第126話 イドラ


『久しいなぁ』


イリュージョンという姿を変える魔法を施し、俺は狐人族の姿でイドラ共和国の王都へきている

ワープ使えば直ぐに来れるのは来たことがあるからだが、ここはフラクタールより積雪が少なくて歩きやすい。



黒いトレンチコートを羽織り、武器はグリップという手に握る部分が30cmもある変わった片手剣だが安物ではない

剣でよく見られる十字の部分、ガードという部位が存在しない両手で持ちやすいこの武器の名は魔法剣エルドラコ

銀色の刀身の中心部分は龍が天に上るような絵が掘られていて案外気に入ってる

それを左手で握り、肩に担いで歩いているのさ


(目立つか…)


狐人族となればイドラじゃ少ないからだろう

黒い長髪は腰まで垂れ、右目の周りには黒いバラの入れ墨が掘られている

ゴロツキに見えるのか、近くを通る人は少し避け気味なのが気になる


通りの両脇には木々、緑地的な都市なのは自然と調和を意味する事をゼペット閣下は示すために各街には指定した数の木々を街に生やすように言っている

この国には王はいない、共和国にはそんな制度はないが5年に1度に誰がトップで国をまとめるかを決めるのがここの制度だ。


ゼペット閣下は10年目、以前の選挙に再び当選してトップのままだが

シドラードとの戦いの結果では存続が危ぶまれるのさ。


(以前、出向いた時には他の候補は…)


軍事的な能力はない、今の時代では必要不可欠な部分であるため閣下は彼のまま

彼の派閥と同じ勢力を持つ者は多いが、起きるであろう春の戦争では他の勢力は後方支援のみと馬鹿げた話になっているのを使者から聞いている

それも混みで俺にヘルプが来たのさ


『ゼペットを落とす為、か』


敗戦したときの布石は自然に今の地位の喪失を意味する

そういう狙いをトップを狙う勢力は考えての策だろうなぁ

負ければその後、面倒なのは自身なのだがな


3階建ての建物は少ない

だが王都だからこそ大通りに向かうと馬車ばかりが中央部分を行き来している

この国は穀物類が盛んであり、ファーラットもその点で助けてもらっている。


『お母さん!狐さん!』

『珍しいわねぇ、狐人族なのよ』


そんな親子の会話が聞こえる

一応笑顔で手を振れば男の子は元気にはしゃぎだすけども、俺はそのまま歩いてゼペット閣下の住まう屋敷へと足を運ぶ

だが途中で良い匂い、これには俺も流石に足が止まり、体が引き寄せられる


(この匂いは…)


