第125話 結託

美味しいご飯の次の日、俺はシューベルン男爵の長男でもあるアトラルと共に彼の依頼でフラクタール南区、海岸に建てられた小さな漁港に足を踏み入れた。

岸壁には小型船が多く縄で流されないようにボラードという船を繋留させる鉄の設置物に固定されている


ここはフラクタールの漁師が集まる漁港であり、岸壁近くの100mはあるだろう細長い建物では漁師が網を修繕したり船に石炭を運ぶ姿が見てわかる。

アトラルに聞いたが船の燃料の事をバンカーというらしく、燃料用の石炭を船内の貯蔵庫に運んでいるんだと説明してくれた。


『今はカニ漁ですが、ここの社長に用事があるんです』

『俺が呼ばれたという事は意味深だぞ?』

『あはは…』


苦笑いのアトラルの腰にはアミカから特注で購入した魔法剣オアシス

こうしてみると彼に似合うなぁと思いつつ、俺は彼の貴族騎士2人が細長い建物を眺めながら険しい面持ちでいる様子に気づいた。

ここはシューベルン男爵らが唯一地権者ではない区域であり、そこがアトラルにとっても今後悩ましい課題なのだとか


『すまない、地権者とは何だ?』


俺は小声で騎士に話しかけると、彼は驚いた顔を浮かべてから俺の耳元で答えてくれた


『土地を所有・利用する権利者の事です』

『…なるほど』


網の修繕をする漁師や仲間と釣れた魚を刺身にして食べる漁師がいるが、彼らは俺達に気づくとソワソワしたような雰囲気を見せ始める

この区域の所有者はハンク・ファウストという者の縄張りであり、普通の組織ではない

組織は公国で認められた組織だが、ここの組織は民営組織という一般の個人や私法人が経営する団体であるのだ


『上の人間はゴロツキですよ』


(確かスズハが言っていたな…確か)


ヤクザ?みたいな人間が経営している集団がここでは民営組織として経営しているケースがあるといった事を彼女は言っていたな

どうやらここはそんな類の場所

俺が連行されたのは抑止という部分も大きいが、もう一つある


『よぉグスタフさん、どうした?』


アミカの店の客人だ

たまに顔を出して売り子と会話すると小道具を買って帰るのがお決まりのパターンさ


『上と大事な話がしたい。今後のフラクタールに関してお互いの生き方を話し合う時だと言う事で俺が間を取る役目で来た』

『ははぁん、なるほどな』


男は頭を掻きながらアトラルに視線を向ける

まだ若い少年だが、男の顔に刻まれた切り傷を見ても臆しない姿勢は覚悟はあるのだろう。


『私の名はアトラル・イド・カルテット・フラクタールと言います。まだ爵位は無いですが今後に関して大事な要件があります』

『わぁった。ボスに聞いてくるわ若さん』


若という呼ばれ方に少し困惑するアトラルだが、男は彼の反応などお構いなしに建物の中に入っていく

こうして10分後に俺達は建物の2階にある応接室に呼ばれたわけだ。

部屋の奥にはファウスト漁業組合と書かれた大きな壁画

立派な机の前には客人の対応に使う黒光りしたテーブル


俺はアトラルと共に椅子に座ると、目の前で足を組んで椅子に座る頭に骸骨の入れ墨をしたスキンヘッドの40台半ばといった男に顔を向けた

こいつがハンク・ファウスト、確かにゴロツキにしか見えない人相の悪さだ

彼の背後には腕を組んで仁王立ちする配下達

皆、首から僅かに入れ墨が見える


『きっちりこちらは問題無く商売を展開しておりますが、貴族の若君が何の御用で?』


低い声、細めた目にアトラルは小さく息を飲む

俺はそんな最中、部屋の壁に飾られた鹿の剥製や壺といった骨董品を眺めてのんびりだ。


(まぁ気圧されるかどうかだな)


