第171話 存在の在り方編 大人
インクリットらが空を見上げると、大きな鳥のような魔物が飛んでいた
本当に鳥なのかと疑いたくなるほどの見た目にクズリの目が丸くなる
確かに見た目はそう見えるかも知れない、しかし彼らが見たのは鳥ではなかったのだ。
『故郷で見たことがあります』
ムツキは小さな声で口を開くが、彼は隠れても無駄な魔物だと知っていた。
ケツァルコアトルという魔物であり、胴体は小さいのに首から上が異常に大きいのだ
翼は羽では無く、コウモリのような膜構造となっており飛行に特化するために胴体が小さく重量を少なくした説がある
翼を広げると10mを軽く超え、全長は約12m
クチバシが巨大で、人間2人並べてもクチバシの長さに届かない程だ
胴体の体毛は茶色く、首からは白くなるが頭部から不規則な黒い模様がある
『キェー!キェー!』
鳥にしては不気味な鳴き声であり、隠れているはずの4人は空を旋回していたケツァルコアトルに魔力感知で見つかってしまう
鳥にしか見えないとアンリタさえも口にするが、それでもムツキは否定した
『翼竜種です!個体によってBからAの変動が起きる種族ですから死ぬ気で戦わないと死にますよ!』
最強と言われる生物の血が流れる龍種の中に分類されている翼龍種
個体によって強さが変わる為にランクのつけようがなく、現れただけで緊急を要する存在
その中でも比較的に遭遇しやすいのがケツァルコアトル
異常事態と共に、ゴブリンが消えた理由が目の前にいることを知ると全員が身構えた
『来るよ!』
『翼龍って嘘!?』
インクリットやアンリタが叫んだ瞬間に隕石の様に落下してくるケツァルコアトルの標的は眼下の4人
肉を食べる習慣の無い魔物だが、縄張りとした場所にいるものは彼らが見たゴブリンの亡骸のようになる。
尋常じゃない落下スピードに驚く一同だが、素早くその場から飛び退くと同時に空から降ってきたケツァルコアトルは地面に激突する寸前で方向を変えた
これには誰もが予想外過ぎて目を見開いた
(嘘だろぉ!?)
(そのスピードで方向切り替えれるの!?)
『キェェェ!』
木々が密集している地帯ではないにしろ、あの巨躯で邪魔な木を避けながら迫る存在は右翼に激突したムツキを吹き飛ばし、目の前で盾を構えて待ち構えていたクズリに体当たりすると、彼を容易く吹き飛ばす
(こいつっ!まさか!)
クズリは地面を転がりながらも空高く舞い上がるケツァルコアトルに面倒臭さを今の一撃で感じた
実際、彼らが相対している魔物の重量は150kg近くあるかどうかであり、見た目より軽く見えるのは胴体が小さいからだ
クズリならば止めれる重量の体当たりは空からの勢いによってケツァルコアトルは攻撃の重さを得ている為、止めるには切り札しかないのである
『ムツキさん!』
木に体を打ち付けたムツキにインクリットが声をかけると、ムツキは咳き込みながらも立ち上がる
しかし意識が朦朧としている為に足元がおぼつかない様子にインクリットが近づく
『軽い脳震盪です。申し訳ないですが銃魔を使える状態まで少し時間がいりますが…』
その時間が無いからムツキは内心焦った
強い魔物との戦いで長期戦は死を招きやすいのは人間の継続戦闘能力がほとんどの魔物と比べてもかなり劣るからだ
空を縦横無尽に飛び回りながら4人を見るケツァルコアトルは再び急降下のタイミングを探すが、その間が彼らの生きるか死ぬかの判断力が試された
(3人で戦うしかない)
ケツァルコアトルは素早さに特化しており、見た目でわかるように耐久性においては物理や魔法のどちらでも致命的なダメージとなる
