第128話 刃狼
王都ライオットの中心街の一角にある二階建ての建物
一階は精肉店だが、直ぐ横の階段から2階へと行く事が可能だ。
通りを行き交う人々は階段に座っている者に目を向けること無く歩いていく
狼人族は亜人種、人間と姿は同じだが部分的には違うと言うべきか。
もみあげは長く、犬のような耳が頭部から生えている。
犬歯は鋭く。手の爪も同じく鋭い
銀色の瞳は狼人族の証、そんな存在が階段に座って仲間と会話しているのだ。
(確か精肉店は…)
彼等が人間を雇って経営している店だな
商売もする傭兵となると規模は大きい
リュシパーが抱える部下は500はいるのは昔の話だが、今も増え続けているとは風の噂で聞いている
基本的に狼人族が大半の集団、しかし人間もいるのだ。
(なるほど)
精肉店の看板の隅には狼のマーク
近くの酒屋の看板にも同じマークが
ついているということは、昔より拡大している証拠だ。
辺りを歩いて観察してみると精肉店や酒屋の他に飲食店に狼のマークだ
『今は名前が違うか』
刃狼会という名で傭兵が営む組合
簡単にいうと酒屋の2階がその事務所であり、幹部らがいる
懐かしい匂い、俺はそれを感じながら階段の前に向かう
狼人族2人はこちらに気づくと首を傾げながら立ち上がる
立てばわかる身長の高さ、大人になると180cmが平均な身長なのだ
『狐人族たぁ珍しい。さっき騒動の中にいた野郎か?』
『どこにも属してねぇんだろうが、どこから来たお前』
傭兵はどこかに属している証明であるバッジを防具の胸元につける
俺にはついてないのは他国から来た者だとわかっているからだ
事務所に入るには至難の業、幹部連中じゃない限り会える機会は殆ど無い
(さて…)
2人の首から下げるネックレスの色は青
Cランクの傭兵ということだろうが、もっと強い筈だ
『久しい友人が来たとリュシパーに伝えろ。』
俺は懐から傭兵のカードを彼らに軽く見せる
名前はグスタフになってるからちらつかせるだけさ
黒いカードの縁は金色に輝いており、それは特Sの傭兵を意味する
それを目の前にした狼人族の2人は驚愕を浮かべると、直ぐに真剣な面持ちのまま言葉を介さずに2人で互いに頷いたのだ。
『知らねぇ野郎だが、お前みたいな奴はボスの知り合いにはいねぇ』
僅かに感じる敵意
相手が格上だろうと容赦しない、それが彼ら一族だ。
いなかる多勢に無勢でも立ち向かうからこそシドラード夜襲では彼らは勝った
そんな彼らとここで敵対しても面白くはないが、俺は彼に合う必要がある
『お前らが決める権限はない。ここで戦って大きな被害を出すか素直に会わせるかのの選択は今後の刃狼会に存亡に関わる重要案件、そこまで考えれぬ馬鹿ならば向かってきたとしても運動にもならんぞ』
気合は一流、しかしそれを出すには場所が悪い
それを気づかせれば彼らは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、舌打ちを鳴らす
『ボスが好きそうな野郎だ。事務所に幹部連中が…』
見張りが話した瞬間、階段の上から別の者が異変に気付きドアから顔を覗かせると言葉を遮る形でこちらに問いかけてくる
『お前は何者だ?』
偶然なのか必然なのか
普段はここにいない事が多い筈のお目当ての者リュシパー・ズール
筋肉質な体は熊の毛皮のコートを羽織っていてもわかりやすい
腰から下げている2つの小柄な剣、彼はそれを両手で振り回す
『ボ…ボス』
『入会者じゃなければ追い払えと言いたいが、狐人族と揉め事は故郷に響く』
(だろうな)
こいつはリグベルト小国の王ヴァリアント・リグベルト・ズールの三男
イドラ共和国の監視役で傭兵としてこの国に居座っている身なのさ
だから王族の名である国名は名乗っていないし、幹部連中でも知らない
俺だけだと思うと少し勝ち誇りそうになる
腕を組んでこちらを睨むリュシパーは殺気をパチパチと飛ばしてくる
体がピリピリする感覚は懐かしく、稽古だと言って本気で武器をぶつけ合った日々を思い出すよ
(少しクルエラの名を使わせてもらうか)
『キュウネルとリグベルト、そしてファーラットの今後の報告はいらぬか?』
その言葉で、彼の目は見開いた
こうして数分後、テーブルを囲むように並ぶソファーの俺は座っている
2階の事務所、リュシパーの座る机の後ろには刃狼会という文字が描かれた額縁が飾られているのを俺は見ながら部下や幹部を一度追い出した2人だけの部屋で沈黙を過ごす。
静寂が過ぎる事は無い2人だけの空間
机に手を置き、目を細めてこちらを眺めるリュシパーは僅かに首を傾げながら俺のアクションを待っている
『使者か?』
『キュウネルはファーラットと手を組む。その流れでリグベルト小国も同じ流れに乗る方針だが信仰法改定の話は知っておろう』
