彼の生き方

第181話 水神信仰編 進軍

信仰都市アクアライン

ウンディーネ信仰協会本部のロビーにてウォームバイトは教団兵を使い、捜査令状を持ってやってくるであろう王族の兵団に見られては不味い帳簿やリストを洗いざらい集め、帝国に移動させる為に運ばせていた

慌ただしい様子のロビーでウォームバイトは唸り声を上げ、小走りに走り回る部下を見ていると、隣で怠そうにしているリエールに声をかけられる

『ラインガルド教皇はなんて言ってるんですかぁ？』

『時間ギリギリまで使えだとさ。流石に教団兵らと王族を戦わせるとなれば全員が動くとは思えないから教団兵の殆どを帝国兵にあの人はしていたんだろう』

『それでぶつけてどうする気ぃ？ケヴィン王子は肩入れ出来ないとしても身動き取れないからシャルロット王女の派閥が来てもどっこいどっこいじゃないかなぁ』

『帝国兵の練度なめんな？戦闘集団みたいな奴らだからこそ教団兵はシドラード兵より練度が高いって言われてるんだ。シャルロット王女の戦力ならば押し負ける事も無い。ある程度ここで削ってから帝国にその後は任せるさ』

『物理的に減らしてなんになるんですぅ？』

『そっからはシドラードと帝国との政治戦争だ。自給自足できる国家じゃないこの国は物資の殆どを帝国で補っているだろ？そこらは帝国の重役さんらでシドラードの国力を下げるんだろうが、ラインガルド教皇に聞かないと詳しくはわからん』