近くに屋台が5つ並んでいる

匂いは左端の屋台、焼きそばだ


『珍しい客だねぇ!あんた狐人族かい?』


中年の女性が気さくに屋台の中から声をかけて来た

話しながら器用に目の前の鉄板で焼きそばを焼くのを見ると手練れだ。

タレで焼きそばは決まると言うけども、外れではない店だ。


屋台の前に設置された椅子に座ると、俺は焼きそばの大盛りを頼む

そういえば寝坊しそうになったから朝飯も抜いてきたけども、帰ったらアミカに怒られるだろうな。


『飲み物はいいのかい?』

『ソーダを頼む!』

『あいよ!』


ここの名産品である。

とある者が作った発明の飲み物であり、その存在はゼペット閣下の側近として今もなおいる筈だ。

彼の発明により、ソーダはイドラ共和国では知らぬ者はいない飲み物として親しまれている。


『そらよ狐さん!』

『ありがたい!』


銅貨3つを渡し、木製のコップの中のソーダを見つける

シュワシュワという炭酸の音、初めは毒かと思ったがこれが上手いのだ

ゴクリと飲むと口の中で始める小爆発的な炭酸の毒は口内を刺激し、脳に革命を起こし始める。

冬でも許された冷たい飲み物、それは眠気を覚まして活気を生み出していく

イドラ共和国のコーラはファーラットでも飲めるが、生まれた国で飲むからこそ風流という味も合わさって満足感を得る事が出来る


『見ない顔だねぇ。キュウネルからかい?』


鉄板で焼きそばを炒めながら会話を仕掛けてくる女性

そういう設定で話しながら傭兵だという事をすると、彼女は苦笑いを浮かべる


『シドラードと色々大変になるからねぇ。他国からも来るなんてびっくりさ』

『イドラの国民に変化はあるのか?』

『小麦やら肉類が高くなるだろうね。シドラードからある程度の輸入をしているからさ』


戦争が起きるとなると、先ず起きるのは関税での戦いだな

貿易で流れる物に関しても税が課せられるが、こちらは小麦と肉類がシドラードから流れている輸入品らしい

こちらからはソーダや衣類などの生地、そして米といった品だな


『買い溜めは増えるだろうけど、まぁ今更買わなければならない物なんてあたしゃないから問題ないさね』


そう言いながら皿に乗った焼きそばを俺の前に置く

黒い焼きそばだが、イドラの焼きそばの色は独特だ。

キャベツや肉そしてニンジンの3種の具材だけのシンプルな料理

隣に傭兵らしき男が椅子に座るが気にせず俺は箸を手に焼きそばを食す


冬の寒さなんて目の前の鉄板でかき消され、多少暑さを感じる変わった空間

吐息で熱を多少冷まして口に入れると笑顔が僅かにこぼれた


『美味い』


囁くような言葉に全てが籠っている

タレが良いから全てが活きてくるこの料理は出来立てだからこそ美味い

複雑な料理ではない、だがシンプルにしては美味すぎる


『自慢の味だよ!』


確かにな、と思いながら俺は黙々と焼きそばを食す

食べながらもチラチラと感じる視線、隣の男だけじゃないが背後からも少し感じてる。

だが食べる事が最優先、食べれば屋敷はすぐそこだ


(一応、この姿で来ることは教えているから情報共有してくれていれば良いがな)


そうして銀貨1枚をお釣り無しで置くと俺は屋台に背を向けて武器を担ぐ

辺りを視線だけで見回すと傭兵が先ほどより多い

数年前の事を思い出すと、確かにこの国はそういう国だったと思い出す。


(傭兵は面倒な環境だったか)


他所の人間は怪しまれる

街ごとにグループが存在しており、イドラはどこかに属さないと生きていけない

だが俺の姿を見て馬鹿な事を考える傭兵はいない、人間ならば動いていただろうが狐人族ならば話は別だ。


俺に害を与える事は他国を敵に回すのだ。

キュウネルの傭兵は独立した組織ではなく、エルヴィン教皇がトップであるサカキ信仰協会の管轄下にあるキュウネル傭兵協会に属している。

国の保証が人間よりされた国であり、危害を加えるなど到底無理なのだ。

トレンチコートの背中には空を見上げる狐の刺繍、これはキュウネル傭兵協会の所属する者の証でもある。

普通なら突っかかってこないが、どうやらキュウネルに詳しい傭兵はここにはいない様だ。


『お前狐人族か?』


20後半ほどの男、腰には小柄な片手剣

申請して金を払えば傭兵協会で貰えるネックレスをしているけど、色は青

色はランクを象っているが、青はCランクさ

冒険者も傭兵もランクの色は同じだから見直しだ


特S・ブラック

S・ゴールド

A・シルバー

B・レッド

C・ブルー

D・グリーン

E・ブラウン

F・ホワイト


(俺はブラックだがな)


唯一ティアマトの他に今だけは俺もキュウネルの特Sか

この戦いの前に一度顔を見せないとな


(時間が無いか…)


