第172話 大人の在り方編 太陽神

『僕と話をしようか』


太陽神ゾンネを名乗る褐色の半裸巨人はアンリタにそう言い放った

アンリタはしゃがんでこちらを眺める巨大な存在を前に間違った憶測をしていたことに気付く

それは彼女だけじゃなく、グスタフもだ


激しく燃え盛る魔力袋を持つアンリタ

それは炎ではなく、太陽の光である炎だ

火よりも熱く、炎よりも光熱で、爆炎よりも灼熱で、獄炎よりも凄まじい


『君は槍が好きかな?』


低い声の存在はアンリタに問う

急降下の途中で時間を止められたケツァルコアトルをその存在は彼女が答えるまで面白そうに眺めているが、言葉に困る彼女を見た太陽神ゾンネは燃え盛る頭を掻くと仲間を指差していく


『色々な人生の道で人は大人になる。僕の力は強大だ…、だから待っていた。君がどう大人になるのかをね』

『大人?どういうこと?』

『槍は君のやりたい事だったのかな?』


そうではない。

アンリタはわかっていたが口に出来なかった

太陽神ゾンネはそれが答えたと彼女が言わずとも告げる。


『僕も人を作った中の1人の神。そんな人間の人生の中で成長する過程って見てると面白くてさ』

『変態神なのね、貴方』

『良いねその棘々しさ。最高の幸せってさ、どんなのかわかる?』

『どんなのかしらね』

『自分のやりたい所でやりたい事をし、それを認められた時が人間は一番幸せを感じるのさ。でもそんな人間は一部、そして僕は太陽神ゾンネとしては君が今歩んでる道が好きだな』

『どう歩んでるっていうのよ』

『周りに信頼される場所が君は本当は好きなんだよ』


その場所とは槍を持った冒険者としてのこの場所だ。

色々な人間の生き方をゾンネは見てきたが、大抵は完全な夢は叶えられない者が大多数だと彼女に告げた。


納得いかない場所で賞賛される事はある。

だがそれは納得のいく答えまでの道のりに過ぎないと場合もあるのだ


『仲間の為に力で守るのはインクリット君とは違った意志だね。他人のために命を賭けるのは良いプライドさ。意地とは紙一重の言葉だけどね』

『それで?私はあんたな目に叶ったのかしら』

『合格だよ。力で人を守る事を覚えた君に色々与えたいけど、オーバーヒートはまだ早いか…』

『オーバーヒート?』

『いや、開花の次は覚醒があるんだよ。あれ?他の神様は話してない?あれれ?』


初めて聞いたアンリタは驚くと、その顔を見たゾンネは頭を掻いてやってしまったと言いたげな表情だ。

ゾンネはお喋りな性格であり、内緒な話も不意に口から漏れる事が多々ある事は神種の中でも、伝承でも有名なのだ。


『まぁ君らの師なら話してると思ったけどなぁ。とんでもない神様の加護だし』

『…グスタフさんは何者なの?』

『流石に神王ロレックスに罰を受けてしまう。だから残念だけど話はここまでさ』

『残念ね。でも私頑張るわ。だって今楽しいし』


彼女の楽しい人生は仲間がいるから成り立っていた

失わぬ為に、彼女は力で仲間を守りそして勝てない魔物に勝つ力を得るために太陽神ゾンネから流れる輝く魔力を纏うと、彼女の脳が活性化していく


『さぁ、一撃に賭けて!準備が出来たら時間は動き出すよ』


炎に包まれて空に消えていく自身の神にアンリタは会釈をし、感謝の意を込めた

今ならば頭上から急降下してくるケツァルコアトルに対抗できる力がある


槍を握りしめ、煮え滾る炎の魔力が彼女から漏れ出す。


『強化魔法フルバースト』


炎属性中位強化魔法フルバースト

身体能力の底上げにアンリタはここまで上昇するのかと動揺するが、直ぐに切り替えた


『属性付与・爆炎』


彼女の持つ槍の刃に魔力が集まり、次第に真っ赤に熱されていく。

付与とは属性の力を武器に与え、魔法のダメージも対象に与える事が出来る為、一時的な武器強化となる。

だが爆炎は例外であり、効果時間は無い


『良いわよ』


口元に笑みを浮かべ、時は動き出す

急降下するケツァルコアトルはアンリタ目掛けて襲いかかるが、様子が可笑しい事に気付くとすんでの所で静止したのだ。


『っ!?』

 

これには仲間も驚くが、その間にアンリタはもう射程範囲内と知るや決めにいった


『爆ぜなさい!』


届かない槍のリーチは空を突く

10メートルも頭上にいるのに攻撃に転じたのには意味があり、それは仲間の目にも現れた


爆炎が激しく刃から噴射し、空中で静止したケツァルコアトルを包み込んだのだ


『キェァァァァァ!』


利口なケツァルコアトルは何故避けなかったのか

魔法ならば距離を取る判断をしていただろう

しかし、魔物は魔法陣が展開されていないから攻撃魔法だと本能的に気付けなかったのだ


避ける暇もなく爆炎の中に消えたケツァルコアトルだが、運良く素早く爆炎から飛び出した事によって死ぬことは無かった

それでもダメージは甚大であり、重度の火傷を負ってしまうと、逃げる事を選んだのだ


『キェェェ!キェェェ!』


『あらま?』


残念と言わんばかりにアンリタはつまらなそうな顔

そんな彼女とは違って仲間は驚くばかりだ


(まさか…)