ウンディーネ信仰協会はぶつける為に残す

彼らにとってシャルロット王女の戦力を減らしておくのはのちに意味を成すのだ

しかし、それをする為に今しなければいけないのは全ての証拠の抹消だが、ジュリア・スカーレット大将軍の戦死によって彼女の遺品を早急にまとめるのに時間を要していた

（部屋ごと燃やせばいいのに教皇様はほんと…）

養子だとしても我が子という感情に勝てなかったのか教皇は簡単な方法を取らなかった

それよりも戦う選択肢を選んだ事は感情論に近い事をウォームバイトは良い案とは思えなかった。

『ゼノはどうした？』

『一応教団兵の件を伝えたんですけど足手まといはいらぬって言って話になりませんよぉ』

『プライドが高い男だまったく…。明日の作戦はわかってるな？最初からおっぱじめたら意味がねぇ』

『引き入れてから叩きますよ。』

『そうしろ。もし証拠があっちにバレたら国に戻れると思うなよ？』

半ば脅しに近い言葉にリエールは怠そうな面持ちを見せた。

魔法国家から引き抜いた将校の娘だが、今となってはのその強みはブリムロック戦で価値は無い事にウォームバイトはどう動かすか悩んだ

（危機感がなさ過ぎる。奢りだ）

ハイペリオン大陸内では魔法に関して秀でた才能を持っているが、それは明日に通じるかの保証はない。

『ゼノに話してくる』

ウォームバイトはこの場をリエールに任せ、客室に向かう

今一番戦力として動いてほしいのはゼノであり、対人戦に関して彼には兵を持ってほしいのだ。

（引き入れるだけでも苦労したのによぉ）

契約を交わす際の依頼で動く男ではなかった

プライドが高く、彼は彼の求める場所ではないなら動かないからだ。

廊下を歩き、すれ違う教団兵に目もくれずにゼノのいる客室のドアをノックするが返事は無い

どこかに行ったのかとドアを開けようとすると、ウォームバイトは背後から声をかけられる

『何用だ？』

『驚かせるなゼノ、明日は動いてもらうが兵と連携してもらわないと困る』

本部内で教団兵と連携し、シャルロット王女連合軍と戦わなくては烏合の衆と化す集団が増える

相手は統率のとれた軍なら尚更ゼノには指示通りしてもらう必要があるのだ。

しかし彼の答えは変わらなかった

『貴様らのつまらん教示に付き合ってるわけではない』

『何？』

『丁度良かったから依頼を受けているだけだ。それに今俺が協力してるのは戦いたい奴がいるからだ、お前らは自分の身を心配して…』

ウォームバイトは誰が目上の人間かわからせる為に右手に持つ槍でゼノの頭部の真横を突いて脅そうとした。

槍の技術はシドラード随一であり、アンリタでも敵わぬ存在

しかし、そんな技量の人間でも世の中は広い事を目の前で再確認する事となる

目にも留まらぬ早さでゼノはウォームバイトの背後に回り、彼の肩に片手剣を軽くトンと置く

（こいつ…）

『挑発で予想通り動いてるようじゃエイトビースト相手に戦えんぞ？俺は兵ではなく傭兵、恨みを晴らす為にいるだけだ』

ゼノは静かに下がると、体を向けるウォームバイトに向けて軽く首を傾げて見せた

本来、ゼノはザントマやウルハ同様にエイトビーストと並ぶ強者として名を轟かせた。

傭兵の栄光である称号を目指した中の1人であったゼノは真夜中の防衛戦で縁の下の力持ちとして貢献し、功績を残したはずだった。

だが彼は選ばれなかった。

単純な強さだけではなく、その場を切り抜けた冷静さと判断力で生き抜いた夜の戦いで選ばれたのは国の中で派閥を持つ者だった。

『政治的な意味合いは傭兵にはいらなかった。夢に一番いらん紛い物だ』

『だが世の中もう力は集合体で見られるもんだ。個々の力なんて例外な存在以外は徒党を組むのが普通だ』

『例外だから追う価値があれば試す価値はある。』

（カタブツか…）

だが強いのは事実だ。

イドラ共和国ではリュシパー相手に好戦し、彼を苦しめた結果は強さの表れである

ファラでさえ手を焼いた男を彼は互角以上に戦ったのだ。

『新生エイトビースト。誰がくるのやら』

『じゃあ主力級の相手はしろよ。』

ゼノは返事も返さず部屋に戻ると、ウォームバイトは舌打ちをする

格下に見る態度に腹を立ててはいるが、今は争う時ではない。

（面倒なやつだが、我慢だな）

溜息を漏らし、彼はふと呟いた

『シャンティ』

その言葉で天井から静かに着地して姿を現したのはシャンティだ。

銀色の胸当てに服は黒い頑丈な布、髪は短髪で腰には湾曲した双剣

目は細くツリ目の彼はゼノの入っていった客室に視線を向け、口を開く

『彼には不安要素がある。殺すべきだぞ』

『その判断は明日だ。もともと使い捨てる予定だから任務が終わったら始末するように言われてるだろ？』

『あぁそうするさ。だが釈然としないな』

『何がだ？』

『今王城にいる男だ』

シャンティはしかめっ面でそう告げた

以前、グスタフと相対していたシャンティだが彼の能力の読みが外れ、彼は逃げるしかなかったのだ。

