第127話 食事
ゼペット閣下の屋敷、応接室には彼の他に久しい顔が1人だ。
銀色の綺麗な鎧を纏いし女性、髪は黒くそして美人
30代とは思えぬ見た目だが、彼女の名はクローディア・ルーン大将軍
シドラード同様に女性の大将軍なのである
側近はこの場にはムファサのみ、4人だけの機密な話になるわけだが…
(内部でも問題がありそうだな)
呼ばれるべき人間は少な過ぎる
ムファサがいるなら隊長が何故いないのかゼペット閣下に問うと、彼は溜息を漏らす
『知るべき人間は少ないほうが良い。昼食後には更に1人くる』
『リュシパー・ズールか』
『奴が来たら本題に入る』
狼人族の傭兵団の頭領であり、イドラの傭兵の顔
エイトビーストでも手を焼いたこともあり、エステも危険視する程だ。
『閣下、本当にこの者があのグスタフなのですか?』
口を開いたのはクローディア大将軍
俺を凝視しながら怪しそうに見てる
仕方がないから指を鳴らし変身解除すると一瞬だけ体が光るとヒビが入り、砕けるといつもの姿さ
これには3人は驚いてたよ
『珍妙さはギュズターヴと変わらぬな』
『あの者と双璧とは…にわかに私は』
ゼペットとクローディアはそう告げた。
アクアリーヌ戦の話は2人も良く知っている
あの状況で2人の歴戦の将校を討つのは至難の技なのはリングイネ将校らは他国でも名が知れる存在だからさ
『魔法を使う事も無い。兵なぞ将校もろとも身体強化して轢き殺せば済む事だ。』
『本気じゃないということかしら』
『そのつもりなら一瞬で数万を蒸発させる事は可能だぞ』
俺は人差し指でテーブルを差すと、手をグーにしてから手の平が上に向くよう手首を回してから開いた
『ボン、だ』
彼女は目を細めた。
良い印象を持ってもらったなどとは微塵も感じない
ゼペット閣下は変わらず欠伸をし、のんきな雰囲気を見せている
『本気を出していなかったというわけなのですね。』
『そうだが…、お前もしようと思えばあの数を相手に出来るであろう』
彼女の雰囲気が少し変わったな
凍てついた目をこちらに向けているが殺意はない
暖かい室内なのに、何故か寒く感じてしまうのは彼女の静かな圧から来る現象とも言える
頭を掻くゼペット閣下は静かな声で『挑発だぞ?』と言って違う形で彼女を落ち着かせることによって先ほどの空気が戻っていく
一応、奥のドアから食事を運ぶ騎士が数名いたのだが先ほどの空気で入ってきた為に足を止めていた
『運んでも大丈夫だ。問題ない』
『は…はい』
ゼペット閣下の言葉でようやく食事が運ばれる
肉料理がメインになっているが、まだまだ俺の胃には入る
沢山の新鋭隊に見られながら食べる料理は旨味に欠ける
モー牛のステーキは素晴らしい輝きを放つ肉汁で食べる美人とも言われているが、周りの視線が気になる
クローディアだが、こちらも見ていなくても意識は向いている
彼女の力がこちらに向けられているのはわかる、強いからだ
印象は悪いままで良い、気取られたくはない
(しかし複雑だな)
昔はイドラに来ればどこでも案内してくれた優しい女性だ
今や俺はグスタフという身分、そして狐人族に変身した姿
俺がグスタフと知るのはゼペット閣下にクローディアそしてムファサ新鋭副隊長
それ以外の人間にはフォクシー・インゴットという狐人族だが、設定では雇われた傭兵だ。
『フォクシーよ』
ゼペット閣下はそう告げる
会食という空間で他愛のない話がメインだと思ったが、彼の口から放たれた言葉はそういう予想をぶち破る
『4月に戦争を仕掛ける。しかしクローディアは魔法国家スペルイザベラに一番近い街にてあの国を監視し続けなければならない』
敵対はしていない両国
南に広がる海の向こうから時たま見える他国の高速船に警戒をするため、彼女は戦争に出れない
ゼペット閣下の派閥は大きいが、南と同時に戦に戦力を分けなければならないのだ。
だから俺が呼ばれた
『こいつがいればシドラードの大将軍なら食えるだろうがな』
『あちらの大将軍の強さはまだこちらでは未知数だが。強大な力だと聞く』
『確かに強い。大将軍に相応しき存在だが…特別ではない者には勝てない』
ゼペット閣下の眉が僅かに動く
口に運ぼうとしていたローストビーフが止まっている
共和国全体で戦うべき問題、しかしこの国も問題を抱えているのさ
ゼペット閣下は使命の為、まだ今の座を降りる事は出来ない
彼はようやくローストビーフを口に運び、味を楽しむと呟くように話したのだ
『誰もが自分の事ばかり。国の為といってもここで力を合わせない事はどういうことかわかるかフォクシー』
『お前が今の座を降りる事を望む者がトップの候補に群がっているのだろう。身分や金に眩んだ者は欲に走る。国など二の次なのは素人だからだ』
『そんな者に国を任せる筈もない。良い変わりがいれば良いが』
正義感があるからこそ、彼は選ばれた
イドラ共和国の権力の中身を知り、彼は期待外れから緊張感が欠如しているのだ
だが今はやらねばいけない時期が迫っているからこそ、俺がこうして呼ばれたのさ
『シャルロット以外の王族とは決して心を許すな。これがガーランド公爵王からの伝言だ』
『彼の企みは数年前から知っている。協力しよう。ウンディーネ信仰協会の情報もこちらから確かな事だけ流すようにする』
『ふむ、こちらも信頼できる仲間を1人呼ぶが良いか』
