやザントマも参加しており、闇に包まれた森の中で彼の奮闘を見ていた

思い出すザントマは一息つくと、腕を組む


『あの時は凄まじい光景でしたぞシャルロット王女様。鬼人の如き姿に他の傭兵や兵の士気が更に高まりましたからカリスマ性は本物です。』


傭兵の高みであるエイトビーストの称号は確かにその戦のあとに生まれた

だがしかし、功績を残した者は最高の称号を考えているという言葉をハーミット国王が口にしていたため、ゼノが一番奮闘したのだ。


誰もが傭兵や冒険者として生きているならば高みを目指す

冒険者ならば最高ランクの勇者という国家に認められた称号

傭兵は各国で名称は違うが、シドラード王国はエイトビースト

目指せる者が目指し、そして予想外な審査基準で裏切られた気分となると、シャルロット王女はただただ同情するしか出来なかった


権力を織り交ぜてはいけなったのか

否、シャルロット王女はゼノが本当に怒りをあらわにしたのは選ばれるべき人間が権力のコネで外される事に腹を立てたからだ

それを悟ると、まだ彼を引き抜くチャンスがあるとザントマとスズハに話す

彼が大罪を犯す前に説得出来れば、彼女の理想のエイトビーストが仕上がる

それがウンディーネ信仰協会陥落と同じレベルで困難であっても彼女は諦めたくなかった。


『確かに父のエイトビーストは権力が介入した部分はあります。しかし私は今の時代に見合う人を入れるべきだと思っております』

『残る席は3つ、もしもで話し手もよろしいですか?』

『構いません。ザントマ殿の考えを聞きましょう』

『ウルハは今が説得の時ではないというのはわかります。シャルロット王女が王女の即位後に組み入れればいいだけの話ですが、残る1席となると?』


誰もがあの者だろうという考えだ

それは彼女が口にせずとも、彼女の派閥の者ならばそうであるに違いないと思っているのだ。

しかしシャルロット王女が答えは違ったのだ。


『そこにギュスターヴ殿の席はございません』


ザントマは立ち上がるほど驚くが、スズハに変化はなく真剣な眼差しのままだ

それに気づいたザントマは少し困惑を見せながら口を開く


『スズハ殿、何故そんな落ち着いてられるのですか!?ギュスターヴ殿の席がない事は国力として帝国に抑止が行き届かないのですぞ!?』

『そうじゃないのよザントマさん』

『そうじゃないと言われてもですな…』


納得のいかぬザントマは唸り声を上げながら困惑した様子のままだ。

ギュスターヴ殿がいたからこそ帝国は大人しく、今までは貿易関係では表面上は有効的に接してこれた過去がある

シャルロット王女は国でこれからを担うべきだと告げると、ザントマは渋々ながら大人しくなる


『気持ちはわかります。私達は何度も彼の行動と存在に助けられました。だからこそ父上暗殺の濡衣は私達に力が無く助ける事が出来ませんでした』


彼女は後悔していた。

強引にでも引き止めるべきだったと

力無く唐突な周りの変化に呆然とするしかなかった彼女の心の奥底には葛藤があり、今それを消す必要がある


この戦いは国の今後を決め、誰が玉座に近いのか他国や国民に知らしめるだけの戦いではない

ギュスターヴの汚名を晴らす為にも彼女は立ち上がるしかなかったのだ。

その思いが強い者はシャルロット王女だけではない


『スズハさんはギュスターヴ殿に命を救ってもらいましたね?』

『懐かしいわと言いたいですが、まだ四年前ですね』


新しい世界の生き方がわからず、シドラード王国内を彷徨っていた頃のスズハは働き口を必死で探していた。

何もわからない世界で不安ばかりが心を蝕み続けていた日々に終わりを告げたのはギュスターヴだ



王都の大通りでパンを食べて飢えをしのいでいた彼女はギュスターヴに声をかけられた


『柿食べる?これ日本人の友達から貰ったんだよねぇ』


警戒心が高かったスズハはその言葉で彼に心を開くきっかけとなった

懐かしむスズハは頷き、ザントマに話す


『変わった人よね。感じる魔力も不思議だし』

『確かにギュスターヴ殿の気配や魔力は何故か特殊であったな。瘴気のような魔力の放出は闇特有だと思ってはいたが…』

『彼の魔力袋を知る者は1人だけ、エステリーゼさんだけね』

『エステリーゼ殿か…』


ザントマはクスリと笑い、腕を組むと囁くように言い放ったのだ


『恋人ならそうだろう。だからエステリーゼ殿は彼を追っていったのだろう』


そして数時間後、グスタフは使者としての任務が終わったと知ると王城を逃げるように出ていき、大通りを練り歩く

国民は彼を気にしたりしなかったが、傭兵や巡回するシドラード兵がグスタフに気付くと顔を真っ青にする者が現れ、足を止める


アクアリーヌで彼はファーラット公国内では英雄視されてるが、ここでは違うのだ。

どのような人物なのか不透明な点が多いイメージであり、他国の英雄というのは驚きと警戒が押し寄せる。


(道を開けるのか…)


