第180話 水神信仰編 接触
全てが繋がりそうになったシャルロット王女はファーラット公国からの使者を招くために急ぎ応接室へと早歩きで向かう
途中ですれ違う兵や城の重役は何やら慌ただしい様子を見せているが、その理由は応接室に招かれた者が誰なのか彼女は知ると、道理だと気付く
『そろそろ飲み物が欲しいものだ』
グスタフ・ジャガーノート
黒い漆黒の鎧に身を包み、腕を組んで椅子に座るファーラット公国の強者の中の強者
先に出迎えていたのはケヴィン王子派閥の重役だったが、彼は興味が無いと言わんばかりに彼らを退かせシャルロット王女を指定した。
アクアリーヌ戦でシドラードの主力とも言える将校2人を赤子の様に轢き殺し、手も足も出せないまま敗戦へと導いた張本人だが、彼女はその件に関しては感謝していた
自分達が負けたからこそ、こうして彼女は力ある者として王の座に近くにいるのだ
竜騎士が息を飲み、そして遅れて応接室に入ってくる男はケヴィン王子
グスタフはシャルロット王女とケヴィン王子をこの場に呼んだのだ
難き敵国の傭兵に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるケヴィン王子だが、今は堪え椅子に座るとシャルロット王女も静かに椅子に座った
重騎士や竜騎士が王族の周りを護衛し、ただならぬ雰囲気のままの密会ならぬ絶会
何を口にするのかと王族2人は彼からのアクションを待った
『そろそろ王位継承の頃合いだが、帝国からの返事次第ではこちらの国も停戦を破棄させて動かせてもらう事になるが誰が王位につくのだ?』
グスタフは首を回し、帝国に出す返事の内容次第では敵にもなると脅しをかけた
それはファーラット公国だけじゃなく、イドラ共和国やキュウネル妖国そしてリグベルト小国も同じであることを口にする
だが流石にケヴィン王子でも怒りを顔に出しても口にはしない
下手に動けば自身が王位継承した時に周りが敵国だらけで一時の王で終わるからだ。
『よくこの国に来れたもんだな。お前を恨んでいる者は多いぞ』
『お前の可愛い部下を2人も轢き殺したからな。気づかなかったよ』
身を僅かに乗り出し、グスタフは仮面の下からケヴィン王子に視線を向けて告げた
明らかな挑発的なセリフにケヴィン王子は目をぎらつかせるが、やはり感情を爆発させることは出来ない
今自身の国は弱い立場であり、睨まれるような言動は慎むべきだからだ
『王権と信仰の切り離し、1年後に再びハイペリオン大陸法の改正会議が始まるがウンディーネ信仰協会の裏での大きな過ちがここまで広まっている以上、口が裂けても今のような状態で国を復興するなど言えまい?』
『明日には信仰都市アクアラインに向けて制圧するために出兵する予定です。戦争になる事は明白ですが、貴方が来るとは思いませんでした』
『面白い話を持ってきたかったのでな。お前らがどう反応するかこの目で見たくなったのだ。』
グスタフはシャルロット王女の護衛である竜騎士に隠れているザントマに視線を向けると、背伸びをする
ブリムロック戦での話であり、ジュリア・スカーレット大将軍の遺体をシドラード王国に返還する前に尋問した際の話だと聞くと、シャルロット王女とケヴィン王子は驚きを浮かべた
彼女が尋問に屈する者ではないのは知っているからだ
だがしかし、現にグスタフは『記憶を覗いた』と言って人の脳を除く真似ができる事を口にする
『まぁそれはウンディーネ信仰協会に対して監査ではなく、粛清という大義名分になるが』
『何が言いたい貴様』
『ウンディーネ信仰協会がハーミット国王暗殺に肩入れしていた。』
シャルロット王女は確信が更に深まる
ケヴィン王子はすました顔をして入るが、先ほどと違って怒りという感情が一気に消えてしまっている事にザントマは目を細めて彼を眺めた
キングドラム帝国、シドラード王国そしてウンディーネ信仰協会の者が暗躍して起きた悲劇だとグスタフは話す。
戯言のように思いたくなる内容だが、彼は細かく話さない
『貴方は私達に何を伝えたいのですか?』
『お前らの誰かが王位継承したら次に戦うのは帝国だということだ。ウンディーネ信仰協会の陥落はそれほどまでに重要な情報を隠し持っている。』
話の最中、シャルロット王女は冷静だった
話の本筋だけに意識を向けると、それは戦う相手は他にもいるといった情報でしかない
しかし、何故2人に伝えたのかを考えれば本当に伝えたいのは違う事であった。