闇属性の加護を持つ男、それが外から見た印象が強く他の魔力袋だった事に彼等は驚きを隠せない

『知らない魔法だった。俺の部下が一瞬で粉末状になって消えたのを今でも忘れない』

『何の属性だったかもわからなかったのだろう？見てみたいなその魔法』

『俺以外避けれないさ。わからないだろうが映画で宇宙人が人にビームを撃った時の消え方に似てる』

ウォームバイトは首を傾げ、それに気付いたシャンティは頭を掻くと彼に背を向け歩き出す

『一先ず俺は王城よりもゼノを監視する。その前に飯だ』

依頼主からの情報は時に他言できない内容がある

ゼノは色々とウンディーネ信仰協会の事情を知っているため、シャンティやウォームバイトにとっては依頼が終われば赤の他人だ。

このまま信仰協会の傭兵になるように一度ウォームバイトやジュリア大将軍に説得はされたゼノだが、彼は直ぐに断っていた。

（竜の子ゼノか…）

豪腕であり、非常にタフネスな男なのはわかる

身体能力が高く、その数値は以前のエイトビーストに匹敵する程だからこそ、ウォームバイトは彼の強さは基本的な能力だと推測していた。

『二つ名の意味がわからねぇが。どうもしっくりこねぇな』

単純な肉体的な強さの比喩表現なのか、特殊な袋を保有しているのかを知るのはウンディーネ信仰協会にはいない

その二つ名を授けたのはギュスターヴであり、彼と深く関わりのある者しか二つ名の意味を知らない

『また読み違いなら今度は死ぬぜシャンティ。選ばれし者だから強いっつうのは油断を呼ぶ』

ウンディーネ信仰協会の最大戦力はシャンティ

異世界から招かれた若い青年であり、生前は人の皮を被った悪魔のような性格だったことを、シャンティ本人も覚えている。

彼は客室ではなく、薄暗い物置のような小汚い部屋の中で塩の効いたおにぎりを食べながら、当時を思い出す

『馬鹿な奴だ』

エイトビースト結成後、反発しに玉座に来たゼノは声を荒げながらハーミット国王に言ったのだ

『この紛い物がエイトビーストとは何事か！？付属品にもならぬ未熟な者にそのような称号とはこの国も！誰も強さをわかっておらぬ！』

集まっていたエイトビーストの中でのゼノはシャンティを指差し、ハーミット国王に怒鳴ったのだ

ひと悶着でゼノは傭兵のランクを失い、Cという不名誉を与えられたがシャンティはそれでも自分が不出来な存在だと言われた過去に恨みを持っている

（俺はお前とは出来が違う、お前らの持たないスキルがある限りお前は俺より格下なんだよゼノ）

用事が済めばゼノを消せる

彼はそれを調味料におにぎりを美味しく食べた

こうしてウンディーネ信仰協会とイドラ―ド王国の今後が決まる当日

朝早くから王都を進軍する兵の列に人々は驚き、足を止めて眺めた

騎馬に乗るシャルロット王女はスズハと並び、金色のラインが入った銀色の軽い鎧を纏い、王族たる雰囲気を周りに放つ

シャルロット王女直属の竜騎士100名にシドラード兵6000

スズハにはシドラード兵5000

ジャスパー第七将校が持つ7000

ファラ率いるゾンネ信仰協会の教団兵と名を変えた傭兵団3000人

ザントマ率いる忍者団500人。

そして遊撃隊としてエミリア第十将校が最後尾で3000の兵

表面上の戦力として彼女は堂々と王族としての格を見せると同時に支持を得るために隠さず、人々に見せつけた

だがしかし、それが全てではなかった

歩きながら彼女は王城がある背後に僅かに顔を向け、切ない面持ちを見せた

それに気づいたスズハは溜息を漏らし口を開く

『答えが出ればきっと…』

『そうですね…。あとはゼノに送った手紙も彼が呼んだのか心配です』

『ザントマの部下が直接渡したんだから大丈夫ですよ。』

傭兵団ニンジャ部隊頭領ザントマ

太陽神ゾンネ信仰協会の教皇ファラ

孤児育成協会会長チャーリー

慈善エルマー協会会長エルマー魔導公爵

商人会副会長ルヴィアント魔法騎士

シャルロット王女が結成した5人のエイトビーストの空席は３つ

その席に座るのは誰なのか、そして新しいエイトビーストの力を示す為に彼女は進軍する。

『スズハさん、ウルハさんはやはりロンドベル兄さんの派閥でしたか』

『そうですね。結構待遇良いらしくて諦めたほうが良いです』

『不穏な動きはありましたか？』

『どうやら我関せず、なようなので気にしなくていいかと』

『わかりました。心置きなく私達はウンディーネ信仰協会と戦えるという事ですね。』

大義名分を胸にシャルロット王女は強く頷く

ブリムロック戦から明らかになった財源の横領及び他国への横流しの容疑は国家としては背ける事の出来ない事態であり、その証拠に近い情報はブリムロックが堕ちなければ手に入れる事が出来なかった。

国民はウンディーネ信仰協会に不信感を抱き始め、今や変わりとなる太陽神ゾンネ信仰協会がその悪事を暴くために一役買った事はシャルロット王女も公に公表しており、次の時代に必要な役者は揃えた

