第176話 プチ旅行 2
『ホークアイさん。コハルさんとはラブラブ?』
夜の街へと姿を変えるアクアリーヌの街中
屋台が広がる広場にて綺麗な満月を眺め、設置された丸テーブルを囲みながら小休憩する俺やエステそしてインクリットとホークアイだが…
アミカがとんでもない事を今口走った気がする
『にゅっ!?』
ビールを美味しそうに飲んでいたホークアイから変わった声が聞こえた
まぁ仲が良いが、まだそこまでの進展は無いと思われるのだがな…
一瞬焦りの声を出した彼は直ぐにいつもの笑顔に戻ると、答えたよ
『そんな仲じゃないってアミカちゃん』
笑って誤魔化してるが、アミカの目は細まり口元に不気味な笑みだ
こういう話が好きなのは女だからなのか、エステの耳もそちらに向いていた
『まぁ幼馴染だしなぁ、小さい時はいっつも相手していたのが懐かしいよまったく』
昔を懐かしむ様子にアミカも興味を示し、彼の会話に完全に入り込んでいる
俺の入る隙は無く、インクリットと共に広場を走って通過する冒険者数名を眺めながら口を開く
『ギルドの方向に走って生きましたね。』
『緊急依頼か何かだろう。地獄耳スキルでCランクの角熊が出たとか聞こえたぞ』
全長3メートル、両肘から小さな角が生えている魔物だ
ホークアイのチームが出張らなくとも良い個体なのだから彼はこうしてアミカやエステに根掘り葉掘りと聞かれつつも何故か楽しそうに話をしているのさ
『ここにはCランク冒険者が3チームいるのだから問題は無い』
『確か女性だけのチームがB昇格が期待されているとか聞いてましたけど、将軍猪の討伐でグスタフさん一度会ってますよね』
『かなり期待できるチームだった。立ち回りに難はないのならば試練次第だと思っていた』
ホークアイが熱でグロッキーしていた頃の話だ
将軍猪の突進を避ける身軽さは余裕があり、彼女達の課題はダメージを与える一撃がBランク帯に通用する手段がほぼ無かった事だ
風の噂でチームの中の魔法職が中位攻撃魔法を覚えたという話をフラクタールで聞いたから、きっとそれが切り札としてるかもね
こんな話をしていると、インクリットは俺が傭兵と戯れる姿をあまり想像できないという
一応はフラクタールやここアクアリーヌの傭兵ギルドには何度も足を運んでいるのだがなぁ
(周りの環境がよりよくなってきているか…)
フラクタールが発展すれば、隣接する街も呼応する
送れぬよう手を貸す事も大事だからこそ、ホークアイ率いるタイガーランペイジはアクアリーヌの冒険者の顔になって欲しいもんさ
『私はアミカちゃんとホークアイを連行してコハルのもとにいくわ』
『は?は?』
唐突なエステの言葉に俺は動揺すると、当然インクリットも首を傾げる
話を聞いていなかったが、デート誘えと言う話になるとホークアイが少し踏み出せない様子にエステが呆れてしまったのだという
『エステリーゼさん?俺はいつでも踏み出せるから今じゃなくても…』
『うるさいビビリ。いくわよアミカ』
『うん!』
『とんでもねぇ2人だぁ…』
ホークアイの視線がこちらに向けられるが、助ける事は出来ない
予約している宿に指定した時間に集合という事だけアミカは言うと、ホークアイを連行して広場から去っていく
残された俺とインクリットは僅かな静けさの中で言葉も交わせず、首を傾げるだけだ
『ど…どうします師匠』
『どうと言われてもな…恋バナというのが女はやはり好きなのか?』
『女性ですから…』
『ふむ、これから何をして時間を潰そうと考えてもなぁ』
『ですねぇ…』
困った俺達は渋々とアクアリーヌの森へと足を運ぶ
川が多い森の為、フラクタールとは比べ物にならないくらい生き物は多い
水辺には鹿や熊といった普通の動物はいるから緊急依頼はこことは遠いと思う
『綺麗な森ですね。川も底まで見える…』
小さな橋が架かる川、インクリットは橋の中心から川を見下ろす
魚やカニの動きを見ているだけで時間をかけれそうだが、そう言ってられないらしい
インクリットは何かを感じ取り、双剣を手にして辺りを警戒し始めたのさ
『先ずは渡ろうか』
『ですね』
橋を渡り切り、生い茂る森の中を歩くと魔物の気配は遠ざかる。
どうやら戦わずに済むようだが予想外な事に街で話していたチームと遭遇する。
女性が4人のチームであり、皆素質持ちだが良い魔力袋を持つのはリーダーの女だけだ。