『だが王は俺だ。主力的な兵力や将校そして長男として法に従い、継ぐ資格がある』
これがシャルロット王女の最大の悩みだ。
ケヴィン王子は黙っていても王位継承出来る可能性が高く、それはシャルロット王女がウンディーネ信仰協会を叩いても変わらない可能性が高い
飽くまで多額の横領疑惑が表沙汰に問題になっているだけであり、ハーミット国王暗殺の関与の証拠が無いのだ。
もしそれが決定的であれば、それに関与したことが濃厚なケヴィン王子も一気に落とす事ができる
『ではウンディーネ信仰協会本部にて確たる証拠を探しましょう』
『今更探しても見つかるはずも無いだろう?抹消されてるさ』
バカバカしいと言わんばかりに溜息を漏らし、ケヴィン王子が言う
だが時間があったとしても残る場合があるのだ
それを残す為にグスタフはブリムロックにてジュリア大将軍を殺したのだ。
『ジュリアが残した財源の帳簿や暗躍のリストはどこにあるか本人にしかわからないから信仰協会はギリギリまで本部を空に出来ない』
死人に口なし
亡くなった者が残した遺品に残されたのは思い出の品だけとは限らない。
過去に関与した事件や横領した記録が未だに見つかってないのである
これには目を細めるケヴィン王子
傍観するだけの者がそうも出来ない状況だとようやく気付くが、そんな様子を見せても誰も彼を裁ける者はまだいない
(見つけるしかないのね…)
あえてこの場でグスタフが内密にせず、話した意味もある
そしてその日の夜
グスタフは城内の客室にて暇を持て余す
シドラード兵の護衛が入り口には多く配置され、客という待遇というより警戒されていると見て彼は判断していた。
シャルロット王女とも一度2人きりで話が出来ないかと考えるが、このような警備ではそれもままならない
(やれやれ、久しい国だというのに御もてなしが泣けるな)
テーブルの上にあるグラスを手にし、水を飲む
この時、グスタフは迷っていた
自分はこうして見ているだけの存在でいいのだろうか、と
関係の無い戦い、国の為に信仰に敵対する王族
ただそれだけが彼の中にあると思いきや、国内では別の思想を持つ者が誰かの為に動いている事を彼は知らない
そこへ1人の男が彼に会いに来る
これにはグスタフも驚きを隠しきれず、現れた者を前に椅子から立ち上がる
ロンドベル第二王子が真剣な眼差しで牛騎士を5名引き連れ、彼に会いに来たのだ。
商人会との繋がりが強く、国内の貴族の殆どを掌握し色々な産業に着手している変わった王族とも言われている彼だが、懐かしい顔にグスタフは僅かに微笑んだ
『皆下がってもいいよ』
『し…しかしロンドベル様』
『聞こえないのか?』
王族らしさがないと世間では言われているロンドベル第二王子だが、実際の所は違う
相応の兵力を持ち合わせ、特殊な重騎士である獅子騎馬隊を独自で1万という数を揃え守りに徹した戦に関して秀でた王族であり、そして冷徹な一面を持っている
睨まれた牛騎士はギョッとすると、直ぐに謝罪の意を述べてその場を出ていく
2人だけの時間は静かで重たく、僅かな切なさが漂う
グスタフがいた頃の彼はまだ今より兵力は少なく、将校も1組だけ
それでも彼は財政面で力を持ち、こうして玉座の候補として今なお君臨している
ロンドベル第二王子は溜息を漏らし、近くのソファーに腰をかける
何を口にするのか、考えているようにもグスタフは思えたが、彼から飛ぶ言葉に唸り声を上げた
『変わらないね。可愛い妹を助けに来たのかと思えば違う』
『…』
『中途半端な助けは人を不幸にするよ。君は何者なのか自分自身で気づいてないからこうして答えを探しに来たんじゃないのかい?』
『何が言いたい?』
痛い所をつかれたわけでもなく、グスタフは多少の苛立ちを覚えた
来なくても良かった、とロンドベル第二王子は彼がシドラードにいたあの存在だと気付き、そんな言葉をかけた
『君は僕がどう動き、どう判断するか知りたいだろうけど君が知るべきはそれじゃない。誰が何のためにここまで国を巻き込んで戦おうとしているのかだ』
『俺にはもう関係のない事だ』
『だから君は逃げたんだよ。みんなを裏切って』
その瞬間、その場を震源として一瞬地震が起きた
ハイペリオン大陸には殆ど起きない地震に城内の者は慌てたが、この2人は違った
澄ました顔のロンドベル第二王子そして拳を握りしめその者を睨むグスタフ
怒りは大地を揺らし、見えない人々を驚かせた
