第173話 神

イドラ共和国の戦いが終わり、俺はフラクタールに戻ると平和な時間を過ごしたくてのんびりした時間を堪能している


フラクタールの街中、屋台通りに売っていたフライドポテト塩味を美味しそうに食べるエステは近くのベンチに座って頬張っていた


『これ美味しいわね』


紙袋に入ったフライドポテトは3人前

リスにも負けない頬の膨らみは見ていて面白い

ちなみに俺は食べ終わっている


『よく思いつくなとは思う。ジャガイモをスライスして油で揚げるとはな』

『最高よこれ。食べるか?』

『あっつ!!』


熱々のフライドポテトをいきなり唇に押し付けてきた

仮面の隙間に突っ込まれると思わなかった俺は驚いてベンチからずり落ちた

それを見てエステが不気味な笑みを浮かべているのが面白い


『くそ…』

『油断し過ぎね』

『試すな試すな』


仕事が無い日はこうした日々が甘美だ

何も背負う事もないのは気楽だからな


横を通る警備兵は平和な街中を優雅に歩き、そして挨拶するとエステを見て鼻を伸ばす 

じっくり彼女を見れば納得はいくんだよな


(張り合える美人はクルエラ妖王か)


キュウネルの王女、あとは魔法国家の魔術兵団の団長か


『そういえばアンリタの神は意外だったわね』

『予想外だった。属性最高神だとはな』


加護に関して話すが、神だけが与えるわけじゃないことをふまえて話そう

アンリタは爆炎だったが、他にも火や炎そして獄炎がある

全ての属性に神がいるとは限らず、アンリタの場合には灼熱を司る太陽神ゾンネの下には従属神として炎神フレイムタイラント

その下にいるのが燃えたぎる火の戦士ラヴーン

属性の頂点が最高神と覚えて貰えればいい

最高神の加護となると、その下の魔法やスキルも勿論取得可能である


『教えたら面白い男に手紙を送っておいたわ』

『おいおい、内緒にならないぞその言い方』


飛び付いてきそうだなぁ


『あんたは何の神かしら?』


エステがニヤニヤしながらこちらを見ている

教えるわけにはいかない


『さてな。俺は王族に会って話し合いだ』


ベンチから立ち上がり、背伸びだ

今から王都に向かうわけだが歩いて行く気はない

エステにはアミカを頼み、俺はワープで瞬間移動すると座標を間違えたのか、玉座の前だ


貴族が王の国のファーラット公国は濃い茶色の垂れ幕が玉座の背後の天井から垂れ下がっており金色の類はあまり見られない

勿論玉座に座っているのは王族だが、偶然にも今日はガーランド公爵王が座っており、俺を見て少し驚いている

彼の持つ黒騎士も複数ここにいるから一瞬の出来事に剣を身構えるが、俺だとわかっても構えは解かない


『大胆な入場だなグスタフ』


ガーランドは少し笑いながらそう告げると、俺はやってしまったと思いながらも頭を掻いた


『座標を間違えた、ノアに合うつもりで正門前の予定だったが』

『ノアはあと1時間は戻らん。今シドラードの使者と話しをしている最中だ』


(なるほどな…)


きっとシャルロット王女の使者なのだろうと言うと、ガーランドは潔く頷く

今後の貿易関係に関してなのだろうが、俺には難しい類の話だ


『私とグスタフだけにしてくれ』


黒騎士をさがらせるガーランドは2人だけになると、背伸びをしてだらしなく玉座のもたれ掛かる

欠伸をする姿はとても王族とは思えない雰囲気だが、こいつは公国の王だ


(忘れそうになるなぁ)


