第124話 各所

ファーラット公国、王都アレキサンダー

大屋敷の応接室にはガーランド公爵王が護衛の黒騎士を背後に5人配置させ、笑顔を浮かべたままテーブルの向かい側の客人を眺めていた。 


それはシドラード王国側の使者である3人の男 

ケヴィン王子派閥の者であり、彼の護衛でもある重騎士だ。

一際大きな体にシールドが腕に装着されたままの彼らの鎧は銀色に輝き、枠は金色だ

そんな彼等の要件にガーランド公爵王は偽りの笑みを浮かべていたのだ


(会食の誘い…か)


ケヴィン王子からの誘い、ガーランド公爵王は自分が招待されていたならば、これほど悩まなかっただろう。

使者が口にした名はグスタフ・ジャガーノートであり、日にちはイドラ共和国とシドラード王国がぶつかるであろう4月と重なっていたのだ。


(気取られた?いや早過ぎる。)


彼の脳に様々な予測が飛び交う

この話に対し、必ず戦争は4月だと確定に近い予測が出来たがグスタフを呼ぶ意味はあちら側の対策と捉えるしかない


(断ればどうなる?あちら側はきっと用心するだろう)


『こちらから知らせは送っておく、私は返事をする立場には無い』

『そちらの戦力と聞いてますが』

『道具ではなく生きた人間には人権がある。彼が良い判断をすることを願うしかあるまい』


正しく答えるわけにはいかないガーランド公爵王はそのように言葉を濁し、使者に伝えた

ケヴィン重騎士らは互いに顔を見合わせ、少し肩の脱力を見せると、『そのように伝えます』と告げて立ち上がる


そんな時間はガーランド公爵王にとって疲れる時間だ。

早急にシドラード王国に帰る為にファーラット公国騎士と共に応接室を出る姿を見届けると、大きな溜息を漏らしながらも頭を掻いた


『ガーランド公爵王殿、これは揺さぶりでは』


背後で彼の様子を見ていた黒騎士の1人が口を開く

あちら側の要求を聞いていると、グスタフが招待を受ける事は副産物のようなものでしかない

普通ならば来ない、だが4月を指定した言葉があちら側の隠れたメッセージとして見ることが出来る


イドラとシドラードがぶつかって得するのはガーランド公爵王やノアの計画があっても無くてもファーラット公国だ。



『見方としては大アリだ。』

 

他国の上層部もそう馬鹿ではない

遠回しの警告にも似た使者の言葉

それが本当だとしても、ガーランド公爵王は計画に変更はない


『聞いていたシドラード側の戦力に変化は訪れるだろう。ジュリア・スカーレット大将軍はグスタフが仕留めるとして、補充されるでろう戦力はイドラ側で対処せねばならぬ』

『使者を送りますか?』

『こちらからイドラに使者は送れぬ。フラクタールに置いている黒騎士に早急にグスタフに教えよ』

『はっ』


彼の黒騎士が1名、急いで応接室を出ていく

これからの各国の情勢が変わりゆく状況で一番変化が訪れるシドラードが一番国内で様々な欲望を満たすために抗う事だろう、ガーランドはそう感じながらも深い溜息を漏らす


(問題はウンディーネ信仰協会から横流しした金の行く先がわからん。他国と連携する様子もない)


彼もシドラード王国から帝国へ金が流れている事に気付いていた。

だが年月を考えると、莫大な量の金が動いている為にガーランド公爵王は他国に何かを買う為の金なのかと疑う

 

ただ一つ、密偵を送れないのは魔国連合

魔導兵器はヒューベリオンだけの防衛兵器だが、彼等が人間に売り渡すとは彼でも思えない


(ヒューベリオンで内乱は起きていたが、まだ魔王は健在の筈だ)


『ガーランド様、食事の時間です』


考える時間は限られている

彼は立ち上がると黒騎士と共に応接室を出た

遅めの昼食、王族だけが使用する事が許された歴史ある空間

壁に飾られた様々な壁画に囲まれ、テーブルに並べられた馳走

そして彼が座るテーブルの向こう側には招かれた女性が落ち着かない様子で料理を眺めていた


『自由に食べろジャンヌ』


ファーラット公国の選ばれし者、彼女は勇者の称号を持つ冒険者チームと共に現在は活動し、災害となるであろう魔物の存在が現れるとあちらのちらと動き回っていた。


『はい』


見慣れない高級な料理を前にようやく手が動いた彼女は密かに焦りを抱く、


(私、何もしてないよね…)


