第178話 水神信仰編

ブリムロック戦から時がたち

そこでウンディーネ信仰協会の財源が帝国に流れている可能性がブリムロックの鉱石の採掘量とまったく合わない事にシャルロットは目を向ける


王都でもその話が各所で持ち切りとなり、不思議とケヴィン王子が静か過ぎる事にシャルロット王女は違和感を覚えた


玉座の間にて派閥の者の一部を集め、事実を調べる為に王族令状が発行されたが、だからといって闇雲に信仰都市アクアラインに足を運ぶなどできない


音無ザントマや雀蜂スズハ、そしてファラやシャルロット王女側の貴族が多数集結したが、ただの調査令状じゃない事をザントマは口にする


『確実に抵抗してきますが、のんびりしていても対策される。今すぐにでもアクアラインに立つべきです』


誰もがそうしたい気持ちだ

しかし、アクアラインに残る教団兵の数がまだわからないのだ。

信仰都市には2万規模の教団兵が残っている事は確かだが、ブリムロックから生き残ったであろう1万弱の存在が消えたのだ


『マジでどこいったんだろうね。隠したんだろうけど何のためって話をすると怖いよ?』


ファラの言いたいことは、アクアラインに迫る軍に抵抗するために隠したのであろうという考えだ。

普通なら王族相手に抵抗などしないが、前国王は間違った事をしていたのだ。


信仰都市アクアラインは治外法権というシドラードの法が通じない街であり、信仰によって保たれてると言われる独特な街

これにはシャルロット王女は父の残した厄介に頭を抱えた。


『時間稼ぎしてるのは明白です。本当は直ぐに叩きたかったですが。ここは慎重になるしかありません、

スズハさんはどう思いますか』

『あっちは直ぐに兵力回復は無理ですからね。あるとしたらケヴィン王子が加勢するくらいですがそれも薄いので今は地盤を固めて包囲するしか』


現在、シドラードでウンディーネ信仰協会の活動は王族勅令にて禁止されており、各所で小さなデモが起きている街が存在する

事実確認が済むまで信仰都市アクアラインに閉じ込める事が精一杯だ。


『シャルロット王女様、多忙なファラを呼んでも良かったのですか?』

『確かにウンディーネ信仰協会が担っていた国内の活動は今や殆どがゾンネ信仰協会が引き継いでるのでファラさんは多忙なのはわかりますが、今はこちらにいてもらった方が都合が良いのです』


ザントマの視線に気付き、ファラは苦笑いだ

ケヴィン王子は派閥内の貴族や商人そして将校や国の役人の結束を固める為に動き出している以上、シャルロット王女も後手に回らぬよう計画を進めるしかない。


ケヴィン王子がウンディーネ信仰協会の肩を持つのかちょっとした不安はあったが、彼はそれが出来ない。

ブリムロック奪還によって決定的な採掘量の数値が書類によって明らかにされ、たとえケヴィン王子が関与していても助けるような素振りは身を滅ぼしかねないのだ。 


『浮き彫りにならぬようにケヴィン王子も戦に関与したのだろう。しかし奪還されては擁護すら危うい状況だ。』 

『まぁ傍観するしかないだろうが。監査は早いほうが良いぜ?時間与えちゃこっちは不利だ』

『同感だ。シャルロット王女様は?』

『私もそう思います。』


せめて消えた兵の情報さえ分かれば、と彼女は思いながら溜息を漏らす


これ以上、考える時間もない

シャルロット王女は明日には答えを出し、そして動くと話すと会議を終わらせた。


その日の夜、彼女はスズハと共に応接室にて夜食を共にする

竜騎士隊に見守られながら色々な方面からくる対応を考えるシャルロット王女は食が進まず、水ばかりだ。



『食べないと倒れますよ』

『わかってます。せめてイドラとファーラットに送った使者から良い返事が聞ければこんな苦労もしなくてもいいんだろうなぁと』

『瞬間移動しない限り無理ですね。ケヴィン王子が監査に入る危険は無いんですか?』

『最高裁は私が取り込みましたので不可能です。』

『考えてますね』

『そうでもしなきゃ今頃兄様が監査人になってましたから』



そうなってしまえば終わりだ

真実を無かった事にされるのは火を見るより明らかなのだ


信仰協会に不信感が向く最中、組織の仲裁を与える者は現状シャルロット王女しかおらず、こうなるべくブリムロックでイドラが勝つ必要があった

ここまでは順調、残るは出立するまでに納得できる兵力が揃うかどうかだ

普通ならばシャルロット王女の派閥に取り込んでいる将校らと共にアクアラインに向かえば良い予定だったが、ゼットン将校の戦死により、彼の穴埋めとしてロンドベル第二王子は自身の持つ将校らの持ち場で手いっぱいという理由で彼女の将校が動くしかなかった