『イドラ共和国の件は見事であった。クローディア大将軍は変わらずな感じか?』

『以前より強くはなっているが、スペルイザベラが今回の戦争に関与していた事に驚きだ』

『信じられん話だな、人間相手に手を貸すなど』

『ウンディーネ信仰協会内に魔法国家の者と見られる女がいた。奴が動かしたのだろうが何故協会にいたのかも今はわからん』

『そのうちわかるだろう。何故退いた?』

『空いた時間に少し顔を出して来ただけだ』

『…顔が利くのだなやはり。まぁ後になれば色々と答えは出るならば今はシドラードの様子を見ながらシャルロット王女にこれからを託そうではないか』


今いる使者は友好関係を築く為に話し合いもある為、これが形となればシャルロットも国内での支持は上がる

いい塩梅にケヴィン王子の兵力が落ち、そしてシャルロットが張り合えるほどになったのは王権争いの勝負に出れるという事だ

それをする為に、ウンディーネ信仰協会は邪魔だったのさ


『グスタフよ、エイトビーストの復活の話は聞いたか?』

『聞いている。』


傭兵団ニンジャ部隊頭領ザントマ

太陽神ゾンネ信仰協会の教皇ファラ

孤児育成協会会長チャーリー

慈善エルマー協会会長エルマー魔導公爵

商人会副会長ルヴィアント魔法騎士


ルヴィアントはエルマーが最初に育てた孤児であり、厳しい訓練を乗り越えて国内では戦う商人と言われる好青年の魔法騎士だ

知的であり、何よりもイケメンなのがちょっと許せない27歳という俺よりも年上


(あいつは苦手だ…)


『私はルヴィアントの強さを知らない。情報から察するにある程度の商人会の権力と幅広く展開された事業など力よりも商人としての価値を評価し、選ばれたのだと思うが、それでもやはりエイトビーストとなると相応の強さがいる』

『傭兵や冒険者をやってもA級の強さはある。確かにお前の言う通り権力的な意味で囲う為でとすれば、今のシドラード王国に相応しい人物だろう』

『力の席だけが、知の席が生まれたか…』

『今のシャルロットには力だけではなく、国内で広く動ける商業的に秀でた者も必要なのだ。エルマー魔導公爵とルヴィアントがいればロンドベル第二王子も重い腰を上げるだろう』

『自身が吸収されかねんからな。あの者はどのような人物か私も裏を知らぬ』

『完全に抗争とは無縁を貫く。自身の立場が危ぶまれれば牙を向くだろうが…、シャルロットに限って敵に回す事はしない。そうすれば彼女は終わる』

『敵なのか味方なのか答えが出ればロンドベルは動くという事か』

『そうだ。今は表沙汰に刺激しない方が良いだろう』

『ふむ…、ではノアが来るまで少し屋敷内を歩かないか?』


散歩かな?と思いたいがそうではない

王族ならばこういった行為は必要だと俺は感じ、静かに頷くと武器収納スキルからメェルベールを取り出して左手で掴むと担いだ

満足そうに僅かに頷くガーランドだが、正解だったようだ


『黒騎士はどうする?』

『共に連れて行く、先ずは中庭だ』


少し上機嫌に立ち上がるガーランド

こうして玉座を出て俺はガーランドの横を歩く


廊下をすれ違う公国騎士は黒騎士を引き連れるガーランドならまだしも、俺を見るとギョッとした表情を浮かべながら左右に道を開ける

そんな雰囲気をガーランドは機嫌よさげに彼らに挨拶を交わし、すれ違っていく


中庭までこんな調子が続くと、そこにはやはり訓練を行う公国騎士が大勢だ

ザッと見ると500人はおり、どうやら武器が無い場合での体術訓練のようだ

遥か昔に選ばれし者が伝えた柔道という体術がハイペリオン大陸に広まったが、この国はそれを重宝しているのさ


相手の重心を揺さぶり、投げてからナイフでトドメを差すといった剣を失った場合での想定だが、飽くまで相手も無かった場合での話だ

当然ここを指揮しているのはロイヤルフラッシュ第二将校かと思いきや、今回は違ったのだ。


訓練中の公国騎士達がこちらに気づくと慌ただしく隊列を組みなおし、こちらを体を向けていく

そうして彼らの間から姿を現した者に俺は頭を抱えたのだ


『グスタフは初対面だな。我が国の大将軍でもあり、ロイが作り上げた公国騎士の最高峰と言われる男だ』


燃えるような色の髪色

目は釣り目でコワモテっていえば良いのか、人相が悪い顔をしている

モリモリマッチョというわけじゃなく、細マッチョと言うのが相応しい

縁が金色、黒い胸当てをして腰からは赤いマントだ。


歳は30半ばだが、実力は相当の者だ

ジンクス大将軍という若き大将軍なのだが、俺がお世話になっていた時とは世代交代したようだな。


『ガーランド公爵王様、今日はお日柄もよく…』


(変わってないな)