インクリットはもしかしてと思い、アンリタに何が起きたのか聞こうと歩み寄る

彼は口を開く瞬間、ムツキが先に聞いたのだ


『神様と会いましたか』

『そうね。お喋りな神様だったけど、ムツキさん大丈夫?』

『すみませんが10分休ませてください。』

『私は元気だからどんと休んでね』

『感謝します』


ムツキは地面に倒れ、休み出す


インクリットとクズリはアンリタの変わり様や、ムツキとの会話で完全に読み込めたようであり、自分の事のように喜んだ


『やったなぁアンリタ!バチクソやばい槍だったな!流石だぜ』

『凄い火力の攻撃だったよアンリタ。それに耐えるあの魔物も凄いけど』

『1日ずっと褒めてもいいのよ?』


逃した悔しさはあっても、守れたならば良し

彼女は胸を張りながら自慢げにしているが、本心から褒められ過ぎる事になれなかったのか、二人の称賛の声で見慣れぬ顔を見せたのだ


『マジやばいってアンリタ!救世主かぁ!?』

『おかげで死なずに済んだ。やっぱりアンリタは流石だよ』


建前での言葉ではないからこそ、彼女は嬉しかった


『えへへ』



倒し損ねたケツァルコアトルは帰り道、川の下流付近にて瀕死の状態で岩場でいるところを彼等は見つけた。

翼龍なら炎耐性は高いが、ケツァルコアトルだけは耐性が皆無な魔物である


『本当に大きいわね』


槍でトドメを刺してから魔石を手にするアンリタは一際大きいその魔石を頬でスリスリする


『ここで休もう』

『喉カラカラだぜ…』

『私もです』


一度は川辺近くに腰をおろす

顔を突っ込んで豪快に川の水を飲むクズリにインクリットとアンリタはクスクスと笑い、ムツキが頭を抱えた


『本当に喉乾いてたんですね』

『てかアンリタ。神様と何話したの?』

『ぶっはぁ!俺も聞きたいぜ』


(水中で聞こえてんの有り得ないでしょ…)


インクリットがクズリを凝視しているとアンリタは彼等に説明を始めた。

太陽神ゾンネに関しては彼等も詳しくなく、その点はグスタフに聞くしか無いといった答え

問題はそこではなかった


『神王ロレックスは聖書にも載ってない名前ですよ。』

『なんか高そうな名前だなぁ。どんな魔力袋かも謎なんだろ?』

『そうね。多分だけどグスタフさんは話したくないのかも知れないから、これは秘密よね』

『それで良いと思うよ。とりあえず』


ここで彼らは異常に体が疲れている事に気づく

今まで見た事もない速度で飛び回る魔物相手に目や肉体がいつにも増して疲労を増しており、ようやく彼らは落ち着けたのだ


(翼龍か…)


初見だからこそ通じる一手

もしアンリタが外していたらと一瞬インクリットは思ってしまうが、彼女に限ってそんな事は無いだろうと直ぐに不安を信頼に書き換える


『ムツキさん大丈夫ですか?』


心配を声に乗せ、岩の腰を下ろすムツキにインクリットは話しかけた

首が痛いとムツキが答えるが、それほどまでにケツァルコアトルの一撃が重かったのだ。

魔族は人間より筋肉量が多く、タフなのだが翼に触れただけであの吹き飛ばされ方は尋常じゃない


多少のダメージならば立ち上がる彼が、一撃で戦闘不能に近い状態に陥ったということは人間が受ければどうなるか、彼らはわかっているからいつも以上に不慣れた戦い方で焦りを覚えていた


『凄いスピードでぶつかれば、あんなに重たいんですね』

『普通に立ち上がるだけ凄いと思うんですけどムツキさん』

『取り合えず無理をしてでも平気な素振りくらいは見せないと魔物は察しますから、やせ我慢ですよインク君』

『あはは…』

『てかケツァルコアトルの魔石となると少し大きいな、流石Bランク』

『かなり儲けたって事よ。これゴブリン依頼とか一応確認する?』


数体はケツァルコアトルにやられていたとなれば、残りは逃げた可能性が高い

自分達の状況を考えて決めなければいけないインクリットは初めてチームにとある決断を口にした


『今日は依頼失敗で明日に持ち越そう。この状態では予期せぬ事態に十分に動けない』


ムツキはそこで彼の評価を一段階、密かに上げた


実際、彼は先ほど痩せ我慢と言った事に対しインクリットはいつもより口数が少ない彼に疑問を抱いていたのだ

脳震盪だけではなく、体中にダメージが残っているのではないのかと

インクリットの予想は的中しており、飽くまでムツキは脳震盪が治まっただけで体中から痛みが消えていない


『帰ろう』


その言葉に不満を顔に浮かべる者はいなかった


休憩が終わるとインクリットは前をアンリタとクズリにし、自身はムツキを守るように並んで歩き出す

強敵がいた日の森は静かであり、道中に魔物の気配はまだない

優雅に先頭を歩くアンリタは上機嫌であり、逆にクズリは気になってしょうがないと言った感じの顔をインクリットやムツキに見せた


『アンリタ、やけに機嫌良いね』


インクリットがそう告げると、彼女は満足そうに答えた


『いつも通りよ』


大人の在り方 終

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