第129話 シドラード
グスタフがイドラ訪問の時、シドラードの王都にある王城の中は派閥争いで不穏な空気が強くなり始めた。
以前まで均衡を保ち、互いに干渉せずな王族達のバランスが崩れかかったからだ。
シャルロット王女はズズハと竜騎士10名と共に長い廊下を歩き、応接室へと急ぐ
侯爵貴族との会談であり、応接室に入ると侯爵貴族は形だけはシャルロット王女に敬意を払って頭を垂れる。
それが本心からくる動作ではない事にシャルロット王女は複雑な気持ちを胸に秘めるが顔には出さない
互いにテーブルを挟んで椅子に座ると、シャルロットはお茶を飲んでから他愛の無い話を口にする
『最近は風邪が流行ってますので外に出るのも億劫ですね』
彼女の言葉に大きな意味はない。
話を合わせる貴族に愛想笑いを浮かべながら帝国との物流施設を担う貴族は苦笑いを浮かべながら今年の輸入品が予定より少ない事を口にする
そんな会話の中、シャルロットはシドラードの南に位置する街、すなわちファーラット公国に一番近い街で新しい貿易関係を築くための施設な設備および人員を確保するために動いていると話す
貴族ならば普通は新しい事業である他国との物流に関して物が流れれば金も流れる話しである為、食いついてくるのが当たり前だがその貴族の反応は悪かった
彼だけじゃない、彼女は他の貴族にも時おりは会食時に同じような流れの話をしている。
貴族からしてみれば、その事業を担う貴族を探していると思われて話が流れていく
だが彼女の思惑はそうではなかった。
『今日はありがとうございました』
ちょっとしたお茶会が終わり、応接室の椅子で溜息を漏らすシャルロット王女
貴族は皆、手を付ける覚悟を持つ者はいない
(やはり嫌な場所なのでしょうね)
公国から一番近い街、公国のフルフレア王子と会合を行った街
そこはエルマー魔導公爵が手を染めている街のため、貴族も彼には手が出せない
ならば邪魔をする者などいない、彼女は奥のドアの前で待機している竜騎士4名に顔を向けると口を開く
『やはりエルマー魔導公爵殿は没落したとはいえ、力は未だ別の形で健在のようでうね』
『見えない権力と言いましょうか。本当にあの者にこの話をする気ですか?』
『フルフレア王子殿がお膳立てしてまで私を指定したのです。あのガーランド公爵王殿もです。先ずは財を得る確証を得なければなりません。使える者は使います。あとはブリムロックでの戦争で近くの街を統治している貴族をこちらに吸収しなければなりません。そのためには…』
彼女は綺麗ごとを止めた。国の為に汚い事も辞さない構えだ
『あの戦争でこちらは負けて貰わないといけません。ザントマを直ぐに呼んで』
こうして時刻は18時、応接室には彼女の派閥の者が集まる
最も親しい貴族であるハルバ子爵にAランクの傭兵ザントマだけではなく、ローゼン工作将校やジャスパー第7将校、エリク第8将校、エミリア第10将校そしてスズハだ。
持ち場を離れてまで王女の招集に参じた将校は真剣な顔を浮かべながらもテーブルに並べられた馳走を前に手を合わせ、王女と共に国の命運を変えるであろう今後の方針に関して話したのだ
『4月に起きる戦争、我が国には負けてもらいます』
この言葉に誰もが驚きを隠せず、その手を止めた
黄色髪のエミリア第10将校は口を開けたまま、フォークの先の肉がテーブルに落ちる
誰もがとんでもない事を口にした事に対しての反応としては打倒だろう
国を思う者から放たれる言葉ではないからだ
『シャルロット王女、何を口にしたかわかっておいでですか?』
切り出したのは誰よりも先に切り替えたハルバ子爵だ
負ければ戦争事業に肩入れしていない貴族に影響を及ぼすからだ。
戦争になればそれだけで物価が高騰する品は多く、そして負ければさらに敗戦国は戦争賠償として大赤字を叩きだすからだ。
そうなると被害を被った貴族の事業から人員を削減したりする者は多い
『姫様、詳しい話をお聞かせ願いたいですな。相当な覚悟と思いますので納得に出来る説明があると存じてます』
『ジャスパー、勝ってしまえば我が国が困る事が多すぎるのです』
権力争いの真っ只中、ウンディーネ信仰協会の指揮での戦争