インクリットはその事を思い出すが、その一撃に悩む
(切り札っつっても難しいぜ)
攻撃を完全にガードする彼の切り札はシルト・イージス
効果は一瞬だが、その一瞬を見極めるには攻撃パターンを彼はまだ見る必要があった
(くっ…やってしまいましたか)
予想外な方向転換での一撃に悔しさを覚えたムツキは深呼吸をしながらその場で膝をつき、少しでも回復するためにしゃがんだ状態で身構えた
(逃げても無駄ねこれ…)
目で追うのがやっとの速度を目の当たりにし、アンリタは3人の様子を見て誰よりも先に答えを出した。
彼女らしい彼女だけの答えはこれだ
『反応じゃ誰にも負けないわよ』
孤高で森を歩いていた自負
流動槍という槍の流派の道場の娘という立場とプライドが彼女にはある
アンリタはこの状況にゾクゾクしていた
状況としては最悪でも彼女が本当に求めるものがここあるからだ。
【槍は好きか?】
そんな父の言葉を思い出しながらも、インクリットが双剣を構えた時に口にした言葉と重ねた
『僕の武器じゃケツァルコアトルの命に届かない。頼んだよアンリタ』
『任せなさいよ』
この瞬間が彼女の好きな時間が訪れる兆しだ
そのためにアンリタは神経を集中したまま、クズリに強化魔法のパワーアップを施し、ここで全員の心が1つになる
強敵相手に無傷は避けられない
肉を切らせて骨を断つしか倒せない相手であり、空を飛ぶ魔物なら尚更だ
チャンスは数回て、何回訪れるかは仲間次第だ。
『休む時間は無いならば』
ムツキは呟き、伸ばした右手に赤黒い魔法陣を展開する
怪属性の銃魔レミントンという魔力の霊を複数一気に発射する散弾仕様の魔法だが、当てるにはかなり急接近しないとダメージソースとしてはケツァルコアトルを倒すことは出来ない。
それだけではなく、今ムツキは足腰に力が入らない状態の為に当たるかも怪しい
急降下を始めるケツァルコアトルは翼龍だからこそ、高い知能を持ち奇っ怪な魔法に気づくとクズリからムツキに意識を向ける
そこで予想外な行動を取ったのだ
『何?』
『こないわね』
クズリとアンリタは驚きながら口を開いた
急降下の途中で周りの木々を利用し、彼らの視界から消えるように木のすぐ上を飛び始めたのだ。
これには彼等はどこから襲いかかるのか音を頼りにしなければならなかったが、それは不可能だ
羽ばたきをあまり必要としないから気配を感知するしかなく、その気配があまりの速さに消えたり現れたりを繰り返し混乱を招く
『賢いとは面倒ですね』
『みんな気をつけて。死角から来るよ』
『わぁってるけどよ。やりずれぇ相手だぜ』
『ほんとそれよ。ムツキさんは大丈夫?』
『一矢報いる覚悟ですから、その時は任せましたよアンリタさん』
静かに立ち上がるムツキはまだ完全に脳震盪が治らず、彼女にチームの命を託す
緊張が走るアンリタは自分の手に皆の命を握っている事に気づくと、僅かに微笑んだ
(どれだけ場数踏んでると思ってるのよ)
背負う物は命でも、彼女は怯えたりはしない
一匹狼での冒険者活動で得た経験だけでは到底得ることが出来ない覚悟はどこで手に入れたのか
それは幼い頃から飽き性と思われていた性格を正した事に気づかぬその場の3人が彼女をそうさせていたのだ。
『っ!?』
身構える4人の死角から姿を現したケツァルコアトルは足元がおぼつかないムツキに高速飛行で迫ると、彼等はカウンターの暇がないと悟り回避に移る
『キェェェアァ!』
狙われるのは自分だとわかっていたムツキは飛び退くが、ケツァルコアトルは左翼の先端だけ彼に触れるように低空飛行で吹き飛ばし上昇する
