第177話 プチ旅行 3
俺は幸せを感じてる
ベッドにダイブし、口から溢れる香ばしいあの食材の美味が残ってるのだ
軽く噛んだだけで弾ける肉汁は一気に口内をコーティングし、鼻から通る匂いで肩の力が抜けていく
『やばかったな』
鉄板の皿で香りを飛ばす満月牛リブステーキのサイドメニューには柔らかい人参やシャキシャキしたコーンなど口が飽きない食材だらけだったのさ
(その後のデザートもまた美味)
!
バニラアイスのイチゴ果汁のソース
あれには女性陣が追加料金払って何度もおかわりしていたのを思い出す。
ま、俺も一度はおかわりしたが高かった
銀貨一枚となると相当だよ
雨は少し弱まり、小雨とも言えるかわからない感じだ。
窓から見下ろす街並みと言いたいが、ここは通りから少し外れていて静かなんだ。
3階建ての御高い宿だが、奮発して正解だ
(ご苦労なこった)
警備兵の巡回が見える
二人一組でこの地区を回ってる若い警備兵だが、クシャミが聞こえるから寒いのだろう
今は熱くなったり寒くなったりと気温の変化が起きるため、体調を崩しやすい
俺も水玉模様のモコモコしたセーターに着替えており、温かい
『ん?』
これは驚いた…
視線を感じ、その方向に顔を向けると聖騎士のジギットやハイドが冒険者の格好でこちらを眺めていたのだ。
何やら雲行きが怪しい雰囲気を感じさせる表情
俺は宿の外に出ると2人は辺りを気にしながら近付いてくる
『フラクタールに行く予定がここにいるって聞いて助かったぜ。旅行とか混ぜてほしいくらいだぜまったく』
『また同じ部屋で寝るか?』
『今度こそ斬るぞてめぇ』
『まぁまぁ二人共っ…』
変わった挨拶の最後はいつもハイドだ
何かがあったから来た、それかいつもの監視の2択だが前者だろうと思ってジギットに聞くと、その通りだった
『シドラードの使者がこの前ガーランド公爵王様のもとに来た。』
『何があった』
シャルロット王女派閥の使者
ガーランド公爵王が聞いた言葉がジギットを通じ、俺に届いた
『キングドラム帝国がシドラード王国に衰退した王国救済を理由に一定期間の属国化を提案してきた』
とうとう、帝国が動き出した
流れとしては自然であり、過去に帝国はシドラードの危機に何度か助かっていた。
大地震の時にも直ぐに帝国が兵をシドラードに向けて各都市の回復に手を貸したりしていたのだが、この属国化はそれとは違う
『どう思うよ?』
ジギットは胸元から小さな水筒を取り出し、何かをガブ飲み
中身を聞くと冷たいお茶だそうだ。
『ガーランド公爵王様は探りを入れてるって思ってるらしいですよ。誰が一番王座に近いのか…』
ハイドの言葉に納得を浮かべる
今、イドラでの敗戦からウンディーネ信仰協会と正面からぶつかろうとしているタイミングでの帝国からのメッセージ
『さて、シャルロット王女はどう動くかだな。』
『お前は行かねぇのか?』
『俺の出る幕は無い。』
シドラードの問題だ。
多少は手を貸したが、これ以上は野暮さ
まぁしかし、もし属国化したら次はエルフの国だろうからどうなるかだけ観察はさせてもらう予定だ。
『んで、どうする?』
『考えておくが、今回はそれだけか?』
『いつもの監視だ』
だろうな、と納得してしまう
王族はバタついているのかとジギットに聞いて見ると、今はフルフレアが一番多忙らしい
フラクタールとアクアリーヌそして近郊の街の新事業展開で貴族と打ち合わせの連続で目の下にクマだとか
『ガーランドはどうだ?』
『青少年保護育成条例の見直しとかで公国内の政策メインだな、他国がざわついてるのに凄い人だぜ』
『心臓に毛が生えてるからな。ノアはどうだ?』
『様をつけろよ。ノア様も公国内の政策に力を入れている。』
公国の税金をどう振り分けるかって大事な時期らしい。
軍事費や交通整備費、医療費など各所に必要な経費を決めなければならない
最近だと学生の授業料は国が半分出す事になり、勉学に励めるチャンスが増えた
若者に向けた政策だが、それとは別の部分をガーランドは変えようとしていたのさ
『以前だが王都にある建物火災で死傷者8名の事故だが、ありゃ学生のイタズラだって判明したんだ』
『未成年だから罪が軽くなると思いきや、ガーランド公爵王は死刑を裁判長に半ば強引に求刑した話だね』
ジギットとハイドが俺の知らない話をし始めた
でも何となく内容が理解できるから聞いておこう。
各国で厳しい部分は存在するが、ファーラット公国は火災に関してかなり重罪となる
少年だからと許されない行為には相応な罰を、といった感じなのかもなぁ
『てか腹減った。飯屋どこだ?』
『ここは通りから外れてる。屋台通りなら東に真っ直ぐだ』
あまりここに長居はしないようだ
空腹だったハイドはようやく腹を満たす事が出来ると知るや、ウキウキしながらジギットのあとに続く
宿の入口の前はテラスのような作りの為、頭上の屋根で雨は入らない
だから俺は入口近くの椅子に座り、ポツポツと音を立てて降る小雨を眺める