『任せる。勝てればそれでいいがこちらも正面で戦うにしても限界はあるぞ?攻めが弱いとあちらは疑る』
『前日に洞窟を抜け、戦争と同時にこちらは背後を突いてジュリア大将軍の首を取る。半日持ちこたえよ』
決闘ではなく戦争
条約が通じない昔からの戦争は例外とし、条約が通じない
これを作った帝国が動かない事が先ず可笑しいが…ある意味それは関与した戦いだからだとも捉える事が出来よう
(帝国の者が交じっているだろうな…)
ウンディーネ信仰協会の貴重な収入源、貴重な鉱山物資を取られるわけにはいかないのはあっち側の思想
裏を取る為の出口にはきっと…
『クローディア大将軍はいつ南の街に向かう?』
俺はそう告げると、明日の朝にはとゼペット閣下が答える
どうやら彼女は俺と会話するのも嫌なようだが、本当に複雑だ
飯で気分を回復しようと料理に目を向けると、若鳥の唐揚げがある
意外と若鳥って卵を産むために必要だから唐揚げにするために育てる農家は少ない
ここでは漁業が盛んだから魚介類が国民の食べ物として親しまれているのさ
(牡蠣か…)
氷の入った皿の上に綺麗に盛られた牡蠣
中心には切り分けられたレモン、かけて食えってことだな
『牡蠣は美味だぞ。公国じゃ養殖はまだ少ないだろう?』
ゼペット閣下が言う通り、僅かしかない
海のミルクと言われ、栄養が異常に高いから高級食材として君臨している事は誰もが納得しているだろうな
クローディアも美味しそうに食べているが、そういえば好物だったなお前
そんな彼女の食べっぷりに俺の手は牡蠣に伸びていく
レモンを絞り、牡蠣に駆けてから手に持つと一気に吸って全て屠る
小ぶりではなく大きいが、ちょっと口の中が苦しい…
そんな俺の様子を見てクスリと笑うゼペットだが、俺は咀嚼し牡蠣の味を楽しむ
(これも美味いと感じるとはな…)
変わった奇妙な味。誰もが想像しない味なのに脳はこれを美味いと何度も訴えてくる
肉や魚そして野菜や穀物類や米など色々な美味は存在するが珍味と同じ類なのやもしれん
新しい美味さ、これは栄養の味と言っても過言ではない
肉体が喜んでいるのだろうと思うと、無意識に2つ目に手が伸びていく
『気に入ったようね』
クローディアはようやく、牡蠣を美味しく食べる俺に声をかけてくれたようだ
食べながら頷き、俺はソーダを飲む
酒神が作ったビールにもよく合いそうだが、今度試して見よう
『牡蠣は美味い…、俺は気を使った言葉を選べない点は謝罪しよう。敵対するつもりもない。結託する時だが、今はシドラードがどのように変わるかが大事だ』
『…確かにそうね。昔から信仰協会と繋がりが深かった歴史が長い国ですから』
『最悪、信仰国家という事態に繋がる。そうならぬよう動くしかない』
『こちらとしてはスペルイザベラの警戒もあるのでなるべく、ですよね閣下』
『その通りだ。変な事をしてくる国じゃないにしろ警戒はせねばなるまい』
『私もそう思います』
魔法国家スペルイザベラ、あそこは魔女の国と言われている
魔法という魔術に関して才能を持って生まれる者の集団、その代わり肉体的な強さは人間より下がる
魔力袋に色がつく人間が多いが人間という括りにはならないのは難しい
目が皆、紫色になっているからだろう
『今日は街を観光して楽しんでもらいたいが、傭兵連中が面倒だろうフォクシー』
『王都での面倒な傭兵団の中心は誰だ?』
『お前が良く知る存在だ。』
(よく知る?)
こうして俺は遅めの昼食を終え、ムファサの付き添いで街を歩く
ゼペット閣下は昼食後には将校達と商人達と貿易関連の関税での話し合いがあるから邪魔は出来ないし、そもそも俺はそういうの苦手
利益率とか粗利益とかわかるけど深い部分までは聞くだけで頭が割れる
曇り空で太陽が顔を隠し、その影響で通りは軽く凍結していた
馬車はいつも以上に速度を遅くし、滑らないように御者が馬を走らせて荷台の荷物を気にしている姿がすれ違う
面白い事に、冒険者ギルドは北区の端にある
普通ならば街の中心だけど理由としては森が北にしかないからだ
なので冒険者は地区によってはかなり少ない
ここは傭兵ギルドだけじゃなく、集団で徒党を組んで傭兵団と名乗り借家を借りてアジト化している奴は多いのさ
俺は通りを歩きながら、俺が忘れていた情報をムファサに説明されながら街を歩く
『王都ライオットに存在する傭兵団は複数ありますが、その中でも力を持つ集団は刃狼会です…』
『リュシパー・ズールは王都にいるのだろうか』
『国で監視対象とされた特S傭兵ですので、まぁ一応は』
『アジトは変わらないか?』
『へ?変わらないってもしやですけど…まさか?』
『そのまさかだ、行こう』
ムファサは干からびた表情を浮かべるが、そこまで嫌なのには理由がある
どんな人間に対しても恐れを知らぬ狼人族の傭兵集団、遠回しに言えばゴロツキと変わらないからドスの効いた言葉が飛び交うのが彼らの日常なのだ
『閣下を脅すくらい面倒な存在ですよぉ?』
ムファサが口を開く
指図したら殺すぞとかあいつは言い放ったんだとか
そんな事を口にするのがリュシパー・ズールである
俺の腰にしがみつき、止めようとするムファサ
まるで俺が彼を引きずっているみたいな光景だ
『わかったわかった、お前は近くで待っていろ』
ホッとするムファサはようやく手を離した
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