第131話 関係
『なるほど、ゼペット閣下も大変だな』
イドラ訪問し、2日はフラクタールでのんびりしたがガーランドに報告義務があるからこうして王都アレキサンダーにある大屋敷の応接室でガーランドと対面して話してるわけだ。
勿論彼の背後には黒騎士が5名、護衛でいる
足を組んで何か考えてはいるが、また面倒な事を言われそうにも思える
しかし、そこまで難しい話をしてこなかった。
『内部の問題は我らでは混乱を招く。一先ずはゼペット閣下の粘りを信じる他無い』
『確かにな、一応は交易に関しても話したら2つ返事だったが王都の生産分は公国内で流すのか?』
『なるほど、金をとらずに交易に転じたか。それなら果樹園が完成次第だが絶対数がわかれば早急に俺から話の続きをしに使者をイドラに向かわせよう』
柿のお話さ
昼を済ませて来たが、メイドが運んできたデザートには食欲が呼び起こされたよ。
ミルクプリンという変わった甘さと色のデザートだ。
透明なガラスの皿の乗る白い肌は若き乙女を連想させ、魅力を引き立てる
小さなスプーンで少し叩けば可愛い塔は揺れ、食欲をそそるのだ
『頂こう』
柔らかさはスプーンですくうだけでわかる
口に運ぶギリギリまで乙女を演じ続けるミルクプリンは俺の口の中で舌を包み込み、心を落ち着かせていく
(美味い…)
なんとも優しい味だ
甘過ぎず、しつこ過ぎぬ主張は俺の口の中で蕩けていくと全身に行き届く
『美味いだろう?』
『うむ、癖になる味だ』
モー牛の乳から取れたミルクを使ったデザート
それは美味であることに間違いはない、素晴らしい
『お前も考えたな』
ガーランドはそう告げた
何の事かなと首を傾げながらミルクプリンを食べる
金銭での契約は条約違反、ガーランドはそれを懸念してゼペット閣下との話し合いで金は発生させない約束を交わしている
ならば俺も便乗するしかないからこそ交易の件で約束を交わしたのだが、飽くまでそれは口約だから書面上の証拠はない
『ゼペット閣下ならば約束は守る。そうせざるを得ない』
『ガーランド、これを知る者は何人だ?』
『我ら王族に背後の者ら、そしてフリーレン軍事教官だ』
彼は不気味な笑みを浮かべ、そう告げた
なるほどな…と俺は頭を掻いて懐かしき名を思い出す。
否、俺はその名を忘れた事も無い
あの若き頃、死ぬ寸前だった状況でガーランドと共にいた黒騎士の1人
今は黒騎士の教官としてしごいているのはシドラードにいた頃から情報は聞いている
(俺もしごかれたな…)
剣の使い方、道徳心、生活術、サバイバル術など様々な知識を地獄の特訓で俺に叩きつけた鬼教官さ
飯の食い方が汚いとか、他人を敬う気持ちが無いとかバチクソに言われた事を思い出すと少し疲れてくる
この話をしてきたという事は…当分は合わせるか
『気になる名だ、一度会ってみたい』
ガーランドは横目で黒騎士を見ると、4人が奥のドアを開けて出て行ってしまう
だろうなと思ったが、忘れもしない気配だ。
護衛の中にそのフリーレンがいるんだからな。
黒い兜を取るその者の姿にちょっと恐怖を感じる
鋭い目つき、白い髭そして白髪の男は俺から決して視線を離さない
ガッチリと手で体を掴まれている感覚は久しい、こういう時代もあったな…
『…』
だが彼は口を開く事は無い
ただジッと鋭い目つきで俺を見るだけだ
それがキツイが、見た目が変わっても雰囲気はまったく変わらない
『どうしたグスタフ、萎縮気味だぞ』
『まさか』
ここで俺は思ったんだ
何故そこまで皆が俺に合わせようとしてくれるのだろうかと
その真意がわからない、だからこそ聞けない事が山ほどある
今はこのままが良い、俺の中での答えが欲しいからだ。
『用事がある。俺は帰るぞガーランド』
逃げるようにして吐き捨て、俺は立ち上がる
ワープを行使するために魔法陣が俺を囲む形で展開し、フラクタールに戻るだけとなった瞬間にようやくフリーレンは囁くようにして口を開く
『人には居場所がある』
こうして俺はワープしたが、フラクタールには戻らなかった。
少し寄り道しようと思い、王都アレキサンダーの大通りの裏路地へと着地してから表を歩く
