第130話 不穏
イドラ1日目の夜、客室で起きた俺は辺りを見回すと魔法で狐人族に変身し、部屋を出た
単純に尿意を感じたからだが、部屋を出るとイドラ兵が少し驚いた顔を浮かべる
『どうかなされましたか?』
『トイレだが、場所はわかるか』
こうしてトイレを済ませた俺は長い廊下を歩く
日中とは比べる事が出来ないくらい静かであり、そのため寝付きがよかったが途中で起きると多少は眠気が覚めてしまうものだ
(まぁ直ぐ寝付くだろう)
歩きながらも今後の予定に関して整理するが、2日後には大事な者との接触を控えている
イドラとシドラードとの戦いで非常に必要な話し合いなのだが、このタイミングならば流石に大丈夫だろうな
『いったい貴方は何者なの?』
気配を感じなかったのは眠気が原因ではない
クローディア大将軍の特殊なスキルの恩恵で俺の感知では探れない
溜息を漏らしながらも左手に握るグリップが長い魔法剣魔法剣エルドラコを肩に担ぎ、声のする方で振り向く
壁に背を預けて立つクローディア大将軍は右手で本を読みながら声をかけて来たようだ。
問われた言葉に対し『さて』と少しとぼけるが、納得はしないだろう
『とある人は自分が消えれば新たな存在が裏から顔を出すと言っていたかしら』
『理解できぬ話だが、お前の好きに解釈すればいいさ』
『そうさせてもらうわ。魔導のグスタフさん』
『…何が言いたい?お見合いなら他にしてくれないか』
『貴方はどこから来たのか興味あるだけよ。底知れぬ力を持っているのに潜んでいた理由がわからないわ。』
『時間流れる、次の時代に俺が働く事になっただけだ』
部屋に戻ろうと歩き出すと、後ろからついてくる音が聞こえる
少し振り向けば本を読みながら背後を歩いてくるのが見えたよ
ゼペット閣下の依頼なのか、自身の興味なのかはわからない
そんな俺達の様子をすれ違うイドラ兵は少し驚くが、こっちは疲れる思いだ。
彼女とあったのはいつぶりか、身分を明かせば楽なのだろうが…
色々と考えていると俺の腹が鳴る
真夜中だから腹が空いているのだろうが、空腹で寝るには耐えがたい
ちょっとした唸り声を上げると彼女は近くに見える食堂のドアに視線を向ける
こうしてとりあえず夜間に機能している兵士達の食堂に足を踏み入れたのさ
夜の警備での空いた時間に訪れる兵士たちは長テーブルの椅子に座りカレーを食べているのを見ると食べないと眠れないという判断が正しかったことに俺は気付く
まぁクローディアがついてきている事が納得いかないがな
50人程度が入れる大きくも小さくもない食堂で俺は端の椅子に座って考える
ここではどうやってご飯を食べればいいのだろうとな
不思議そうに見る兵士たちを見ると少し恥ずかしいが、痺れを切らしたクローディアは溜息を漏らすと向かい側の椅子に座り、口を開く
『今日はカレーに長ネギの味噌汁だけど?』
『どうやって食べる権利を得る事が出来る?』
『…』
キョトンとした顔を浮かべると、彼女は押し殺した笑いを見せる
それが警戒心を薄めた結果なのだろうが、立ち上がると厨房にクローディアは歩いて何かを話した後に戻ってきたのだ。
『注文しておいたわ。面白い人ね』
『慣れぬ土地だ。勝手な事は出来ないだろう?』
『そこまで考えれる人が何故そこまでの力を?』
『認めてもらうためだ』
クローディアは首を傾げる
俺にとって力は認めてもらうために必要な物
怖いという感情は誰にだってあるが人間が一番恐れるのは力じゃない
存在を認めてもらえない事だと俺は思う
カレーは直ぐに運ばれてくるが、どうやら彼女も食べるようだ
俺はスプーンで早速食べ始めるが、無難に美味いカレーに俺は無心で口に運んでいく
その隙を狙ってか、彼女の問いに俺はあまり意識を向けなかったからこそ出し抜かれたのかもしれない
『いつも通り水で大丈夫ね?』
『うん、ん?』
『あら?どうかしたのかしら?』
酷く汗が流れる
今俺はどんな顔をしているのか、見るのが怖い
優しい笑みを浮かべるクローディアの顔が怖い
(どうやらバレていたか…)
どこからだろうか、肩を落とすと彼女はグラスに入った水を飲んでから辺りを気にしながらも話し始める
『事情は聞かないわ。エステちゃんは元気?』
『…最近つきまとわれているが、まさか』
『女は勘が鋭いのよ?まぁ内緒にしてあげるけど貴方が公国側にいるのはガーランド公爵への恩返し?』