以前の件もあり、どことなく不安な気持ちが見え隠れするが、ガーランド公爵王の会話でそんな杞憂は徐々に消えていく


『話は聞いてるが、調子が良くて何よりだ。』

『調子ですか』

『あぁ。お前の仕事は魔物を倒して国民を守る事だが、あのチームと動いていれば問題はないだろう』


問題は無い

そんな言葉に彼女はあの時をふと思い出す

小さな身震いはガーランドの目でも捉えられ、彼女にとって異常的な光景として思い出に刻まれたであろう。

苦笑いを浮かべる意味もないのに、彼女は浮かべる


『今は他国との抗争で多忙とは聞いてますが』

『今はイドラ共和国とシドラード王国の戦いに誰もが目を向けているだろう。帝国もシドラード王国に勝ってもらうために裏で支援はしている筈だ。』

『やはりあの人は動くのですか?』

『そうだな。もし戦場にシュリアがいれば、選ばれし者と同格と言われた者でも敵わぬだろう』


選ばれし者とは神から授かりし最高峰のスキルを保有し、この世界に新たに招待された者の名称

スキルを理解すれば世界に貢献し、名を残すことも可能だが何のスキルを持っているのかは神の気まぐれ 


戦いのスキルであれば最高の力を手にすることが可能だが、そんな存在ですら恐れる者がこの世にいた

ギュズターヴ・グリムノートとグスタフ・ジャガーノートの二人だ

だからジャンヌは否定することが出来ない


(あれに勝てる者なんか…)


