第175話 後輩と先輩
冒険者ランクFの新米チームであるジャッカル
聖なる魔力袋 ルーシア(細剣
赤い魔力袋 ロッキー(片手剣
赤い魔力袋 ツィマット(双剣
土煙が舞う魔力袋 モーラ(魔法職
グスタフがブリムロックへ旅立つ前に冒険者試験があり、見事合格した者達でもあるが彼等は一度グスタフから自分達の素質に関して助言されていた為、スタートはかなり良かった
フラクタールを歩く4人の中にいるルーシアは気が小さいような雰囲気を見せる水色の髪の女の子だが、突く事に特化した細剣は正確と一致しない
グスタフの見落としでもあるが、彼女は学生時代はフェンシング協会に加入しており、突く事に関して最も得意なのだ。
魔法剣士の道を行く彼女は仲間と共に森へ今から向かうのだ
『初めての依頼…』
ソワソワするルーシアは貯めたお金を使って購入した細剣を抱き抱えながら呟くと、モーラが彼女の頬を軽く摘みながら口を開く
『緊張してんじゃないわよ。デビューに監督いるんだから』
『あうあうぅぅ』
つねられあたふたするルーシアだが、それを横目にムツキとクズリはクスリと笑った
『緊張しすぎない事ですね。ゴブリンかカナブーン狙いが妥当といえるでしょう』
ムツキは口にすると、ルーシアとモーラがうっとりした様子で頷いたのだ
美形とも言える顔であるムツキは女性受けが良く、若い女性冒険者からは圧倒的人気を誇っている
それを他の二人の音の剣士は苦笑いを浮かべ、彼女らを見守った
(美男子かぁ)
(俺はクズリさんの方が男らしいと思うけどなぁ)
心の中で二人の意見がわかれた事に、気付く者はいない
空は曇り空であり、小雨が降りそうな天候に4人は気にする暇も無く森の中を進んでいく
初めての活動ではインクリットとアンリタと同行した冒険者ジャッカルの4人だが、数回だけで慣れるような活動ではない為にクズリやムツキの目からでも若干の緊張を感じる事が出来る
小鳥が木から飛び立つ際の鳴き声だけでも驚くモーラは魔物じゃないと知ると、溜息を漏らしながら仲間に視線を送り、苦笑いだ
『リラックスしなきゃね』
『そ…そうだね』
モーラとルーシアがそう会話すると、ムツキは背後に視線を向ける
魔物の気配だが、距離的に遭遇する事は無いのならば言わずとも良い
飽くまで自分達は同行であり、彼はどこまで手助けするか線引きしているのだ
『皆さん、依頼は薬草採取とゴブリン4体でしたね?』
『そうですムツキさん。でも魔物の痕跡がまだ…』
片手剣のロッキーは無いと言いたかったのだろう
彼が話している最中、近くの茂みからお目当てであるゴブリンが飛び出してきたのだ
狙いは確実にロッキーであり、ゴブリンは両手で握るこん棒で彼を殴らんと振りかぶっていた。
『わっ!』
驚きながらも彼のセンスは結果を残す
タイミング良くゴブリンが振り下ろしたこん棒をロッキーが片手剣を振り上げ、それは見事に攻撃を弾くことに成功したのだ
宙へ舞うこん棒に目を奪われるゴブリン、そして驚いたまま尻もちをつくロッキー
一番先に我に返れる者は誰なのかとムツキとクズリは彼らを見守ると、やはり予想していた者が2人の間を抜けてゴブリンに襲い掛かる
『ミサキ・トリプル』
細剣を右手に駆け出していたルーシアという女性は綺麗な青い長髪を風でなびかせ、ゴブリンの首や胸元そして腹部と3点を一瞬で貫いた
武道に身を置いた学業に専念しており、実績も優秀だったことから彼女はただの魔法職ではなく、運動能力を活かしての幅広い立ち回りを選んだ
後方支援で開花は試練があるために資金が必要だが、それまでは近接戦闘で補うという考えはムツキも彼女がこのチームの中心として戦うだろうと思いながら、倒れていくゴブリンを眺めた。
『こ…怖かった』
倒した後に我に返ったかのように気弱な女の子に戻るルーシアは肩に力を入れたまま、僅かにゴブリンから離れる
驚いていたロッキーは立ち上がるとゴブリンの体から顔を出す魔石を手にし口を開く
『凄いな…、流石体力テスト学年1位』
『ぐ…偶然だよロッキー君』
『そうかなぁ』
仲間に顔を向けるロッキーだが、向けられた仲間というと苦笑いだ
ロッキーも体力テストでは好成績を残し、2位という結果を叩きだしている
生まれながらにして才能を持つ者を前に、彼はルーシアを見ながら頭を掻く
『不意だったが、気づかなかった』
『話しながら周りに意識を向けるっつぅのがバランス悪いからな。森にいるならば最優先は景色全体だ。不意打ちで死ぬなんざ新人が起こしやすい』