(嫌がらせでしょうね)


シャルロット王女はケヴィン王子がまだ余力がある事を理解している

ゼットン将校が持ち場としていたシドラードの北にある街を彼女の陣営の将校2名が兵を連れて王都を離れてしまい、予定の兵力をどう担うかグラスに水を眺めながら悩んでいた。


するとそこへ思わぬ人間が応接室に入ってきたのだ

ドアの前では竜騎士の慌ただしい声、これにはシャルロット王女とスズハは何事かと立ち上がるが、ドアを開けて現れた将校に2人は驚いた


『ルーファス第二将校』


ケヴィン王子派閥の最大戦力とも言える国内最高峰の剣技を持つ男

まだ30代後半と若く、忠誠心の高い男として名高い男だが何故この場に来たのかシャルロットは考えが辿り着かない

そんな様子を見たルーファス第二将校は小さな溜息を漏らすと、壁に飾られた前国王であるハーミットの壁画を眺めながら口を開く


『目的は一緒だが、通る道が違うだけでこうもぶつかるとは』

『ルーファス殿、兄は協会を利用しようと思っている男ではないのです。』

『…そうですか。今日はご報告があってここに参りました。』


直接話さねばいけない内容であり、これにはシャルロット王女もこんな事を忘れていたのかと驚く言葉がルーファス第二将校の口から飛んだ

彼はジュリア・スカーレット大将軍が戦死した事により、大将軍として緊急の処置として任命される事となったのだ


ゼットン将校が持つ兵は6千弱、それだけならまだ良いほうだが、事態は甘くはない

彼はアクアリーヌ戦で散ったボトムやリングイネの兵も取り込んでおり、ルーファス第二将校の指揮下にある兵は5万を超えている。


(迂闊だった)


シャルロット王女は目を細めた

シドラード王国の兵力は80万近くあり、その全てが将校に配属されているわけではない。

大半が民間兵と言われる戦時に招集される書類を交わした者であり、国を守る兵職として日々将校らの近くで鍛錬する兵士は全体の2割程度だ

その2割の中の重要な戦力部分をルーファスが吸収してしまうということは最悪な事態としてケヴィン王子とぶつかる場合、不利に働く事となる


『ウンディーネの件、ケヴィン王子は明後日の大将軍の任命式が終わり次第、私と共にアクアラインに向かうつもりです』


予想外な言葉にスズハが目を大きくし、首を傾げる。

警告にしては弱く、そして甘い

何故そのような事を教えるのかをスズハとシャルロット王女は理解出来なかった


『シャルロット王女。貴方が秘密裏に動いているのはケヴィン王子も気が付いていたのですよ。ブリムロックでは当初の計画ではゼットンと私が向かう予定でしたが、貴方の暗躍を察知し最低限の戦力に変えたのです。』


シャルロット王女は反応が出来ない


もともとウンディーネ信仰協会を派閥にいれる計画でいたケヴィン王子だが、別の戦力が削るならば待てばいい。

その結果、ケヴィン王子はウンディーネ信仰協会に対抗できる唯一の戦力を堂々と持つ事ができたのだ。

各所の小さな暴動によって民間兵もそちらへ流れ、止めない限りシャルロット王女に兵は集まらない。


(気づかない振りをしていた?それよりも暗躍を公言しなかったのは何故?やはりハッタリ?)