『あとは堕とすだけですね』

ジャスパー第七将校が後ろから馬を走らせ、スズハとシャルロット王女の横で微笑みを浮かべて告げた

『主力だねジャスパー君』

『正直、俺にとって一番大きな戦いなので緊張はしております』

スズハはジャスパー第七将校とある程度の交流を持っており、こうした会話は防衛任務の際では良く交わす。

『ジャスパー第七将校、これはのちに起きる帝国との戦争のために必要な経験になります。心してかかりましょう』

『勿論です。しかしシャルロット王女様』

『どうしましたか？』

『やはり帝国は武力行使を…』

『それを避ける事は容易ですが、それは出来ません。』

『ラインガルド教皇を正当に裁くならば、そのようになるのですね』

彼女達の中では既にラインガルド教皇の正体は予想出来ていたのだ。

キングドラム帝国の魔導王と言われる魔法兵団の団長マーリン。

素性は闇に包まれた男だったが、ギュスターヴが帝国に呼ばれた時の話をシャルロット王女は思い出し、そして確信したのだ。

（首筋に火傷の痕…）

マーリンにもラインガルドにもそれがある

向かってくる教団兵のもシドラードの民ではなく、帝国から彼が呼び寄せた兵であることま想定済み

国民ならば帝国なんて本来しないからだ。

『ではラインガルド教皇兵は精鋭部隊ならばかなり苦戦するかと』

『籠城戦はしないはずです。湖に囲まれた本部でそんなことをしたらウンディーネ信仰協会は不利ですから必ず招き入れる筈です。』

『閉じ込める気ですか』

『なので中に入るのは早朝に話した通りの者で入場し、残りは火蓋が切られたら直ぐに合流してもらいます。』

こうして街を歩く王族軍は通りを行進し、次の街へ進む

同時刻、グスタフは王城の客室でケヴィン王子と護衛である従騎士10名に囲まれ、緊迫した時を過ごす。

椅子に座り、誰にも視線を合わせないグスタフにケヴィン王子は近くのソファーに腰掛け、目を細める。

『俺は明日にここを出る。お前には関係ないだろうがな』

ケヴィン王子はルーファス第二将校がシドラードの将校法により、大将軍が不在の場合は第二将校が代理として大将軍の任につく

それが正式に決まるのは明日であり、彼はケヴィン王子が持つ兵力の大半を総動員しウンディーネ信仰協会へと向かうのだ

ケヴィン王子の重騎士連帯2000とシドラード兵1万

ルーファス大将軍の3万にナルガ第三将校と5000のシドラード兵

グスタフは内心、ケヴィン王子の汚い手段に呆れていた。

アクアラインの地理は彼が詳しく、本部の中も熟知しているのに対してシャルロット王女は本部の構造を見取り図でしか把握出来てない。

（ある程度シャルが削ったら出張る気か。妥当だがタイミングが合わなければならない）

シャルロット王女がやり切れない事を見越しての策で彼は信仰協会を堕とすつもりなのだ。

もともとケヴィン王子はシャルロット王女より先に信仰協会の正体を知っており、自身が王につく為に利用されながら利用していたのだ。

彼の計画は本来、アクアリーヌ戦で流れに乗れた筈が予想外な出来事で歯車か狂う

勝ち戦にグスタフという者が現れ、自分の主力将校を轢き殺され、そして負けたのだ。

『お前が現れなければ、今頃俺は玉座で国を見下ろしていただろうな。』

『残念だがアクアリーヌの件は貴様の失態だ』

『話すべきか数秒くらいは悩んださ。まぁお前は負ける事が計画に入る政治の戦い方を知らないらしいな』

ケヴィン王子はクスリと笑うと、ソファーで足を組んで首を回す

その様子に目を細めるグスタフだが、最終的に彼に都合の良い状況になりやすい事に気づくと彼を過小評価していた事に僅かに歯痒い思いをグスタフは抱く

（この小僧…）

『アクアリーヌで負けたらどうなるか考えた事はあるか？主力将校2人を失ったのは痛いが、イドラが敗戦を聞けば何を企むか予想は簡単だろう？』

彼はそれ以上、グスタフに話さなかった