クズリはそう言いながら、ロッキーの肩を軽く叩いた
『気配感知は誰も持ってないんですよね』
『気疲れ半端ないだろうが、根気が大事だぜロッキー。街に戻るまで戦ってると思えばいいさ』
なるほど、とロッキーは妙に納得を顔に浮かべる
そうしていると、ツィマッドが何かの声を耳にし、それがゴブリンだと知ると小声で仲間に知らせ、彼等は直ぐに身を隠す為に木の陰に移動した
『ギャギャ!』
『ギャー!』
ゴブリン2体、ここで倒した個体を前に驚いている素振りを見せているが、それは魔物としても命取りに近い隙であった
双剣を持つツィマッドと片手剣を握りしめたロッキーは死角から一気に詰め寄ると、ゴブリンが足音に気づいて振り向いた瞬間に互いの武器がゴブリンの命を刈り取る
有利な状況を使わぬ手はない
今度は自分達でやったぞと言わんばかりにロッキーは仲間にガッツポーズを向けた
『迷いの無い走りは良かったです。仕留め損ねたとしてもモーラが準備していたのもあるのですが、カバーの懸念は非常に大事ですからね』
ムツキは微笑みながら口を開いた
もし一撃離脱が無理だとしても、モーラが茶色い小さな魔法陣を頭上に展開して準備していたので追撃が出来る状態だったのである
準備をするための資金は高い
モーラはバイトで貯めた資金の一部を使い、一回で試練を突破していたのだ。
つい最近だが、土属性特化の彼女にとって土属性の魔力を帯びた岩の弾を放つロックショットはこの先コスパの良い魔法となる事は明白であり、グスタフからも聞いていたムツキは彼女の今後の成長にも期待している
『薬草採取も忘れずに、ツィマッド君の背後の木の周りにありますよ』
『マジすかムツキさん』
驚きながら振り返る彼はせっせと薬草を集め始めた
止血効果のあるトメルンという花だ。これと見た目が似ている花はあるが違う点は1つ、葉がギザギザしている。あれは服用すれば腹痛や眩暈を引き起こす毒を持つから間違える事がある
『あと3体…』
『野郎で周り警戒しとく、ルーシアとモーラは約束頼む』
『俺も警戒か、確かに見分けないと駄目な約束だし任せるか』
(役割分担はよし、か)
クズリはウンウンと頷き、彼等の働きを見守る
こうして薬草は予定していた量を採取し、ゴブリン5体を討伐して帰る途中、バトルゴブリンというEランクの魔物が行く手を遮った
個体としては1メートル前後しか身重がないゴブリンより30㎝も高く、防具を扱う知能もある
『ギャギャ!』
しかし古びた革の胸当てや手甲は耐久性が乏しく、右手に握る片手剣も刃こぼれが酷い
それでも4人にとっては強敵の部類としてムツキは油断してほしくない為に気を引き締める言葉を送る
『個人プレイなどしたら誰かが死ぬ危険性があること、忘れずに戦ってください』
無言は返事と捉えたムツキはバトルゴブリンを前に身構える彼等の目が真剣だと知り、微笑む
『俺がカウンターで全力で弾く。あとは一気に終わらせてくれ』
ロッキーは片手剣を構え、それを合図にバトルゴブリンは駆け出した
緊張かわ走る瞬間の中で戦う4人はバトルゴブリンならば油断しなければ倒せる相手だが、戦い慣れをしていないからこそ数をかけなければならない
『ギャァ!』
飛び掛かるバトルゴブリンの刃こぼれした片手剣が振り下ろされるとロッキーは両手で握りしめた片手剣を全力で振り上げ、バトルゴブリンの武器の刃を折って宙に飛ばす
『ギャ!?』
僅かにバランスを崩すバトルゴブリンは宙で回転する武器の刃に意識を取られてしまう
その時すでにモーラが頭上で展開した茶色い魔法から石弾がバトルゴブリンの頭部に直撃し、仰け反らせた
『今でしょ!』
モーラが口元に笑みを浮かべ、やってやったぞと言いたげな表情で口を開いた
するとツィマッドの双剣はバトルゴブリンの喉を掻っ捌き、ルーシアの細剣は胸部を貫く
『ギキャハ…』
予想外な強襲にバトルゴブリンは首を左手で止血しながら後退る
生命力は僅かに高いから直ぐには倒れないが、それでも首の怪我は致命傷だ
死ぬまで戦いは終わらないというガンテイが講習で彼らに教えた言葉が今こそこの場で証明される瞬間でもあり、バトルゴブリンは死を顧みず左手で傷口を抑えたまま、4人に向かって駆け出す
『くっ…』
『やばっ…』
ツィマットとモーラから声が漏れる
良き状況には変わりない、しかしそれでも一矢報いようと迫る魔物相手に多少気おされてしまったのだ
