第179話 水神信仰編 真実

信仰都市アクアラインに進軍する前日の昼

スズハはジャスパー第七将校と彼の部下50名と共に王都を馬で移動していた。

ウンディーネ信仰協会に属する民間人らのデモに関しての鎮圧だが、街の中心街にある広場を100人規模の者が占拠し、彼等は口々に言うのだ


『国は戦争の負債を協会に押し付けている。』


携わる者からしたら何事かと言いたくなるのが普通だが、何も知らない国民からしてみればいつかは信じるケースは珍しくない。

そうならないように事前にシャルロット王女はウンディーネ信仰協会の疑いを公で発表していたからまだ混乱を招く事態に陥っていないのだ。


広場を遠目に見るスズハはジャスパー第七将校と共に、目をしかめた


『ところでスズハ殿、鎮圧しても更に別な集団が引っ切り無しに現れるとなると計画された工作としか思えないっす』

『私も思うわ。捕縛は気がひけるのよね』

『しかし放置すれば善良な国民に影響します』


ジャスパー第七将校はそういうと、部下に鎮圧するよう指示を出して向かわせた

デモ隊に向かう部下達を眺めながら彼はふとスズハに口を開く


『しかしギュスターヴ殿の影響は深く残っているのでしょうね。そのおかげでシャルロット王女様がこうしてケヴィン王子と対等にいれるのですから』

『何故ケヴィン王子は直ぐに継がなかったのかしら。長男ならば大義名分があるはずなのに』

『簡単なことです。ケヴィン王子はシャルロット王女がギュスターヴさんを囲っていると思って警戒しているのですから。』


歩く国家とも言われる存在は大きいが、その存在がどこにいるのかケヴィン王子だけじゃなく、彼の派閥の者は探していた

ハーミット国王暗殺の犯人とされ、指名手配されている者の存在が明らかにならないとケヴィン王子は動けないのだ


『あとは風の噂ですがシャルロット王女が同時に動いている事があります。ハーミット国王暗殺の真犯人です。』


当時は城内が大混乱するほどの騒ぎであり、その真実を誰も掴めていない

シャルロット王女はウンディーネ信仰協会とケヴィン王子の目論見と思っており、その証拠を探っていた。

しかし、ケヴィン王子の派閥に近い者の中に謎の死を遂げた貴族や大臣がおり、証拠隠滅で彼が殺したのではと疑いもある


『ケヴィン王子としては暗殺の件に関してギュスターヴ殿に疑いをかけたのが早すぎでしたので、シャルロット王女はそこに疑問を持っていたのです。』

『王族が王族を殺すって本当なら凄い事よ』

『その通りです。まだ終わってない問題だからケヴィン王子は玉座につくのを躊躇っているのです。』


まだ安心出来ないから様子見

それがシャルロット王女の残された時間でもあった。


そんな最中、シャルロット王女は時間が許す限り兵を招集させ、アクアライン進行に向けて計画を練っていた。

黄色い長髪の女性のエミリア第十将校と共に城内の食堂にて竜騎士を交え、信仰都市の地図を眺めながら進行ルートの確認だ。


『今だとまだブリムロックでの怪我が癒えぬ兵が多く、動ける者は3万はいるので騎馬を多く前に置かないと防衛戦を張られたら突破出来ません』

『スズハさんに託している兵の中に1000の騎馬隊がいるので、突破の際には彼女に崩してもらいます。』

『対人戦が大丈夫な方ですか?選ばれし者は殺生が苦手だと聞きますが』

『彼女なら大丈夫です。問題はラインガルドの存在ですが本部を出た形跡は?』

『まだありません。』


抵抗するのか、大人しく本部を明け渡すのかは行かなければならない

戦うことになった場合のケースを想定し、2人は長い間話し合った。


ケヴィン王子が動くならばどこで動くのか

それがある程度わかっているからこそ、シャルロット王女は更に兵を欲した


『ウンディーネ信仰協会が落ちてほしくないのがあの人の考えです。なので現在は各街に展開しているシドラード兵を転々と招集しているのですが…』


エミリア第十将校は険しい顔を浮かべた

兵を集めているのは彼女の仕事だが、これ以上集まる気配がないと言うのだ


(もう兄さんが取り込んだと考えるしかないわ)