答えの出ない謎は考えれば考えるほど沼に入る

静まる応接室内、ルーファス第二将校は2人の顔色を伺いながら近くの椅子に座ると、彼は有力な話をシャルロット王女に言い放ったのだ。


ブリムロック敗戦後、ウンディーネ信仰協会の兵は森を通り民間人に扮するために着替えてから少数ずつ街に移動させ本部に戻ったというのだ

明らかにそれは国内の敵対勢力に対しての情報操作であり、王族に対してと見るに相応しい


『何故それを私達に教えたのです?』

『私にもわかりませぬ』

『…貴方はお兄様を王にする気はあるのですか?』

『その点に曇りは無いと自負しております。』


見えない所に彼からのメッセージがあるのだろうかとシャルロット王女は深く考えるが、今の状況でそれが分かる筈もない

しかし、本部にウォームバイトら率いる教団兵が戻ったとなると相手の数がどの程度いるか予想がしやすいため、シャルロット王女は立ち上がるしか選択の余地はない


『お兄さんの考える事はだいたい把握しておりますが、そうなる事はありませんルーファス第二将校』

『…残っているとは思えないですがね』


彼はケヴィン王子が何を企み、ウンディーネ信仰協会と接していたのかを知っている

だから今そのような返しを口にした

言わなくてもいい事を彼が行ったという事はシャルロット王女やスズハ的にルーファス第二将校が中間を保っていると捉えた


『ラインガルド教皇がいるかどうかも怪しい。それでもシャルロット王女は向かうというのですか?』

『国だけの為ではありません。大陸が乱れるかどうかはこの国にかかっているのです。ならば向かうしかありません』

『そうですか…』


腕を組み、ルーファス第二将校は唸り声を上げる

しかし彼から言葉が飛ぶ事は無かった

静かに席を立つと、王女に向けて一礼し部屋を出ていく

探られているのではないかとこの場にいる数名の貴族は内心ヒヤヒヤした気持ちでいた。


こうして今日明日には必要な兵を終結させ、アクアラインに向かう事をシャルロット王女は決めると誰を連れていくかという話し合いとなる


シャルロット王女直属の竜騎士100名とシドラード兵1万だが、スズハにシドラード兵5000を与える

ジャスパー第七将校が持つ4000

ファラ率いるゾンネ信仰協会の教団兵と名を変えた傭兵団3000人

ザントマ率いる忍者団500人。


そこに彼女は別の戦力を伏兵として依頼していると皆に告げるが、飽くまで漏洩を防ぐために言わなかった


『2万は欲しかったですね。今アクアラインには動ける戦闘員が3万以上という事になりますし。』


スズハの不安は国民を盾にした戦闘だ。

そうなれば後手に回るのはこちら側であり、対応するにはそれなりの数が必要になるのだ。

だがシャルロット王女は躊躇いはない


『アクアライン全体が紛争地となるのです。まともな民間人は離れます』

『それってどういう…』

『こちらにはギリギリの手段しか残ってません。最終勧告でアクアラインには今日通達しますが。残る者は敵として切り捨てます。』


もうこれしか彼女には残っていなかった

治外法権として君臨するアクアラインを王族に返還、同時に様々な余罪の決定的な証拠収集

ぶつかることは確実だがラインガルド教皇がいる可能性が低いからこそ彼女は打って出るのだ


『一先ず今日は皆さん護衛を付けて過ごしてください。一番の不安要素はウンディーネ信仰協会側にいるシャンティです。』






その日の夜、シャルロット王女は自室にて椅子に腰をかけて項垂れていた

ケヴィン王子の動向も部下に監視させているが、特に際立った行動も無く邪魔をしてくる気配すらない

直接ぶつかる関係ではないにしろ、玉座を賭けた争いには変わりはない

疲労ばかりで溜息が何度も出そうになる毎日だが、そんな思いをしていると竜騎士の1人が部屋の前から口を開く


『シャルロット王女様、シドラードへ向かった使者が戻りました』

『どうでしたか!?』


彼女は立ち上がるが、そんな様子を感じた竜騎士は数秒の時間の後に答えたのだ

帝国からの属国化交渉は返答次第ではシドラードの旗色が悪くなる可能性が高く、国内生産では足りない資源を帝国側から貿易で賄っている部分が多い

そこれが止められるか、関税が更にかかるとシドラードの物価上昇と共に新たなパイプが必要になる

彼女はイドラ共和国とファーラット公国に助けを求めたが、イドラ共和国からは一部に関しては条件込みで了承

しかしファーラット公国は保留という連絡を彼女は竜騎士の口から聞き、頭を抱える思いだ


(今年の冬を超えるための薪が圧倒的に足りない。それに麦や穀物が…)


国内生産では追い付かない為、他国に委ねるしかない部分だったが彼女の納得のできる答えをガーランド公爵王は出せなかった

もしウンディーネ信仰協会との勝敗が良い方向に決したとしても、国が枯渇しては意味が無い。

他国に国の財源で買うとしても圧倒的に足りない事にシャルロット王女は眩暈がしそうになる


『答えが出次第、早急に使者を送るという事です』

『そうですか…。他に何が話してましたか?』

『特には…』

『わかりました。さがって結構です』


トボトボとベッドまで歩き、倒れるようにベッドに横になる

国の存亡は冬を超えるかどうかに託されており、最後の憂いはそこだった


食料難に薪の問題だけで済んだのは今までイドラやファーラットが他の部分で流していた事もあり、これ以上は望めない


『ウンディーネ信仰協会が持つ財源がどの程度なのか、回収可能なのかも期待するだけ損ですか』


まだ他国に流れた形跡が最近ないのは、ウンディーネ信仰協会も迂闊に動けないからだ。

だから抵抗を見せると彼女は確信を持っている


『明日は明日の風が吹く…ですか』


彼女は懐かしい者が口にしていた言葉を囁き、溜息を漏らした



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