いるはずもない

目の前まで迫られた際、彼女は羊の頭骨の形状をした鉄仮面を被るグスタフの目を見て一度死を覚悟したのだ。 

戦いではなく、獲物を狩る猛獣のような鋭い視線は彼女を萎縮させ、精神を削り取った


『決して怒らせてはならぬ男だ。フラクタールや近隣の街には公国貴族らや各協会も彼の存在で大人しい』

『いい事だ。彼が傭兵なのをお前はもっと理解すればわかる』


ガーランド公爵王は手元の赤ワインを飲む

戦争傭兵と聞いていたジャンヌはガーランドの言葉に僅かに首を傾げると、彼は答えを口にする


『暗殺されたくないだろう?証拠すら残さぬ』


彼は笑顔で彼女にそう告げた。


そしてその日の昼過ぎ

フラクタールの森にある水面が凍った大きな湖の近くでは壮大な戦いが繰り広げられていた。


ジ・ハードが4人揃い、相対する敵はグスタフが魔物召喚で出現させたパペットライオ

ヌイグルミのような見た目の獅子に似た姿だが、全長は3メートルはあるパペット種でも猛獣と呼ばれれランクCの魔物


体中に縫い目が多く、目はボタン

牙は釘となっていて噛み付かれたら人間など怪我だけでは済まない


『ガルルルゥ!』


唸り声を上げながら飛び込む構え

その体の至る所から綿が飛び出しており、彼等の攻撃を受けての怒りを浮かべていたのだ。

正面で構える4人、後方ではムツキがいつでも魔法を発動できるように赤黒い魔法陣を展開している。


『ガルゥ!』


猛獣よりも軽量化された肉体、猛獣よりも増した速度

雪を舞い上がらせながらジグザグに駆け出し襲い掛かる

開いた口は異常に大きく開き、狙われたインクリットの迫る


『残念!』


だがしかし、パペットライオと同時に動いた者がいた

インクリットの前に躍り出たクズリは右腕の手甲に装着した剣盾を前に噛みつきを防ぎきる


『いっ!?』


見た目以上に開いた口、それは大きすぎて盾の外側から口の上顎が見えるほどだ

クズリは驚きながらもガードと同時に力を入れ、この魔物ならばと彼は一気に押し込んでパペットライオを仰け反らせる


前足が宙を浮いた状態、それを見過ごす彼らではない

後ろ足で数歩後ろに上がるパペットライオは前足が地面についた瞬間に何者かが左右を駆け抜ける光景を目で捕らえた

それはインクリットとアンリタの2人であり、2人の持つ武器でパペットライオの両側面は綿が顔を出し、魔力が漏れ出す


『グオン!?』


綿が出て驚くパペットライオだがパペット種に痛覚は無く、核を壊さない限り一定の運動量のまま動き回る。

追い打ちをかけるインクリットとアンリタ、前方からクズリという囲まれた状態では並みの魔物は諦めるだろう

だがパペット種の猛獣と言われるパペットライオはただでは終わらない


パペット種だけの超柔軟な肉体を活かし、彼らの攻撃をあり得ない程までに体を曲げて後方に飛び退いたのだ


『えっ!?』

『うっそ!?』

『マジか!?』


3人は驚愕を浮かべる

柔軟な肉体と知っていても、ここまでとは思わなかったのだ。

一気に畳みかける筈が、予想外な光景を前に彼らの作戦は中途半端な結果となる

しかしそれは3人だけの場合だ


炸裂音が響き渡るとパペットライオはガクンとバランスを崩す


『ガオッ?』


猛獣でも何が起きたか考えるぐらいは可能だ。

右前足を見ると何かに撃ち抜かれたかのように穴が開き、そこから綿が出ている

布一枚で持ちこたえるその部位は痛覚が無いと言っても自由に動く事はもう出来ない


ムツキが仲間の間を通して放ったのは怪属性下位魔法・パラベラム

9mmの小さな魔力弾を放ち、それがパペットライオの右前足を貫通したのだ。

傷口を見て首を傾げる魔物は顔を持ち上げると目の前にはアンリタの押し込む槍が迫っており、流石の動体視力をもってしても回避は不可能

彼女の槍は付与・炎で刃が燃え盛り、それはパペットライオの内部に達すると綿を燃やし尽くす。


『ギャボボボボボボボ!』


核を破壊されなくとも内部の炎は核を熱し始め、やがて核が砕ける音がその場に響き渡る。


『キャウン…』


燃え盛る体のまま、最後の小さな悲鳴を上げて倒れるパペットライオ

一瞬で燃え尽きると、灰の中に埋もれた魔石が僅かに顔を出しているのがわかる

皆はそれを見て構えを解き、大きく一息ついたのだ


『あり得ないグニャグニャで避けたわよね?』

『凄かったね、予想より凄い柔軟だった』


驚きと苦笑いを浮かべる者達を遠くで見守るグスタフ

だがここで訓練が終わりの筈がないのである


『あと30秒』


グスタフの声に皆が立ったまま息を整え始めた

3連続の戦いを強いられており、1回目のパペットライオは1分で倒すように言われていたのである。

もし過ぎれば次の魔物を召喚し、2体を相手にする羽目になるのだ。


『次は多勢に無勢ですね』


ムツキがそう告げると、皆は頷く

休む時間は直ぐに終わると、グスタフが展開した魔法陣の中から姿を出したのは骸骨剣士というFランクのアンデット種の魔物

単体ならば彼らは笑顔で戦うだろう、だが現れた数に皆が引き攣った笑みを浮かべた


『さぁ戦え。1分だ』


グスタフの言葉に誰もが心の中で呟く


(師匠…殺す気ですか…)

(馬鹿じゃないの!?)

(マジかよ…)

(おやおや、これは面白い)


