第174話 プチ旅行 1
俺は今フラクタールの北に位置する水の都アクアリーヌに来ているが1人じゃない
アミカとエステ、そしてインクリットを巻き込んでのちょっとした旅行に来たのだ
二泊三日という俺としては初めての体験で正直ウキウキしており、武装はしていない
キュウネル産サルエルという太腿付近がブカブカな変わったズボンにピンクの長袖だが、胸元にはパペットナイトという玩具の騎士みたいな姿の魔物の刺繍が施されている
そんか服装にいつもの羊の骨の形状をした仮面となると、不審者に見えるのか通りを歩くだけで三度見されるのだ
『グスタフさん!さっきの人新記録!5度見!』
『数えるなアミカ』
『だって面白い格好してるの悪いもん』
『私も思うわ』
エステまでも可笑しいと言うと最後の頼みの綱であるインクリットだけが頼りだと言いたいが、彼を見ると苦笑いで誤魔化すから助けてもらうのは諦めるしかない
『それにしても本当に凄い街だよね!橋が多いし水路も綺麗で流石は水の都っ!』
橋の中心からアミカは身を乗り出し、下に流れる川を眺めた
水深3メートルと思われる川は底まで綺麗で川魚も良く見える
『鮎いますね師匠。あれ塩焼き凄い美味ですよね』
『野外で食べるの格別だな』
『そうなんですよ!街よりも森の中で食べるとなんか美味しいんですよね』
『同意ね』
『そうなのぉ?私はわかんないけど鮎の塩焼きは美味しいのはわかる!』
だが街中では指定された場所でなければ捕獲は禁止されてる為、今は見るだけだ
今日は旅行だし、傭兵ギルドや冒険者ギルドに立ち寄る事も無い筈さ
良いホークアイに会おうかと迷ったが、良い方のホークアイと言っても違う方は死んだから俺の知るホークアイはここだけだ
(顔だけでも出したかったが)
そう考えていると、何故かエステが弓を使って川の鮎を貫こうとしていたからインクリットと止めた
こうして訪れたのは水の都に相応しき飲食店
外見はキャンプ地で良く見られる木の家みたいだ
内装も木のテーブルや椅子、塗装も抑えた感じで自然の中にいるような感覚に陥るのは匂いだろうな
『山の匂い!』
アミカの言う通りだ
テーブルに座り、俺は高揚を抑える
昔はジンクスと同じ訓練チームで森の中で野外訓練で3日間過ごした事もあり、その際に自給自足で食べていた鮎やニジマスに助かった思い出があるのだ
(あれは美味かった)
塩だけで曝け出す美味
シンプルな旨味があの魚の中に潜んでいるのだ
『アミカさん、何にしますか?』
『鮎の塩焼き定食の味噌汁付き!』
『私もそれにするわ』
『なら僕も』
『俺もそうしよう』
事前にチェックは済ませてある
ここの味噌汁は他とは違い、食用のキノコを使っていてこれがまた美味いらしい
期待に胸が膨らむ俺は注文を済ませると、窓から通りを眺める
今日はいつもより商人の場所が多いが、今はかなり他国との流通に関与している者ならば忙しい時期だろうな
(フラクタールもまだまだ栄えるだろうなぁ)
貿易都市計画が動いており、フラクタールには貿易センターが建設されている最中だ。
そこからシドラード王国との国交の要となり、それはシャルロット王女が計画通り進めればロンドベル第二王子も手が出せない収入源となる
そのために慈善エルマー協会会長エルマー魔導公爵に商人会副会長ルヴィアント魔法騎士を引き入れたかったのだ。
彼らを説得するためにかなりの待遇を約束した筈さ
(のちほど聞こうか)
『グスタフさん、目立ってるね』