『こういうの好きだなぁ』
薄暗い通りを照らすは魔石の街灯
雨音を聞きながら冷たい空気を肌で感じていると心が落ち着くのだが、人には好きな時間がある
俺の場合は雨や嵐の日に眺める外の風景だな
『なんだか寝れそうだ』
背伸びをし、欠伸が出る
入口の窓から俺に気づいたであろう若いホテルマンがドアを開けると、サービスはどうかと勧めてくる
『ならば砂糖ブロック1つ入れた熱いコーヒーを頼む』
銀貨2枚、普通は銅貨5枚だが残りはチップだ
若いホテルマンは直ぐに宿に入らず、俺と共に空を眺めた
『私も雨の時とか眺めるのは好きですね。気づけば時がたってたり』
『わかりみが深い。』
こうしてまた孤独な時間だ
なんだかんだプライベートを過ごしてる感を味わってる気がする
(本当に眠気が来る)
仕方なく立ち上がり、コーヒーまで待とうとすると入口から現れたのはエステとアミカだ
どうやらこの宿にある銭湯を楽しんだ後であり、余韻に浸る為にここに来たらしい
『グスタフさん入った?』
『寝る前に入る予定だ』
『21時までだから気をつけてね!』
『ふむ』
熱を冷ますべく、小雨を眺める2人はもういつでも寝れる状態であり、部屋に戻ったら確実に寝るだろう
エステなんか椅子に座ったまま腕を組み、目を閉じているが寝てるのだろう
少しイビキが聞こえるのさ
『エステリーゼさん早いよね』
『アミカも変わらないと思うが?』
『そうだっけ?』
『横になると直ぐ寝るだろう?』
とぼけるアミカだけど、居間で昼寝する時に君は秒で夢の世界に旅立っているのだ
その点、寝るまでの早さは彼女も変わらない
『そういえばお刺身頼んどいたよ!』
『ここでか?』
『うん!多分食べるんだろうなと思って』
確かに簡易テーブルはある
その為にあるのかと言われると、脆い感じはするがホテルマンが熱いコーヒーやカツオのたたき、そして塩ゆでエンドウ豆を皿に添えて持ってくる
自然を感じながらの晩酌をエステリーゼは楽しんでいるが、いつのまにビールを持っていたのだろう。
すると直ぐにインクリットも合流、彼の髪は少し濡れていたため、風呂の後だろう
彼の手にはオレンジジュースとサーモンユッケという贅沢なつまみだ
これでは俺も酒を飲みたくなるが、今日は我慢しよう…
(帰ったらガンテイと飲みだしな)
『平和だねぇ』
『そうですね。アミカさんのお店も以前とは比べ物にならないくらいオーダーが多いですし』
ドノヴァンの娘でもあり、将来を確実に期待される話はあの鍛冶祭で轟いていた
若い事からドノヴァンでも到達していなかった技術を会得し、今や彼に近い技術を平然と真似する能力は親子だから出来る彼女の技なのだろう
見て理解するのが上手い、というべきなのかはわからないが俺はそう思っている
『うっへぇ』
インクリットが変な声を出しているのはサーモンユッケが美味しいからだ
凄い幸せそうな顔をしているけど、気持ちはわかる
『カツオのたたきも美味しいよ!』
『てかここらの街って海や川の食材に恵まれてて良いですよね』
『私もそれは思うわね。大陸の中に行けば魚介類の料理の質は落ちるから海に近い街で食べるのは当たり前な時代だし』
『だからエステリーゼさんお魚沢山食べてるんだ』
『新鮮で美味いのよ。まぁ肉が一番かしら』
旅行となるとこんな内容の話ばかりだが、だからこそ良いのだ
ホークアイの件を聞いたらコハルは外出中で目標に出会えなかったとかアミカとエステはブツブツいうし、そのうっぷんを何故かインクリットに向けるのも面白い
『…こいつは恋バナとは程遠い存在か』
『ちょっと待ってエステリーゼさん?僕を見て何を感じたのかな?』
アミカはツボに入ったのか、ずっと笑っている
こうした楽しい時間が俺には必要だったのかもしれない。
戦うだけの日々が昔あったが、感じたことがない他愛の無い会話をしていると国民が羨ましい
敵を倒せば怖がられる
それはきっと俺が人ともう少し接していれば変わっていた筈だ。
誰かのせいにして、その場から逃げたと言われても今は否定はしない
『お、揃ってるな』
ジギットがハイドと共に現れると、首を回して骨を鳴らす
何故いるのか彼女らに説明するとアミカは労いの言葉を口にした
『いつも苦労してて偉い!』
『まぁな。今はのんびりと日々を充実させる期間にゃ丁度良いだろうよ。シドラードが大変だし』
『どうなるんだろうね』
『属国化の提案はどう見ても探りね。誰が答えるかを帝国は見定めたいのよ』
エステの言うとおりだ。
返事の期間は1ヶ月と長めに調整されている事も不思議だが、そこに時間をかけるはずもない
多忙過ぎる最中、シャルロットはウンディーネ信仰協会に焦点を当てなければならないからな
(上手くやれる筈だ)
だがしかし、少しは足を突っ込ませてもらう
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