『これが王族だ。君は力だけの存在だが人の生き方が蔓延している世の中にいる以上、怒りで僕を殺す事は出来ない。ケヴィン兄さんとシャルなら驚いてくれるだろうが、あまり僕をなめない方が良い。』
『くっ…』
『君は他人の気持ちををまるで見ていない。僕達は君を助けようとしたが、君はそれを払い除け、そして無駄に背負って最悪な形で逃げた。』
追い打ちの言葉はさらなる地震を引き起こすかに思えたが、それは起きなかった
静かすぎて耳鳴りが響き渡り、窓の隙間から風の音が聞こえる客室にて1人の男の心は失墜していく
『誰にすがればよかったと言うのだ?あの時に誰かの手を握ったとしても、不幸が増えるだけだった』
『結果はそれが高いけどね。当時の僕達やエイトビーストは権力なんて宙に浮いててウンディーネ信仰協会の勢いを止めれなかったのは事実だ。』
『ならばなぜ逃げたと貴様は言った?もし誰かが協力して無実を証明しようとしたらどうなっていたかわからんわけではあるまい?』
『ケヴィン兄さんが上手く口を合わせて陥れていただろうね。そうじゃないんだ。』
『何がだ?』
『誰かを助けたいと本心で思える人間は結果より先に体が動く。今の君に必要な信頼はそれだよ。』
グスタフは腕を組み、弱々しくも項垂れた
自分だけ背負うしか当時は巻き込まない手段として、そして心のストレスの限界を理由に国を出るしかなかった。
ハーミット国王暗殺容疑で一部の者が混乱している最中、ギュスターヴは逃げる事を選んだ。
その時に、必死で協力しようと手を差し伸べた者の必死な顔を彼は思い出す。
『シャル、エステ、ファラ、エルマー、ゼノ、ローゼン、スズハ…』
『十分な数だよ。あとは話す時間がないようだ…』
長居出来ないロンドベル第二王子は残念そうな面持ちで彼に背を向けると『これから君がどうすべきか君は答えを持ってない。今口にした者が持ってる』と最後に告げてその場を去った
気が滅入るグスタフはグラスの水を飲み干し、項垂れたまま薄暗い部屋の中で過去と向き合う
(同罪になってまで助ける?馬鹿馬鹿しい。現実的じゃ…)
無い
しかし、現実的な結果じゃなくても相手が救われる感情が存在する。
こうして真夜中
グスタフは静かな客室の中でベッドにもつかず、椅子に座って暗闇の中を過ごす
廊下ではどちらの派閥の兵かわからぬ者の警備
それぞれが動き出す前日、彼は邪魔な存在を片付ける為に本来ここにやってきた
隠密やステルスのスキルを使い、客室を出ても複数のシドラード兵は気づかない
(あちらの方が落ち着かないか)
深夜の城内はシドラード兵が多く巡回しており、彼はイドラで見せた変身魔法によって姿を変える
向かった先、ハーミット国王の書斎に忍び込んだ際の姿はシャルロット王女であり、敵をおびき出すには一番の姿だ。
(あまり来たくない場所だが)
ハーミット国王は殺された。
自分が殺した事になっているが、それでも真実は違う。
彼は犯人を殺したつもりだったが、別人であり本物ではなかった
部屋の中の不気味な雰囲気など気にせず、彼はシャルロット王女の姿のまま床や棚といった場所を調べ始めた
都合良く仕掛けのある棚などは好んで設置する国王ではなかった為、今更有力な証拠を見つけるのは困難だ。
(自分の汚名を払拭するくらいなら)
今ならば出来る
しかしそれは表面上では犯人を見つけても、誰が指示したのかはわからない
(ウンディーネ信仰協会なのはわかりきってるが)
以前からゴキブリのように潰しては湧く闇組織ゾディアック
シャンティも今生きている者が本物であり、ケヴィン王子がウンディーネ信仰協会から協力を理由に従えていた
結局の所、ハーミット国王を殺したかったのはケヴィン王子なのかウンディーネ信仰協会なのかは謎だ。
『む?』
僅かに感じた何者かの気配
それはまさに一瞬であり、不気味な気配の正体でもあった。
しかし彼は知らん振りで探索を続けるが、何かが起きる事は無い
(あれだけの事を言ったら先手を打つと思ったが)
彼の思惑は外れる
今襲ってこないということは別の手段があるという事だ
確かに感じる気配に歯痒さを覚えたグスタフは溜息を漏らし、その場に立ち尽くす
ここで全てが変わった場所であり、全てを知らなければならない時
仲間の為と思っての逃走は仲間を裏切る事だったと知り、彼は背中を丸くしうな垂れた
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