ギリギリの戦力ではラインガルド教皇相手に戦えない可能性が高いが、もし抵抗するなら他の王族も動かざるを得ない

シャルロット王女の手で終わらせるのか、他の王族の手で終わらせるのかの違いは大きい


『シャルロット王女様、休まれてはいかがですか?』


エミリア第十将校が彼女の顔色を伺った

優れぬ様子に気に掛けた言葉、シャルロット王女は疲れてなどいなかったが、あまり寝ていない


『終わるまで休まる時は無いと思ってましたが』

『休まる時など来ないのです。』


エミリア第十将校の言葉にギュスターヴを重ねた

似たような事を言われた事がある思い出が、彼女の決断を固めていく


『あの人が戻ってくれば…』

『証拠が無いのでなんとも…』

『無実を証明出来ていればどれほど楽が。まぁ今は切り替えましょう。明日の朝までに兵を集め、アクアラインに向かいます。』


竜騎士と共にその場を出ると、彼女は自室に戻る

誰が玉座に近づけるか、それはウンディーネ信仰協会が今後どのようになるかで決まる

ロンドベル第二王子は不気味な傍観、肝心のケヴィン王子は見えない場所からの妨害


ベッドに横になるシャルロット王女は頭を抱え、囁いた


『毒耐性が高い御仁に毒を盛るのは自殺行為でしか…』


ハーミット国王暗殺の頃を彼女は思い出した。

毒に気付いて直ぐに斬り殺す人間でもなく、父もまた毒を盛るなど浅はかな事はしない。


(確かあの時…)


城内を出る直前のギュスターヴの言葉をシャルロット王女は思い出した。


ハーミット国王はこれが報いなのだろう。と話していた事をギュスターヴから聞いていた彼女は父であるハーミット国王の書斎の監査結果に疑問を抱く

使われた毒は花であり、調合してようやく猛毒と化す

どこで調合されたのか、どこから仕入れたのか彼女は証拠が何一つ出ない事が不思議でならなかった


『もう一度見なければ』


やはり休んでいられない彼女は飛び起きると、竜騎士を引き連れて父の書斎へと向かう

近くには多くのシドラード兵がおり、元国王の部屋は厚く警備されている


事件後、一度入った事がある彼女だが今回はあの頃から多少騒ぎが静まっており、警備兵もいない


『シャルロット王女、このような所で何を』


警備していたシドラード兵は少し驚いた様子

早急に調べる事があると彼女は言うと、兵は困った顔を浮かべた


『ケヴィン王子から誰にも入れるなと強く言われております故』


ケヴィン王子の派閥の兵であることはわかっていた

しかし、今の彼女にはそんな都合は通じない


『竜騎士と武器を交えたくなくば大人しく引き下がりなさい』


流石に王族相手、しかも竜騎士となるとシドラード兵もいかにケヴィン王子の指示よりも命を優先するのは仕方がない。 

目を細めて睨んでくる竜騎士にギョッとした兵士は素早くその場を下がり、道を開けた


中に入ると当時のまま、まるでまだハーミット国王が生きているかのような雰囲気が漂う

しかしここにあるのはシドラード王国の現状であり、この国は玉座につくべき王がまだいない


(あの人は嘆いただけで殺すような人じゃない)


紅茶に毒が盛られていた事だけは事実、しかしその盛った過程がわからない以上は真相は闇の中であり、答えは出ない

そもそも警備兵の本部の者が足を運んでまで調査し、有力な手掛かりが出なかった事にも驚きだ

当時、日を追うごとに関係してたであろう重役が急死していたこともその理由の1つだが、ここまで足がつかない大事件となると非常に大がかりだと彼女は推測する


『シャルロット様、あの方がハーミット国王を殺す動機がやはり』


竜騎士の1人が困惑した面持ちで告げた言葉に彼女は小さく頷く

殺す必要なんてどこにもなかったのに、ギュスターヴは殺した

彼ではないと信じたくても、そこにその想いを向けて戦えば良いのかシャルロットは頭を抱える


今はまだ駄目だ

こうなると思わなかった


ギュスターヴが彼女に最後、口にした言葉だ

何が駄目なのか、何が予想外だったのか

彼女は都合よく解釈して考える事にした


『当時、ギュスターヴ様は周りからどのような印象だったか覚えてますか?』

『ウンディーネ信仰協会からかなり危険視され、それが周りに飛び火するかのようになってからはあまり人の前に出てこなくなったのは覚えてます。当時はエルマー殿やエステリーゼ殿、そしてその他のエイトビーストらじゃないと会話すらできなかったと。』