『ハンクさん、そちらの組員の数はこちらで把握してます。今日は以前に父が来た時と違う話をしにきたのです。』

『てっきり協会化の促進かと思ったが、こちとら今は形態を変えるつもりは毛頭ねぇぞ?』

『そこは今まで通りでも構いません』

『ほう』


少しして出されたお茶、これがまた美味い

茶菓子としてチョコクッキーが皿の上に沢山乗ってるからかなり設けているのかもしれない


今後、フラクタールはシドラードとの国交をより築く為の都市となり、新しい産業が生まれる可能性が高い。

だからこそ別の街から事業拡大として人が流れてくるという話の内容をアトラルは真剣に熱弁すると、ハンクは無言で彼の話を聞き続けた


『こちらとしては人員を今から確保するには莫大な費用と日数がいります。』

『ここの漁師を省いた組員は59人、家族だが目的はなんだ?鉱山の件はお前らが独占できる筈だが、風の噂じゃ養鶏場の建設の話が貿易の裏に隠れてるらしいじゃねぇか』 


シューベルン男爵らが担うのは鉱山の他の麦や米、果物、そして今後シドラードとの貿易都市となる流通工場の経営

それだけで莫大な金が流れる


(卵か)


残念ながらフラクタールは一部の商品を隣街から流してもらっている為、高い食材がある

それは卵が際立っており、そのせいで玉子を扱う商品が高い


日常に使う為に必要な食材が近い街で2つ先の街となると高くなるのは当然だ

小さな養鶏場をシューベルンは確かに持っているが、フラクタールに十分な規模とは言えないから拡張する方針なのである。


だからアトラルは一部を彼等に託し、他の事業に集中することに決めたのだ。

彼は養鶏場経営を譲渡する条件として、フラクタールを中心に流す事や利益率は最初は15%より下げない方針である事、あとは災害保険に加入する事

他にも様々な条件を彼は定時した。


『現段階で何千羽増える話なのか。それとここに流れてくる卵の原価からここに来るまで30%も上がってるが。20%が駄目な理由はなんだ?』

『現在は2千羽前後ですが5倍にします。20%だとお小遣い稼ぎ目的で他の商人が15で固める可能性があるからです。』

『まぁ当たり前な話だよな。』


案外、真剣な話だ

アトラルは臆せずどのように望むかを彼に話し続けるが、一度話が止まるとハンクはお茶を飲んでから独り言のように呟く


『共存、そして他勢力の危惧は確かにあるだろう』

『栄えれば必ず街の外から他の組合が事業拡大にやってきます。』

『それで養鶏場の権利は譲渡か、まぁ15%の条件ならば納得しておくか』

『ファウスト家の拡大、他の勢力が入らぬ規模になってもらえるとこちらとしては抑止に出来ます』

『言うじゃねぇか貴族の小僧。荒くれ者の集団を盾にさせてもらう代わりにってんなら美味い話だ。』

『今の作業員は解雇しないで貰えると助かります。その後の養鶏場の収益次第ではそちらの自由に他の支店を建てても構いません』


アトラルは強く言う

するとハンクは初めて表情を緩めた


『対等に話さずとも、遠回しに強制しないのは面白い小僧だな』


どうやら気に入ったようで何よりだ

彼の評価はハンクの仲では悪くない

出されたお茶をアトラルが飲んだ時にも、更に評価が上がる


『うちの工場で生産しているお茶ですね。』

『自分ちの視察はしてるんだな』


その後、2人は椅子から立ち上がり握手を交わす

ハンクの方で部下と話し合い、早急に知らせるという事で一先ず決着だ。


漁港を背に歩く俺は何度も深呼吸するアトラルの肩を軽く叩いてリラックスさせる

ゴロツキの組合であり、役場でも手を焼く者でもあるから緊張していたのだろう。


『怖い人でしたが、大丈夫そうです。次の話し合いで権利書の譲渡手続きに関して話すつもりです』

『人を騙して商売する奴ではないから大丈夫だ。ただ見下されたり騙そうとすると武力行使が第一なだけだ』

『そ、それが怖いんですよ!?』


必死なアトラルに貴族騎士らは苦笑い

あの組合の社長はフラクタールでは有名だからな

行きつけの定食屋でちょくちょく顔を合わせ、次第に相席で食ったりする仲のハンクだが仁義という言葉が似合う男だ。