王族の権力争いに別の協会が片足を突っ込む状況はよろしくないのだ
ケヴィン王子と繋がりがあると言っても、多くの責務を国内で担うウンディーネ信仰協会は信仰協会として逸脱しているため、彼女はザントマから聞いたグスタフの情報と照らし合わせた観点から危険視することに決めたのだ。
『今、兄は下手に動けないからこそ弟が動き出す前に私が動かなければなりません。貴族を多く囲うのはロンドベルですが、今の状況だと彼が一番無難に派閥を広げています。しかしイドラ共和国の戦争で敗戦してしまえば戦争貴族を囲う身としては痛手ですので今回の戦争では後方支援に回っています。』
シャルロット王女は今後の方針を手を止め、話す
表面上の言葉ではなく、1つ1つのとんでもない言葉に意味を口にしながら自らの派閥にどう影響するかを話し続けた
そしてグスタフの知るウンディーネ信仰協会の裏の顔を彼らに伝え、権力をこれ以上持たせるわけにもいかない事を最後に言うと、ザントマが腕を組んだまま口を開く
『信仰協会にしては戦闘員を持ちすぎている、何のためかと密かに酒のおかずの話としては美味しい内容であったが、そう言えぬ状況というわけであるわけですな』
『あれは私達に牙を向きます。ザントマには内密にこちらの情報をイドラに流してほしいと思います。使者としてお願いします』
『御意』
『ハルバ子爵はブリムロックの北にある街の一部を統治している貴族を取り込んでもらいます』
『ロンドベル王子の派閥の者が多い街ですぞ?何をお考えですか?』
『敗戦と同時に餌を巻いてください。ブリムロックが奪還されればイドラと一番近い街が夜の街ナイトメアになりますが、そうなればイドラとの今後の関係の始まりを作る街がナイトメアになります』
『交易を結ぶ気ですか』
『その為に貴方の本命である事業に5億金貨を出資します。』
これにはハルバ子爵の眉がピクリと動き、静寂が訪れた
ナイトメア付近の街で絹・綿・布の生産を担う工場を持ち、各所に展開している
土地を自営業者に貸し、税で収入であるなどしているが彼は新たな収入源を得るには他所を買収するしかなかったのだ。
5億という莫大な資金があれば可能である事にハルバ子爵はシャルロット王女は失敗の許されない道を進んでいる事に気づき、選択を強いられる
だが彼の場合、結果次第で得られる大金ではない
答えは用意に決まったのだ
『金の話であれば動かせるやもしれません。やりかたはこちらで自由に判断しても?』
『構いません。そして将校の皆さんには…』
3時間にも渡る話し合いのあと、誰もが国の危機を悟る
王女は行動派ではない、それが動くとなれば国家の存亡が内側から壊れる事態
このタイミングだからこそケヴィン王子の背中を捉える事が出来るのだ
そのために一番の難関がある
貴族の力は強く、ある程度は引き入れなければならない事は明白
財の多さは力、しかしそれをものともしない勢力を未だ誰も触れたことがなかった。
『エルマー魔導公爵を派閥に取り入れ、南の地方を私の傘下にすることが大前提です』
『不可能だシャルロット王女!』
あまりの無謀さ故にハルバ子爵は驚きながら叫んでしまうと、謝罪の言葉を口にするが王女は当然の反応だと思い、彼の発言を認めた
『貴族にとっては死神のような男ですぞ?あのミゲル公爵を没落させ全てを奪い、今は貴族まがいな組織を拡大させる独立国家のような協会ですよ』
『貴族と協会が嫌な相手は味方でもあります。なんとしてでも派閥に取り込むため、私自ら彼のもとに足を運ぶ予定です。』
『彼が動くとは思えません。あちらに利益がないのですよ』
エルマー魔導公爵は自らの組織で規模を拡大している為、困らないのだ
元公爵家の者だからこそ頭の回る才能や知識は本物であり、欲しいものは自ら手に入れる財を持っている。
しかし一番彼が欲しいものは彼だけでは手に入らない
それを彼女は差し出す覚悟だったのだ。
最悪な決断を口にすると、誰もが言葉を失ってしまう
『く…狂ってる』
振り絞る声でハルバ子爵は呟いた
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