彼女はチームの先頭を歩き、小柄で少し湾曲した片手剣を右手に持つその女性は俺達を見ると少し驚いた顔を見せた
『グスタフ殿ですか?』
『久しいなリヴィアン』
黒髪長髪で釣り目の女性
身軽さを重視し、重たい装備をしない主義でありリザードマンの革装備
胸当てはミスリルプレートでしっかりガードしており、急所部分だけはそういった工夫をしている
インクリットは美人だらけのチームに少し目が幸せといった気分になったのか、口を半開きで幸せそうな顔を浮かべている
『シャキッとしろインクリット』
『すいません』
『その子が風の子インクリットね?』
『ほう…認知しているか』
『ガンテイ先生が以前この街に足を運んだ時に耳にしてますので』
少し嬉しいのか、インクリットは照れた
気を引き締める練習はさせてないから仕方がないかもな。
『ご無沙汰してますグスタフさん』
『お元気そうで』
『お久しぶりです』
他の女性もそう口にすると、俺は頷く
どうやら既に依頼を終えた後であり、帰る途中だとか
角熊退治は難無くこなし、今は強い魔物が現れやすい場所で経験を積んでいるとリヴィアンは話す
『ここらの森は魔物が多いだけですが、時折この森の奥にある深森スプラから強い個体が出てくるので今回の角熊もその類だったかと』
『なるほど、確かにあそこは強い魔物がいるが主がいる岩場の大きな亀裂の中の洞窟には誰も立ち入れるな。あれが暴れたら街は大変だぞ』
『心得てます。』
縄張りを持つ個体は強い
アクアリーヌ北の森の奥にある深森スプラの主は驚異であり、刺激するもんじゃない
一応ホークアイにその事は告げており、彼女らも知ってると言うのとは守ってくれているということさ
『では私達はこれにて』
『ふむ』
長話する事無く、彼女達は街へと帰っていく
福眼だとかインクリットが囁くと、俺は尻を蹴った
『あいたっ!師匠もアンリタみたいた事をっ』
『客がいるんだ。挨拶してやれ』
『ギャハハ!』
『ギャハギャハ!』
バトルゴブリンが2体
Eランクのゴブリン種の魔物であり、こちらに気が付くと考える間もなく襲い掛かってきた。
昔のインクリットならば多少は驚いていた筈が、襲われたと知るや双剣を手に一気に間合いを詰めた
先頭を駆けたバトルゴブリンが錆びた片手剣を掲げ、振り下ろす前にインクリットが一気に間合いを詰めてタイミングをずらす
『うん』
自身で立ち回りやタイミングに納得したのだろう
バトルゴブリンが振り下ろそうとした時には既にインクリットの双剣は首を切り裂き、次の個体に向かって駆け出していた
驚くバトルゴブリンの隙を更に広げるべく、インクリットは左手の双剣を投げる
距離的に近いこともあり、バトルゴブリンの反射神経も相まって回避する暇もなく双剣を武器でガードするしか手がない
その時にはもう勝敗は決していたのさ
バトルゴブリンは飛び退きながらインクリットの投げた双剣を弾けば良かったが、その場で対処したことが終わりの始まりだ
『っ!』
驚くバトルゴブリンは目の前にいるインクリットに為す術もなく左手に握る双剣で胸部を貫かれ、藻掻こうとした瞬間に彼に距離を取られる
まるで当たり前のごとく倒し切る光景に俺は満足だ
ここまで短期間で仕上がっているならばBランクとなっても納得の立ち回りだったからな
『ギャフ…』
心臓を貫かれたバトルゴブリンは前のめりに倒れると、魔石が顔を出す
投げた双剣を回収し、小さくガッツポーズをするインクリットは汗ひとつかいてない
体力をつけるために双剣持って走り込めとか言ったから彼は素直に、真面目に、純粋に俺を信じて体作りをしていたのだ
(綺麗な戦い方だな)
『終わりました』
『流石だ。息を切らしてないのは走り込みの成果とも言える。お前は身軽さが大事だ、今後も続けろ』
『はい!』
ここから現れる魔物はゴブリンや赤猪、それとカナブーンという虫だらけ
単体ばかりの為か、インクリットは下手に動かず相手の攻撃に合わせてカウンター気味に倒しているのを見ると、体力を残すために必要な運動量の行動しか選んでない
良きかな
街に戻ると、冒険者ギルドにて魔石の換金後、時間が来るまで街の徘徊だ。
薄暗くなってきたけど、まだ予定の時間までかなりある
外を歩く人々がこちらを見てる
俺の格好が不味いのだろうなぁ
『師匠、いつの間に水玉の長袖になったんです?』
『ん?さっきだ』