日差しが雪を溶かし、商人の馬車は道を進む
都会は人が多く、そして賑わう
すれ違う人々は少し驚きを見せるが、それよりも傭兵の方が大袈裟だ。
『うぇ!?あんた…』
『寒いから風邪はひくな?』
肩を軽く叩いて彼の前を通り過ぎる
傭兵はこの王都じゃ冒険者よりも多いが、理由としては貴族や大屋敷の重役連中の護衛任務が多いからさ。
そして人が多ければ悪事を働く人間、逃亡者などを傭兵が捕らえるか抹殺かの依頼もあるのだ
歩きながら辿り着いた場所は傭兵ギルド
ここは本部であり3階建ての建物となっている
冒険者ギルドとは違って建物の中は飲み屋や賭博場そして情報屋などがあるのは見慣れた景色だ。
大きな扉を開ければロビーは物静か、いくつもある長テーブルの椅子で傭兵達がグラスに入ったビールを夕方前から飲んで仲間と会話している
ここのギルドの傭兵には派閥は無いが、皆をまとめている者はいる
以前、鍛冶祭で出会ったガラハドという男だ。
辺りを見回してもいないが、傭兵がザワつきだす
情報紙が貼られる掲示板を見れば答えがあったよ
(アクアリーヌの…)
いつ書かれたのだろうか
俺の姿と大差ない見た目の人物画と共にアクアリーヌ戦での功績が書かれていたのだ。
ここまでくると、もう慣れたさ
メェル・ベールを肩に担いでロビーを歩き、受付の大人びた女性を前にカウンター上のファイルを開く。
冒険者とは違い、掲示板に依頼が貼られはしない
このファイルの中にある依頼から一枚を選ぶのさ
1日1枚、それはどこの傭兵ギルドでも暗黙ルール
『い…いらっしゃいませ』
たどたどしい口調は緊張の証
色々な傭兵を前にしてきたであろう受付嬢でもいつも通りが困難みたいだな
『ガラハドはどこだ?』
質問を俺は間違えたのだろうか、受付嬢は狼狽えている。
背後に広がる事務所に助けを呼ぶように軽く振り返る様子を見るに俺に対しての対応に困っているように思える
どのような印象なのか、どのような対応なのか
フラクタールとはまるで違う事にこちらも頭を悩ませた。
すると見兼ねた者が事務所から近づいてくるのだが、老いた姿をしていても元傭兵らしき体躯の者だもわかる
受付まで来た彼は隣の者と同様、緊張した面持ちさ
『今日はどのようなご要件で足を運ばれたのでしょうか?』
『ガラハドに一度挨拶しとこうと思って寄っただけだ』
単純に話がしたいだけ、それを説明するとその男は安心し、ガラハドの不在を口にする
どうやら重役の護衛依頼中であり、夕方まで戻らないとか
(暇潰しするか)
受付の上のファイルを開き、どんな依頼があるか1枚目を見る
傭兵の依頼の殆どが予定日があり、皆は上手く毎日を埋めるように受けるが直ぐに実行できる依頼も存在する。
『逃亡者か』
死刑囚も稀に隙をついて逃げる事がある
過去に何度も殺人を犯した者だからこそ早急な解決が望ましい
しかしここでも稀な事が起きるのさ
見つからないケース、王都を飛び出すにも街の外に出るには警備の目を欺かなければならない
(こういった場合、どこかに身を隠してるだろう)
脱走時、内部協力者は無し
単独での計画となると詳細の通り腕に覚えがある者が相場となっている
『金貨300枚か』
『三日前の依頼書ですが…』
『夕方に拘束できる者をここに呼んでおけ』
俺はそう告げると、依頼書に記載された脱走者の顔の写真を目に焼き付けてからファイルを閉じてその場を立ち去った。
夕方まで2時間、フェアリートークという魔法で妖精の声を頼りに俺は静かに街を歩く
1人で隠れ潜む事は無理、捕まる前に持っていた拠点があると読んでいたが、妖精の声だと正解に近い
(使える魔法だな)
商店街の通りに並ぶ店からは食材なのに美味を約束された商品を並べる店は多い。
特に精肉店なんか見るからに新鮮で期待できる
まぁ普通の店じゃないのが残念だがな
ガラスのショーケースの中には一般的な肉だけじゃなく、高級感溢れる見た目の肉もある
中年のおっさんが客を相手に肉を勧めたりと大忙しだがこの建物の中にいるわけじゃない
意識は精肉店ではなく、近くで他の店などで買い物しようとしている傭兵らの視線を気にして動いてるだけだ