『それだけ聞けば予想しやすい。動くというわけか』
『時期にお前のもとに結果が届く。その前にイドラとシドラードの戦いでイドラが勝たねば話は進まぬ。』
『シドラードはウンディーネ信仰協会がどうでるかだろうが、お前は狐人族じゃねぇな?』
(バレたか)
鼻が利く種族だ。
変身していたことが確かだと彼は悟ると、髪を逆立て始めた。
戦闘態勢、一触即発、どの言葉が丁度よいのだろうか
身分を隠して近寄る者に対して警戒するのは当たり前だ
ならばと俺は指を鳴らし、変身を解く
一瞬だけ体が光るとひび割れ、そしてグスタフの姿となる
『貴様…何が目的だ』
静かに立ち上がり、今にも腰の片手剣2つを抜きそうな様子
こちらが敵意無い事を落ち着いた雰囲気を見せても変わりはしない
『2人だけの秘密だ。何故かは聞くな、事情があるんだよ』
懐から取り出したのは柿
それを投げ渡すと、受け取った瞬間に敵意を掻き消す程の驚きを見せたのだ。
整理出来ない様子
俺は『リュー、ヴァリアントはまだ元気か?』と口を開くとリュシパーは大きく笑ったのだ
『確かに大事な友だ。まさか会いにくるとは』
『内密で頼む。』
俺はここまでの話や戦争で何をするかを彼に説明した。
王殺しの件には触れなかった事は彼の優しさかもしれない。
テーブルを挟んでソファーに座るリュシパーは用意したお茶を飲みながら唸り声を僅かに出す
『ウンディーネ信仰協会の弱体化が本命か。』
『そうさ。シャルロットを押し上げる為に動く』
『そこは興味ねぇが、抜け道の洞窟はマジやべぇ魔物いんぞ?それを倒してもあっちは抜け道の存在知ってるから多少の兵力は残してる』
『俺もいる』
『なら楽勝だな。んて?何をしてもらいたいんだ?』
話が早い男で助かる
俺は真夜中に洞窟を抜けてから街の外回りで騒ぎを起こしてもらえればそれでいい事を告げると、彼は笑みを浮かべながら手の平を上にして手を伸ばしてくる
『だろうと思った。すまないが頼む』
懐から金の入った布袋を取り出し、リュシパーに渡すと彼は自身の懐にしまう
信頼は金から始まる、彼の言葉だがある意味それは諸刃の剣に感じる
『まぁ何があったかは聞かねぇ。だがエステの姉貴は知ってんのか?』
『お前とザントマだけだ。』
『あの野郎、まぁいいか。姉貴には教えた方がいいぜ?なんで教えねぇ?だってお前…』
俺は手を伸ばし、彼の言葉を止めた
あいつに教えるのは怖いというのが本音だ。
久しぶりに会えてホッとしたが、不安があるんだ
『たまには顔見せろよ?あとバッチは刃狼会のを付けとけ。絡まれたくないだろ』
『すまない助かる』
彼から遠吠えする狼の絵のバッジを借りると狐人族と変身してからトレンチコートの胸元に付ける
イドラにいると世話になる傭兵だが、怒れば今のザントマと変わらぬ強さだろうな
『3月の下旬にまたくる。その時はこの姿でくる』
ソファーから立ち上がり、そう告げると彼は口を開く
『3月下旬な。そん時にゃ部下らにも連絡しとくからイジメねぇで入ってこい』
『あぁ、今日は昔の話も最初にできて有意義だった』
『おう。2月は故郷に戻るから来てもいねぇぞ?』
『わかってる』
旧友との懐かしい会話と今後の相談
俺は事務所を背に近くの屋台でおでんを食べてるムファサと合流し、話せる部分の内容を伝えた
実際、刃狼会がイドラとシドラードとの戦いに参加するかの話し合いは宙を舞っているような状態というので久しぶりの訪問と合わせて確実なものとしたかった。
『フォクシー殿、お知り合いですよね?』
『ゼペット閣下には内密だ。リュシパーは旧友であり戦争参加の確約は取れた。』
『助かります。一応は閣下には説得してくれた事で話を通してもよろしいですか?』
『良い。しかしイドラも大変だな』
『当たり前ですよ。大きな鉱山事業であり、取り戻さないと貴族も今の政権に完全には取り込めないのです』
戦力としても力を示し、昔の財源を取り戻す
ゼペット閣下としては今後の地位安泰の為と同時に貴族らの取り込みをしなければならないのさ
ゼペット閣下の屋敷へ戻り、客室にてフカフカのソファーで寛いでいる最中、ムファサは廊下で同胞らと話をしたのち部屋に入ってくる
先程は深刻そうな顔をしていたが、今は普通だ
『シドラード王国にいる密偵からの吉報です。シャルロット王女派閥にスズメバチが加入している可能性が高いと』
俺は拳を強く握りしめ、強く頷いたがムファサには伝わらぬ仕草だ。
どうやら彼女も動き出した。
(あとはエルマーだが、一番の壁だぞシャルロット)
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