アミカの言葉で俺は気付く
俺の格好なのだろうか?他の客が俺を気にしているようだ
『エステではないのか?鼻を伸ばしている男もいるぞ?』
『師匠、アクアリーヌとなれば誰でも知ってるんじゃないですか?』
インクリットが指差す先の壁にはポスターが貼られており、それを見た俺は少し困惑しながらも照れそうになる
アクアリーヌ戦での功績を記載されたポスター
しかも手書きで描かれたであろう筆を使った俺の絵だ。
『敵将校2名を大隊ごと轢き殺す突破力、魔導を使わずして勝ちに導く豪腕は未だ底が知れない…だってよ?』
エステがグラスに入った水を飲むと、そう口にした
『そんな直ぐにバレるか?』
『重たいもん被ってて良く言うわね。』
ぐうの音もでない
まぁアミカが笑ってるから、良いか
それにしてもファーラット公国騎士が5人で通りを歩く姿を何度も見る
特別何かがあるわけでもないが、確かここの駐屯地は大きかった筈だな
『師匠、そういえば聞きたいことがあるんですけど』
『どうした?』
『アンリタの開花の時の話ですが、覚醒ってなんですか?』
『あのお喋りゾンネが口走った話か』
『そ…そうですね。更に条件を満たせばみたいに言われたんですけど、それがわからなくて』
『与えられた力を使いこなせ。お前のカゼノコはまだまだ操作性も未熟だ』
『確かに』
『ハヤブサを飛びながら捕まえれるくらい慣れればの話だ。それとガーランドがお前を気に入っていたぞ』
『ガーランド公爵王がですか!?』
『驚くな。初代大公王の持っていたカゼノコをお前は手に入れたんだからな』
戦う初代大公王とは聞いたが、詳しくはガーランドから聞かないとそこまでの歴史は俺も知らない
相当な手練れだと思うが、今は考えても意味はない
ファーラット公国が信仰するのは豊作神デメテル
彼女の加護持ちとなればインクリットは公国内での価値は凄まじい
神の声なんて聞ける者など不可能に等しいからだ
『おまたせしました』
どうやら若い男性店員が至福の時間を届けに来たようだ。
塩焼きの鮎の塩焼き定食というアクアリーヌの贅沢を詰め込んだ料理をな
塩焼きの鮎は二匹、同じ皿での参加を許されたのは菊の天ぷらであり、これも塩で嗜む
サイドメニューとして君臨するは先程説明したキノコの味噌汁そして小皿のポテトサラダに普通のご飯
そこにアミカが追加で頼んでいたのは厚焼き玉子
丁度4等分されているのは料理人の気遣いなのかは迷宮入りで良いだろう
『食べよっか!』
アミカは我先にといただきますを唱えて箸が動くと、他の者がそれに続く
香ばしい匂いが優しく、塩だけでの調理は自然を引き立てる為の最適な味付け
見た目の美しさを見ているはずが箸は既に動いていた。
口に運ぶと、自然を泳ぐ味は口の中で広がり体がほぐれていくような感覚を覚える
塩との相性がここまで良いとはな…
『ご飯が進むね!』
『そうですね!』
アミカとインクリットは絶賛しているが、エステも同じだと思える
黙々と箸を進めて頬を膨らませる彼女は美味しい料理を食べる時にいつもしてしまうからだ
(リスかお前)
『おはへもきひひったほ』
『なんでもない』
食べながら何か話されたが、何を言ってるかわからん
窓から涼しい風が店内に流れると、それは木材の匂いと混ざり合い自然を思わせる
料理以外で味を引き立てるとは中々な攻め方だ
『美味い』
思わず溢れた言葉にさえ、味が乗っていそうだ。
厚焼き玉子は甘く作られており、これもまた美味
(まて…これは!?)