かんばしくない雰囲気なのはわかる

あちらこちらに傭兵が見えるが、最悪な事は起きない

残念だが彼らが俺を可愛がるのは無理だろう。


様子が可笑しいと察知した遠くのイドラ兵らがこちらに歩いてくると、その中の1人は驚愕を浮かべたまま傭兵らを一喝しちゃったんだ。



『貴様ら首を斬られたいか!この者を害せばキュウネルと戦争になり!ファーラットとの国交を絶つ危険もあるのだぞ!!』


喝を見せるは久しい顔のムファサ・タレント

確かに他の兵とは違って高そうな装備だと思ったけど、まさか閣下の親衛隊の装備だったとはなぁ。


彼の怒号で狼狽える傭兵らだが、ムファサは道の向こうを指差すと傭兵達は退散

ホッとするムファサは苦笑いを浮かべながら俺に軽く会釈をしてくれたよ


『よくおいで下さいました。フォクシー・インゴット殿』


見世物にされている気がする

周りの国民は凄いこっち見ているから俺はムファサに『早く案内してくれ、恥ずかしい』と言うと彼は笑顔で俺を屋敷に案内してくれたのさ。


屋敷の形は6角形と奇妙であり、3階建てだ

鉄格子は10mもあり、正面扉は鉄で強化されていて魔物でも入れ無さそう

5メートル間隔で建物の周りを兵が立って警備している為、忍び込みのは困難

厳重さは流石と言わざるを得ない


親衛隊の副隊長ムファサと話しをしながら入口まで辿り着くと、彼は門を守る兵らに開けるように指示し、扉は手前に開いていく


『昼食は食べましたか?』

『焼きそばだけにした。どうせ昼食を誘われると思ったがお腹がすき過ぎて少し食べてしまった』

『朝抜きましたか?』

『…寝坊しそうになって』


彼はクスリと笑うと『良い料理を用意してる筈ですので、閣下と楽しみながら食べてください』と期待溢れる言葉を飛ばす


庭は広いがそれよりも遠くから聞こえる大勢の声が気になる

ムファサは『軍事訓練です。』と言うが春に向けてなのだろう

親衛隊の副隊長であるムファサは庭を歩きながら、ふと俺に話しかける


『珍しい武器をお持ちで』

『魔法剣ドラコ、灼熱鉱石で仕上げた武器だが同じ武器系統を扱う者はやはり少ないか』

『冒険者ぐらいですかね。』

『まぁ確かにそういわれると、どこもそうだろうな』

『ですね。あと2日間の滞在ですが、この建物にて客室をご用意しておりますのでご安心ください』


閣下のいる屋敷でかぁ

宿で泊まりたかったが、そうなると傭兵が面倒だろうし仕方がない

こうして建物の中に入ると広大なロビー、床は赤い絨毯が敷き詰められ、正面の階段の中心には誰かの像、興味ないから誰かは聞かない

顎鬚が超長いおじさんの像、そういえば前は無かったな…


『2階の奥に応接室がございます。ゼペット閣下の派閥の信頼できる者だけでの会食となりますので、人数は限られています』

『お前はどうする?』

『残念ながらお供することになってます。貴方の作戦の同行も』


大変だな。


使者出来た彼だが、中々に素質があるのに副隊長か

赤く燃え上がる魔力袋だが加護はない、それでも才能であることに違いはない


『ムファサ、力に自信は?』


階段を上がりながら唐突に言い放つと、彼は周りを気にしながら耳元で答える


『隊長より自信はあります。』


面白い男で良かった。まだ20代前半と若々しい

伸びしろが最高潮の時期ならばもっと強くなるだろうなぁ


共和国に無いのは玉座、閣下は会議室の一番奥の指定された席が玉座みたいなもんさ

王という制度が存在しない国、国のリーダーという権力者でしかない存在

それでもやる事は王族と変わらぬ決定権を持ち、責任を担う


これから会うのはそんな人間、初めてじゃないけども初めてだ

応接室はそこまで広くはない、長テーブルの端の席に座るようにムファサに言われ、彼は他の騎士をさがらせる

奥にもドア、その横には騎士が立っておりムファサ同様に新鋭隊の騎士だ

そんな彼は俺に会釈をすると奥のドアを開けて去っていく


少しの間、自由な感じか

柔らかい背もたれの椅子にもたれ掛かり、一息つく

すると横で立って待機しているムファサが欠伸をするもんだから俺もつられてしまった。


『昨夜は眠れましたか?』

『昼寝をし過ぎて寝る時間に困ってな…』

『よくあります。飲み物をご用意できますがどうします?』

『ソーダだ』


彼は『ですよね』と囁くと奥のドアからどこかへ行ってしまう

完全に1人になったが、盗聴用の魔石もあるわけではない

ちょっとだけ寛ぐかなんて思っていると予想外な事が起きる


『えっ?』


奥のドアが開くと俺は声が漏れた

何故なのか、閣下の筈なのに1人で応接室に入ってくるゼペットが目の前に現れたのさ


白髪が後頭部に逆立ち、メガネをかけた60半ばの男

口周りの髭も白くて貫禄が伺えるが目は垂れ目なのは眠いのだろう

彼は俺を見ると僅かに口元に笑みを浮かべ、奥の椅子に座ったのだ


(…マジか)


護衛無しとは根性ある

この国はトップの暗殺は珍しくはない、色々な派閥の者が上を狙い、そして反逆を目論む一部の危険分子である者はいるのだ

まぁ元傭兵だった経歴があるからこそ、そんな一面を見せているのかもしれない


『変わった姿じゃのう』

『狐人族では不満ならば変えても良い』

『…いやすまない。変わった姿というのはそういう意味ではない、お主にも事情があるのだろうことはわかってる』


(?????????)


『いや再びすまない。歳なのかもな…、今回は頼もしい救援に誠に感謝しているのだグスタフよ』


どういう意味で言ったんだ?

よくわからないが、その後にムファサがソーダ片手に入ってきた瞬間、ゼペット閣下がいるとわかると固まった姿は面白かったぞ

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