『私とも距離を置いた意味は何でしょう…』

『そ…それは…』


それなら何故私ならば国を再建できるという期待の言葉を送ったのか

大きな何かが隠されていたメッセージだったのか、彼女は頬杖をつきながら父がよく座っていた椅子に座る


事件があったのに、綺麗すぎる

そこに疑問点を感じたシャルロット王女は何かの気配を感じ、上を見上げた

しかしそこには天井があるだけで、気になる物など存在しない


(…何かいる)


シャルロット王女は咳ばらいをしてから頭を掻いた

それが合図となり、竜騎士は腰に装着した剣を直ぐ抜けるように立ち方を変える


『父上の遺体は貴方達も確認の為に見たのを覚えてますか?』

『忘れもしません』

『あの傷跡、ギュスターヴ様が安い武器で斬り殺す意味はなんですか?あの世界最強の戟を振らなかった意味はなんですか?』


彼女だけじゃなく、竜騎士も不思議でならない疑問の1つだ

ハーミット国王の遺体の傷はギュスターヴが持つクロスエンドという戟でつけられた傷跡ではなく、剣によるもの

ギュスターヴが人を殺す時に剣を使うなど彼女にはとうてい考えられなかった

そして彼を慕っている者達もだ


『王女様』


ふとドアから聞こえるザントマの声に彼女は振り向く

この瞬間に消える不気味な気配に僅かにシャルロット王女は天井を見上げて狼狽える様子を見せたが、ザントマだと知るとドアを開けて彼を招く


ファーラット公国とシドラード王国との情報を流す情報員として密かに動いている面もあり、そんな彼は夜にはファーラット公国から使者が到着すると彼女に話す

予想外な珍客にシャルロット王女は未来の見せる話があるかもしれないと心の底で期待を膨らませていると、ザントマが辺りを見回して口にした言葉に誰もが驚愕を浮かべたのだ


『グスタフから聞いてはいましたが。ここなら話してもいいかもしれません』

『どういうことですザントマ殿?』

『貴方が強くなった時に話せと奴から言われている伝言です。』

『強く?一体何を彼から聞いたんです?』

『ハーミット国王がウンディーネ信仰協会の者に殺される所を偶然ギュスターヴが用事で出向いた際、見たのです。』


今だからこそその言葉に誰もが驚愕を浮かべた

それが事実ならばこれから行われるアクアライン信仰はただの監査ではない

国を守るべく悪しき信仰と国との戦争を意味する事となる


当時、強すぎて恐れられていたギュスターヴが心を開いていた者は数少なく

そのあまりの強さにハーミット国王やウンディーネ信仰協会は手を焼いていた

扱えない力には誰もが恐怖を覚え、遠ざける事は珍しくはない

兵器級の戦力を今更手放す事も出来ないがウンディーネ信仰協会だけは考えが違ったのだ。


驚きで開いた口が塞がらないシャルロット王女

ザントマは謝罪の意をこめて頭を下げると天井を眺めながら話し始めた


『当時、信じてもらえないと思っていた彼は罪を一度被る事にしたのです。それでも信じてくれる仲間がいた事は彼も知っていた。しかし状況的に巻き込んでいいタイミングじゃなかったとグスタフから聞かされました』


強いだけでは得られない物はある

それが当時の彼には無く、そこを突かれた

神として崇められていたら結果は違った筈だ、しかし現実は悪魔以上の悪魔的恐怖を歩くだけで生み出す無類の強さを誇る人間

人として扱ってくれる者が少なかった彼にとってすがれる人間がいなかったのだ


『なぜこのタイミングで私に伝えたのですザントマ!何故もっと早く…』

『グスタフから言われていた事です。貴方が1人立ちし覚悟を決めれる大人になったと思ったら話せと言われてましたので。』

『何故彼がそのよ…』


その瞬間、彼女はギュスターヴの幼い頃の思い出話を思い出す

彼がどこからやってきたのか、どのようにして出会ったのか

何故彼がファーラット公国に逃げ延びたのか


(私達には…)


助ける力が無かった




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る