『それも少しあるが、あいつは理解ある男だ…。しかも住みやすい』
『シドラードは貴方に合わなかったのかもね。でも多少は理解してあげてもいいかもね』
『理解?』
『支配できない力には恐れ、そして支配したがるのが権力者よ?そこは…ね?』
『君に教育される身になるとはなぁ、まぁ覚えておくよ』
『ブリムロック戦は頼むわよ。私は警戒するべき場所があるから』
(スペルイザベラはなぁ)
あちらからはアクションは起こさない
それはゼペット閣下もクローディアもわかってる
万が一の備えは口を守る為に必要であり、今ゼペット閣下に協力する派閥は少ない
ブリムロック戦に戦力を集めた為、クローディアは来れないのだが俺やリュシパーがいなければ戦いにもならなかった。
(だな将来的な安定の為にブリムロックは奪還しないと駄目だし、そのタイミングが)
弱体化した今のシドラードに挑むしかないのさ
となると顔を出すのがウンディーネ信仰協会の戦闘員すなわち教兵らだ
ガーランド公爵王はこれが本命、ゼペット閣下との対話にて仕向けた結果さ
『大将軍をやればウンディーネ信仰協会は一気に低迷する』
俺の狙いはこれだ
一応はこの戦いまで下準備は仕上がってる
その前に問題が起きなければ良いが、必ずブリムロックからアクションは起きる筈
それまではクローディアが街から一番近い防衛拠点にて様子を伺う予定だ
彼女がいればシドラードとて迂闊につっつかない
小競り合いが起きる事がないならば、4月まで何も起きないと言いたいがイドラ共和国内に誰が潜んでいるかは未知数
(一応は建物内の者を警戒はしてるけど)
疑わしき様子の者はいない
それよりも他の権力者からの邪魔が無いかと少々不安さ
ブリムロック戦でこちらが勝てばゼペットの権力はゆるぎないものになる
そんな事を嫌がる派閥がいる筈だ、クローディアもわかっているだろうな
『危険視している派閥は?』
『リオ・ベンジャミン長官。彼はブリムロック戦に一番否定的で兵を派遣する意向を見せる事はないわね』
どうやら現状維持派というわけだが、無難という見方も出来る
しかし戦う以上は覚悟を決めて協力しなければ大損害を被るのはゼペット閣下だけではないからこそ、何か裏があると彼女は思っているらしい
『調べれる?』
『数か月先ではまだ動きは浅い、様子を見るべきだね』
『でしょうね。てか食べるの早いわね』
気付けばカレーも味噌汁も無い
美味しかったからだが、また来た時は食べてみよう
(ニンジンが少し硬かったが…)
まぁそこは無かった事にしよう
こうして彼女と別れ、客室に戻る
蝋燭の火の灯りに照らされた薄暗い部屋、暖炉の薪が少なくなってきたから火が弱いがこれから眠りにつくし問題ない
ベットというには便利だが、布団という床に敷くタイプも俺は好きだ
村では当たり前にあるが、街ではあまり見られない
そんな他愛のない事を考えながらベットの上で変身を解き、俺は眠りについた
次の日、ドアをノックする音で起きたが眠い
予定の時刻より1時間も早い目覚まし騎士に唸り声を上げるが、予定ではムファサが起こしに来るはずだったな
(奴の気ではない…)
狐人族に変身し、魔法剣エルドラコを左手に俺はドアを開けた
そこには知らないイドラ兵が立っていたが、驚く素振りは無い
こういう状況はよく遭遇したことがある、きっとゼペット閣下の兵じゃない
『フォクシー殿か?』
『何用だ?俺の眠りを邪魔するとは良い度胸だ』
起こされるの嫌いだ
日常では別にこんなイライラする事は無いが、お国の事情で勝手にそうされるのは釈然としないのだ。
少し狼狽える兵は言葉を失くしているがゼペット閣下の兵じゃないならば誰の兵なのか
怒った顔は見せてはいない
怠そうな面持ちのまま、俺は欠伸をした後に素早く兵の首を右手で掴んで軽く締め上げる。
声にならぬ声を上げ、右手を掴んでいるが無駄な抵抗だ
周りに兵がいたが、一瞬で中に引き入れたから見られてはいない
『誰の兵だ?言わねば殺すぞ』
悪魔のような目を向け、無礼を働く者には俺は容赦しない
俺がどんな理由できたのかわかっていないようだな
『無礼は万死に値するぞ?言わねばお前を殺した後に家族も貴様の後に殺す』
そんな事があり、今は応接室で朝食を取っている
勿論ゼペット閣下やクローディア大将軍、ムファサも同席しているが朝から肉料理とは流石閣下だな