『ぬおぉぉ!』
ロッキーが前に駆けると、ルーシアが続く
小雨が降り始め、地面に落ちる瞬間には先頭を走るロッキーがバトルゴブリンと激突する瞬間だった
左手の爪がロッキーに襲い掛かるが、彼は間一髪でスライディングで回避し、そのまま太腿を斬って背後に回る
熱を帯びるバトルゴブリンに痛みなど感じる事が出来ない為、普通ならば膝をつく筈が僅かに狼狽えるのみ
しかし、その隙がルーシアにとって最高の瞬間へと変わるのだ
『ミサキ・一閃』
フェンシングで有名な家系に生まれたルーシアの細剣の才能はフラクタールでは随一という言葉だけにおさまらない
彼女はファーラット公国のフェンシングクラブで有名なチームに所属しており、高等部では公国内1位という成績を残した者なのだ
彼女のプライドが乗る一撃は音速を超え、そして風を切る音がこの場に一瞬鳴り響く
並みの魔物では回避など到底無理であり、その一撃は的確に祈りを貫いた
『ギャ・・・ギャハ…』
胸部を貫かれ、心臓を破壊されたバトルゴブリンの活動をそこで終わりを告げる
その場に力なくうつ伏せで倒れると背中から魔石が顔を出す
4人はホッとし、声を出さずにガッツポーズで喜びを表現していた
(凄い突きですね。)
(やべ、見えなかったぜ)
ムツキとクズリは互いの感想が違ってしまう
魔法職として素質が十分にあり、近接戦闘という観点で見ても彼女の細剣は凄まじい
戦闘中にどの距離に対しても立ち回れるというのはずばぬけたポテンシャルを秘めており、期待は高まる
『あ…倒せた…やた!』
『凄いわねぇフェンシング女王』
仲間内で喜び合う様子を見て、クズリは良いなと感じながらも何度も頷いた
『ムツキ、あの女の子凄いな』
『1人で色々な場面に対応できるのは才能ですが、その為に必要なのは膨大なエネルギー』
『どういうことだ?エネルギー?』
『体力ですよ。まぁチームの要となれば当たり前に持っていなければ直ぐに息切れしますから。ほら』
ムツキが顔を向ける先のルーシアは予想以上に息を切らしており、それは慣れぬ戦闘で無駄な力みがあった事を指し示す
それが解消されない限り、無理という行動は控えるのが新人が気を付ける注意点
『確かに疲れてるな。こうしてみるとアンリタって体力魔人だよなぁ』
『ですね。戦いながら敵の死角にいようとたまに妙な動きを見せますが、あれであまり疲れないのが凄いですよね』
『動き回る物体からは意識を逸らすなんて難しいのをアンリタさんは知っているからこそ、それを巧みに使ってインク君と隙を作る行為は見ていて爽快で私はたまに攻撃を忘れてしまいますね』
『だから棒立ちの時あるのかムツキ』
『…内緒ですよ?インク君は良いにしてもアンリタさんは知れば白目むきますから』
苦笑いを浮かべ、魔石を手に入れた4人の新米冒険者が近寄る姿に満足そうな笑みへと変えていく
こうして森を出る為に先頭を歩く4人の背後からムツキとクズリは他愛の無い話をするが、その中で彼らには関係の無い内容が飛ぶ
『てかシドラードも凄いな、エイトビーストの復活だろ?』
『そうですが今までのエイドビーストとは違った戦力が揃っているのを見ると国内に対しての牽制に見えます』
『国内?他国じゃないのかぁ?』
『エルマー魔導公爵とルヴィアント魔法騎士がいるというのは国内にいる貴族や商人に対してのアピールでしょうね。民間組織である協会が多く存在する国内で大きな組織が王族と手を組んだという事は公共的な協会にとって生き方を変える事を強いられているのですよ』
『一気に何かが変わるっつぅ事か』
『単純に言えばそう解釈しても良いでしょうね。ケヴィン王子とシャルロット王女が激突する日は近いという事です。誰が王権を手にするかという内乱の時です』
普通ならばそんな争いは密かに行われる
しかしそうならない理由の1つには手段を択ばないケヴィン王子がいる事が大きい
平和を謳う為には何かが変わらなければならない、その為の変わり目には大きな争いが起きる
ファーラット公国はデメテル信仰協会の一件でそれを学び、そして平穏を手にした
次に起きるのはウンディーネ信仰協会と王族達の大きな争い
そんな現状以上の事が起きる筈がないと誰もが思っていた。
それでも予想外な事が起きるのが変わり目であり、その真実を知る時は近い
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