『カカカカカ』『カカカカカ』

『カカ…カ』『カカカカ!』


魔法陣からぞろぞろ現れる、その数は30はくだらない

しかもその魔物は静かに4人を囲み始め逃げ場を失くす

緊張感と危機感、それにより起きる絶望感と恐怖感は生きる者のポテンシャルを著しく低下させ、士気を削ぐ


『第2部は各自による各個撃破。その後はコンペールだ』


悪魔のような言葉に、インクリットは苦笑いを浮かべたまま襲い掛かる骸骨剣士を仲間と共に必死で撃破していった。


こうして彼らはグスタフの訓練を耐え、生きたまま街に戻ると各自が一度家に戻ると、とある店に向かう

普通の国民には足を踏み入れる事など無いような高貴な店内にジ・ハードの者達はテーブルを囲みながら落ち着かない様子

その中でもグスタフは普通の素振りをしており、アミカは笑顔でウキウキした面持ちを見せていた


『美味しいご馳走!』


はしゃぐアミカ、今日は彼女の店の4周年記念日だ

だから皆で祝おうという事で彼らはここに来ている。

あと2人も交えて、だ


『グスタフの奢りか!いいではないか!』



ガンテイは腕を組み、美味しい料理を食べれる未来を前に笑みを浮かべた

そしてもう1人はグスタフが初めて見る魔族の女性、ムツキの妹でもあるロゼッタだ


『あ…良い匂い…』


おどおどした様子、紫色の長髪の女性

魔族は体の一部にその恩恵が現れる種族だが、彼女の場合は背中は蛇の皮となっているのだとムツキが皆に言う

だから見た目は人間と変わりないのである


シューベルン男爵など貴族や金持ちが来る高級料理店であり、一品だけでも銀貨はくだらない値がつくほど希少価値の高い美味な食材がここに流れてくる


『いらっしゃいませ』


黒いタキシードのような服を着た店員が彼らの前に現れると、メニュー表をテーブルに置いた

インクリット達は眩暈がしそうな値のするメニューを見ながら食べたいという欲が膨れ上がる。


『師匠…良いんですか?』

『死ぬほど食え』


ならば死に気で食おう

誰もがその覚悟を決め始める


『初めての料理ばかりで迷いそうですね。クズリはどうします?』

『お…俺は甘エビの炭火焼きと甘エビの刺身だ』

『あんた…海老好きなの?』

『まぁな!』

『私はガーリックライスに美牛のサイコロステーキかな!』


各自がそれぞれ夢というなの料理を選ぶ

そんな光景をグスタフは眺めながら店員が持ってきたミネラルウォーターの入ったグラスを持つと少量飲む


『ジキット君やハイド君も誘いたかったねグスタフさん』

『確かにそうだが、彼らは多忙だ』

『何だかんだグスタフさん、毛嫌ってるようで仲いいわよねぇ』

『アンリタ、気のせいだ』


そうした会話の最中、アミカはインクリット達が最近面倒を見ている冒険者らの話をし始める


『最近は薬草採取依頼してるらしいですが、この前は危なかったらしいですね。』


彼等の後輩チームのジュピトリスの事だ

どうやら無色の魔力袋の魔法使いの女の子は何を血迷ったのか、お年玉で一攫千金狙いに魔法の試練に全部突っ込んだと話すと、ムツキが少し笑い始めた

 

『どうしたムツキ』

『グスタフさん。根性ある女性ですよあれは』

『凄いの覚えたのか?』

『ソニックブーム覚えました』


これにはグスタフも驚きを超え、笑う

無属性中位魔法のソニックブームは音速を超えた音の衝撃波を放ち、聴覚の鋭い魔物ならば長時間聴覚を奪えるほどの音を衝撃波に乗せる

吹き飛ばす攻撃と同時に耳を奪う魔法を新米魔法使いなのに試練を超えれたのはかなりの精神力と根性が無ければ不可能だ


『でも一発で魔力持ってかれるから切り札ね』


アンリタの言うとおりだと誰もな頷く

すると彼女は隣にいるムツキの妹に顔を向け、頬をプニプニ触りながらじゃれ合い始めた


ロゼッタはアンリタと仲が良いが、グスタフを前にすると萎縮する

その理由は単純であり、見た目が怖いからだ。


(この格好、気に入ってるがな)


そうして運ばれる料理は宝石のような輝きを放つかのような価値のある味が詰め込まれた料理

全員の目が活気に漲る


『凄いなグスタフ、お前のも食べていいか?』

『待て、俺の牡蠣のバター焼きには手を出すな』

『美味しそー!みんな食べよ!』


強さを求める者達の安らぎの空間

味わったことのない美味に皆が静かに刺激を楽しむ。


『このハンバーグ美味しいです』

『ロゼッタちゃん、それ美牛の挽肉だからめちゃ美味しいよ!きっとグスタフさん慣れできる!』

『……』

『アミカ、ロゼッタの視線が全然慣れてないぞ?』

『あはは、身内以外には気弱な妹なのでお気になさらずグスタフさん』

『ふむ』


親睦を深める意味でも、この空間は彼等の為のこれからに繋がる。







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