『ハンクには大きな組合になってもらわぬとな』

『あの人にもこれからの問題がありますからね』


ファウスト漁業組合の他にまだ組合が存在しているからだ。

出来るなら吸収してもらいたいが、その話になるとハンクは『1年は様子を見なければわ盃すら交わす未来も浮かばん。』と言ったのだ


『傘下にする事は難しいとおっしゃってましたから』

『それは奴らが大きくなってから考える事だが。当面は完全なる協力関係、その後はお前次第だ』

『はい!』


元気な返事だ。


アトラルはフラクタールではシューベルン男爵から引き継いだお茶っ葉やよもぎの工場を持ち、この街の特産物を担当している。

やはりシューベルン男爵は鉱山に意識を向ける方針らしく、殆どをアトラルに引き継いだのだ

そしてアトラルの母ローズマリアは薬剤関係や化粧品、化粧品といっても石鹸がメインだと聞いている。


(調合神のチバの仕上がりでローズマリアの事業が拡大するのは間違い無い。鉱山の件もありフラクタールは貿易都市として栄えるのは時間の問題)


となるとアトラルの今後はいつか引き継ぐ鉱山に手をつけるまえの経験と準備だ。


『アトラル、あの2人はどうだ?』

『それはですね』


どいやら偽名も決まり、戸籍と住民票登録が完了したってさ。


フクダ・リュウセイはムサシ・ミヤモルト

チバ・ユウカはフルケア・ポーション

少し変わった名だが、まぁ良いか


今は各自の鍛錬と共にこの世界のお勉強をメイド長が家庭教師として学ばせているとアトラルは話す


『ムサシは剣術は凄まじいです。太刀筋はまったく…』


剣豪スキル保有者だから剣でもかなり速い

ユウカはどうやら冬に蔓延するインフルエンザウイルスの薬の調合に成功したが、無資格の為に商品に出来ないとかでローズマリアは苦笑いだとか

彼女は資格の猛勉強も始めたから夏の国家試験まで頑張らなければならない

フラクタールの街を歩きながら、そんな会話は続く。


『インフルエンザの薬か。もし量産出来るとしたらどうなる?』

『予定だと一日10本が今は限界、理由は素材不足と経験不足と母はおっしゃってましたが時間が解決します』

『試しに調合させたら、とんでもない薬を作ったもんだな』

『驚きですが、流石のスキルですね。その予定数だけでも去年の売り上げ計画を遥かに上回ります。』

『薬だと利益率も馬鹿にならんな』

『なので母上は彼女を全面的に支援する方針で他の資格者の取り込みを行う予定です。』


確実に成功する事業ならば支援は当たり前だ。

すでにガンテイもギルド職員が持つ土地をシューベルン男爵へ売る話も始まっていたらしく、それをローズマリアは言い値で買い取ったようだ。


『リュウセイは後半に伸びる。だが戦争には関係は持たせん方が良い』

『そのように父にも話しておきます』


話をしながら気付いたが、相当アミカから特注で作って貰った魔法剣オアシスを気に入っているらしい

右手でグリップ部分に軽く手を触れた状態で歩いてるぐらいだからな


『シドラードとの貿易に関して何か変化があるかわかるかアトラル』

『普通なら敗戦したシドラードは貿易赤字になる危険はありましたが、フルフレア王子様がシャルロット王女と直々に対談して従来通りの貿易関係で継続した事ぐらいですかね。驚きました』


確かにフルフレアはアクアリーヌ戦後、シャルロット王女と会った事は以前話だな。

彼女の支持者を増やす為にそうしたのだろう。

アトラルにとっては信じられない話だろうが、シドラードの弱体化はシャルロットに力を持たせる為だから極秘さ


街中は快晴が続き、雪は積もっていない

だが早朝だと凍結でたまに午前中まで馬車のスリップ事故が起きて転倒している事がたまにある。

今日はそんな事もなく、街の大通りはいつも通り人が行き来している。


『先駆けて新事業の中心にならねばならぬな』


俺はそう告げると、アトラルは元気よく返事をしてくれた

上手く展開すれば貴族としても爵位が上がるのは確実だから今彼らは多忙さ


(冒険者がせわしいな…)