正面から楽しそうに仲間と会話して歩いてきた傭兵らはグスタフを見ると変な声を出し、横に避ける始末

目立つ見た目に恥じらいを覚えた彼は裏通りを歩こうと道を変えたのだ。


王都の裏通りは日差しが僅かしか届かず、多少は薄暗いが少なからず国民が歩くほどは治安が良い

人目を気にするグスタフにとって都合が良く、歩きやすい。


『変わらないな』


数年の間が空いていても見慣れた風景に彼は安堵した。

するとそこに彼にとって懐かしい者が現れたのだ


『急ぎ隣街に向かう、兵を集めて直ぐに出立だ』

『わかりました!』


1人の将校らしき女性が部下10人を引き連れ、指示を出しながら速歩きで曲がり角から姿を現した

彼女の姿に驚きよりも安心したグスタフだが、その女将校がグスタフに気付き足を止めた


目を細め、首を傾げる様子にグスタフはクスリと笑う

彼女の名前はエミリア第十将校であり、ギュスターヴの頃にハルバードの稽古をして叩き上げられた元シドラード兵

才能をギュスターヴが見抜き、こうしてエミリアは第十将校と今はなっている


『エミリア殿、この者は…』

『何故こいつがここにいるのよ…』


左手に握られた小振りのハルバートは小さくても腕力を必要とする扱いが難しい武器

突きや払いそして斬る事から叩くといった多彩な攻撃が可能だ


扱う武器とは似つかわしくない綺麗な女性だが、あまり男に興味を抱かない性格の持ち主だが、それには理由があった。


『エミリア・メリオットか』

『何故知っている?情報収集でもしてるのかしら』

『ギュスターヴから話を聞いたことがある』


その言葉で彼女の目は警戒から一変し、照れてしまう。


『ギュ…ギュスターヴ様から聞いてるのなら仕方がないわね』


(名前を出すべきじゃなかったー!!)


彼女はギュスターヴ信仰協会というありもしない組織を頭の中で作り、崇めてしまっている残念な美人だった事にグスタフは再度彼女は変わってないと知るや、頭を抱えた


『ギュスターヴ様を知っているのなら話は早いわ。ついてきなさい』

『エミリア殿、あのグスタフですぞ?』

『あの人の知り合いなら絶対大丈夫よ。ほらギュスターヴ様の話を死ぬまで聞かせなさい』


(なんで?)


羊の頭骨の形状をした鉄の被り物

彼女は角の部分を左手で掴むと、何も説明せずにグスタフを引っ張っていく


何かに巻き込まれそうだと感じたグスタフはタイミングを見計らって逃げようと考えたが、彼女の左手が角を離す事はきっとない


『待て、持ち方なんとかならんか』

『ならないわ。ギュスターヴ様はどこ?何してるのかしら?』

『そ…それは』

『貴方もあの人のために来たのでしょう?なら話は早いわ』

『何がっ!?』


首を傾げて不思議そうな顔を浮かべるエミリアと困った顔の部下の兵達

どちらも俺の印象は違うが、彼女は相当間違っている事にグスタフは困惑する


『早馬で私達はシャルロット王女様と合流するんだけど、丁度いいでしょ?貴方がいればみんなの無念が晴れるのよ』


皆の無念とは何なのかグスタフは気になった

そもそも今回、シャルロット王女らの戦いは玉座を巡る為の力を示す戦い

そして国力を上げるための未来の為の戦い

この2つが大きいと思ってたグスタフだが、彼は大事な事にこの時、気づいたのだ


『エミリア』

『何かしら』 

『シャルロット王女についた主力は誰だ?将校や副将そして貴族など誰がいる』


グスタフは彼女から答えを聞いた瞬間、まさかと思いながら驚いた

今やシャルロット王女派閥はギュスターヴと深く関わった人物が大半を占めていたからである


『今から行けば翌朝には水の都アクアラインよ。でも追いついたとしても既に主力軍はウンディーネ信仰協会本部内の突入を開始している時ね』


グスタフは傍観を決める事が出来なくなった

同時に当時の間違ったかもしれない判断に後悔を覚えると、彼は項垂れた

人を最後まで信じていれば、こうした事も起きなかったかもしれない。

自分のせいでもあるならば、彼は前に進むしかない


だからこそ、彼はこれは何のために行うのかとエミリアに尋ねると、彼女は先程とは打って変わり、真剣に答えた


『この国は1人の人間によって保たれていた。それに甘んじて私達はその人間を助ける事が出来ずに傍観するしかなかった者は多い。シャルロット王女様の声で集まった者の殆どはギュスターヴ様によって救われたり道を指し示してくれた無念を胸に抱く者だ。不正の炙り出しと共に過去の事件に関する関与した容疑があるウォームバイトとシャンティの捕縛があるからこそ、今回の任務は非常に困難となるでしょうね




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