転がるムツキは木に背中を打ち付け、立ち上がれない程にダメージを負うとインクリットがカゼノコを発動し、風の魔力が回転するエッジを背中に2つ出現させて浮遊する
『助ける暇がねぇぜ』
『倒さないと…でも速すぎる』
一撃さえ当たれば
その一撃が遠く、彼等らしい戦いから遠ざけていた
(まさかここまで私が続けてるなんてね)
緊張の最中、彼女は昔を思い出す
絵を書いても、直ぐにやめた
歌を歌っても、直ぐにやめた
勉強をしても、直ぐにやめた
アンリタのそんな歴史は飽き性と言うに相応しい道に見えるが、父親のガルフィーはそう見えるだけだと知っていた
彼女は幼い頃から他人を良く見る子であり、子供でありながらも褒めているようでお世辞の類だと気付いていたのである
そんな彼女の人生の中で唯一真剣に褒められたのが槍だった
10歳の頃、父の真似をして槍を勝手に使って庭にある人間に似せた藁の人形に向かって槍を突いた時だ
居間からガルフィーはそれを目の当たりにし、真剣な顔を浮かべながら速歩きで娘に近寄ったのだ
(あぁヤバ)
怒られると彼女は悟る
しかし、その予想は覆された
父のガルフィーはアンリタの頭を優しく撫でると、彼は言ったのだ
『自由に突きなさい。やはりお前はワシの子だ』
真剣に、そして笑みを浮かべたガルフィーの顔はアンリタの脳裏に焼き付いていた
真剣に褒められたのはこれが初めてであり、唯一彼女が槍を続けるきっかけとなったのだ。
『私は褒めて伸びる女よ、あと…』
いつも以上に槍を持つ手に力が入る
甲高い鳴き声が空に響き、その正体であるケツァルコアトルは3人の頭上高くから真っ逆さまに襲いかかる。
『一番強いをだから!』
頑張っている事に関しては負けず嫌い
冒険者として彼女は経験上、4人の中で一番魔物を倒している。
攻撃とは当てなければならない
その攻撃を瞬時に、誰よりも先に、いち早く多く倒す冒険者だ。
プライドを胸に彼女は心の中で覚悟を決めるための言葉を頭で浮かべる
槍が好きかは自分でもわからない
でも誰かが必要としてくれるならば、私は槍を持つ
人は好きな事で認められたいと思うのは当然だ
だが時にはそれが納得のいかない形の場合がある
今、アンリタは好きな事よりも違う意味を優先したのだ。
『キェェェ!』
跳び上がる為に僅かにアンリタは姿勢を低くし、迫る強敵と目が合わさった瞬間、一気に地面を蹴った
『え?』
ここで彼女が予想すら出来なかった事態が起きた
アンリタは跳び上がる瞬間に身動きが取れなくなり、視界に映る全てがモノクロの世界へと変わる
(待ってよ。危機的じゃ…ないのに)
仲間が体験したアレに似ていた
なぜ今起きたのか彼女は驚いた
『君は危機が訪れなくても決意したんだ。まぁ数秒後には危機になることに変わりはないけどね』
『遅い登場ね。私の加護』
『君を開花すべきか少し様子見てたのさ。ほら、君は動けるよ』
アンリタだけが動けるようになると、巨大な気配を感じる背後に振り返った
あまりの光景に言葉を失い、僅かに後ずさる彼女は無意識に言葉が漏れる
『な…ありえない…』
全長100mはある褐色の人形の肉体
メタボな体躯に浮き出る血管は溶岩のように発光し、頭部はバチバチと燃えている
首から太陽のネックレスをしており、下半身はフンドシと微妙な格好だ
だが感じる絶対的な力の気配は本物であり、ツリ目をした巨人は驚く彼女を見て正体を明かす
『僕の名前は太陽神ゾンネ。さぁ僕と少し話をしようか』
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