小走りに向かう彼らの向かう先は冒険者ギルドの方向

1人に声をかけてみると、緊急依頼だそうだ。

手負いの白獅子、それはジキットと交戦した個体だろうなぁ


『グスタフさん、行かないのですか?』

『インクリット達がいる、大丈夫だ』


手負いならば問題ない


こうして屋敷へ招かれると、俺は客室にて寛ぐ

シューベルン男爵と共にちょっとした話し合いがあるからだ。

ソファーは1人用、しかしフカフカしていて今にも寝そうなくらい気持ちいい

貴族っぽい高貴な部屋で寛ぐのはあまり慣れてなかったが、気続けると嫌でもなれる


『失礼します』


入ってきたのは若いメイド

しかし見た事が無い若い女の子だ。


熱いココアを持ってきてくれたようであり、それをソファーの前にある小さな丸いテーブルに置いてくれた

なんか小刻みに震えているのが少し気になるが、緊張しているのだろうか

出ていくこともなく、ドアの前に移動すると彼女は『シューベルン男爵様が来るまで対応を任されております。リースと申します』とぎこちない自己紹介を口にする


片言に近い話し方、明らかに緊張している

楽にしろと言っても多少裏返った返事をするだけで姿勢を崩す事は無い


『緊張か?』

『いえ!そんな事ありませぬ!』


(せぬ…せぬ…)


してるだろぉ…


『心拍数、体温、小さくしても感じる呼吸の乱れ』


そう告げると彼女は更に緊張してしまう

俺の言葉が悪かったのだろうな


『主が見てない所では楽をする事も大事だ。ここはそういう空間だ…期間限定だがな』

『そ…そうですか』

『シューベルンから何か余計な事を言われたか?』

『そ…粗相は絶対にしないようにと』

『別に普通にしていれば問題ない。俺は天使ではない』

『天使?』

『悪魔より天使の方が非情で残虐だ。絵本は嘘だぞ?一度人類を滅ぼそうとした種族でもある』


そうしたうんちくを口にすると、少しだけ気の緩みを感じたので少し安心だ

当たり前だが俺の事は重々知っているらしく、お国の最大戦力であるから慣れなかったのだろう


『多分、俺は普通だ。』


身近な人間じゃない場合、こんな反応が普通なのかもな。

怖がってるというより、緊張してるならまだ可愛く見えるな


『あの…』

『どうした?』 

『アクアリーヌ戦では多大な功績を残したと存じてますが、どんな感覚なんでしょう?』


(なるほどな)

 

『お互いに国のため家族のために集まった戦だ。薙ぎ払うのは敵だとしても心にくるが、躊躇えば味方が死ぬ。戦争は誰かを犠牲に勝ち取るつまらん政治だ』


兵士にも家族はいる

帰りを待つ誰かがいる

多くを亡き者にし、勝ち取った勝利

その場で奮戦した者ならばわかる事さ

やらなきゃやられる、自分じゃなければ仲間がだ



リースは思い詰めた様子を見せていると、俺はココアを飲み始めた。

そこで丁度シューベルン男爵と護衛の騎士が1人入ってくる。


今日は話し合いというより、鉱山の件での報告

向かい側の1人用ソファーに座るシューベルン男爵は一息つくと騎士を背後に配置し、口を開いた


『アトラルから結果は聞いた。助かった』


そう言いながら背後の騎士に目を向ける

貴族騎士はテーブルに金貨50枚の入った小さな布袋を置くが、今日の報酬さ


『ここからは邪魔もないだろう。上級貴族ですら一枚噛もうと考えれない状態だが、鉱山の方は冬を越せば一度冒険者を雇って鉱山内チェックを入れてから作業開始の3日間は監視で雇った方が良い 


『そうする。』



貴族のほうも先を見越して動き始めている

影響が生まれるのはイドラとシドラードの戦いで決まるだろうな。


(明日はイドラか…)


王都は久しぶりだ。あいつ元気だろうか

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