口の中で蕩けて…いや、これはチーズだ
贅沢過ぎるサイドメニューに意表をつかれた俺は脱帽だ。
『でも捕獲する量も決まってるから高いんだってね』
『らしいですね。ここでは指定された釣り堀店以外での釣りは禁止されてますから』
『密漁は罰せられるというわけね』
『なのでエステリーゼさんは弓で射抜いたら駄目ですよ?』
『気をつけるわ』
今日一番信用ならん言葉だった
その後、追加のサイドメニューでガラスの小皿にのったバニラアイスという珍しいデザートを堪能するもアミカを見ると終始幸せそうな笑みを浮かべている
確かに冷たくて美味しいが、アイスという食べ物は貴重で高価だからいつも食べれるわけではないしなぁ
こうして食という幸せを楽しんだ後、アクアリーヌの観光が引き続き始まる
川や水路で橋が多いのが特徴的な街であり、自然を思わせる木々も通りの端で人々の日陰として役立っている様だ
『めっちゃ師匠見てますね』
過剰に評価されたポスターのせいで人々が俺を2度見するのがわかる
あれでは将校らに白目を剥かれても仕方が無い
こうして堂々と練り歩くと確実に人の耳から他人の耳へと俺の事が流れ、結果としてここで仲良くさせてもらっている者が現れる
『おーーい!』
冒険者ランクBタイガーランペイジのリーダーであるホークアイが何故か嬉しそうな笑みを浮かべながら手を振ってこちらに走ってくる
どうやら今日は森での活動は無く、休みと重なったようだ
『あ、ホークアイさん』
『インク君、久しいな!そしてグスタフさん今日はみんなどうしたんですか』
『プチ旅行だ。』
『なるほどぉ。あっ…アミカちゃんとこの人があのエステリーゼさんか』
彼は鼻を伸ばすのではなく、驚くタイプのようだ
たまにこういう反応の者はいるが、どうやらそれなりに美貌耐性は高いと思える
お互いの挨拶を交わすが、ホークアイはいたって冷静で頼もしい
『ホークアイさんお久しぶり!』
『アミカちゃんも元気そうだな!何かお困りですか?』
『まだ困ってはいない。街の様子はどうだ?』
まぁ変わらず平和らしいが、数日前は違ったらしい
彼と共に街中を歩きつつ話を聞くと、どうやらアクアリーヌにある北の大森林に緊急依頼の魔物が現れたんだというが、確かにそんな話をフラクタールまで話が流れていたな。
『この時期だと将軍猪か閻魔蠍、それ以下だとソードタイガーや闇獅子か』
どうやら違ったようであり、彼はそれがあったから今自分達のランクの見直し会議がこの街のギルドで何度も行われているというのだ
という事はランク上昇、これなら数日前の魔物もそれ相当の強敵
『黄泉蛙です』
これには俺とインクリットが驚く
それはBランクでは強い魔物であり、水色の体をした半透明の両生類の魔物
足を延ばすと10mある大きな個体であり、体のどこかにある核を破壊しない限り傷口は直ぐに治る化け物再生能力な生物だ
舌を伸ばして鈍器のように殴る攻撃や口から圧縮した空気を飛ばしたりと芸が細かいが、それらはモロに受けると生身の人間は立っていられない程に強力だ
『勝ったのぉホークアイさん?』
『奇跡的に無傷!』
アミカと話しているのに、俺に主張しているように見えるのは俺をチラチラ見ているからだ。
普段はこういうやつじゃないが、褒めないと駄目だろうな
(以前にファントムソードが欲しいなぁと言っていたが)
彼には似合わない、氷の魔力袋を保有しているホークアイ
以前より氷の輝きが増しているように思えるが、成果を出している様だ
Aになるまでは時間の問題という所まで彼は来ているのならば、今決めてもいいだろう
『武器収納スキル展開、ファントムソード』
黒光りした漆黒の剣、赤いラインが血管の様に刀身にまで伸びている長めの片手剣を左手に出現させると、彼は口を開けてファントムソードを眺める
だがしかし、終わりではない
『アイスエイジ』
右手に出現させたのは特別な氷で仕上げられた剣であり、絶対に溶けない
透き通るような水色は透明に近いが、ちゃんとした片手剣だ。
刀身の芯の部分にはアクアライト鉱石なので、刃先が透明に見える
これにはホークアイが数センチまで近づき、目を大きく開いて瞬きすらしない
それほどまでに見惚れているということだが、入り込み過ぎだ
『グスタフさん…これは』
『地獄の最下層コミュートスにある深い氷の底から得た深淵氷だ。といってもわかるまいが…今後のお前には必要だ。一度落ち着いたらフラクタールに来い。』
俺はアイスエイジを与えると、彼は夢を見ているかのような澄んだ瞳で剣を眺めた
これだと死ぬまで見て良そうで心配だが、そう思っていると彼は深々と俺にお辞儀をし、口を開く
『今年中にランクA、行かせてもらいますよ』
頼もしいな。
成長してほしい理由は未来のフラクタールの為でもある
周辺の街にも変化が必要だからこそ、力の面で俺が動き政治の面でシューベルン男爵らがせっせと動いている。
他の貴族や組織に席を奪われないためにだが、早めの方が良いのさ
『じゃあホークアイさんもまわろ!』
『勿論だアミカちゃん!案内するよ』
今日のホークアイの足取りは軽い
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