昔は共に食堂の摘み食いをして一緒に怒られていたな。

フリーレン軍事教官に何度もゲンコツされたのは、俺よりもこいつが僅かに多い

そして先程の言葉だが、空を見上げると凄い悪雲で今にも雨が降りそうだ


『調子が良さそうだなジンクス』

『変わらず毎日がベストコンディションです』


悪雲に気付くジンクスは焦りながら誤魔化そうとするの事に笑いそうになる

寮生活の時代は4人部屋でこいつが一緒で部屋の班長だったが、将校に才能があると見出されてここまで急激に伸びた事を考えると凄まじいな


『そこの男が例のですか』


ジンクスの顔色が一変し、武人と化す

眼力が強く、視線を向けられただけで威圧された気分になるのは彼の才能とも言える


『きっと気にいる。』

『ガーランド公爵王が言うのでしたら、そうなのかもしれませんが…』


疑い深い顔、腕を組んで舐め回すように見てくるジンクスは俺の周りを歩きながら唸り声を上げる

軽い自己主張を口にすると、彼は首を傾げた


『初めて会った感じには思えないが以前会ったか?』

(やばぁい)

『気のせいだ』

『なるほど、では挨拶をしよう』


したじゃないか、とツッコミたくなるよ

ガーランドもこうなることは知っていたのか、一瞬で俺に距離を詰めるジンクスに驚く素振りは見せない。


(変わらない男だ)


男は拳で語り合うとかわけわかんない事を昔から言ってフリーレン軍事教官にボコボコにされてたな

まぁ気性が荒いのはそのままだという事だ


ジンクスの右手が俺の右手首を掴むが、振りほどこうとはしてはならない

こいつの握力は半端ないからだ


一気に引き寄せようと彼は俺の腕を引くが、俺はあえて前に出ると彼の勢いを利用して顔面頭突きを狙ったんだ。


『っ!?』


一瞬驚くジンクスだが、抵抗していたら投げられていた

ならばこちらから前に出てしまえば良い

来るのはあちらも頭突き、こちらは被り物してるのに頭突きが激突すると僅かに風が舞うと、周りがどよめく


だがこれ以上、続くことはなかった

彼は満足するとニコニコしながら掴んだ腕を離し、満足そうに口を開く


『魔導の鬼哭グスタフと言われるには予想外な体術だが、気に入った。歓迎しよう』


彼なりの挨拶は面倒だが、昔を思い出すと嫌いではない。

ファーラット公国の大将軍にまで上り詰めた理由となると、フリーレン軍事教官の鬼のような訓練だけではない


(綺麗な魔力袋だな)


やはりどの国もただの素質ある魔力袋ではないのだ

星のように転々と輝く光はまるで空を眺めているかのようであり、見ているだけで吸い込まれそうになる。


『グスタフよ。この男をどう見る?』


ガーランド公爵王が評価を求めているが、昔と印象は変わらないさ


『力に溺れなければ歩く兵器と化す。踏み外さん事だ』

『俺に限ってそれはないな』

『む?』


自身ありげりジンクスは言うと、手の平をこちらに見せながら綺麗な魔力を炎のように見せつけてきた

魔力操作も出来ているとは驚いたな…



兵職に興味などなかった男だが、何故ここまでの地位を手にしようとしたのかはわからない

だから彼に聞いて見ると、オブラートに包んだ内容を口にしたのさ


『弟と会いたくてな』


彼の首にかけられたネックレスは大将軍には似合わない可愛らしい羊のネックレス

モコモコした金色の羊は目を閉じて眠っているようにも思える 


『そこまで強いならいつか会えるだろうな』


それがいつかなのかは誰にもわからない



俺は彼に背を向けて中庭を後にしようと、その場を逃げる形で出るとガーランドも後を追う

大屋敷の廊下で足を止め、昔を懐かしむ


(幼い思い出とは大人になると儚いな…)




あの頃に戻りたい、と願う者は不特定多数いるだろう。 

丁度こんな時に俺は思いたくなるんだよ

悩みも少なく、楽しい事が多く、背負う意味を知らずに育つあの頃は戻っては来ない


(しかし…)


時間には勝てない


『らしくないな』


ふとガーランドが言い放つが、そこから同じ内容の言葉が飛ぶ事は無かった。


『何がだ?』

『まぁ良い。今はお前も体を労る頃合いだが、フラクタールで休めながら先を考えればいいだろう』

『そうさせてもらう。何かあれば鍛冶屋に人を飛ばせ』


俺はその言葉を口にすると、プラグタールに戻る為にワープで瞬間移動したのさ

体は労るが、用事があるのでな








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