微妙そうな顔をしている
この羊の鉄仮面とはミスマッチしたファッションと言いたげなオーラを感じるが、防具は着脱が面倒だし着たくない。
『それよりもあれだ、インクリット』
『え?』
俺は話を変え、指差す先にある建築中の建物に意識を向ける
あそこは卸売りや他国に流す輸出品が集まる場所になり、そこからフラクタールに行き、そしてフラクタールからシドラード王国の国交の要となるナイトメアに流れる
ここにも新しい事業か増え、雇用も増えるようにフルフレア王子がアクアリーヌの経済成長を促進するためにここの貴族と色々としてるのはジギットに聞いたことある。
『先に仕上がるのはアクアリーヌっぽいですよね』
『確かにそうだな。フラクタールも都市拡大計画があるのを聞いてるか?』
『シューベルン男爵さんが以前話してました。北区を拡張するために大規模な工事が夏から始まるとか』
これからのフラクタールを話すのは俺には似合わない。
しかし気になるからこそ他人がどう思うか聞きたくもなる。
インクリットは楽しみだと言いながらも近くの屋台で売っていた焼海老串を食べたいというので、彼の案に俺は乗った
こうして時間が来ると、予約していた宿でアミカやエステと合流してから夜食まで各部屋でまったりという感じだが、何故かアミカとエステが俺のベットを占領しているのが解せない
インクリットと椅子に座り、お茶を飲みながらリラックスしたいのだが、プライベートとは何かこの状況ではわからなくなりそうだ。
(寝るまで我慢か)
肩を落とし、小雨が降る外を窓から眺めた
明日には止むらしいが、どうせ今日は外に出る用事もない。
『今日は存分に良いの食べなきゃね!』
張り切るアミカだが、大きな理由があるのだ
鍛冶屋の借金がもう終わりそうなのだが、きっかけは魔法鉱石の短剣を作ったり難しい依頼が立て続けに来たからさ
ドノヴァンがフラクタールに来た時に魔法鉱石に関して指南されていたから、そこから彼女の技術は増えたってわけだ
『バイトのレディー達はどうするのかしら?』
『20になったら社員って話になったよ!インク君はバイト!』
『僕も!?』
『お掃除隊長!』
初めて聞きましたと言わんばかりのアクション
冒険者もやって鍛冶店の床掃除とは多忙な男だ
『……』
(凄い助けを呼ぶ目をしてるな)
インクリットの視線が切ないが、苦労は覚えるべきだ。
俺もこの間までお掃除隊長とか言われて床掃除していたからな
『エステリーゼさんは立ってるだけでお客さんくるから凄いよね!』
『軽鉄製の投げナイフ買ったら握手といったら飛ぶように売れたわね。』
『列が凄かったね!数分で投げナイフ無くなって驚いたもん!』
そういった他愛の無い日常の中で感じる幸せの一時の会話
日頃を思い、笑いそして共有しあう時間こそ本当に俺が求める物なのかもしれない
お茶を飲み、二人の会話を聞いているとアミカに話を振られる
『グスタフさん、最初の頃よりも少し感情的に話せるようになったね』
『そ、そうか?』
『良いことだよ!』
感情的に…か
プラスに捉えても良いならば、そうしよう
『確かに師匠って暗い口調が無くなりましたね』
『暗かったかインクリット?』
『フラクタール案内した時は会話に困りましたよ?』
アミカとインクリットは同じ感想だ
自分では気付かないもんだな…
『今日の夜食は何かしら』
エステは期待を胸に口を開いた
話が変わって非常に助かるし、夜食に関しては俺も興味ある
水の都アクアリーヌの特産品となると川だ
そこには様々な生物が住んでおり、隣接した街に多く出荷する程さ
『満月牛のお肉だね!』
アミカが唱えた言葉にエステの口からよだれが一瞬光る
ここには満月牛を育てている牧場が1つあり、水の資源に恵まれた牛はスクスクと育つ
モー牛という最高ランクの牛肉の下にあるのが満月牛という真っ白な牛なのさ
今回はその満月牛リブステーキが主役の凄い夜食となれば、俺の心も踊る
『エステリーゼさんとグスタフさん、なんで立ってるの?』
いつの間にか俺は椅子から立っており、エステは狭い部屋を行ったり来たりと落ち着きがない
お互い同類だなと感じ、俺は笑ったのだ
俺の中で大事な何かが、構築されてきている気がするがそれが何なのかは俺もわからない
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