今日の早朝に起きた事は流石に彼らに話すべきであり、それを話したらゼペット閣下は分厚いベーコンを咀嚼しながら言ったのだ
『行くだろうと思っていた。あえて止めはしなかったがな』
『リオ・ベンジャミン長官か』
『変に接触するよりは良い追っ払い方だ。感謝する』
『国を思う者がやる事ではない、使者にあのような無礼を働くとは思えん』
『戦争傭兵ならばわかっているであろう?戦争が起きる前には別な戦争が起きる。もうこの国では起きているのだ』
なるほどな、と俺は納得をしてしまう
戦争は混乱であり、それに便乗して何かを企む者は内側から何かを侵食する
何を目論んでいるかはゼペット閣下でもまだ不明であり、裁く事は出来ない
それよりも彼の代わりが未だに仕上がっていないからゼペット閣下は動けずにいたそうだ。
『しかしゼペット閣下、この男とリュシパーがブリムロック戦で参加する事になった今、国内で攻めあぐねる必要性は無いかと思います』
『であろうな。我が息子の護衛を増やし、事態に備えてほしいクローディア大将軍』
『仰せのままに』
『…グスタフ殿、半日だけは正面で守り切るようにこちらは仕上げる。シドラード側の魔法兵団相手では1日で限界だ』
お互いの兵力ではクローディア大将軍無しでは半日が限界だ
ウンディーネ信仰協会の戦闘員とケヴィン王子の残る将校らとなれば絶対に返さぬ覚悟で挑むのは明白さ
(ブリムロックを取られたらウンディーネ信仰協会の収入源は半減する)
俺はこの戦いに協力せざるを得ない立場だ
協力しない場合、イドラは衰退する
4月までゼペット閣下はシドラードから引き上げられた関税を補うため、ファーラット公国から代用品を流してもらう事で国内の価格高騰の一部を防いでいるらしいが、全てを解決するとこは出来ない
悩ましい顔を浮かべるゼペット閣下だが、今の所だと彼の代わりは息子しかいないのが大変だな。
王のいない国というべきか、色々な思想を持ってリーダーとなろうとするものが多い共和国なのは政策という点では国の持つ社会よりも有意義だとは思っているけど、そうでもないみたいだな
『大変そうだな』
『共和国も王を持つ国と変わらぬ。右手を上げれば皆が右手を上げる、それが社会だ。』
(難しいから話したくない)
広く海に面したイドラ共和国
海に近い街ではこことは違って海鮮が主食、ファーラットはあまり海に面した街はないが、フラクタールはある
(帰ったらハンクから伊勢海老を貰わないとな)
以前、食べたがかなりの美味
今度はアミカの鍛冶屋で皆と共に味わいたいものだな
『今年1年は荒れる。クローディアには苦労をかけるが頼んだぞ』
『わかりました。私の部下を500人ほどこちらに置きます』
『助かる』
ゼペット閣下はクローディアを信頼している
まぁ彼女ならば俺もそのくらい信頼を置くさ
唯一ジュリア大将軍にも勝る力を持つからだ
初見で戦った時は本気で戦って負けそうになったくらいだしなぁ
『グスタフよ。ガーランド公爵王と君の救援に関して彼から金銭を受け取ってはいない』
『詳しく聞いていいか?』
話は単純だ
ガーランドは金銭的にゼペット閣下から貰わず、俺の好きに報酬の話をすれば良いと言ったらしい
『賢い男だ。私とガーランド公爵王でそのような話し合いが漏れたとしても、条約的には卑怯ながらも犯してはない』
なるほどなるほど、考えたなガーランド
『金は今回要らぬ。しかし今後の為に交易都市となるフラクタールとちょっとした物で交易を結んでほしいのだ』
『金ではなく、交易か。』
本当にちょっとした頼みだが、話しながら流したい果物を見せて食べさせたらゼペット閣下は気に入ったみたいで『あと2つくれ』と言ってきたからあげたよ。
クローディアは俺がその果物を持っていたことに驚いてたから1つあげた
そして一泊二日の使者としての任務を終えた俺は手厚い見送りを屋敷の前で受けた後、適当な裏路地でワープしたのだ。
クローディアとゼペット閣下は元気そうだが
少し悩ましい事が朝食で起きた事に俺フラクタールの森の中で頭を抱える
デザートにムファサが最高級ミカンを俺に勧めた瞬間、ゼペット閣下が却下したんだよなぁ
『バレてるな、これ』
あいつがそうなら、あいつもか
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