傭兵ギルド内にいた3名、ついてきてくれたのはこちらとしては非常に助かる
(さて、探すフリをするか)
脱獄囚の為に厳重警戒中であるため、警備兵は多くて裏通りの使用は現在は一般人は禁止
警備兵がくまなく捜索して3日、答えは精肉店の裏だ。
建物の脇から裏通りに向かうと薄暗い路地裏、近くで巡回していた警備兵らは俺を見て驚いた様子でも反応するのは面倒だ。
『すいません、本物かと思いますが』
歩み寄る警備兵らが告げる
身分の証明らしく、これは仕方がないと傭兵カードを定時すると直ぐに彼等は俺を開放する
いかなる存在でも疑う、はこの状況では当然だ
理解すべきは俺なのだろう
(面倒だがな)
精肉店の裏側は少し臭うが、ゴミを捨てる小屋が設置されていた
さて、妖精の声ではここなのだがな…
人目を盗んで逃げ、そして今はここ
(信仰協会の過激派の類か)
40代半ば、罪状は反対運動での過激な行動で国民を巻き込んで多数の死者を出した者の1人
他の者は既に死刑が執行されている筈だが、こいつは最後らしい
力を持っていたこのデメテル信仰協会の過激派の幹部の生き残り、こいつが死ねば本当に新しい信仰協会の姿が始まるのだろう
この話はガーランドもしていた事を思い出す。
多くの犠牲者が出た、だからこそ終わらせるために非道な決断を俺が背負って次の者に繋げなければならない時がある
『お前の命を奪いに来たぞマーガレット』
小屋を前に俺は太い言葉で死の宣告を告げると、木のドアは静かに開いていく
どうやら観念した様子だが、薄汚れた白い囚人服を着ていて両手首には繋がった鎖、外そうと藻掻いた痕跡があり血がついていた
女性、髪はボサボサで放浪者を連想させる見た目
その目は生きる力が無いと思いきや、未だに抵抗を宿している
『私も国民、死刑は人権を大きく侵害していると貴方は思わないのですか』
溺れる者、藁をも掴む思いという言葉がある
今の彼女には似合う言葉だろう
確かに真っ直ぐ見れば死刑は人権の剥奪だが、それは今意味を成さない
『世の中は綺麗に出来ていない。多少薄汚れた中に人の平和そして安寧が存在している。』
『な、何を言ってるんですか』
狼狽える女性は僅かに後退る
しかし逃げ場はない
望む平和なんで何億口にしても訪れることはない
人と人とのぶつかりがあるからこそ平和がある
正義があるようで無いように、平和も同じだ
『お前のような奴がいるから小さな平和が生まれる』
一瞬で詰め寄るが彼女には捕らえられないだろう
当時は学生だったろうが、傭兵には関係無い
メェル・ベールを振ると彼女の目は開くが、その時には首は宙を舞っていた
公国での一つの終わりは首が地面に落ちる事で終わりを告げる
当時の混乱と比べると、俺にとっては微妙な幕引きだ。
こうして首を持って傭兵ギルドに向かうと、ロビーには警備兵が10人も待機していた。
右手に掴んだ首を見てギョッとするのは警備兵らだけじゃなく、周りの傭兵達もだ。
静かな賑わいが一瞬にして静寂
ギルド内のバーで酒を飲んでいた傭兵も口を開けて固まっているようだ
『死体は額が半分なのは聞いている。胴体は使い魔に食わせた』
全身は必要ない
そして罪人に対して罪の意識も起こらない
人は生まれながらも罪を背負うから償い生きる
そして死ぬために生きる
肝心なのはどう生きたのか、だが
俺が今掴んでいる首の生涯は無駄な時を過ごした。
謝る気持ちすら無い
『持っていけ』
首を放り投げ、警備兵の足元に転がる
彼等は驚くと俺を見て僅かに体を強張らせた
言葉に困る反応に面倒になった俺はカウンターに歩み寄る。
報酬を貰うためだが、肝心の受付嬢はカウンター裏でしゃがんで怯えているようだ
彼女には刺激が強かったか
『もともとは優しい性格の女性だった、と聞いてます』
声に振り向いた
いつの間にか探していたガラハドが戻っており、床に落ちた首を眺めながら口を開いたのだ。
(もともと、か)
『その心は既に死んでいる。俺が殺したのはその女ではなく、過激派の女だ』
道を外した瞬間、人は死ぬ
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